壊剣の妖精   作:山雀

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▼前回のあらすじ

 主人公、初戦闘(に巻き込まれる)。


※冒頭はライガットさん視点となります。
 ひっそり加筆修正して再投稿。
 


005. 苦慮葛藤

―――――

 

 

 見下ろすハンガーの一角には、全身の装甲を剥ぎ取られ、何人もの技術士官たちに囲まれている一台のゴゥレム。昨日、俺が交渉の場から逃げた先で遭遇し、そして何とか倒したアテネスのゴゥレムだった。

 中破した状態で鹵獲されたこのゴゥレムを彼らがどうするつもりなのかは知らない。大方敵国の技術を回収し、あわよくば直して再利用……というところだろう。

 別の一角では、元からあの古代巨兵(アンダー・ゴゥレム)が装備していたパーツが並べられている。本体は完全に動かなくなってしまったため、まだあの荒野に残っているはずだった。

 

「――の運動性能には驚いたが……もう動かんらしいし、結局コードネームも決まらないまま今度こそ解体だな」

「伝達系石英が備わっていないせいでプレスガンも使えない。ある意味「能無し」にぴったりなゴゥレムでしたね」

「ふ、確かにな……」

 

(……はぁ)

 

 別に「能無し」と蔑まれる事に今更気分を害する事はない。既に慣れっこだ。だが聞いていて心地良いものでは決して無い。

 

「――ライガット、大丈夫?」

 

 ふと、俺に近付いてくる人影に気がついた。

 シギュンだ。軽く手を振り答える。余計な負担を彼女に掛ける必要は無い。

 

「……えと、報告書を読んだわ。疲れてるのにわざわざありがとう」

「いや、別に……」

 

 この前書いたのと同じ位のクオリティだったはずだが、いいんだろうか?

 

「それで聞いて確認しておきたいことがあるのだけれど、あの古代巨兵(アンダー・ゴゥレム)、ハンガーで一度動かそうとした時、急に立ち止まって操作を受け付けなくなった……そうなのよね?」

「ああ」

 

 俺がゼスと話をつけようと思い、アイツを駆り出そうとした時の話か。

 

「あの場で見てたんだろ? 俺が搭乗席に入ってアイツを動かして立ち上がった時までは問題無かったんだが、一歩踏み出したところでその場から動かなくなっちまった」

「そうだったようね。私からはいきなり立ち止まって、不思議に思ったけれども」

「搭乗席の発光石英の板にはちゃんと周りの様子は映ってたから、壊れた訳でもなさそうだったし、あれこれ操作して動かないか試してたんだが……」

「……そこに、あの子がやって来た」

「ああ。まるで、あの子を迎え入れるみたいに、あの古代巨兵(アンダー・ゴゥレム)は勝手に跪いてたな、後ろ向きにだけど……」

 

 不思議な出来事だった。

 レバーやペダルをいじっていた俺の操作は受け付けないのに勝手に動いて、そしたらいつの間にか俺の脇にあの女の子が顔を出してた。俺はあの紅い(・・)瞳で見つめられて内心激しく狼狽していたっけな。……ほんのちょっと視線を交わした後、あの子は彼女が寝ていた搭乗席の奥にさっさと入り込んでいたが。

 

「そしたら、一昨日初めて乗った時のようにちゃんと貴方の操縦を受け付けるようになった……」

「おう」

 

 今思えばだが、むしろ前より動かしやすく、動きが良くなってたような……気のせいか?

 

「あの子を連れて来た守備兵にも話を聞いたのだけれど、部屋の中を確認したら既に起床していて、暴れる様子もなかったから拘束を解いたらしいわ」

 

 ここからは俺が知らない話だった。興味を引かれてシギュンの顔を見る。

 

「寝起きの顔を拭いてあげたりしたら、感情を出さないまでもちゃんとお礼はしてきたそうよ。声が出せないみたいで身振り手振りだったそうだけど。あとかなり衰弱しているのか、まともに立つことも出来ないみたいだったって」

 

 思わず頭を抱え込んだ。そう言えば、俺はあの少女の声らしい声を一言も聞いていなかったことに今更ながら気付いた。

 

「そしたら外から警報が聞こえた直後に、彼女にハンガー(あそこ)に連れて行くように頼まれた……あとは貴方の知ってる通り」

「そうか、ハンガーに……あれ?」

 

 どうしてだろうか、話を聞いた限りだとあの女の子の行動が明らかにおかしいような、違和感を感じる。

 

「どっちかしらね……」

「え……」

 

 シギュンが問いかけるように囁く。

 

「あの子があの古代巨兵(アンダー・ゴゥレム)を引き止めたのか、逆にあの古代巨兵(アンダー・ゴゥレム)があの子を待っていたのか……」

 

 そんなことが……とは考えるも、確かにそう表現するのが相応しい状況だったな、あれは。

 

「……なあ、あの子今どうしてる?」

 

 何となく、気になって訊いてみる。

 

「ゴゥレムの搭乗席で気絶してた所を保護したのは知ってるわよね? 一応元の部屋で安静にさせてあったらしいけど、今日になって起きてもベッドの上でじっとして全く動かないって。……私としては明日にでも一度彼女に会いに行くつもりなのだけれど、ライガットも――」

「いや……俺は、やめておく……」

「そう……」

 

 結果的に、俺はあの子に人殺しの片棒を担がせてしまった形になる。他人はそんなことは無いと否定するかもしれないが、どちらにしろ惨たらしい人死にの現場に立ち会わせてしまったのには違いない。今更どの顔をして会いに行けというのか。

 

(あんな、小さな女の子に……ッ!)

 

 大人の男として痛恨の極みであると言える。無言で拳を握りしめた。

 

「それにしても蛮族……か、80年前の独立大戦はドロ沼で両軍とも酷い行いをしたって教わったけど……若い兵だったらしいし……一方的な教育を受けているのかもね……」

 

 アテネスのゴゥレムの搭乗者の言葉だ。俺やシギュンはアッサムでそれなりに公平な歴史観を育めていたが……いつからか、ひょっとしたら昔からクリシュナを敵国と見定めたアテネスではそのような歴史教育が行われていたのかもしれない。

 その認識さえなければ、彼女は自ら命を絶つこともなかったのだろうか。だとして、あの場でどうすれば良かったのか。

 

「あれに乗ってた兵士……さっき埋葬されてた……」

 

(俺が……殺した、あのゴゥレムの搭乗士……)

 

「……女の子だった」

 

 ――ッ!?。

 

「……たぶん、まだ15、6ぐらいの――」

「っやめろ! 聞きたくない!」

 

 これ以上は聞いていられない! 思わず手を振り上げてシギュンの言葉を遮る。

 

「あっ……! ごめ……」

 

 俺の大声に怯えた様子のシギュン――くそッ何をやってる!?

 

「あっ!! いやッ……! 悪いッ、気にすんな、な!?」

 

 それだけをシギュンに言い残して、俺は逃げるようにその場を去った。今日はもう、これ以上誰とも話す気にならなかった。

 

 

(俺は、一体ここに何しに来たんだ……!?)

 

 

 

――――――――――――――――――――

 

 

 

(死体が視界に入っていたら、たぶん完全に再起不能になってましたね……)

 

 二晩経って、ようやく落ち着いて物事を考えられるようになった頭で、自分の事をそう分析する。

 今私が居るのは、おそらく最初に目覚めた部屋と同じ部屋。その寝台の上で悶々と膝を抱えて考え事をしている。

 ちなみに拘束はされていないが監視(?)付き……あ、お姉さんとは別の女の人である。今度は兜をつけていない女官さん風とでも言えばいいのか。メイド服を着せたら似合いそうな雰囲気だから侍女さんか? まあどっちでもいいでしょう。

 

 ……一昨日の出来事は、はっきり言って参った。人が死ぬ瞬間のインパクトというものが、あれほど強烈に作用するとは思わなかった。これもまた、覚悟も準備も無く戰場に飛び込んでしまった報いというものなのだろう。胃の中身が詰まっていたら、一晩中中身を戻していたかもしれない。

 それに、あのゴーレムとやらの存在。より正確に言えば、私とあのゴーレムとの関係。あれは一体なんだったのかとか、これからどうしようとか、悶々と考える。

 

 それまで衣擦れの音しかしていなかった室内に、唐突にノックの音が響いた。

 

「――私です。中に入っても構わないでしょうか?」

「これはシギュン様。少々お待ちを……」

 

 壁際の椅子に座っていた女性が立ち上がり、扉へと歩み寄る。

 

(えーっと、シギュン様? 誰だっけ?)

 

 扉が開かれてそこに居たのは……ああ、思い出しましたよ! 昨日ハンガーでちらりとお姿を拝見した正統派の美人さんでした。

 長い綺麗な金髪にブルーの瞳。私ほどではないにしろ白い肌。あとあと、成熟して整ったバランスの良いスタイル――

 

(うん、恋人がいないんだったらお付き合いをお願いするどころか、即座にプロポーズするレベルの美しさですね)

 

 もっとも、私にそんな度胸があったことなど前世を含めて過去一度も無い。

 それにしても、何故かハンガーで彼女の顔を見た辺りからの記憶があやふやだ。気付いたらあのロボットに乗って後悔してたし。

 私は伏せていた顔を起こして彼女をまじまじと見る。私の視線に気付いたシギュン様が女官さんに小声で囁いていた。あ、もう様付けでいいですよね、偉い人っぽいですし。

 

「――申し訳ないのだけれど少し席を外してもらえない? それと私が呼ぶまで、誰もこの部屋に近づけないように」

「? はあ、承知しました」

 

 では、と言い残して女官さんは部屋から退出していった。

 今この部屋の中には、私とシギュン様の二人だけ。ピンと糸を張りつめたかのような緊張感が漂う。

 

「……はじめまして、でいい?」

「――(コクリ)」

 

 声が出ないので頷きで返す。私が喋れないことは承知しているのか、そのまま表情を変えずに会話を続けるシギュン様。

 

「とりあえず、私から話をさせてもらっても構わないかしら?」

「――(コクリ)」

 

 無言で頷く。声が出せない以上、会話の主導はシギュン様に渡してしまった方が良いだろう。

 シギュン様は「ちゃんと意味は分かってるみたいね」と小声で呟きながら、言葉を続ける。

 

「体調はどう? 痛いところとか、苦しい所とか無い?」

「――(フルフル)」

「そう、じゃあ早速なのだけれど――」

 

 懐から何かを取り出した。

 

「ちょっと、これを掌の上に乗せてみてくれない?」

 

 そう言って私に差し出してきたのは……薄っぺらい石の欠片?

 

(何でしょう、これ?)

 

 シギュン様に手渡されたそれを摘みあげて近くで眺める。透明な石片だ。ガラスではないようだけれど。

 言われた通り、左手の平の上に置いてみるが……特段別に何も起こらない。日光でキラキラ煌めいているだけだ。

 この石がどうかしたんでしょうか? シギュン様の方を見る。

 

(……あれ? なんで固まっちゃってるんです?)

 

 もういいですか、とばかりに石片をシギュン様に差し出す。

 

「……あの古代巨兵(アンダー・ゴゥレム)――分かる? 昨日貴女が乗った機体なのだけれど、あれは貴女の持ち物?」

 

 石片をしまい込みつつ、シギュン様はこちらに問いを投げてきた。前者の質問には肯定、後者の質問には――少々迷ったが否定のジェスチャーで返す。

 いや、だって詳細聞かれても答えられないし。何となく自分の身に覚えが無いものを「私の!」って言い張るのはどうかと。

 

「その搭乗席の発光石英らしき物体に映っている文章なのだけれど、貴女この言葉が何を意味しているのか、ひょっとして理解できたりしない?」

 

 そう言いながら次にシギュン様が手渡してくるのは、何かが書かれている紙。その発光石英とやらが何か知らないですけど、どれどれ……

 

― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ―

 

冷却中

Automatic cooling activated

 

強制待機状態

inoperative

 

― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ―

 

 あ、はい。これなら分かります。私が頷いて見せるとシギュン様の目が見開かれる。(ほんのちょっとだけだが)

 ……あれ、聞かれたから答えてしまったけど、実はこれすごくまずかったんじゃ。

 

「――古代語を――それも――じゃあ、やっぱり――」

 

 シギュン様、ブツブツ呟きながら考えるの、この状況だと怖いです。

 

「……貴女、これからどうしたい? 何か目的があってここに居るの?」

「――(フルフル)」

 

 首を横に振り否定する。もし目的があるならこうしてウジウジ悩んでいない。

 

「? じゃあ、どうしてあんな所にいたの? ひょっとして覚えてないの?」

 

 ……あんな所? どんな所?

 要領を得ないので、首を傾げて疑問をアピール。すみません、シギュン様教えてください。

 

「貴女はね、実はつい先日、古代巨兵(アンダー・ゴゥレム)の搭乗席の奥のスペースで気を失っていた状態で見つかったの」

 

 ふーん。へー、なるほどです。あの中に――

 

「ちなみに推定千年は石英の結晶体の中に封印されていた機体なのよ、あれ」

 

 ……? 千年?

 

(おぅふ、あの暗黒空間での時間経過はひょっとしてリアルだったですか……)

 

 ここ数日の刺激的な出来事に舞い上がったり落ち込んだりして半ば忘れかけてましたが、そんなこともありましたっけね。

 実は、あの空間でのことは全部夢だったんじゃないかと考えていた時分もありましたが、ところがどっこい全部が全部夢じゃなかったようです。

 

「さらに言うと、同じく搭乗席にはミイラ化した人の遺体が残されていて――」

 

(ひいいいいいいいいいやああああああああ聞かなければよかったああああああああああー!!!)

 

 あんな狭い密室でミイラと千年同棲――冗談ではなく重いホラー話である。

 え? なんですシギュン様……今は繋がってるけど、私のパーソナルスペースとは仕切られて別々の空間に分けられてた? 完全に? はー、そうですか、ちょっとだけ心が安定しました。

 そこでふと、私の中で疑問が持ち上がります。即ち、私があのゴーレムとやらの中に入ってから封印されたのか、それとも封印されてる途中で私が中に出現してしまったのか(・・・・・・・・・・)、だ。

 

(あんな専用スペースっぽいものが存在するってことは、たぶん前者が正解で、私の自我が覚醒したのがその後……)

 

 ということは、私は少なくとも千年前から生き続ける存在であるという可能性があることは理解できます。ここでこうして私が生きている理由としては、妥当なところで冷凍睡眠、あるいは人体改造。大穴で時間か空間跳躍ってところでしょう。

 

「それで単刀直入に聞くけど、貴女何者?」

 

 でもまあ、シギュン様のその質問にはこう返すしかありません。

 

 ――すいません。自分のこと何も分からないんです、と。

 

 

 

――――――――――

 

 

 

 ――自分は別の世界から来た人間で、この世界に転生した人間かもしれない……ということはシギュン様を含めて、誰にも話さないことにした。

 別の世界の存在を持ちだしたところで、それはそれで無用の混乱を招くだけだろう。証明する手段も無いし。という訳で、この事は私が墓まで持っていくことにする。

 

 今、私は女官さんと一緒にお城の中を歩いているのです。散策とリハビリ兼ねて。仲良くお手々繋いで――ではなく、お腰を掴ませていただければなんとか歩けるのです。ちゃんと衣類や靴も貸してもらえましたよ、遠慮しましたけど無理矢理白い子供用のローブを着せられました。何ででしょうね? 多少のサイズの誤差を気にしなくていいからとかなんでしょうけれど。

 

(「――貴女さえ良ければ、私達に手を貸してもらえない? 嫌なら無理強いはしないけれど」)

 

 先程の会話で、私が『私自身』について何も知らないということを伝えると、少し考えてシギュン様はそう仰ってくれました。概要をまとめると、こんな感じです。

 

――1.この国や、この国の人々に危害を加えるようなことはしないでね。

 ただし自己防衛の際は除く、と。何をシギュン様が心配されているのかは存じませんが、この貧弱ボディでは襲われることはあっても誰かを襲うようなことはないと思います。むしろ積極的に個人防衛力の強化を実施しなければ、私が危険な状況に陥った時に抵抗できません。

――2.私の存在の秘匿。正しくは普通の人間だと誤魔化す。

 私の存在が知られるだけでもいろんな方面でまずいことは確定しているらしいので、私の事情を既に知っている人以外には内緒にするそうです。その人達は皆口が堅いから安心してねって保証してました。ちなみに全部で何人って尋ねたらシギュン様含めて4人しか知らないそうです。その内一人はあのライガットさん。あの人とは何かと縁があります。

――3.基本的に自由に行動出来るよう配慮はするけど、勝手なことしないで。フラフラせずに目の届く所に居るように。

 うーん、これはどうなんでしょうか。私としては我が身大事ですのでそう危険な場所とかに行くつもりはないんですが、逆に言えば安全が保証されるならあちこち行ってみたいと思っていたりします。この身体になってから動きたくても動けなくてウズウズするんです。あ、なんか子供っぽい……。

――4.生活をする上で必要な支援は一切合切任せてね。

 詳細を尋ねると、衣食住は基本的に保証するし、医職宗その他は相談して問題無いなら大丈夫だそうです。プラスアルファについては今後の私の働き次第ってところでしょうか。どんとこい、これでも質素倹約は心得てます。

――5.日本語とか英語(古代語って呼んでた)を、分かる範囲で教えて。

 こっちとしては言語知識くらい幾らでもどうぞって感じなんですが、節操無くそこら辺の知識をばら撒いてしまうとむしろ困ってしまう人達が出るかもだそうで。あくまでシギュン様に尋ねられたら答えるってレベルにしてくれ、とのこと。ふーんそれでご飯食べてる考古学研究者とかでしょう。

――6.あのアンダー・ゴーレムとやらに関しては未定。だけど何か手伝ってもらうことになるかも。

 よく分かりませんが、不穏な気配を感じました。要警戒。

 

 とりあえずこれは大事よねって感じで言われました。トータルで考えると、すごく……美味しそうな話です。私にとっては地獄に仏、蜘蛛の糸というヤツでしょう。つまり不義理さえ働かなければお互い万々歳に見える内容と言って良いでしょう。

 

(……判断材料が無さ過ぎてとりあえず保留中にさせてもらっていてなんなんですが)

 

 まず何にせよ、前提知識が無いのがネックになってます。この国どころか世界自体の情報がまだないので、ダブーとかの文化があっても分からない。魔女狩り怖い。

 ここで考えるべきは、彼女達にとって私はどんな存在であるか、ということにであろう。交渉事の基本に立ち返り、相手方――シギュン様の立場で、私に関するメリットとデメリットを考えてみると、ですね。

 まずメリット。これは知識と身体でしょうね、ええ。……別にいやらしい内容ではなくて、前者がとりあえず要求されている言語知識、後者が例のゴーレムのことです。条件にバッチリ組み込まれてますので間違いありません。

 対してデメリットは単純にコスト面で負担が増える。それに私が謎の存在であり、ヘタすると厄介事を呼び込むかもということ。千年前の記憶が定かではない子供……何をしでかすか分かったものじゃありません。「実は世の破滅を願う魔王でした」パターン……おお怖い怖い。

 

(ああ、今はただ知識と考える時間が欲しい……)

 

 そしてここまでグダグダ考えていることも、シギュン様から教えてもらったことが全て嘘偽り無く正しくて偏見も無いものである、ということが前提になってるんですよねー……。

 突き詰めて考えれば、現在自分に明確な目的や欲求が無い以上、私が最優先するのは自己保身以外有り得ません。家族いない。友人いない。財産無し。しがらみ無い。強いて言えばライガットさんとゼスさんとシギュン様が個人的にお気に入りになりかけてるってくらいで。あとは……亡くなった二名の存在がガッチリ食い込んでいますです。

 どこの国や人々にも肩入れするつもりはありません。このクリシュナ王国の境遇や行く末を思えば心苦しくはありますが、大勢の人々の運命を変える力も意思も覚悟も無いのに、世界のパワーバランスの調整役なんぞ気取るつもりは毛頭ありません。何気なく自分がやっちゃったことで大勢の人が苦しむような碌でもないことになってしまったら後悔するにしきれません。たった二人の見知らぬ人間の死でさえも、私は大いに苦しんでいる有り様です。

 

(――って思い出しましたが、このクリシュナ王国ってもうすぐ滅亡すること確定してる国ではありませんか!)

 

 それを踏まえて考えるならば――

 

(ふむ、少々危険かもしれませんが……ここは利用出来るだけ利用させてもらうべきでしょう。少なくともこの国が滅びる前に知識とありったけの支援をありがたく頂いて、余計なしがらみが増えない内になんとか安全圏へ脱出がベスト、でしょうか)

 

 窓の外に広がる荒野を見ながら考えます。こんな土地に何も知らない持ってない幼女一人放り出されては手も足も出せず野垂れ死に確定です。つまりは、現段階で誰かしらの保護は必ず必要になります。それがこの国で相当の地位にいると思われるシギュン様なら、願ったり叶ったりです。何より美人さんで優しそう、その上論理的に考えられる理知的な人というのは好印象です。今までぐーたら寝ていた対価さえ払えないですし、だって私無一文ですから。

 あと必要なのは、私の――

 

「――おや?」

(お?)

 

 そんな事を考えていると、道中でよく日に焼けたようなお肌の、大柄な男性と遭遇しました。豪華そうな装飾品やマントを身に着け、お供の人一杯連れていて凄く偉そうな人です。と言うか間違いなく偉い人ですね。なんだか目に見えてオーラが違います。

 

(……もしかして、この人がクリシュナ国王のホズル様ですかね?)

 

 ライガットさんとゼスさんの会話を思い出しながら、その存在に思い至ります。

 

「国王陛下! 本日もご機嫌麗しゅう御座います」

「ああ、ご苦労」

 

 ふむ、当たりみたいですね。女官さんが陛下って呼んでるし。それにしても、やっぱり若いなー。ゼスさんが二十五歳って言ってたから同じくらいなんだろう。

 

「その子は確か……」

「はい、先程王妃様と談話を。その際、城内を散策してはとご提案を頂きまして――」

 

 王妃? えーとシギュン様のことですか?

 ……なんとまあ、この人はシギュン様の旦那様でシギュン様はこの国で一番偉いお人の奥方だったようです。

 なんとまあ羨ましい。そして、私が言えるのはただ一言。ちくしょう、もげろ。――あ、二言だった。そしてこんなこと考える私ってば不敬。

 

「ふむ……」

 

 私の顔を見て、何事か思案げな国王陛下。……なんでしょうね? 今、私は絶賛傷心中ですよ。

 

「ライガットが今日故郷に帰るのでな。その見送りに行くところだったのだが……どうだ? 君も来るか?」

「――」

 

 私が彼を見送る必要も十分な義理など無いと言って良いでしょう。生死を共にした仲とか、親近感があるとか、あの人に対しては複雑な感情が彼に対してはありますが。

 しかしながら、私はホズル陛下のその言葉に一も二も無く頷いたのです。

 

 

――――――――――

 

 

 ――ホズル様は、随分とお優しい気性をお持ちなお方でした。

 満足に私が歩けないと知ると、周りの人達に止められつつも人形を抱えるように片腕で軽々と私の身体を持ち上げてくれました。重くないんでしょうか? そう考えていたら、私の思考が読めるのか「軽い、むしろもっと体重増やした方が――」とか言ってきました。えーそんなに不健康そうに……見えますね。病的に色白ですし。そう言えば起きてからご飯食べてませんでしたよ。

 時々ホズル陛下の肩に止まっては飛び立っていく、ふてぶてしい顔付きのミミズクっぽい鳥類はグラム。彼が小鳥だったときから面倒をみているそうで、種族を超えた友情で結ばれているようです。ちょっとだけ撫でさせてもらえましたが、羽毛がモフモフとしてました。若干迷惑そうでしたが、逃げずに撫でられてくれたので、それなりの関係を構築できたのではと自負しています。

 

 道中で教えていただいたことですが、陛下とライガットさんとシギュン様とグラムは士官学校から友人関係だそうです。お名前は陛下の口からは出ませんでしたが、おそらくは先日のゼスさんも同様のはずです。

 ライガットさんはここから少し離れた土地で農民として生きているそうですが、今回特別な頼み事があって王都まで来てもらっていたと話していました。士官学校出で現在農民……ライガットさんも何か複雑な事情がありそうです。

 そんなこんなで辿り着いたのは、ここクリシュナ王都ビノンテンで一番大きな城壁。思いっきり開けた場所ですけど、環状内門という立派な関門とのこと。非常に巨大で、圧巻の一言です。

 実にタイミングが良いことに、そこには王都から出ようとしているライガットさんがいました。こちらに気付いて足を止めてくれます。微妙に表情が凍ったのは、陛下と私が揃って現れたことに驚いてるのでしょう。

 

「帰るなら帰るで一言あってもいいだろう?」

 

 そう口に出しながら立ち止まる陛下はライガットさんに歩み寄ります。私は何となく居心地が悪くなって、その場で下ろしてもらいます。でも立てないので陛下のお腰にしがみつく。そんな私ってばほんと不敬者。

 

「……すまん」

 

 気まずそうに答えるライガットさん。

 ……大体の事情は察しが付きます。私と同じでしょうね。間近に見てしまった人の死と、ひょっとしたら戦争自体への恐怖。むしろあのゴーレムを動かしていたライガットさんは尚更精神的に辛いでしょう。ひょっとしたらダンさんの同僚からもバッシングを受けていたかもしれません。

 そうして始まるのは、身分を超えた男同士の友情溢れる遣り取り。ライガットさんは言葉少なめですが、昔の思い出話も交えて語り合っているようで……いいですねー羨ましいご関係です。

 

「――ほら、君も何か伝えることがあるのだろう?」

 

 会話の途中で、ホズル陛下が私の頭を軽く撫でながら促してくれます。その言葉に従い、ありがたく私はちょっとだけ前に出ます。

 

「……この子は」

「ああ、城内でたまたま会って、誘ってみたら同意したのでな」 

「……そうか」

 

 ライガットさんは私を複雑そうな目で見ている。

 私との間に会話は無い。私は声を出せないし、ライガットさんは何を話すべきか迷っているようだった。

 

(うーん……)

 

 お気持ちはなんとなく理解できるのですが、いつまでもこうして見つめ合っている訳にもいきません。私としては一方的ですが、それなりに親近感やら感謝やら憐情やら――あと自分でもよく分からない繋がりを感じていますし。恋愛感情以外で。

 私は意を決して片手をそっと差し出します。ライガットさんは僅かに困惑していたようですが、同じ様に手を差し出してくれます。

 無言で握手――私の手がやや小さいのできゅっと指を摘む感じになってしまいました。

 

「――(短いお付き合いでしたが、お元気で)」

「……じゃあな」

 

 本当に、言葉にするのも変な位薄い関係であるはずなのに。ただそれだけを念じて、手を離します。ライガットさんはどこか辛そうな表情。そんな私達の様子を見ていたホズル陛下は満足そうです。

 

「――さらばだライガット! また会おう!」

 

 ホズル陛下とライガットさんは私とは違って堅い握手を交わしました……ですがその表情は対照的。

 ホズルさんは小さく笑みを浮かべながら朗らかに。

 ライガットさんは何か思い詰めるかのように無表情。

 

 そしてお別れの時です。ライガットさんはビノンテンを去り、私達はその背中を見送ります。

 夕日が鮮やかに荒野を照らす中、長い影を伸ばして、一本道をゆらゆらと。

 

 ――ところが。

 

「ライガット……?」

「――」

 

 少し離れた位置で、彼は歩みを止めてしまいました。ホズル陛下も訝しげに声を漏らします。

 

「――行けッ、ライガット……!」

 

 そんな彼を突き放すように陛下は呼びかけます。でも、その言葉にははっきりと焦りが感じられます。

 そしてそのまま、ライガットさんは踵を返してこちらを――ホズル陛下の顔を見ました。

 ……驚きましたね。先程とはライガットさんの眼光が全然違います。この短時間に一体何があったんでしょう? 

 ライガットさんは私の横まで戻ってくると、ついさっきとは違い今度は揺らぎないしっかりとした目で私の目を見つめます。

 

「……すまん、多分お前の力も借りることになる」

「――(……え゛)」

 

 なんでしょう、何故か私ライガットさんに頼りにされてるっぽいです。

 

「おいッ、ヒゲ将軍!!」

(うわぁ……)

 

 かなり問題がありそうなことを口走るライガットさん。何事か頼み事があるようですね。国王であるホズル様ではなく、あのおヒゲを生やしてメガネを掛けたダンディな将軍閣下らしい男性に頼むのには、何か理由があるのでしょう。先程とは打って変わってしっかりとした足取りで歩いて行くライガットさんの背中を見遣りながら私は考えます。

 恐らくですが、彼は滅亡しようとしているこの国――そして友人達を守るために踏み留まって戻ってきたのでしょう。

 自分がどうなるのか、何をこれからしなければならないのかを見定め、その覚悟を決めて。

 

(うーん……よし、決めました!)

 

 彼の目と背中を見て、私の内心も固まりました。何の事ですかって? それはシギュン様の提案に乗ることです。ちょこっとこっちからも要望は伝えさせてもらう予定ではありますが。

 そして、自分に都合の良いクリシュナ脱出計画も放棄です。彼らと一緒に最後までこの国のお世話になって足掻いてみせようではありませんか。

 

 ――どうせ私は一度死んだ身で、今ある生命はお情けで貰った儲けもの。今の自分は何にも持ってない空っぽの存在で、それならばこの国を救おうと立ち上がったこの人にお付き合いするのも一興でしょう。

 今や私に迷いはありません。ついさっきまであーだこーだと何事にもおっかなびっくり悩んでいたはずなのに、なぜか私の頭の中はスッキリ。

 

(それに、誰かに頼りにされたら答えるのが人情というもの。それが好ましく思える人間からならば尚更……ふふん、私ってば男前でいい女です!)

 

 

 さあ、運命に抗って見せようではありませんか!

 紫がかった夕日を浴びながら、声なき声で私は宣言致します。

 

 ――我ながら単純なものですが、悪業を為しても手を貸したい、見守りたい人達が出来て、やりたい事が見つかってしまいましたとさ。

 

 

 

 




▼今回のまとめ・追記事項

1.王夫妻と親睦を深める
2.やりたい事が見つかってコネ就職希望
3.察しの良いライガットさん


次回、よろしくお願いします。
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