鵺兄妹魔法学園奇譚   作:あるかなふぉーす

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今回は早く書けました。

少年漫画に憧憬を抱くものとしては主人公に技名を大声で叫ばせたい。



第拾話 五色ノ御手 -Elementalist-

1

 

ほとんど代表者控室のような扱いの演習準備室だが、そこには液状重金属のような重っくるしい空気が漂っている訳でもなく、

 

かといえば火気厳禁、使用すれば一斉引火は免れないというピリピリとした空気が立ち込めている訳でもない。

 

至って普通。至ってノーマルだと行っておこう。

 

読者諸氏が過度な勤勉家あるいは日々の職務に追われ休む暇などない、という方でない限り、

 

休日は家でぐでーっとすることもあるのではなかろうか?

 

今、俺らはそんな感じだ。

 

俺が緊張して、あたふたあたふた、ふぇぇ。。どうしたらいいのぉ。

 

とか慌てふためく無様な光景が拝見できる、とでも考えた奴らよ。

 

その危険な思考回路についてはは太陽系外縁の隅にでもおいておくとして、残念だったなといっておく、

 

残念ながらこの俺、白鵺陵はその程度のことでは物怖じしないのだ。

 

常に自分の行動に絶対的自信を持つ男、即ちこの俺は他人が何をどう言おうと決して揺らがない志を持っている。

 

さぁ皆、こんなときは海軍兵学校に古くより伝わる、かの有名な五省を諳じよう。

 

一、至誠に悖る勿かりしか

 

一、言行に恥づる勿かりしか

 

一、気力に缺くる勿かりしか

 

一、努力に憾み勿かりしか

 

一、不精に亘る勿かりしか

 

俺はその全てにイエスと解答しよう!

 

 

「貴方の場合、上から順に『独善者』、『自己中』、『根性馬鹿』、『慢心家』、『自信過剰』になると思いますけど」

 

 

「開始早々、酷いこといってくれるな!」

 

 

そのように俺の純潔なハートを動力シャベルを搭載した掘削土木重機さながらに抉りとってくれたのは、

 

近頃出番が皆無の夜鳥巫仙である。

 

と素直にそれを述べてしまうと、それこそ俺の身体がロードローラーだッ!と一瞬で粗挽き肉にされてしまうので、

 

胸中に思いとどめておくだけにする。

 

誰にだって触れてほしくないことってあるよね?わかるよ。

 

 

「何を仰ってるんですか、何が言行に恥づる勿かりしかですか、恥じる所しかないでしょうに

 

 いっそ書き出しをこう変えたらいかがですか?

 

 『恥の多い生涯を送って来ました。

 

  自分には、人間の生活というものが、見当もつかないのです。』と」

 

 

「誰が『人間失格』の第一の手記の書き出しだ!

 

 あと、『自分には、人間の生活というものが、見当もつかないのです。』ってのはマジで言い過ぎだ!

 

 最近、お前の罵倒しか聞いてないんだが、まあいい。ならお前には俺が恥じる所しかない、といえるだけの論拠を示してもらおうか」

 

 

「論拠ですか」

 

 

「そうともさ、お前がそんなに言うからには俺が恥の多い人間であることの証左があって然るべきだろう」

 

 

勝った!俺は心のなかで渾身のガッツポーズ。

 

俺という人間は注意力に長けており、日頃の言行に関しては人一倍気を遣っているのだ!

 

そんな俺が襤褸を出すはずなど絶無!

 

フハハハハ…

 

俺は心中、少年誌連載漫画の悪役めいた笑い声を上げる。

 

そう、だからだ…

 

 

「『近頃出番が皆無の夜鳥巫仙である』ねぇ…」

 

 

「…ッ!」

 

 

「痛いところを突いてくれるじゃあありませんか。正直この夜鳥巫仙、ショックで目の前の男性を練り殺してしまいそうです」

 

 

「こわ!」

 

 

えちょまち、なんで巫仙さんがつい十数行前の俺のセリフ知ってんの?

 

まさか口に出てた!?

 

いやないない。

 

直後にわざわざ、

 

『胸中に思いとどめておくだけにする。』

 

って地の文に書いてるのに…

 

 

「へぇ、『ロードローラーだッ!』がそんなにお嫌で?

 

 ご安心なさって…

 

 γ線バーストで貴方の肉体を素粒子レベルまで細切れに還元して差し上げますわ」

 

 

「やることエグいわ!」

 

 

――というか、本来俺が突っ込むべき場所はそこではない。

 

 

「何故お前が俺の独白を知ってんだ!?」

 

 

「あれまご存知なくて?最近の陵さんのプロローグ程度、縦書きPDFに変換してネットでいつでも無料で落とせますわ」

 

 

「マジっすか!?」

 

 

「ただあれ、「」が横書きのままなので読みづらいのですよね」

 

 

「それはどこのも大体おんなじ!てかもうメタネタストップ!どこぞの西尾◯新先生じゃないんだから」

 

 

貴方も割とメタネタ出しているでしょうに、という巫仙の言葉を最後に、この話は一旦打ち切りとなった。

 

それから暫く、俺のプロローグ、縦書きPDF、ナンデ!?

 

とそこそこ話を内心引き摺りつつも無言の時間が刻々と流れる。

 

また少し時間が経過すると、

 

 

『模擬魔戦決勝開始まで残り5分です。出場生徒及び関係各位は運営本部まで』

 

 

そのようなアナウンスが流れ、俺たちは今度こそ気を引き締める――

 

ということもなく、やっぱりぐでーっとしていた。

 

 

「ほら、召集かかりましたわよ。行かなくてよいので?」

 

 

「あぁ…もうちょいしてから。あと2分ほど。トイレ行ってましたー、って言っときゃいいでしょ」

 

 

「私は別に貴方がどうなろうが知ったことじゃないのですけど、どなたと仰いましたっけ?

 

 緋狩澤光さん?あの方、見た目短気そうですから業を煮やすのではないので?」

 

 

「あーそうかもなー、じゃああと一分ぐらいで行くか」

 

 

「というか、さっきからもう既に一分経ってますわ」

 

 

「んー、あと0.31パーセク」

 

 

「それ『0.31パーセク≒一光年からの光年は時間じゃなくて距離の単位だ』とか言わせたいんでしょうけど、常人は普通気づきませんわよ」

 

 

じゃあ、気づいた巫仙さんとは何ぞ。

 

と、とりとめのないと言うか最早無益の境地にまで達した俺らの会話だが、流石にこれ以上の継続を許してしまうと

 

ガチで召集に遅れてしまうので、早々にこの益体のない会話の輪廻を脱すべく、俺は部屋を出る。

 

せいぜい頑張ってくださいまし、とにべもない巫仙の言葉をあとに後ろ手でドアを閉めた――ということもなく、近未来的機動音とともに自動で閉まった。

 

演習場へと続く通路の寂寥感を思わせる静謐が、ただただ俺を決戦の場へ誘う。

 

 

2

 

 

「随分と遅かったわね、白鵺陵」

 

 

つっけんどんな口調で俺を迎えた緋狩澤光は見るからに業腹だった。

 

『怒髪天を突く』という諺を擬人化させたらこうなるんだろうな、という感じだった。

 

誰かやってもいいんじゃないか、艦◯れとかと◯らぶの人気に肖って。

 

駄目ですよね、そうですよね、わかってました、もうしません。

 

そんなわけで今にもその長髪が超常概念に憑依されたかのように重力に逆らい靡き、

 

メデューサのような様相を呈さんとしている緋狩澤光を捨て置くことは勿論出来ず、

 

 

「あーいやはやすまない、お手洗い行ってたんだよ、小の方だぜ、あーこれは生理現象なんだ、抑えられるはずもないだろう?」

 

 

我ながら恐ろしいほどの棒読みと演技力の低さではあるが、

 

七つの大罪が一つ、憤怒に支配され、冷静な判断は望むべくもなかろう緋狩澤光だったのでこの程度の言い訳でも通用するのか、とも思ったが、

 

 

「忌々しい生理現象ね。いっそ羅切してしまいなさい」

 

 

彼女の思考は俺の遥か斜め上を行っていた。

 

注釈しておくが羅切とは、その昔、僧侶が己の性欲を断ち切るため自らの下半身にぶら下がる聖剣(エクスカリバー)

 

文字通り、『断ち切った』と云われている聞くに痛々しい行為である。

 

何故長小便をしただけで(嘘だが)、己の性欲と男の証を喪失してしまうような行為を命じてくる緋狩澤は最早サイコの域だろう。

 

 

「断る!悪いが俺はこんなとこで16年間守り抜いた男の証を捨てる気はさらさらない。 

 

 というか女の子がそんなお下品、というか下世話な単語を口にするな」

 

 

そう俺が嗜めると、緋狩澤は眦を上げ、鋭利極まりない目付きで俺に退治した。

 

 

「あら、貴方は『女性は上品な言葉しか口にしない』とかいうステレオタイプな固定観念に基づいて私の言論の自由を束縛する気なの?

 

 それは男女平等参画社会の実現を志す現代社会に対し、反抗的な態勢を取っていると見ていいのかしら?」

 

 

「発想が飛躍しすぎだ!それに老若男女に拘らず、社会的モラルに反する単語に対し、自粛を促すのは当然のことだろ」

 

 

「出た出た…そういう奴。

 

 ろくに頭の程度も高くない癖して社会派気取って『私は社会の代弁者です、社会通念に反する輩を弾劾してる俺カッコいい』とか思い込んでるのね、可哀想」

 

         

「え、いやちょと待ち。何で俺そこまで言われてんの?別にそこまで思ってはな――」

 

 

しかし、俺の言葉は為す術なく遮られる。

 

 

「そういう奴は社会的少数派(マイノリティー)に対して一方的に数の利がある多数派(マジョリティー)に阿ることしか脳がないから

 

 大抵が主体性空っぽの脳足りんなのよ…この資本主義(キャピタリズム)の犬め…」

 

 

「しまいにゃ泣くぞ!?」

 

 

岩豆腐もかくやというほどのメンタルを持っている俺でも、流石にここまで言われたら胸に来るものがある。

 

俺はその旨、無様にも泣き落としで抗言するも、

 

 

「泣けばいいじゃない、生ゴミ」

 

 

手酷い暴言で一蹴された。無念。

 

というか、ここまで罵られてしまうと一周して新たな世界への扉が開きそうだ。

 

と、俺がまだ見ぬ未開の世界への扉を押し開けんとしていたところに、

 

 

『あの…そろそろ試合を始めますので双方位置についてください』

 

 

と教師による申し訳なさげな言葉のカットイン。

 

すみませんねぇ、ご迷惑をお掛けして。

 

これ以上、先生方の気を揉ませるに忍びないので、この話は一旦打ち切りとした。

 

演習場ステージへと上る去り際、『精々一撃で倒されないことね』と彼女はニヒルに笑っていた。

 

俺もステージに上ろうかと足を踏み出したところに一人の人影が現れた。

 

誰あろう、これまた久しぶりの登場・時椿叶深である。

 

 

「お久し振りです、陵さん」

 

 

「おお…本当に久し振りだな」

 

 

他愛もない挨拶を交わす。

 

 

「何か用か?」

 

 

試合時間も刻々と迫ってきてるし、何よりこれ以上緋狩澤光の暴言は聞くに絶えない。

 

手早く済ませるのが上策だ、と俺は話を振る。

 

 

「はい、ご安心ください。すぐ済みます」

 

 

それはよかった。

 

ところで毎度毎度思うのだが、何故彼女は巫仙と同じように敬語を使うのに口調に刺々しさを感じないのか…

 

行く果ても知らぬ命題にぶち当たったが、考えるだけ答えも出ず、無為なことだと察した。

 

 

「緋狩澤光さんについてです。彼女について何か知っていますか?」

 

 

「いや」

 

 

叶深の問いに、俺は即答した。

 

真実である。

 

彼女についての情報を咢埜先輩から得ることはできなかったし、その後自宅にて色々と情報を漁っても経歴以上のものは得られなかった。

 

 

「そうですか…私も大したものではないんですが、彼女の使う魔法について少し小耳に挟んだことがあります」

 

 

「本当か?」

 

 

俺が聞き返すと、叶深は首肯する。

 

それはとても助かる。さしもの俺と言えど情報未確定の未知の敵と戦うのは嫌なのだ。

 

些細な情報でも無いよりはある方がいい。

 

 

「彼女は、全属性の使い手です」

 

 

「…マジかよ」

 

 

「大マジです」

 

 

彼女の口から発せられた言葉に、俺はため息を吐かざるを得ない。

 

厄介な敵と当たったものだ。

 

彼女が偏向的、一極的な魔法使いだったら打つ手も幾らでもあるってものだが、

 

なべてを網羅しているとなると、そこに死角はほとんどないと言ってもいい。

 

打つ手も搾られてくる。

 

叶深は尚も続ける。

 

 

「故に彼女につけられた二つ名は――『五色の御手(エレメンタリスト)』」

 

 

五色の御手(エレメンタリスト)』…

 

奴にダモクレスの剣という言葉を教えてやろうと内心意気込んでいた俺だったが、

 

今何気に俺が主人公の座から引きずり下ろされる際に立たされていた。

 

しかし、ここで戦うか戦わないか、もはや俺にNOを宣言する権限は、残念ながら残されていない。

 

そもそも元から二者択一ではなく、一者択一だったのだ。

 

 

「ああ…助言感謝する。有効的に活かさせてもらうよ」

 

 

「はい!お役に立てて光栄です」

 

 

彼女は、神話時代の大天使か女神が降誕したかのような笑みでそう言った。

 

うわ、眩し!直視できねぇ。

 

俺はその場からそそくさと逃げ出すようにステージへ向かった。

 

俺の開始位置は演習場の中でもAやFクラス側の方に陣取られ、対戦相手とは20mほど離れないと行けない。

 

本部を背に左手の方向、天井から赤色のレーザー光(無害)でライトマーキングされた場所に立つ。

 

これは慣れなのかも知れないが、驚くほどに緊張はなかった。

 

それも、単に俺の性格が豪胆かつ磊落だったから、で済ませられるのだが。

 

てかそれよりも、さっきから至近で背中に敵味方両方からの視線攻撃がチリチリと灼き付くようにまとわりつくのが気に入らない。

 

敵意、蔑視、期待、失望、諦念、数多の感情が宿された視線が多元素化合物のような混沌とした飽和状態となって俺に降り注ぐ。

 

無数の感情が渦巻き、無秩序性を発揮し、その歪さは俺を一種の酔った状態にさせる。

 

悪いけど昔から衆目を集めるのは苦手なんだ。

 

そんな極限状態の中でも俺は無意識にリラックスと集中の中間点、境界線とも言える精神状態を維持し、意識・五感を一点に集中させる。

 

カツン、カツン…

 

厚底の靴特有のくぐもった反響音だけが俺の鼓膜を打ち付け、さらに俺は意識のベクトルをそちらに向ける。

 

俺のリラックスと集中、その二つの臨界状態にある精神状態(心理学的にはこれをゾーンと呼ぶらしい)は彼女の一挙手一投足――

 

のみならず、呼吸、心拍、果てには周囲の空気の対流という有益な情報を俺の脳内にダイレクトで伝達する。

 

それだけではない。

 

感覚時間、世界を流河のように走る一衣帯水の絶対的な時間とは違い、個体ごとに感じ方に差異が生まれるという相対的な時間。

 

心理的最良点に達している俺の頭脳、身体は彼女の動作を平常時よりもより緩慢に伝える。

 

しかしこれは決して感覚時間が歪められているのではなく、あくまでも絶対時間が歪んでいるように感覚時間が見せているのだ。

 

そして厳かに響く靴の反響音も、あるいは周囲の喧騒も絶え、ただただ静寂(デッド)の世界へ没入する。

 

プァーン…と開戦の鬨だけが明瞭に聴覚に届いた。

 

斯くて決戦の火蓋が切って落とされる。

 

 

3

 

 

最初に仕掛けたのは緋狩澤光だった。

 

右手を前方へ突きだし、親指を天へ向け、人差し指と中指は真っ直ぐ伸ばし、薬指と小指は折る。

 

所謂、子供がよくやる銃を模したジェスチャーだ。

 

何をしているか分からない方も多いだろう。

 

なんの意味があるのか?と疑問に抱くこともあるのではなかろうか。

 

一見、訳の分からないこの行為だか、彼女ら魔法使い(ウィザード)にとっては非常に大切なことである。

 

即ち、イメージの固定化。

 

魔法とは、とりもなおさず人間の生み出した幻想、仮想を魔力を媒介として現実世界に具現化するものなので、

 

魔法とイメージというものは切っても切り離せない。

 

属性魔法と物理魔法からなる無限にも近い魔法の構造式は、複雑なものが多く、イメージの存在はもはや必須である。

 

例を挙げるなら、問題に即した図形の描画された図形問題と問題文オンリーの図形問題、同じ図形問題でも、どちらが難しいか?

 

と、つまりはそういうことだ。

 

予め規定されたイメージがあった方が、どんなに複雑な構造式でも立てやすいのだ。

 

故に魔法使いはそのイメージをより効率的に固定化するため、詠唱(スペルキャスト)身振り(ジェスチャー)などで、

 

半ば自己暗示のように自らに魔法のイメージを定着させ、それをいつでも恣意的に引き出し(アウトプット)できるようにするのだ。

 

また例を挙げるなら、何かを暗記するときに特定の音楽を聞いたり匂いを嗅いだりして聴覚や嗅覚を併用すると、

 

同じ音楽を聞いたり匂いを嗅いだりしたときに暗記した内容を思い出しやすくなる、といったところか。

 

しかも、この構造式は魔法のランクが上がるごとに比例して上昇するため、高位の魔法使い(ウィザード)になればなるほどこの行為は疎かにできないのだ。

 

やがて、彼女の突きだした指先を主軸に辺りの気流が収斂し、神話の海竜が生み出す大渦めいた空気の対流を造り出す。

 

それはこれでもか、というほどの害意の塊。

 

()()を構成する風の一つ一つが爆発的な加速度で吹き荒れ、最高速度では秒速35mにも達する。

 

一条一条が暴虐的な破壊力を纏った気流はブラックホールに吸い込まれるかのように一点に集束し、()()は一つのものを形作った。

 

『槍』である。

 

その槍は轟々と唸りを上げ周囲に害意の波動を打ち放った。

 

観戦席にて勝負の行方を興奮げに見守っていた生徒達ですらもその禍々しさに後方へ退いている。

 

魔法の流れ弾が観戦席に被弾しないための超強力な『対魔法阻害特殊結界(アンチ・ウィザーディング・フィールド)』が展開されていると知っているにも関わらず、である。

 

そして数秒も経たず、気流の凝集によって召喚された巨大な風の槍が完成したとみるや、緋狩澤光は銃のジェスチャーをした右手を水平に90度横に薙ぎ(それが魔法起動時の身振り(ジェスチャー)だろう)、

 

高らかにその魔法名を叫んだ。

 

 

「『災厄の風槍(ゲイル・オブ・カラミティ)』――!」

 

 

直後、世界の終焉とも思えるような怒濤の疾風が吹き荒れた。

 

最大風速秒速40m強。

 

竜巻の階級、(藤田)スケールで表すと、F1クラス。

 

下から二番目の階級なので一目見る限り、あれ?それほどでもない?と思うかもしれない。

 

しかしそれは検討違いもいいところだ。

 

F1クラスの竜巻でも1トン近くある自動車を軽々と薙ぎ倒すことができるのだ。

 

況んや人間をや、である。

 

彼女が『精々一撃で倒されないことね』と言っていたことの意味はこれであった。

 

余談だが、風の噂には彼女はF4クラスの竜巻も生み出すことができる、とも耳にしたことがある。

 

F4クラス竜巻の風速はF1クラスの約三倍以上。

 

つまり、この害悪性の槍の形は彼女からしても随分と手加減した方なのだ。

 

全く、末恐ろしいことだと陵は独りごちた。

 

対して、緋狩澤光は勝利を確信していた。

 

彼女が目論むのは速攻の一撃決着。

 

開始のブザーと同時に長年鍛え上げた高速詠唱技術によって、僅か数秒以内に魔法を発動し、反応の追い付かない陵に向け、

 

彼の突風を叩き込み、演習場の端――観戦席の高台の壁にまで吹き飛ばし、激突の衝撃で意識を奪うというものだった。

 

この作戦を思い付いたときには、あの陵が何をされたのか分かっていない呆然とした表情でた折れ込む姿を想像し、独り凄絶に笑みを溢したものだった。

 

彼女の作戦は完璧であった。

 

一般的に考え、魔法に関する技量諸々はそのまま魔法ランクにフィードバックし、それ即ち、魔法ランクは個人の魔法技術と比例するのだ。

 

この場合の魔法技術とは魔法の発動速度を言うものであり、普通はFクラスがAクラスにそれで勝てるはずもない。

 

たとえ白鵺陵が強靭な白兵戦闘能力を有していたとして、開始直後、前方広範囲に向けて回避不能かつ絶大な破壊力をもたらす『災厄の風槍(ゲイル・オブ・カラミティ)』に対処できるとは思えない。

 

その、筈だった。

 

 

「――!!」

 

 

故に緋狩澤光は目の前に広がる光景に驚愕の二文字を胸に抱かざるを得なかった。

 

そこにはあろうことか白鵺陵が回避するでもなく、魔法で相殺しようとするでもなく、

 

ただ直立不動の態勢でそこに佇んでいたのだ。

 

髪は後ろに向かってたなびき、皮膚や衣服も強風に引っ張られてはいるが、その身体だけはピクリとも言わず、

 

そこにどっしりと、さながら仁王像のように構えていた。

 

 

(ありえない…ッ!)

 

 

そう、これはあり得ないことなのだ。

 

たかが人の身をして、獰猛な風神の化身たるこの魔法に肉体一つで抵抗できる筈はない。

 

あり得ない、不可能だ、無理だ、理屈に合わない、埒外だこれは。

 

では、彼は何をしていると言うのか?

 

さては肉体強化――いや、例え肉体を強化したとしても体重が増えたりする訳でもないのだから、

 

暴風に吹き飛ばされるの防ぐことができる道理はない。

 

それこそ、地面に縛り付けでもしないと…

 

 

 

ん?

 

地面に――縛り付ける?

 

 

(そうか…!)

 

 

気づくや否や緋狩澤光は真横に掲げていた右腕を下ろし、発動していた魔法をキャンセルする。

 

先程まで猛威を振るっていた暴風は跡形もなく消え去り、台風一過の穏やかさを呈していた。

 

 

「やっぱり気づいた?」

 

 

陵は挑発的なセリフを投げかける。

 

緋狩澤光もそれに反応する。

 

 

「当たり前よ…あんな子供騙し」

 

 

「酷いなぁ、結構考えたんだぜ」

 

 

「『考えた』?何、この攻撃を初めから読んでたっていうの?」

 

 

「読んでたもなにもお前さん自分で言ってたじゃん。『精々一撃で倒されないことね』って。

 

 よもや忘れたわけじゃないよね?

 

 つまりこれって推察するに開幕先制のことでしょ?」

 

 

緋狩澤光は言われて、はっと気付き、後にひどく猛省した。

 

あの時は口をついて出た捨て台詞と思っていたが、今考えてみればあの発言は自分の作戦を晒し者にしただけだったのだ。

 

 

(馬鹿か!私は馬鹿か!)

 

 

どうしようもない自己嫌悪が身を襲う。

 

大抵ここぞというときに阿呆みたいなミステイクを犯してしまうのが、私なのだ。

 

しかし、いつまでも厭悪の感情に拘泥している暇などない。

 

緋狩澤光はかぶりを振って、自らを律した。

 

すぐさま頭を切り替え、この局面に意識を傾ける。

 

 

「『封殺の搦め手』、解除」

 

 

陵が何事かを呟いた。  

 

直後、その正体は可視化され、長いロープ状のものが彼の身体に蛇のようにまとわりつき、蜷局を巻いているのが見えた。

 

緋狩澤光はそれを認め、声を上げる。

 

 

「やっぱり、拘束魔法ね」

 

 

「正確には少し違うけど、まあ、間違ってない」

 

 

「貴方、そんなものを自分にかけるだなんて…もしかしてM?」

 

 

「断じて違ぇ!」

 

 

その様子を伺いつつ、緋狩澤光は半ば確信めいた考えに到達した。

 

この男は、強い。

 

自らも軍隊に五年ほど入隊していたため、彼我の戦力差ぐらい判断できる。

 

先程から阿呆な会話に乗せられつつも、常に警戒という名の人感センサーを絶えることなく発している。

 

白鵺陵は、こと白兵戦になれば自分と互角か、あるいは――

 

かと、言って負けるわけにも行かない。Sランク魔法使い(ウィザード)の示威にもかけて!

 

一瞬で考えをまとめ上げた緋狩澤光に対し、陵は、

 

 

(よく分からんからとりあえず突っ込む!)

 

 

こんな様だった。

 

いや、しかしこれはこれで悪くはないのだ。

 

一見無策の無謀な行動とも取れるかもしれないが、彼とて戦闘の初心者(ビギナー)ではない。

 

物事に対して、他人よりも早く対応できるし、その対処法の幅も広い。

 

ならば明確な戦略形体が確定するまでは、いちいち論理的に思考して行動に制約をかけるより、

 

能動的にアタックを仕掛け、情報を多く引き出した方がいいのだ。

 

そう決定した陵は、警戒態勢を怠ることなく、緋狩澤光に突撃を仕掛けた。

 

緋狩澤光は僅か二秒にも満たないうちに、互いの距離の半分ほどを詰められていた。

 

 

(まさか私が遠距離系魔法の使い手だと見破られた?いや、あの様子を見るに恐らく無策。

 

 なら、冷静に対処すれば…)

 

 

素早く情報を整理すると、彼女は陵に向け、例の銃のジェスチャーを取った。

 

直後、彼女の周囲に怨霊の鬼火を思わせる炎のスフィアが現出した。数にして20くらいだ。

 

 

(火属性魔法!)

 

 

陵もその正体を看破した。

 

彼女が使えるのは風属性魔法のみではない。

 

五色の御手(エレメンタリスト)』の二つ名を冠する彼女は、風属性の他に、

 

地属性、火属性、水属性、空属性の魔法を使役できる。

 

彼女は自らの魔法の発動準備を終えると、

 

 

「喰らえッ!」

 

 

すぐさま右腕を薙いだ。

 

 

「『開花する炎華冠(クラスター・アマリリス)』!」

 

 

その言葉に呼応して彼女の周りに展開されていた火球が一斉に上方へ解き放たれ、放物線を描き、直上から無数に降り注いだ。

 

陵は落下する火焔の着弾地点を避けるように移動するが、幾ら避けてもそこは火球の落下地点。

 

そう、つまりこの魔法は特定座標を狙ったものではなく、対象を含む範囲座標を丸々焼き尽くすための魔法なのだ。

 

陵がいち早く炎の雨から逃れようと足のピッチを速めているところに、背後で火球が落下した。

 

そして――

 

着弾箇所で爆発が起きた。

 

 

「おわっ!!」

 

 

巻き起こった熱波爆風に背中を叩かれる。

 

勢いで前のめりに倒されそうになる身体のバランス軸を必死で修正し、すぐさま立て直した。

 

勝負において敵から目を話すなどもっての他だが、しかし振り向かざるを得なかった。

 

そこには魔法吸収特殊リノリウムによって床の対する衝撃をほぼ吸いとられているものの、

 

上方へ向け、燎原に火をつけたように煌々と燃え盛る爆焔があった。

 

 

(おいおい、こいつァ危なくねぇか!)

 

 

大会規則に則り、後遺症、致命傷を残すレベルの魔法で禁止されている。

 

恐らく今使われたのは起爆魔法。おそらく小規模のもの。

 

大規模なものになると、爆発威力、爆風、酸欠で多人数を一気に虐殺する殺人魔法になるため勿論アウトだが、

 

この爆発で直に炙られたらかなりまずいことになりそうだ、と陵は冷や汗をかく。

 

しかし依然駆ける足を緩めず、降り注ぐ炎を間一髪で躱し、爆風に打たれながらもギリギリの所で元の姿勢を回復する。

 

 

「ふッ!」

 

 

回避爆発回避爆発回避爆発回避爆発回避爆発回避爆発回避爆発回避爆発回避回避回避…!

 

そんなルーティンを幾ばくか繰り返した頃、ようやく『開花する炎華冠(クラスター・アマリリス)』による連撃が終わりを告げ、

 

陵は着地時間を短くしながら、足元をサラマンドラのように這い回る炎を避け、

 

陵と緋狩澤間の距離はもう歩幅3歩ほどにまで縮まっていた。

 

陵がいざ先制をかけん、と軸足の踏み込みを大きくしたところ、

 

 

「『盲目の霧霞(サイトレス・ミスト)』!」

 

 

上から雨のように無数の水滴が降り注いだ。

 

 

(さすがに硫酸でもあるまいし、避ける必要はないか…?)

 

 

そう思っていたが、違う彼女の狙いはそこではなかった。

 

狙いはそう――その下だ。

 

地獄の巨釜のように煮滾った床だった。

 

ジュオッ…

 

床に設置した水滴はたちまち熱され気化し、大気中で冷却され次々と極微細な水滴を生産していく。

 

 

「やられた…」

 

 

陵は憎々し気に吐き捨てるも、即刻冷静さを取り戻し、状況の精査に取り掛かる。

 

眼を閉じる。元から見えないんだから閉じても閉じてなくても同じだ。

 

五感を研ぎ澄ませ、足音、空気の移動、気配、その全てに意識を手向ける。

 

足音…まずない。緋狩澤光は相当なスニーキングスキルをお持ちのようだ。

 

空気の移動…噴き上がる蒸気でかき消されている。

 

それならば、気配しかない。

 

対象の動きを、超五感の第六感的概念にて把握する他ない。

 

自らの意識を潜水艦の水中探信儀(ソナー)のように波動状に遍く行き渡らせ、対象を走査する。

 

実際、この方法のほうが視覚や聴覚よりも手っ取り早い。

 

何故なら各々、受容体(レセプター)である視細胞、蝸牛殻を媒介経路とするのに対し、

 

これはほぼ直感的なものなのだ。

 

この意識の延長線上を用いた超常的能力は、ちょっとやそっとの修練じゃ身につかない。

 

常に戦いに身を置き、日常生活よりも戦闘に場馴れしている者ぐらいしか…

 

陵の足が一歩、一歩、と動く、確信的な足取りだ。

 

そして数歩歩みを進めたところで――

 

バッ!と陵はとみに足を速め、走った。

 

直後、陵の後ろに鋭い閃きが走った。

 

回避しつつ、陵は悟る――これは蹴りだ。

 

さらに数歩走ると、陵は左脚主軸に走行時の速度エネルギーを全転用した減速無しの高速Uターンを見せる。

 

この光景を緋狩澤光が確認できたかは定かではないが、もしできていたのならば彼女の眦は驚愕に決していただろう。

 

実感が沸かないのならば読者諸氏も実践してもらいたい。

 

走った状態からそのスピードを一切緩めることなく180°ターンができるのかを。

 

そして陵は今までの速度エネルギーに反転時の遠心力を加算した右の脚を緋狩澤光に向け――

 

 

「王鶴流格闘術――蹴脚・壱ノ式『斜走戟(しゃそうげき)』!」 

 

 

斜に振りぬいた。

 

与えるダメージの効率性を重視した彼の格闘術流派『王鶴流』の蹴り技の一つ。

 

人間の身体を立体オブジェクトに見立て、相手の肉体を通過する攻撃線を可能な限り長くするよう斜めに蹴り上げる技だ。

 

 

(入った!)

 

 

陵はそう思ったが、しかし一瞬にしてそれを否定。

 

なぜなら脚が振りぬけていないのだ。わかりやすく言うと、手ごたえがありすぎる。

 

つまりこれは、防御されたのだ。

 

 

(マジかよ!逃走フェイントからの高速蹴りだぞ!?回避できるもんなのか?)

 

 

少なくとも、陵は10回やって1、2回ほどミスる自信がある。

 

そんなものを目の前にいるであろう緋狩澤光は受け止めている…

 

 

(いや違う!)

 

 

さらに否定を重ねる。

 

これは防御されているのではない。

 

なぜなら今、俺の右足には攻撃威力の反動ではない負荷(ダメージ)が加えられている。

 

これは――

 

 

(蹴り返した!?)

 

 

直後、陵の身体は後方へ引かれるように吹き飛ばされる。

 

丁度、向こうでも何か擦過音が聞こえた。

 

その当人、緋狩澤光も顔を顰めていた。

 

 

(痛っつ…やってくれるわ。とっさに蹴り返したけど予想外のダメージを貰ったわ…)

 

 

そして、両者とも数秒以内に態勢を直し、構える。

 

然るべき時に向け――

 

演習場ステージを覆っていた『盲目の霧霞(サイトレス・ミスト)』の濃霧が晴れる。

 

陵は緋狩澤を。

 

緋狩澤は陵を。

 

互いの姿を互いがとらえた。

 

視線が、交錯する。

 

双方の距離は僅か5m弱。

 

最早、ここでは魔法を使った方が不利となる。

 

超至近での戦闘。

 

介在する余地があるとすれば――

 

陵は、直立の態勢から僅かに重心を落とした――陵が得意とするところの、『無形の構え』

 

対して緋狩澤は右足を軽く引き、重心を前に倒した典型的な攻めの姿勢

 

――物理戦のみ。

 

皮肉にも模擬魔戦の第二ラウンドは肉弾戦である。

 

 

「驚いた、まさかアンタがそこまでの体術の使い手だったとわ」

 

 

「あら知らなかったの?私、これでも軍人上がりよ」

 

 

そうとだけ言葉を交わし、

 

互いの攻撃が火花を散らす。

 

 

 




実は今回の話、あまりにも長すぎて途中で切って次回で繰り越しにしたんですよ。

本当は今回で第弐章終了として次回から新章突入と相成りたかったのですけど…

どうしよう。
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