甘粕正彦による英雄譚   作:温野菜

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第1話

いま日本の関東のとある地方、上空で神話の再現が行われていた。並び立つ両者は二人の軍服の男、一人は凶相の笑みを浮かべ、もう一人は決死の覚悟を身体中から漂わせ、男と対峙する。そして、この二人が争った後の災痕も凄まじい。周りの建物のほとんどが倒壊し、数十キロ先の横浜の市街地にいたっては軍刀の一振りによって壊滅にされた。そのほとんどが凶相の笑みを浮かべていた、甘粕正彦によるものだが――。

 

甘粕に対峙する柊四四八とて全てを防げるわけではないのだ。その甘粕に興されていく災禍を悲痛の思いを味わい、なおそれでも立ち向かおうとする不屈の意志が存在する。

 

それからも闘いは激化してゆき、争いは人知の及ばないところまで届いていく。まさしくそれは神々と英雄の争い、甘粕正彦は恐怖の象徴たる神々を顕現し、柊四四八は自身にとっての英雄の象徴、仁義八行の象徴たる八犬士を顕現する。

ここから自身の武技よりも意志の強さこそが肝心になる。甘粕正彦は自身でも魅せられる勇気を、柊四四八は甘粕正彦でも魅せられる勇気を見せなければならない。――神話の闘いの終了はそろそろ目前だ。

 

 

 

 

 

 

「おまえの愛を俺に見せろォ――――神々の黄昏(ラグナロォォク)ッッ!」

 

それは北欧神話に伝わる最終戦争。甘粕の発現したラグナロクは世界中の神を混ぜ合わせたものではあるが、間違いなく、それは世界の終焉である。甘粕正彦はこんなことをしておきながら世界の終焉なんてものは望んでいない。ただあるのは天井知らずの人類愛。人が好きだ。お前たちは素晴らしい。だからこそお前たちが腐ってゆく様など見たくはない。愛すべき者たちが誇りがなく、信念もなく、自身が吐く言葉すら責任感がなく、重みもない。それを見て黙っていられるか?

――否、断じて否だッ!

 

真に愛するなら殴らなければならない。言葉で諭すにはもう遅すぎる。痛みをもって教えなければならない。そしてその痛みを以て、お前たち自身が勇気を取り戻してほしい。

 

あるのはそう在って欲しいという我欲。はっきり言えば我が儘だ。だがこれ全てを否定出来るだろうか?そう在って欲しいという他者に対する期待は間違いなのか?余計なお世話なのだろうか?

 

そう全てが全て間違いではないのだ。そういった他者に対する念がなければ、行き着く先は無関心だ。結局のところは甘粕正彦はやり過ぎるところが問題であり、もしそれが無ければ柊四四八は良い友誼を結べただろう。

 

だがそのIFはない。いまですら甘粕は全てを無に帰そうとしている。そしてこの困難ですら柊四四八(お前)ならば、はね除けてくれると甘粕正彦(俺)は信じている。ふざけた道理だ、やられた方は堪ったものではないだろう。だからこそ、柊四四は声を大にする。そんな方法でしか人の想いを確かめることしか出来ない、お前は臆病者だ!魅せてやるッ!俺の勇気をッ!

 

 

 

「――――――」

 

――だからこそ、だからこそ、思わず甘粕は言葉を失ってしまった。甘粕が発動したラグナロクの目前で、目の前の男、柊四四八がしたことに。今、この男はアラヤとのリンクを切っていることに気付いたのだ。それ、すなわち生身であること。超常の力もない、真に唯の一人の人間だということに。そんな男が一歩また一歩と甘粕へと近付いていく。ラグナロクの余波で身体をボロボロにしながら近付いていく。

――そして

 

「実際やらかせば、お前でもびびるだろ甘粕ゥゥッ!」

 

そんな男が全身に血飛沫をあげながら全力で甘粕へと駆けていく。

 

「盧生は夢を体験し、かつその果てに悟る者――」

 

柊四四八は続けて声を上げていく。

 

「彼が得たものは人生の無常、真理、そしてそれに立ち向かう勇気――」

 

甘粕正彦へと心の芯に届けと――

 

「すなわち無形の輝きであり、その誇りこそが強さッ!」

 

更に声を大きくして――

 

 

「理解しろ甘粕――現実にない宝(ユメ)を持ち帰らなければ大義を成せないと思っていた時点でお前は弱い!」満身の想いを握りこぶしに込めて――

 

「世の行く末を憂うなら、自分の力でどうにかしてみろォォッ!」

 

茫然としていた甘粕正彦へと拳と共に叩き付けた。

 

 

 

 

 

 

「ああ―――」

 

茫然自失としていた甘粕に叩き付けられた拳。それはいままで柊四四八が自身に与えてきた攻撃のなかで最弱といっていい威力。だがそれでも甘粕には真に響いたのだ。本来ならばありえない。アラヤとのリンクを切って、ラグナロクを前に血飛沫程度ですむわけがない。だがそれはアラヤと繋がっていた盧生(柊四四八)がユメはユメと断じたからこそ出来ることである。甘粕はそれを前にして感動のあまりに言葉を失ってしまったのだ。同時にこうも思った。俺にも出来ただろうか?この漢のように……。――否、出来なかったからこそ、俺は盧生の力を嬉々として奮っていたのではないか。そして楽園を諦めてラグナロクを発動した。柊四四八がユメをユメと断ずることが出来るのか問うために……

――そして見事、やってのけた。

 

甘粕正彦は救いを得たような声色で柊四四八へと言葉を向ける。

 

「おまえの存在こそが俺の楽園(ぱらいぞ)。そう確信した瞬間に、もはや決着はついていたのだ。おまえならば、たとえどのような黄昏だろうと踏破する。何よりそう信じたがっているのは俺なのだからな」

 

おのれの心の内の言葉を声に出しながら確かめるように言葉にする。何故なら、これが生涯で最も大切な答えを再確認するために。だからこそ続ける。

 

「夢ではない。そうなのだろう。柊四四八。大義を成すのは現実の意志……夢から持ち帰るのが許されるのは、そのための誇りだけ。俺の理解に、間違いはないのだな……?」

 

 

甘粕(おれ)のやり方が、間違いだということに再確認するために。人は超常(ユメ)に頼らずとも立てることを信じるために。

 

「ああ……ようやく理解したか劣等生。おまえほど理解の悪い奴が、今後は現れないことを祈ってるよ」

 

 

得心した。これほど心が晴れやかになったのは生涯で初めてだろう。ならば敗北者は去るとしよう。

 

「ならばよし。悔いもなし!認めよう、俺の負けだ!」

 

そうして甘粕は自分は生み出したラグナロクに呑まれながら消えてゆく。

 

「俺の宝と、未来をどうか守ってくれ。おまえにならすべてを託せる。万歳、万歳、おおおぉぉォッ、万歳ァィ!」

 

最後に聞こえた、その雄叫びと言っていい声には自身が死にゆく悲壮は無く、歓喜の意だけである。そして甘粕正彦はラグナロクはユメはユメと断じたからだろう。アラヤが言ったとおりに発動したラグナロクを止める術はない。しかし、この甘粕が負けを認めた時点で託すべき男の世界を消し去るかもしれないものをそのままにするだろうか。もちろん、否だろう。道理が合わない、なんてことは知ったことではないだろうし何とかするものだ。そういう男だ。

 

後に残るのは彼らが争った災痕と波の音。そして柊四四(イェホーシュア)だけである。

 

 

一先ず、彼等の物語は終わりへと向かう。しかし柊四四八の物語はこれからも続いていくだろう。そして甘粕正彦の物語はここで途絶えた。彼はこれより先の物語を紡げない……はずだった。

 

 

 

 

 

 

ここは別の物語の舞台で本来、交わることがないストーリーである。しかしその舞台劇、諏訪原市内の孤児院に少年らしからぬ少年がいた。幼い相貌に似合わない熟年した大人ですら宿さない意志の強さ。まだ幼さによる小柄の体躯から隠しようのない覇気。その少年の名はこういった。

 

甘粕正彦と。

 

本来なら居ないはずのキャストを含めながら物語は始動する。

 




甘粕正彦が好きなので書いてみました。私が一番好きな男キャラです。

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