甘粕正彦による英雄譚   作:温野菜

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第10話

諏訪原市で恐怖劇が開催し始めている。しかし甘粕正彦は変わらない。例え昨夜に自身に迫る悪意を感じて戦化粧を決め込んで殺し合いを興じていても、そのようなことがあったな、程度な印象しかない。そして変わらずに朝方、登校の準備をし学園へと登校する。彼は普段通り。まるで昨日、起きた出来事など些細なことだと態度で示しているように。甘粕はぶれない。

自分の教室へと着いたら、それぞれのクラスメイトに挨拶し、席へと着席する。甘粕は慣習化された手つきの様で授業の準備を始める。

 

諏訪原市で蠢く闇などクラスメイトは知らず、自身に迫る身の危険も自覚しえない。

 

日常は廻る、廻る。クラスはいまだ穏やかな影がある。そして……

綾瀬香純も遅れながらも学園へと登校し、教室へと入ってくる。だが、彼女特有の快活さがあまり見られず、何処か気落ちしている、そんな雰囲気が見られた。隣にはいつも一緒にいる藤井蓮の姿が無い。その事が原因なのか……。はたまた別の事柄か。彼女は話そうとはしないだろう。

 

時間は過ぎる。午前の授業も、ほとんどが自習であり、教師による授業が行われない。これならばいっそのこと、休校にすればよいものを、大多数の人間がそう思わずにはいられないだろう。事実、いまクラスではそれが話題となっている。

朝のホームルーム。担任が扉を開けて入ってくる。いつもなら朝の挨拶、出席の確認、連絡事項で終わりなのだが、今日はそうでは無かった。

――転校生。言葉にすれば単純。不幸なヤツもいたものだ。そういった感想を持ったものも少なくない。今の諏訪原市は騒がしい。連続殺人が起きている街などわざわざ来たくは無いだろうにと。親の都合かどうかは知らないが。そして彼女は入ってきた。月乃澤学園の女性服を纏ってきた、その少女の名は櫻井螢。黒円卓が一人、櫻井螢=レオンハルト・アウグスト、その人であった。彼女の容姿に男子生徒たちは沸き立つ。それぐらい彼女は美人であった。喧喧諤諤のなか、彼女は驚愕、言葉を失っていた。その様子は周りの騒がしさなど、まるで耳にはいっておらず、ただ一人の男を注視していた。

 

――人間とは存外に鈍感だ。いや、鈍く成ったといったほうが正しいのか?例えば、ニュースでなにがしかの事故または殺人で人が死んだ。抱く感想は、そうなんだ、ぐらいのものだろう。自分に降りかかってくるものではない。そんな無根拠な保障。今の甘粕正彦が其処に居て、クラスメイトたちは平然としている。それがどれだけの異常かわからないのだ。豪胆ととるべきか、いいや、違う。鈍いのだ。どうしようも無いほどに。甘粕正彦が嘆くほどに。安全がもたらす腐敗。それが現れているのだ。しかし、櫻井螢は違う。曲がりなりにも戦場を渡り歩き、黒円卓という化け物たちと共に時を過ごしたのだ。ゆえに彼女には視えるのだ。甘粕正彦が。魂が。格の差と呼ぶべきものが。櫻井螢の魂の総量が大体、千から二千の間。黒円卓では下から数えて少ないほうだろう。だが、だからこそだろう。櫻井は驚愕せざるえないのだ。質が量を超越する。そんなふざけた道理が目の前の男にあった。たしかに学園にナニかがいるのを櫻井は知覚していた。圧倒的、そう表現するしかないナニかが。これを前にして、闘いになるなど櫻井螢は自信家ではない。それでも戦おうとする輩がいるのであれば、余程の酔狂か戦闘狂のどちらかであろう。百聞は一見にしかず、その言葉を本当の意味で櫻井螢は経験したのだ。甘粕正彦の眩い魂。あらゆる総てを焼き尽くす光刃。櫻井思い浮かべたのは一つの思い。コレは駄目だ。怖い、恐い。指先は震えそうになる。みっともなく泣き出したい。しかし堪える。堪える。忘我しそうになる己を堪え、耳に入る雑音を無視しながら席へと着く。何故いまほど、周りの者たちのように鈍くない己を呪いながら。櫻井螢の学園登校、初日は最悪の気分であった。

昼休み、思い思いのグループで談笑している中で教室の扉が開かれる。そこに現れた者は……藤井蓮だった。体調でも悪かったのだろうか?遅れて学園へ登校してきたのだ。彼の表情も具合が悪そうに感じられる。しかし、違う。彼は焦燥と不安に駆られていたのだ。その姿はまるで追い詰められた獣のような印象が。いつ爆発するか解らない爆弾のように。それだけ彼は精神的に参っていたのだ。蓮はクラスを見渡す。……顔は徐々に苦悶の表情へと変わり、しかしそれも決死の覚悟を抱くような顔つきへと変化する。そして、先の問答。蓮は甘粕の余りにも普段通りさに呆れ返っていた。変わらない。変わらない。不変である。昨夜の闘い……とは言えないものだが、しかし、命を狙われたのだ。しかも、もしかしたら、諏訪原市で起きている連続殺人の犯人が自分かも知れない……その恐怖。学園へと向かえば、藤井蓮を殺しにかかってきた連中の一味の一人が学園にいる。しかも甘粕がこちらを圧倒するモノを持ち合わせている。これで無関係だと言えるほどに蓮は察しが悪くない。これだけのことが短い間に立て続けに起きたことで追い詰められるのも、また然り。それ故に蓮は甘粕正彦を視て緊張の糸が緩んだのだ。ああ、こいつ普段通りだと、いうのに自分の体たらくは何だと。藤井蓮の矜持が甘粕を前に無様な姿を晒したくない、男の意地、ただそれだけのことである。

甘粕もまた胸が高鳴るほどに喜んでいた。藤井蓮の宣誓布告と取ってもいい、言。これを受けて奮い立たない輩なぞは断じて漢ではない!その日が待ち遠しくて仕方がない。いっそのこと、いまここで殴り合いたいものだと甘粕の心は逸る。その際に出る被害は甘粕の意識には外れている。……しかしフェアでは、ない。今の藤井蓮では甘粕は完封勝利が出来るという確信がある。それは真に真実であり、甘粕の望むところではない。ならばこそ、試練が必要だ。藤井蓮という宝石を磨くために。それをもって更に強くなってほしい。俺はその手助けをしようではないか。まずは……

 

「お前の言いたいことはそれだけか?違うだろう。聞きたいことがある。そういう目をしている。俺とお前の仲だ。答えるべきことは答えよう、藤井蓮」

甘粕は手を広げて、仰々しく蓮へと言葉を差し向ける。

 

「……屋上へ行こう。話しはそれからだ」

 

教室でする会話しては不穏当すぎる。それを嫌って屋上へと向かいたいのだ。甘粕は笑みを浮かべながら、それを了承する。

 

 

 

 

場所は屋上。秋は過ぎて冬真っ只中、そんな寒い思いまでしてわざわざ来たがるものなどはいない。例外を覗いて。風は吹く。吹き荒ぶ風はまさしく寒風。躊躇わずに蓮は口を開く。

 

「まずは俺からの話だな。……昨日の夜、軍服姿の男に……殺されかけた。荒唐無稽のような話だけど、事実だ。二人、女もいたが今はそれは別にいい。……なあ、甘粕……お前も似たような気配を感じるんだよ。ナニか外れている。そう思わせる雰囲気が今のお前にある。聞かせてくれ、おまえは何者だ?」無駄な話を一切、挟まずに蓮は直球で甘粕に聞く。冗談、笑い事で済む話ではないからである。蓮の唐突な切り口に甘粕は……

 

「俺が何者か?些か困る問いだな、それは。俺は甘粕正彦、そう言ったことを聞きたいわけではあるまい。なに、化物の類いではないだろう。再度、言うが俺は俺、そうとしか答えられない。蓮、俺はこの場で何度だって伝えよう。人間に不可能は無いと」

 

甘粕の答えはつまるところ、化け物、怪物、悪鬼羅刹であろうと人は戦える。意思の問題だと。俺は出来、お前に出来ない道理はない。我も人なり、彼も人なり、言外にそう答えたのだ。

 

「――そういうことじゃッ」

 

蓮はそれでも甘粕に詰め寄ろうとしたが、それは挫かれる。今は昼、その筈なのに夕方へと景色は変わっていた。そして夜へと変わる。頭上を見上げれば巨大と呼んでいい満月が空に見える。その大きさは今にも地上へと落ちてくるのではないかと錯覚を覚えるほどに。しかし、それよりも嗅覚が異常を告げる。血臭、血生臭いというレベルではない。何年、何十年も煮詰めて腐らせた臭いが辺りに充満している。

 

――化け物、その中でも夜を舞台としたキャラクターは何をイメージする?有名どころではやはりドラキュラ。吸血鬼だろう。

 

――そう夜は吸血鬼の棲みかだ。

 




万仙陣、動画と画像を見ていたのですが、何やら話題になっていましたね、甘粕がまた。天神野とやら出して。

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