甘粕正彦による英雄譚   作:温野菜

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第11話

夜へと切り替わっていく様をみていた二人の男。理屈や道理をねじ曲げる、それは暴力的でもある。

異界創造、これを創ったものの気性が世界へ散り撒かせる。激烈な熱情、悪意、殺意、闘気、あらゆるものを混沌と混ぜ合わせた、それは一人の男、甘粕正彦へと突き刺さる。これを造り上げた者は甘粕以外は全てどうでもよいのだ。

 

蓮は怖じ気つきそうな己の意識を無理矢理と結びつける。あまりの異常事態、荒唐無稽さ、現実離れ、しかし危機意識だけは手離さない。不味い、不味い、不味いッッ。それを自覚した藤井蓮の行動は速かった。直ぐ様に屋上の扉を開けるという手間さえ惜しいのか体当たりで打ち破る。その衝撃で扉は跳ね回りながら壁へと打ち付けられる。人間では出来そうもない、それに蓮は頓着しない。今あるのは自分のクラスへと向かわなければならないという強迫観念。何故、どういった現象でこのようなことが起きているか蓮にはわからない。だが、このまま学園の敷地内にいれば、今の自分は間違いなく殺される。それは確信だった。常人離れした蓮の疾走。廊下には倒れ伏す生徒たち。節操がないほどに自分のナニかを吸いとられるそれに耐えられなかったのだろう。今の蓮ですら息苦しいのだ。普通の人間に耐えられるものではない。……数分もしないうちに彼らは死ぬだろう。それを見捨てることに後悔は無いかと蓮は問われれば否と唱える。後悔もある。躊躇いもある。何も出来ない不甲斐なさもある。 ――しかし、それよりも大事な人がいる。蓮は自身の疾走を停め、到着した自分の教室を開く。……そこには倒れた友達を介抱しようとしていた綾瀬香純の姿があった。

 

 

甘粕は泰然と立っている。いま屋上から出ていった藤井蓮の姿を少し視線を移すがそれだけだ。その立ち姿は何かを待ち構えているようにも見受けられる。

そこに――

 

「――オラァッッ!!」

 

一つの黒い影が屋上へと躍り出て拳を甘粕の眼前へと叩きつける。それを予期していたかのように甘粕はそれを難なくと避ける。避けられたソレを気にした風もなく、あっさりと間合いを開けた黒い影、ヴィルヘルム・エーレンブルク。挨拶代わりのつもりだったのか、わかりはしないが白貌には狂笑が張り付いている。待ち望んでいたものがやっと到来した。願いは叶った。歓喜の意が甘粕にも伝わる。

「たった十数時間だが長く感じたぜ。俺ァはいつも本当に欲しいものだけは手に入らねぇんだよ……アァ、だから今は最高の気分だ」

 

相手の返答を求めているのか、いないのか、定かではないが、ヴィルヘルムは陶酔した表情で口ずさむ。

 

「ならば歓迎しよう、ヴィルヘルム・エーレンブルク。俺なりの流儀で。好きなのだろう?拳を交えるのが。邪魔させんよ、たとえ神であろうが」

 

甘粕は構えをとる。その身に武具を一つとして身に付けておらず、文字通りの空手。しかし、洗練された甘粕の闘気には一切の怯えは見当たらず。我が身可愛さに逃げの一手などありえない。不退転の意思を込めて。

 

「――クハッ」

 

 

それでヴィルヘルムには充分だった。洩れた吐息から弾けた叫笑。

その返礼に腕から飛び出すは十メートル以上の血杭。それを散弾銃かのように打ち出す。

 

そうこれがヴィルヘルムの聖遺物。血こそがカズィクル・ベイたる由縁。これに貫かれた相手の魂ごと吸いとり自分の糧とする。そして、いまの光景はベイの創造。活動、形成、創造、流出の四つの位階。形成は自分自身の聖遺物の現出。創造は己の渇望、求道か覇道かによって個々の現れ方が違う。世界に働きかけるかが覇道ならば、ベイもまた覇道。甘粕の全身を襲う疲労感と虚脱感、世界全体が吸血を行っている。そのような感覚。これでは中にいる学園生はどうだろうか?死者は確実に出ているだろう。

それ対して甘粕は手助けはしない。これを以て立ち上がってほしいとすら考えている。死に直結したとき、人は本気に成らざる得ない。

 

ヴィルヘルムの血杭、当たれば肉を削がれるどころが骨ごとにもっていきかねない、それに甘粕は刹那の見切りで回避する。しかし連撃で途絶えることなくまだまだ続く。

――しかし、意味を為さない。面白い、面白い、甘粕はそんな笑みを浮かべながら。

 

そんな姿を見受けたヴィルヘルムは笑う、笑う、笑う。

 

「ならよォ、これはどうだァッ!!」

 

夜は深まる。更に漆黒へと。底が見えない奈落のように。突如として何もない空間から数十に渡る杭が射出される。

「――ぐッ」

 

これは流石に予期出来なかったのか、腹部に一撃を食らう甘粕。しかし、流石と言うべきか。それ以降のものは躱すか、拳で打ち砕く。

「くははははは、アレも防ぐかよ。いいぞ、最高だ。殺し合いはこうでなくちゃ、いけねえよなぁっ!」

まるで絶頂期かの如く、ヴィルヘルムは高揚としていく。不死に近い存在であろうと生を謳歌する。甘粕もまた奮起する。もっとこの男の輝きを引き出さなければと。おまえたちは素晴らしいのだと謳わせてくれと。腹部にある血杭が一瞬に膨張し、弾け飛ぶ。腹に空いた穴は初めから無かったかのように消失する。同時に甘粕の魂の密度もまた跳ね上がる。更に更に更に力強く。雄々しくあれと。 ヴィルヘルムもまた薔薇の夜を深め、高められた甘粕の力を吸いとり強化していく。次に攻勢に出るは甘粕。ただの踏み込みでいまにも崩壊しそうな屋上。地面に亀裂を走らせ、ヴィルヘルムへと詰め寄る。刹那、放たれる拳打。……ヴィルヘルムは防がない。前へ前へとこちらは攻勢にしか出ない。甘粕の拳打を受けたヴィルヘルムは一瞬と身体が硬直した。

「――グォッッ」

 

――重てェ、芯すらも揺らがす一撃、驚きを禁じ得ない。しかし、ヴィルヘルムはそれが愉しくて仕方がない。与えられる痛みが愉快だ。子供が初めて与えられた玩具に夢中になるように。ヴィルヘルムもまた、今の一時を楽しんでいる。

 

お返しといわんばかりに膂力に任せた一撃、そして甘粕の周りに包囲する数百、数千の杭。それが間断なく生える。当然の如く逃げ場所は……無い。甘粕に身に迫るそれら。人外の域に達している甘粕とて、防ぎ続けるのは難しい。今のヴィルヘルムに遊びはなく、容赦もない。

防ぐ、防ぐ、防ぐ、しかし、手傷もまた多くなる。いたるところ血を吹き、学生服はぼろきれになっている。それでも甘粕は歓喜し笑う。強い、強いなと。間近で伝わる意思の発露。それが善性、悪性、どのような想いが込められたものであれ、貫き通された一念は素晴らしい。この世界は想いが形になる。渇望、願い。言い方はそれぞれあるが、大体そのようなものだ。ならば甘粕の願いは何だ?人の輝きを勇気を無くしたくない。同時にそれを見続けいたい。ゆえ魔王となり人に試練を課す。それが甘粕正彦の願い。ヴィルヘルムに更なる試練を苦境を課したい。それに相応しいものを彼に与えなければと。己の力を高める。それだけで十分か?相手をもっと美しく輝かせることが出来るのではないか?意識を魂の奥底から己のルールを引き出す。イメージするのは悪魔の兵器。日本にとって消えない傷を残した核兵器。アラヤに繋がっていない、俺はそれを使えない。なるほど、確かにそのとおりだ。元より使うつもりはない。しかし、この世界には、この世界のルールがあることを甘粕は知っている。黒円卓という者たちと対峙して、より一層に。ならば出来るだろう。相手に相応しい試練を与えるために。人間に不可能はない。諦めなければ夢は必ず叶うと信じている。そしてこれこそが甘粕の形成にあたるもの。聖遺物は甘粕正彦の精神。――手を頭上へ掲げる。さあ、魅せてくれ、ヴィルヘルム・エーレンブルク。これにどう抗い、どのような強さを俺に示してくれる?声を爆発させるかの勢いで甘粕正彦は叫ぶ。広島を炎で包んだ、その名を。

「リトルボォォォイ!」

 

 

甘粕正彦の上空に出現した、それは過去の広島、1945年8月6日、焼失面積13200000㎡、死者118661人、負傷者82807人、全焼全壊61820棟の被害を悪夢を産み出した核兵器である。




あれ?可笑しいな。書いているうちに甘粕が核兵器を出したぞ?盧生の力じゃないから大丈夫ですよね?それにほらっ!まだ、け、形成ですし(白目)

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