甘粕正彦による英雄譚   作:温野菜

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第12話

甘粕とヴィルヘルム、二人が屋上で熾烈な闘いを繰り広げているなかで時刻は遡る。藤井蓮が綾瀬香純を見つけた、その時まで。

 

「香純っ!」

 

香純を見つけた蓮にいまだ安堵はない。気配を感じるのだ。苛烈な破壊音、ぶつかり合う戦意、ここに居てはいけない焦燥感。事態は切迫している。

 

「――蓮ッ、皆が!急に倒れちゃって……」

 

いまにも泣き出しそうな香純の表情、しかし、それでも気丈であろうとする、その姿は真に美しい。それに対して蓮の返答は……

 

「――逃げるぞッ、香純、ここに居ちゃいけない!」

 

それは言外に周りの者たちは見捨てるという宣言。藤井蓮の手は広くはない。何もかも取り零さずにいろなんて、どだい、無理な話だ。だから人には優先順位が存在する。藤井蓮にとって綾瀬香純はなによりも優先するべきものにすぎない。だからこそ、香純を無理矢理と腕に抱える。彼女が見捨てる訳ではないと。俺が無理矢理にお前を連れ出したのだと、そう語るように。

……しかし、それはやせ我慢。普段、交流が少ないクラスメイトであったが、顔見知りだ。そんな彼らを見捨てることしか出来ない、己の不甲斐なさが情けなくて仕方がない。……表情には出さないようにしているが、心で涙する。弱い俺ですまない。

 

――綾瀬香純は何もわからない。窓から見える夜の景色、全身を苛む疲労感、血を何十年も腐らせた、臭気。突然、倒れていくクラスメイト。その中でも何故か無事な私。当然、綾瀬香純が無事なのも理由がある。彼女はその自覚もないし、ひいては只の操り人形のようなものだが、今の彼女には本来ならば藤井蓮が有している力を彼女も持ち合わせている。それが幸運として働いた。香純もそれを有していなければ今頃は倒れているクラスメイトの中の一人に混じっていただろう。

香純は自分を腕に抱き抱えた蓮を見上げる。毅然としようとしているが、香純には解っていた。藤井蓮という男が傷付き、今なお、自分を守ろうとしていることを。……そんなあんただから、わたしは助けになりたいの……蚊帳の外は嫌だから。だからいま出来ることは彼を抱き締めること。わたしはここにいるよと知らせてあげるのだ。それが彼の安らぎになるのを綾瀬香純はよく知っていた。

 

遠くから聞こえてくる爆発音、校舎が軋みをあげている。別世界へ迷い込んだような気分。

 

常人離れした蓮の疾走。窓枠から飛び越えて香純を抱えたまま外に出る。常人なら墜落死もしくは骨折、それに類する怪我を負うものだが、蓮にその様子は視られない。前へ前へと校門へ疾駆する。

――そして、聞こえたのだ。その声が。甘粕正彦の声が。蓮は思わず、屋上へと目をやる。

 

「……何だあれは?」

 

理解が及ばない。蓮の強化された視覚に映ったのは某かの弾頭。よくテレビで爆撃機に搭載されているソレだ。上空に浮かんでいたのだ。ならば次に起こることは?自明の理だ。

 

「――ヤバいッッ!」

 

蓮は直ぐ様にここから離れようとする。それが無駄な行為であることは蓮自身がよくわかっている。しかしそれでも離れる。離脱する。……だが

 

「ッッ」

 

――出られない。何か見えない壁があるかのように激突したのだ。

――そして、もう遅い。

閃光が夜魔の世界を照らす。それは彼の世界を終焉させる浄化の光。産まれるは人工の太陽。全てを滅却する業火である。

 

もうどうにもならない。この身は灼熱の業火によって焼き付くされる。…………腕の中の香純と共に。

こいつを死なせる?目の前で?俺の手が届いているのに?

 

 

――ふざけるなッ!そんなことは絶対に認めない!

諦めたくないし、死にたくもない。俺は日常へと帰るんだ!

 

時間が止まればいい。そんなことを常に考えてきたのだ。ほら、爆発もまだ、ここまで届いていない。停止したと過言ではない、時の世界で蓮だけが動く。そしてある確信もあった。校門さえ抜けれれば自分たちは生還出来ると。あのこちら側まで届く、熱波を発する太陽が出来た瞬間、蓮は世界の軋みを感じたのだ。いまならば出られる。届け、届けと願う。一歩、また一歩と。

 

校門を潜り抜ける。大音響と一緒に背中に衝撃波を受ける。腕の中の香純だけは傷を受けないよう、しっかりと抱きすくめながら、数十メートルの長さまで弾き飛ばされる。意識が眩み、前後左右が判別できない。まともに意識を保てずに藤井蓮は目の前が暗転した。

 

 

 

「リトルボォォォイ!」

 

甘粕が形成させた、それは核兵器。対人戦闘に使用するものでは決してない。魔王(おれ)がもたらす試練をお前は突破してみせろ。自らの魂を燃焼させて光り輝くのだ!ヴィルヘルムに対して、そう問いかけているのだ。

 

「――な……んだとォ……」

 

 

相対していたヴィルヘルムも虚空へと浮かぶ、それを目視する。数多の戦場を渡り歩き、しかし、これを目にする機会はそうそうとないだろう。ヴィルヘルムに双眼に驚きの感情を映したのだ。

ザミエルのやつと同じ類の聖遺物かッ!

ヴィルヘルムの心胆に浮かぶ、それは間違いではあるが、しかし彼がそう解釈してしまうのも致し方あるまい。誰が想像できる?精神が聖遺物と化しているのだと。

だがしかし、ヴィルヘルムのそこからの対処もまた速かった。あれはもう形成された。ならば爆発する前に吸い殺せばよい。単純明快であるが効果あるだろう。

 

――それではつまらんだろう。

甘粕がそれを許さない。ヴィルヘルムの行動は確かに速かった。だが、それだけだ。

 

閃光が視界を潰す。続いて身を焼く灼熱。吸血鬼の弱点に十字架、白木の杭、銀の弾丸、そして太陽。発現した人工太陽はヴィルヘルムに捧げられた地獄の業火であろう。

「ぎ、……ガァァッッ!!」

 

ヴィルヘルムの恥も外聞もない咆哮。のたうち回りたくなるほどの激痛。肉体が一瞬にして炭化していき、生来持つ、生き汚さで刹那の時間、薔薇の夜に存在する爆炎に呑まれていない学園生徒たちを知覚し吸い殺して復元させる。これを以て試練と呼ぶのならば、この上なくヴィルヘルムにとって容易ではないだろう。

 

リトルボーイが生み出した破壊痕もまた凄まじい。学園は全壊どころか消滅し、中にいた学園生徒は皆すべからく死んでいるだろう。爆心地は地面がめくれあがり、目にしたものは間違いなく息を呑むだろう。大気は致死の放射能が撒き散らされ死の大地と変貌している。

このような災禍を生み出した甘粕正彦は満身創痍であった。それも当然だろう。リトルボーイの直下にいたのだ、これを受けて傷を負わないなどありえない。まったく呆れた話ではあるが、それでもなお、微塵の揺らぎも後悔もなく喜悦している。姿は満身創痍であろうとも何の痛痒も感じない。

勝負は決定的であった。ヴィルヘルムの全身は回復しきれず炭化しており、魂は今にも解れそうで散花しようとしている。このままでは時機にヴィルヘルムの持つ魂はスワスチカへと捧げられる。彼の弱点である火と太陽という猛毒を湯水の如くに浴びながら僅かでも生き延びたのだ。健闘したほうであろう。

 

(――負けるのか?おれが?……許せねぇ、こんなとこで負ける俺もッ……)

 

ヴィルヘルムは視線を甘粕へと移す。笑っている。嗤っているのだ。その程度かと?期待外れだといわんばかりに。

(許せねぇ、許せねぇよな、俺を嗤うだと、期待外れだといいたいのか、テメェは、この俺を!何よりもッッ!)

 

「俺があの人以外に負けるかァァ!」

 

ヴィルヘルムの憎悪と赫怒が混ぜ合わさった魂の絶叫が虚空へと轟く。俺は不死身だ。夜の俺は最強だ。敗北なんてあり得ねェ。

 

今にも崩れそうであったヴィルヘルムの異界、薔薇の夜。爆裂した想いがヴィルヘルムの創界を鋼の如く、補強ないし強化させる。

「日の光はいらねえ」

 

己が渇望をたぎらせる。高回転する内の熱量。器を破いてしまうぐらいに。

 

「ならば夜こそ我が世界」

ヴィルヘルムの全身からは鬼気が発せられ、血吸いの鬼の本性が表れる。

 

「俺の血が汚えなら」

 

甘粕は何も手出しはしない。お前はまだ何か手があるのか?立ち向かうと言うのか。

――素晴らしい。逆境において不屈の闘志でなお立ち上がるのはお約束だ。

 

「無限に入れ換えて新生しつづけるものになりたい」

 

さあ、詠えよ。おまえの願いを天へと轟かせてみるがいい。

 

「この、薔薇の夜に無敵であるため」

 

唯一無二の存在でありたい。黄金の尖兵、獣の爪牙に相応しい確たる存在として。

 

「恋人よ、枯れ落ちろ、死骸を晒せ」

 

ヴィルヘルムの身体は新生する。炭化した身体は徐々に炭が剥がれ落ち、そこには真新しい身体が産まれ落ちる。

 

「死森の薔薇騎士(Der Rosenkavalier Schwarzwald)」

 

漆黒の空は更に暗色を深めていく。闇一色の空間は圧を強めて甘粕を縛り収めていこうとする。

 

「ふ、ふははははははッ」

堪えきれない笑い声が甘粕の口から弾けた。ああ、良くやった!よくぞ、よくぞ、そこから持ち直した。何度でも言おうではないかッ。お前は素晴らしいと。

 

「――ああ、それでこそ、俺の愛する人間だ」

 

「人間?カハッ、おれは夜だッッッ!!」

それがヴィルヘルムの自負。人間のような弱小の生き物じゃ断じてない。我は吸血鬼、夜を住処とする王者である。

 

ヴィルヘルムの創造は最初期の戦闘とは段違いで力が跳ね上がっている。今ならば展開した創造によって常人をものの数秒で粉塵と化すだろう。

ヴィルヘルムの疾走、重力からの縛りから解放されたのかと眼を疑いかけないほどのもの、音速を軽く視ても超越している。戦い方は以前と変わりはないが威力の桁が違う。大気を引き裂き膂力にまかせたソレは黒円卓の団員であろうとも一撃の元でほふりかねない。

それを前に甘粕が移した行動にも眼を疑う。ヴィルヘルムの突き出された拳、それと同時に自分の拳をかち合わせたのだ。ぶつかり合う両者の拳。お互いに腕全般を血飛沫をあげる。何故と問われれば、そうしたかったからである。楽しくて仕方がない。沸き上がる無限の熱量。魂を烈火の如くに燃え上がらされてくれるのだ。方向性が違う両者の激情。しかし、介在の余地がないほどに二人は激突しあう。

虚空から四方八方、血杭が生える。もう数千どころの話ではない。万、否、それ以上か、際限しらずに生えるくる血杭林。

相対する甘粕もまた、負けていない。超高速で形成される、それは馴染み深い軍刀。刹那、神速の抜刀が薔薇の夜を切り払う。甘粕のもたらす一閃は数百の杭を同時に赤子の手を捻るが如くに斬滅させる。

 

不条理、常軌を逸した戦闘。たとえ戦巧者といえども、不可能がここに顕現されている。

 

ヴィルヘルムには理性がとっくに振り切っている。恐らく、生涯で最高の創造位階、聖遺物との同調。暴力装置のようなものとはなっているが、どこまでも研ぎすまされていく殺意。まさしく彼こそが夜の支配者に君臨するものである。

甘粕もヴィルヘルムの戦慄を覚えかねない在り方、歓喜し高揚する。沸騰する熱情が甘粕の総身を灼熱で焼いているようだ。ゆえにお前という漢ならば、これすらも耐えうるだろう、そう期待を籠めて、手を頭上に天へと届けと真っ直ぐにのばす。

 

「受けてみるがいいッ!ヴィルヘルム・エーレンブルクよ!。神なる雷ッ、ロッズ・フロム・ゴォォォッド!」

 

宇宙空間からヴィルヘルムに照準をあわせるそれは大気圏外に存在する巨大な銃口。大気を震わせ天空を切り裂く神の杖。狙い違わずヴィルヘルムへと真っ直ぐに突き進む。それはまるで物語の神々は人に裁きを下しているかのように。神なる雷の鉄槌を降り下ろしたのだ。

ヴィルヘルムは極限の域で気炎を噴火させ、甘粕に対峙していた。会話すら成りたたせることすらは今のヴィルヘルムには出来はしない。しかしながら、それでも、ソレを知覚していた。我が身に降り下ろされた神の鉄槌を。超音速に迫る弾丸は甘粕との戦闘をこなしながらでは避けることも叶わず。

 

 

「―――――ッッッ」

 

ヴィルヘルムの声無き絶叫。彼の抵抗は一切合切、無駄に終わる。均衡は崩れたのだ。何か掴み取るかのように天空へと差し伸べられたヴィルヘルムの手は、音ごと全てを甘粕がもたらした神の杖によって暴力的に塗り潰され昇華されてゆく。極光の中でヴィルヘルムの姿を僅かなながら視認は出来ていたが彼は呑まれ消えゆく。残るのは爆炎を幻視する黒煙の粉塵が舞い上がり、辺り一帯を埋め尽くしていた。

粉塵は徐徐に晴れてゆく。しかし、そこに残るのは…………何もない。何もないのだ。甘粕の敵手は塵一つも見付からず消滅させた。

 

 

「……ふむ、やりすぎたか。ああ、実に惜しい男を亡くしたものだ」

 

甘粕もまたそれを受け入れていた。加減をしては相手に失礼だと持ち出した、それが死なせる結果になってしまうとは人生、往々にして上手くいかぬものだ。ゆえにそれがまた楽しみの一つでもあるが。

「お前のことは記憶に刻み付けよう。ヴィルヘルム・エーレンブルク。誇り高き漢よ。甘粕正彦は真にお前のことを尊敬する」

 

甘粕なりの礼儀をヴィルヘルムが消滅したであろう場所へと向けた。そこにはヴィルヘルムが所持していた魂が散花し、ただただ浮遊していたのであった。ここに第二のスワスチカが開放された。

 




ああ、楽しかったです。この回は一番書いてて楽しかったです。ベイ中尉、頑張りましたよね。これ以上頑張れと試練を化せと皆さんは言いますか?

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