甘粕正彦による英雄譚   作:温野菜

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第5話

彼らの日常はもうすでにひび割れている。今朝のニュースもまた、その一端にすぎない。十二月一日から十二月四日の現在に起きている出来事、諏訪原市連続首切り殺人事件、犠牲者は七人にのぼる、戦後日本における類を見ない犯罪。当然ながら今の日本で最もホットな話題だろう。犯人は未だに見つからず。これだけでも充分に話題性はあるものだ。諏訪原市内でもその影響は受けている。例を挙げれば犠牲者の一人である大学生の学校では休校をしているようなのだから。街並みは夕方から夜にかけて人通りが少なくなり、寂しい街中になっている。

 

 

この月乃澤学園も例外ではない。クラスの出席率は70%を割っており、授業のほとんどが自習だ。しかし、この学園近くで犯罪現場があるからして、休校になっていないのは危機感が薄いといわざるえない。そんな中でも、この男は相変わらず。黙々と自習をしている。学ぶべきことは山程ある。人生は一生が勉強とはよくいったものだと。このクラスは甘粕がいることで浮き足だった雰囲気はないが他クラスは別である。だれもが犯人は誰なのか?自分たちの近くにいるかも?と皆が思い思いに喋り合っている。それは自分たちのなかにある少しの不安とそれを遥かに上回る高揚感があるからだ。変化のない日常、退屈さ、学生たちにはある種のサプライズに位置するのだろう。そして一種の連帯感もある。その連帯感が働く動きは自分たちは襲われないだろうという無根拠さ。それを共有すること。危機感がなくなる。一人であれば、また別ではあっただろうが、連帯感が悪い方向に働いている。

 

 

甘粕正彦は嘆き哀しむ。何故お前らはと忸怩たる思いがある。おまえたちの結束はそのためのものではないだろうが。甘粕の思いは正しい。柊四四八もまた甘粕の思いを認めていた。甘粕の性悪説。人は差し迫った危機がなければ動こうとしない。柊四四八は否と唱えたが、今この学園で起きていることは甘粕正彦が最も恐れた縮図だろう。

 

――ああ、柊四四八。俺が真に真(マコト)と認めた漢よ。おまえはこれをみても、人を信じるというのだな。俺たちが何もしなくても立ち上がると。……信じるとは勇気がいるものだ。おまえはまさしく俺が思い描いていた勇者だよ。

ああ、しかしッ、しかしッ、俺はこれを目の前にして黙っていられる男ではないのだよ。今、目の前で起きている光景が何故、余所で起きないと言える?ここで何もしないのは無責任ではないか?真に愛しているのであれば誰かが叱りつけなければならないだろう。

……ああ、だがしかし……。甘粕の脳裏に浮かぶのは銀髪の少女の姿。

――美しかった。あの少女が魅せた勇気。思わず抱き締め、泣きたいほどに。

 

 

――これが人間なのだと。

 

その彼女の舞台を壊す?俺の試練によって?……それは、あまりに、無粋だろう。

 

ならばこそ、氷室玲愛という少女が自身の勇気を以て、成し遂げたものを見届けたら、

 

――俺は魔王として君臨しよう。

 

世界は違った。俺が生まれた世界は柊四四八に任せた。ならば、いま、俺が生きている世界は甘粕正彦(おれ)がやろう。そして人々に問い掛けようではないか。おまえたちはそれでよいのか?と。そして俺が築くであろう楽園(ぱらいぞ)に不服があり、立ち向かうのは誰であろうか?氷室玲愛か、藤井蓮か、綾瀬香純か、もしくは遊佐司狼か、はたまた別の人間か……。それを思い浮かべただけで愛しくて、愛しくて、愛しくてッ、どうにかなりそうだ。本当に胸が張り裂けるのではないかと疑うほどに。

――ああ、俺はおまえたちを愛している。

 

 

 

 

 

 

甘粕正彦という男がいままで抑えられていたの柊四四八という男に対する義理立てだったのかもしれない。本来ならば、この男はもっと早くに行動を興していてもおかしくはなかった。本当にそれが義理立てだったのかは誰にもわからない。

勇者であり、魔王でもある一人の男の想いは加速する。そこが断崖絶壁であろうが関係ない。それすらも飛び越えて大地へ渡ろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

授業というより、自習の時間は終わり、昼休み。香純は小走りで屋上へと向かう。幼馴染みの行動だ、それくらい把握している。途中で合流した、玲愛と共に屋上の扉を開き、寝そべっている藤井蓮へと香純は声をかける。

 

「……はぁ、やっぱりここにいたよ」

 

「あのさ、あたし前々から思ってたんだけど、あんた学校嫌いでしょ」

 

「藤井君が嫌いなのは、面倒なこと。小言とか、そういうの全般」

 

香純に続いて玲愛も、そこで屋上の扉がまた開き、男の声が冬空で響く。

 

「しかし、嫌いだろうが、何だろうが、授業をサボることは感心しない。例え、自習であろうともな」

 

綺麗に揃えられた、男にしては長めの長髪。シワ一つ見つけられない。甘粕正彦である。蓮はその男の姿にマズイと感じたのか、身体をピクッと震わせる。言い訳、その他、諸々を考えたが全て棄却した。この男の前では無駄だろうと。だから一言。頭を少し掻き、

「悪かったよ……」

 

「ああ、それでいい。本来なら、先生方に言うべきことではあるが、ほぼ全てが自習だ。自罰に留めておくといい」

 

「おう」

 

香純と玲愛は少し眼をまるくする。蓮の、その姿が珍しく映ったのだろう。

 

「うわっー、うちの蓮がスゴく素直だよ」

 

「うん、藤井君、素直」

 

気恥ずかしくなったのか、蓮は身体を起こす。

 

「これは、今度から蓮に小言を言うときは正彦に任せようかなー」

 

香純はイタズラっぽく笑う。自分が甘粕に注意を受けている姿が想像出来たのだろう。蓮は苦々しい表情で一言。

「……勘弁してくれ」

 

「あははっ、蓮、本当に嫌そうな顔してるよ」

 

「藤井君、……可愛い」

 

 

諏訪原市は騒がしくなっている。しかし、いま、この屋上にある光景は間違いなく日常の一幕である。

 




それにしてもdies iraeは本当に良い作品です。久しぶりにやっていますがとても楽しいです。私はdies iraeの前にやっていた作品があやかしびとっていうゲームをプレイしていたんですが皆さん知っていますか?ハーメルンじゃ、見掛けないんですよね。それが残念です。後一言。魔王役はもういるが、魔王役をやらないとは言っていない。

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