甘粕正彦による英雄譚   作:温野菜

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気に入らない部分があったので書き換えました。


第7話

空が夕焼けで照らされ、日が落ちていく中で遅蒔きながらの自己紹介をヴァレリア・トリファは始めた。甘粕も蓮も香純も、それは同様。お互い様というわけだ。

 

「ああ、こちらも礼に反した。謝罪を受けよう。俺の名は甘粕正彦だ」

 

「俺は藤井蓮」

 

「綾瀬香純ですっ」

 

三人模様、互いの個性が少し表れている自己紹介にヴァレリア神父は人畜無害そうな笑みで静かにコクりと頷く。そこで香純は何を思い立ったのか唐突に大きく声を上げる。

 

「あっ、そうだ!神父様は教会に行きたいですよね?でしたら、あたしたちが案内しますよ!」

 

そこで香純は二人に同意を得ようと素早く身をひるがえして振り返り、蓮と甘粕に向けて。

 

「ねっ!」

 

有無をいわせない、そんな強い気が込められた一言を発したのだった。短い間の会話とはいえ、人良さそうな神父に対して情が湧いたのだろう。蓮自身も、また、この神父にはその程度の親切ぐらいなら問題なく手を貸したいとも思っている。しかし、甘粕は胸中、二人とは意見が異なっていた。裁定者という甘粕の特性から人を読み取るということを得意としてしている。しかし、ヴァレリア・トリファという男は読みにくい。人が良さそう、それはあながち間違いではない。しかし、それだけではない。外装の取り繕いが固すぎる。ゆえに過去の振る舞いを模している。人は変わる。時間がたてば立つほどに。その振る舞いをしなければならないほどに内面においては歪み変わり果てた、それが甘粕正彦によるヴァレリア・トリファの考察だった。だから、どうだという話だが。どのような人間であろうとも縁は重要、それは甘粕の想いである。それからは神父に携わっているトリファの話上手ゆえか彼らは道中で会話が途切れることもなく、諏訪原市に淀んだ空気などは忘れるぐらいの、そんな和やかさがあるのだった。

 

 

時間の流れが早く感じるほどに時は瞬く間に過ぎた。もう目の前には教会前である。そうここが氷室玲愛と、もうひとりの住人が居住する教会だ。

 

「ありがとうございます。ここが私の目的地の教会です。……街並みは変わってしまいましたが、ここは変わっていませんね」

 

そのトリファの呟きはどんな想いがあるのか、誰にも読み取ることが出来なかった。それは神父自身ですら想いを込めたつもりがないからである。

 

「そうですね。皆さん、案内していただいたお礼といいますか……教会でお茶をご馳走したいのですよ。どうでしょうか?」

 

「あー……俺たちは」

 

もう夕暮れときではなく、夜の帳が落ち始めている。蓮は少し悩む素振りを見せるが……

 

「もちろんっ、ご馳走になります!」

 

蓮が何かを喋る前に香純が答えてしまった。気が滅入るようなことが続くばかり、香純も和やかな気分を皆で味わいたいのだ。蓮は甘粕に視線を向ける。蓮と香純は教会から、そんなに遠くはないアパートに住んでいる。しかし甘粕は違う。この男は孤児院住まいであり、そこから十キロ以上離れている。しかもバスや電車も使わずに徒歩で。本人いわく歩けば着くのだから問題ない、らしい。つまり視線の意味は、おまえは大丈夫なのか?という問いだ。甘粕には大した問題もなく、それに了承する。

「ああ、かまわん」

 

「じゃあ、ご馳走になります」

 

トリファも反応が早い彼らに柔和な笑みを浮かべている。

 

 

 

「ええ、では行きましょうか。ふふ、ああ……愛しのテレジア……私は帰ってきましたよ。寂しかったでしょう。私が居なくて、心で涙する貴女を想うと私は常日頃が居てもたってもいられませんでした……。しかし、しかしっ!私は帰ってきたんです。約束しましょう!貴女を寂しがらせたりしないと!ならばこそ、リザ、もう貴女の好き勝手にさせたりはしませんっ!今後から私、ヴァレリア・トリファがテレジアと一緒にお風呂に入るのですから!」

ヴァレリア・トリファは、今の玲愛の年齢からすると色々と問題発言が多々に見られるが、それに憚れることもなく、その自分の思いの丈を彼いわく父性の愛情を声高々に恥ずかしげもなく宣言したのだ。

「だから、私はあなたを叩き出したんですよ?ヴァレリア・トリファ神父」

 

 

 

「……え?」

 

その声にトリファは先程の高揚とした気分から最底辺、まるで冷水を浴びせられた気分を味わう。

 

「お帰りなさい、神父ヴァレリア。帰ってきて早々にそのようなことを胸を張って、声を上げられるなんて。メキシコの辺境では物足りなかったかしら?」

 

眼鏡を掛け、さらりと伸びた髪の毛。雑誌やテレビでも見ないほどに思わず溜め息が洩れそうな容姿が整った美女。服の上からでも男なら思わず、眼がいってしまう整えられたスタイル。彼女はシスター・リザ。この教会に住む、もうひとりの住人である。

「私、そもそも寂しがってない」

 

シスター・リザの後ろから小柄な体躯がてくてくと後から歩いてくる。彼女は氷室玲愛。声がいつもより冷やかである。どうやら先程の神父の発言が聞こえていたようだ。

 

 

「リ、リザ……テレジア……」

 

リザそしてテレジアもとい氷室玲愛の登場に分かりやすいほどにトリファは慌てている。彼なり自分の発言が些か問題があったことは自覚していたようだ。

 

「まったく、もう玲愛も一人の女なんですから。いつまでも子供扱いしては駄目ですよ。神父ヴァレリア」

 

「し、しかしですね」

 

「しかし、ではありません」

シスター・リザはトリファに対して言いたいことが語り聞かせられない位にはあるようだ。そんな大人二人から離れて、玲愛は甘粕らに近づいていく。

 

「いらっしゃい。甘粕君に藤井君、それに綾瀬さんも。ここで立ち話もなんだから良かったら教会に来なさい。リザがきっと夕食をご馳走してくれるよ」

 

 

玲愛はさっきまでのトリファへの冷やかさ、まるで感じない。友人たちが親代わりの神父を連れてきてくれたことに感謝の念を示している。

 

「ええ、もちろんよ。わざわざ、この人を案内してくれたのだから。それくらいはお礼をさせてね」

 

リザは小さく微笑みながら、甘粕たちへと言葉を綴る。彼女もまた母もしくは姉代わりの立場として、玲愛の友人たちに感謝の想いが言葉に乗っていた。

「断る理由もなかろう。先ほどもヴァレリア・トリファ神父にも誘いを受け、俺たちはそれを了承した。ならばそれでよし。一度した約束を反故にするなど、言葉が軽くなる」

 

甘粕は不遜で堂の入った返答、この年代らによくきかされる言葉の軽さが彼には見られない。堅すぎるというわけでは有らず、しかし、気取っているわけでもない。自然体。彼にとって、これがそうなのだろう。そして、リザは会うのは初めてではあるが彼が誰なのかよくわかった。よく玲愛から話を聞かされるのだから。そして最も氷室玲愛という少女に影響を与えた一人の男。リザの胸中を複雑にさせた者。

 

「……そう、あなたが甘粕正彦君ね。よく玲愛から話しは聞いてるわ。私の名前はリザ・ブレンナー。ここのシスターをやっているわ」

 

諦感していた玲愛に光を与え、彼女を生という希望で輝かせた。喜ぶべきなのだろう。普通であれば。彼の話をするときの玲愛は真実、幸せそうなのだから……しかし、それを絶望へと叩き込むかもしれないのに。いや、かもではない。間違いなく絶望へと叩き込む。

 

何故なら氷室玲愛は私たちがハイドリヒ卿に捧げる供物。

 

自分達の願い、己の願いを叶えるための生け贄。元より自分が畜生の類いであることを理解している。十数年も共に暮らしておきながら、それでも自分自身の願いを叶える為に玲愛を供物として捧げるなんて。……本当に、私、母親役は失格ね。しかし今更かとリザは自嘲気味である。子代わりの幸せすら素直に祈ってあげることが出来ないのだから。それでも真実、玲愛が幸せであってほしいという己の愚かさ。偽善者だ……などと友人にも言われたことではあるが、それでも、それは捨てきれない。リザ・ブレンナーが怪物として生まれ変わっても、一人の人間としてのちっぽけな矜持なのだから。ふと視線を感じた。甘粕正彦はジッと、リザ・ブレンナーを見極めるかのように視ていた。何を見定めてようとしているのかはリザには解らない。少なくとも彼には悪意がまるで感じられないのだから。しかし、その視線は途切れる。この時、甘粕が何を思ったかは甘粕しか知らない。

 

「玲愛から話を聞いてはいたようだが甘粕正彦だ」

 

 

 

 

 

こうして彼らは夕食を共にした。トリファは自分の愛情を伝えようとしたが望み叶わず、やけっぱちになりながら飲んだくれて前後不覚になり、つぶれた。それに対する女性陣の面々は冷ややかであり、蓮は人徳ある神父だと思っていたトリファが、今のような姿に成り果ててしまい、自分の目の悪さに呆れていた。そこで甘粕が最も力があるからトリファを運ぶことなった。トリファもつぶれてはいたが意識はあり、部屋の前まで運ばれながら案内をした。

「すいません、わざわざ運んでくださって」

 

もうそこには酔いつぶれた神父の姿はなかった。酒気が抜けきっているのだろう。

 

「大した手間ではない。その様子だと問題はないようだな」

 

「はい、ありがとうございます。私は酔いが速く抜ける体質でしてね。……少々、お時間をよろしいでしょうか?」

 

トリファは思うところがあるのか、そう切り出した。夕食時の恥態は見られない。廊下は静謐としており、彼ら以外の物音さえしていない。そのトリファの様子に甘粕は促す。

 

「かまわん、何だ?」

 

「はい、貴方はテレジアと仲が良い。あの子の親代わりとしては、とても嬉しくもあり寂しくも思います。これが親心とでも呼べばよいのでしょうか。しかし、ここ最近はこの街は物騒だと聞き及んでいる。もしあなたに何かあったら、あの子は、さぞや悲しむでしょう。ですので」

「この街から離れろ、と」

先に続く言が解った甘粕はヴァレリアの言葉を取り次ぐ。

 

「……はい」

 

お互いに無言。緊迫しているわけではない。ただ静まりかえっている。

 

 

「――なるほど。困難な現状を前にして逃げる。それも一つの道かもしれない。……しかし、それだけはありえん。この俺、甘粕正彦がとるべき道では断じてないッ!」

 

ヴァレリアの言葉に甘粕正彦という男の芯に触れるものが合ったのか、拒絶の返答と共に返された言葉には熱がこもっていた。それともに甘粕が発する気は廊下に満ちていた静謐さをあっさりと破った。膨れ上がるのは圧力。重く、重く、天井知らずに上がり続ける圧力。――このときヴァレリア・トリファが受けた衝撃は筆舌にしがたいものであった。ただの少年……とは思ってはいなかったが、しかし、心の何処かでは所詮は人間。そんな驕りは確かにあった。

――――言葉を無くす。その意味をトリファは再認識するはめになった。全身が粟立ち、言葉を発することさえ困難になる。強いだの、弱いだの、そういう次元ではない。圧倒的。剥き出しの波動は黄金聖餐杯である、この身にすら響く。それがどれだけの意味を持つかはヴァレリア・トリファが最もよく知っている。そんな自分自身を人間が怯えさせたのだ。人間?否、これは魔人。初めから外れている。そんなトリファの胸中は量ることはなく、ただただ、甘粕は自分の想いを言葉に連ねる。

 

「――人間は腐る。どうしようもないほどに。恐ろしい速さで。俺はそれが悲しい。人の美しさを知れば知るほどに。先程の問い、逃げてどうになる?また似たような困難がくれば再度、逃げるのか?それでどうすのだ。そんな自分を誇れるのか。後悔せずにいられるのか。恥も矜持もなく、生きていくのか。それで、真実、人間は生きているのか?俺はそう問わずにはいられない。ならばまずは己こそが先頭に立つことが大事ではないか。困難?受けて立とうではないか。あらゆる試練は意思さえあれば打ち克つことが出来る、人間に不可能なぞ無い、が俺の信条でな。……ああ、すまない。どうにも俺は昔から熱くなりやすい。……この街から離れることはない。そういうことだ、神父よ」

 

身を翻し、甘粕が廊下の奥へと立ち去った。……ヴァレリア・トリファは驚き、ただ呆然としていた。それはあり得ないものをみるような。否、既知感を感じたのだ。まだ自分が人間だったころに、一度、同じ思いをしたのだから。何故ならば甘粕(アレ)と同じようなもの身近でよく知っているのだから。

 

「……まさか、彼こそが副首領閣下の代替でしょうか?いや聖遺物の気配はなかった。……しかし」

 

そう、見過ごせるものではない。アレは怪物だ。初めからそうなっている。あるのは王道。ゆえに誰もが歩むことが出来ない。王道を最後まで歩み続けるものを何と呼ぶか。人、それを勇者と呼ぶのだ。ゆえにトリファは試すことにしたのだ。真実、彼が本物の勇者であることか。それは小さな期待と浮かぶの少女の顔。

「……ベイかマレウス、彼らを差し向けるのも一興でしょうか。単純ではありますが、ゆえに分かりやすい」

 

トリファは試す。テレジアの想い人。ツァラトゥストラかどうかもあるがそれ以上に、自身が差し向ける試しに生き残り、抗うことが出来るのであれば、死ねばそこまで。……もしかしたら訪れるやもしれない少女の幸福。それに一人の神父の笑いが廊下を木霊する。




万仙陣、発売しましたね。しかし、残念ながら私の手元にはPCがない。あとは祝、Dies iraeのアニメ化でしょうか?私は感想で知りました。今から楽しみです。でもゲームからって転けやすいんですよね。

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