甘粕正彦による英雄譚   作:温野菜

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七話を少し書き換えました。気が向いたら読んでみてください。


第9話

遥かな高見、誰もが知覚し得ない場所にソレはいた。輪郭の曖昧さ、枯れ木のような男、密度にすれば凄まじいが存在感が薄弱なソレはまるで影絵だが、ある男を知覚した。彼の者に眼に映っているのは二人の男。一人は我が友の下僕であり、配下であり、黄金の尖兵である、ヴィルヘルム・エーレンブルク=カズィクル・ベイ。

もう一人は……

 

「……ほう。これは、これは」

 

思わず、ソレは笑い声を上げる。面白いものを見付けた、そう言わんばかり。

両者の攻防、戦闘時間は短いものではあるが、たしかにそれは闘っていた。怪物と人間。そう確かに人間だったのだ。だが影絵のような男は視ていた。それの人間の魂が爆発的な勢いで密度が膨れ上がったのを知覚し視ていたのだ。

……黒円卓の人間のほとんどが元は人間である。しかし、副首領の秘術、エイヴィヒカイトによって人間から魔人もしくは超人へと変わり果てた。いわば養殖もの。人工的に造り上げられた怪物たち。だが……中には天然物がある。誰が何も手を入れずとも始めから完成されている。我が恋慕の相手にして超上の美を持つマルグリットがまさにそれだった。――そして軍服姿をした、この男もそれである。揺るぎがなく、魂はこの場から視ていても眼を焼き付くされような錯覚さえ覚える、生誕の光。人の救世主。ソレを視た瞬間、影絵の男は忘我したのだ。眼を奪われた。感激の極み。美しい。陳腐な表現しか浮かばないが言葉をなくしたのだ。……未知、既知がなかった。正しく未知……だった。この牢獄(ゲットー)の中でコレと会ったの初めて、ということになるのだ。

影絵の男に磨耗しきっている芯に熱を灯すことができる存在がいったいどれだけいようか?少なくとも一般的な常識からマトモな類いではないが。

 

「――あぁ、マルグリット。君に良い土産話が出来そうだ」

 

彼女を主役としたオペラはどうやら思いもよらないエキストラが参戦とするらしい。本来ならば、認めはしないが、観てみたい。そう思ってしまった。彼の者も加えた恐怖劇を。影絵の男、黒円卓副首領、カール・クラフト=メルクリウスは始めからその場にいなかったかのように霧散した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

どのようなことが起ころうとも朝はくる。藤井蓮はこの上ないほどに気分は最低最悪だった。昨夜は細切れになった女性の死体に、夢遊病であるかのように、その場で立ち尽くしていた自分。……その後の殺し合い。――間違いだ。一方的に嬲られた。抵抗なぞ、殆ど出来ずに。夢で合ってほしい。そう願いはしたが朝は来た。昨夜のことは夢では無かった。非日常であったからこそ、病人の顔色のように真っ青だった蓮を香純は休むようにいったがそれに首を振った。こんな事態になっても蓮は学校へと通った。きっと彼なりに日常の痕跡にすがりたかったのかも知れない。身体に任せたまま、足だけは動かす。学園の門を潜る直前、玲愛に会うが散り散りの思考では頭が朧気で会話の内容が入らない。玲愛は去り際に蓮に耳打ちするが、それを彼が聞き遂げたかは不明だ。そして中へと入る。――瞬間、圧迫感がした。襲われたと表現したほうがいいのか?まるで巨人を前にして己の矮小さをしるような、そんな錯覚。……そして昨夜にも経験したことでもある。絶望的な気分。日常がひび割れていく。足が止まりそうになる。しかし、何故だろうか?二つ、それを感じるのだ。一つは清涼な王気、どこまでも真っ直ぐで人が持つ嫌らしさが感じられない。この圧迫感を持つものは覚悟を抱かない虚飾を嫌い、真実をさらけ出すのが好きなのだ。もう一つは昨夜にも感じたもの。血生臭くて、それが傍にいるだけで気分が最低になる。齟齬が感じられるのだ。あってはならない在り方。例えるなら……そう、蟲瓶をイメージしてほしい。その中に蟻が一匹しかいなければ、そこまで不愉快な思いはしないだろう。しかし、それが百、千、万となれば話しは違う。その小さな蟲瓶にそれだけの数がおり、その中で蠢いている。人がそれを直視すれば肌に鳥肌が立ち、忌嫌するだろう。……蓮は足を進める。おそおそとしたものだが、それでも足を進める。階段を一歩また一歩と。――階段を登りきるとそこにいた。艶のある長髪、眼は冷悧さを携えているが表情は何処と無く苦しそうだ。月乃澤学園の制服を着込んでいるが藤井蓮は知っていた。何故ならば、彼女とは昨夜にも会っているからである。「……櫻井……螢」

 

蓮の口から洩れた。自分自身の名を名乗ったときに、そうこの女から名を聞いたのだから。

 

「ええ、また会ったわね。藤井君。あなたにとっては私と会うのは気分はよくないかしら?……まあ、私も今はあまり気分は良くないけど。……はぁ、マレウスがどうして、この学園に来たがらないのか、よくわかったわ」

 

思わずと、言った感じの螢の言葉に蓮は反応しない。聞いてさえいないのだ。困惑している蓮の頭の中には疑問符が飛び交う。何故おまえが、俺が狙いなのか、どうしてこの学園に、他にもいるのか等々と、挙げたら切りがない。

 

「とりあえず、教室に行ってみたらどうかしら?私も聞きたいことがあるわ」

「――ッッ」

 

蓮は螢を無視しながら横を通り過ぎて早足で教室へと向かう。……もう一つの圧迫感の正体を早急に知りたいからだ。しかも、それは自分のクラスにいるのだ。蓮の焦燥は計り知れないだろう。クラスメイトもそうだが、そこには……綾瀬香純がいる。彼女に何かあればと考えると、その先を想像したくないのだろう。いつの間にか早足から駆け足へと変わる。

――そして、扉を開く。そこには………………何も変わっていなかった。出席率が少ない、クラスメイトに友達と談笑している香純。普段通りの甘粕。もう昼食は終えているのだろう。次の授業の準備に取り掛かっている。何も、何も変わっていない。眼に映るものはいつもどおりの光景だ。櫻井(あいつら)の仲間も見当たらない。…………本当にそうか?藤井蓮。誤魔化すな、誤魔化すな、誤魔化すなッッ!もう、わかっているだろう。その眼ではなく、切り換えて視てみろ。……ほら、変わっているだろう?

――――ああ……変わっている。藤井蓮にとって数少ない友人が変わっている。身に迫る、膝を屈しかねないの圧迫感。人から外れた魂の密度。そう、密度、密度、密度。藤井蓮の眼に映る、甘粕正彦の凄まじさはソレだ。一人の人間に対する魂の密度ではない。平常時でこの圧迫感、戦闘に移ればどうなるか、ぶるりと蓮の身体が一瞬、震える。……でも、蓮は足を前へ前へと進める。香純が心配そうな眼をこちらへと向けているが蓮はそれに気付かない。甘粕正彦へと向かう。

 

「――――」

 

甘粕はこちらへと視線を向ける。……こうやって対面するとよくわかる。この男は変わったが変わっていない。蓮の考えではあるが、見えていなかった部分が表面に現れてしまった。それだけのことではないのかと?しかし、言いたいことはたくさんある。あいつらの仲間なのか?お前は何者なのかと?だが何よりも聞きたいことがあった。

 

「……お前は、お前は俺の……敵か?」

 

その問いに、その思いはどれだけの感情が詰め込まれているのか。藤井蓮の日常を宝石を壊そうとする敵なのか、嘘を許さないといった視線が甘粕を射抜く。本来、このような場で聞くことではない。それでも、今すぐに聞かざるえないほどに。

 

「お前の日常を壊すことが敵となるなら、俺は肯定しよう。俺はお前の敵だ、藤井蓮。」

 

その言葉には悪意を感じない。敵と言いながら態度を変えようとしない。今を変わらず、藤井蓮を友と甘粕正彦は真に想っている。

 

「ッッッッ」

 

蓮は甘粕を殴りたい気持ちに駆られる。司狼もッお前もッ、どうしてッ、そんな憤りが蓮の胸中に渦巻く。だが甘粕は続ける。

 

「お前の憤りは尤もなものだ、藤井蓮。俺はお前がどれほどに、日常を大切に思っているかを知っている。そんなお前や、それに連なるものたちを俺は好きなのだ。だからこそ、腐らせたくないと思うのも、また必然であろう?」

蓮は甘粕が何を腐らせたくないのか全てを察しきれない。だがさっきまで有った怒りが霧散した。無くなったというわけではないが蓮のそれは遥かに上回る呆れを感じたのだ。わかったことが、否、元よりわかっていたことだった。蓮は一言、呟く。

 

「――甘粕、お前は馬鹿だろ?」

 

蓮がわかっていることは一つ。甘粕正彦という男がどうしようもないほどの大馬鹿者であることだけ。そういった馬鹿は司狼だけで十分だと思っていたが、コイツ司狼とも友人関係を築いていたな。それで得心した。

 

「ああ、だから俺が、お前が馬鹿やるときは殴って止めることにするよ。それで病院送りにしてやる。喧嘩で負けたほうが勝った方の言うことを聞くのは当然だろ?」

 

藤井蓮は甘粕正彦と闘うことなろうとも負けることはない。蓮はそう言いきったのだ。それに対し甘粕は

「――――あぁ、分かりやすいな。小気味が良い。友人同士でそういったことをやるのは経験が無くてな、今からでも楽しみだよ」

 

一瞬、呆然とした甘粕ではあるが直ぐに気を取り直して喜色を含ませた言でそれを締め括った。

 




書けない、書けないとおもいながらdies iraeをやっていたら何となく書けて良かったです。私は二次小説で原作がRPGで書けている人を尊敬します。アレ、難しすぎます。やり直しする際にアドベンチャーより融通が効かないです。

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