あの人が司令官として着任して、初めての艦娘が私だった。
ずーっと、見てきた。
隣で、ずっと、一緒に、この鎮守府で。
「叢雲ちゃん」
「夕張さん」
「ねえ、叢雲ちゃんって、提督にとって初めての艦娘なんでしょ?」
「えぇ」
「最初の提督ってどんな感じだった?」
「どうもこうも…戦略も資材管理もダメダメだったわ…。本当…手間のかかる奴だったわ」
「へぇ、じゃあ、それからこれだけ大きくなったのは、叢雲ちゃんのおかげなの?」
「…まあ」
「提督は叢雲ちゃんの事、なんて言ってるの?」
「…別にどうも言わないけど」
「そうなんだ」
「…夕張さん、そんなにアイツの事聞いてどうするの?」
「ん、いや…なんというか…提督は叢雲ちゃんの事、どう思ってるのかと思って…」
「本人に聞いた方が早いと思うわ」
「あ、いや、その…逆に、叢雲ちゃんはどう思ってるの?」
「私?別に…ただの司令官よ。私は秘書艦として当然の事をしているだけだし」
「そっか。じゃあ…言っちゃおうかな…」
「?」
「実はね?私、提督の事が…その…好きになっちゃってね…?」
「…え?」
「ほら、叢雲ちゃんって初期艦だし、未だに秘書艦だから…提督にとって特別な艦娘じゃない?だから…その…もしかして…どうなのかな…って…」
「…そう。そうなのね。別に私は、アイツの特別なんかじゃないわ。秘書艦だって、そろそろ変えなきゃって思ってるだろうし、夕張さんを推薦しておくわ」
「本当?ありがとう叢雲ちゃん!」
「応援してるわ」
自室に戻ると、窓から零れる光の中を舞う埃が見えた。
そういえば、しばらく自室を掃除していなかった。
ずっと、執務室にいた。
ソファーで寝て、アイツの仕事を手伝って…。
『私、提督の事が…その…好きになっちゃってね…?』
「ふふふ、意外とモテるのね、アイツ」
ベッドに座ると、より一層埃が舞った。
「掃除…しないとな…」
執務室には、ペンの走る音と、時計の針の音が聞こえるだけだった。
いつもの音。
もうずっと、聞いている音。
「そろそろ休憩にしたら?」
「ん、そうだな。丁度、手が痛くなってきた所だし」
「アンタ、気がついてる?いつも決まった時間に手が疲れてるの」
「そうか?どれくらいだ?」
「50分」
「50分か…」
「着任したての頃から、ずっと変わってないわ」
「まるで成長してないな」
「本当よ。未だに羅針盤に嫌われてるし」
「運がないのも変わらんな」
「本当よ。私だって未だに秘書艦だし」
「すまないな。ずっとやらせてしまって。休みたいか?」
「…そうね。そろそろ秘書艦を変えたらどう?夕張さんなんか、私はいいと思うけれど」
「お前が言うんなら、そうなんだろうな」
「それに、彼女言ってたわよ?アンタの近くで働きたいって」
「俺に気があるのかもしれんな」
「…そうね」
「…どうした?」
「なにが?」
「そこは、「馬鹿じゃないの」じゃないのか?」
「それはいつもの事じゃない。アンタって、案外モテるのよ?」
「ほう、心当たりがあるのか?」
「さあね、どうかしら?」
「そう言うという事は、心当たりがあるんだな?誰だ?」
「馬鹿な事言ってると、仕事手伝ってやんないわよ?」
「分かった分かった」
「ほら、仕事仕事」
「もうこんな時間ね。私、自室に戻るから」
「珍しいな」
「いつまでもこんな生活したくないのよ。秘書艦の件、考えといてよ。引継ぎの資料はあるし、いつ変えたっていいんだからね」
「分かった。お休み」
「ん」
掃除したての自室。
これからは、マメに掃除できるのね。
「星、この部屋から見えたんだ」
じっと空を見つめていると、流れ星のようなものが見えた。
「本当に一瞬なのね」
しばらく、じっと、星空を見ていた。
これからは、毎日、見れる。
「…でも、もう、なんだか、飽きちゃったな」
その時、すぐ下の堤防に夕張さんが見えた。
夕張さんも私に気が付いたのか、手を振っている。
「ごめんね、呼ぶつもりはなかったんだけど…」
「手を振ってるから、来いって意味なのかと思ったわ」
「ごめんね」
「それより、こんな時間に何してたの?」
「ん、実はさ、見て」
夕張さんの指す方向に、執務室が見えた。
「ここからだとね、提督の姿が見えるんだよ」
「へぇ」
「私ね、いつもここから提督を見てたんだ」
「いつも?」
「うん。今日も頑張ってるなって」
「いつもって…今日みたいな寒い日とかも?」
「うん」
「…本当に好きなのね」
「…うん」
そう言うと、夕張さんは、冷えて紅くなった頬を、より一層紅くした。
「…そう言えば、秘書艦の件だけど、アイツに言っておいたわ」
「ありがとう。でも、叢雲ちゃんはいいの?」
「いいのよ。私だって、部屋の掃除が出来ないくらい忙しい仕事は嫌だと思ってたし。この星空だって、私、知らなかったのよ?こんなに見えるの」
「それだけ提督と一緒にいれるんだ。やっぱり秘書艦っていいね」
「…あ」
ずっと、一緒。
そっか。
部屋を掃除する時間も、星を見る時間も、全部、全部、アイツと一緒にいた時間と同じだ。
ずっと、ずっと、そうやってきたのに、一度だって、星空のように、飽きたりしたことはない。
案外、好きだったのかな。
いや、好き。
好きだ。
秘書艦の仕事。
アイツといる時間。
部屋の掃除より、星空より、なによりも、大切な時間。
ずっと、ずっと、一分一秒を、大切に、大切に、大事に、大事に、想ってきたんだ。
夕張さんだって、欲しい時間。
そんな、宝物のような、時間。
「ありがとう、叢雲ちゃん。提督の秘書艦になれたら、何しようかな。甘いものとか食べるかな?」
「アイツは…あまり甘いもの食べないわ」
そう。
どっちかって言うと、しょっぱいものが好きなのよね。
いつだったか、手作りお菓子に文句をつけてきたから、わざと砂糖を塩に変えてお菓子を出してやったっけ。
あの時の慌てる顔、面白かったわ。
「そっか。じゃあ、何が好きかな?」
「手作り料理なら、子供みたいな奴だから、ハンバーグとか好きよ?しかも、ケチャップのかかったやつ」
そうそう。
アイツ、ハンバーグ好きなくせに、作り方も知らなかったのよね。
空気を抜くのを忘れて、焼いたときに崩れて…。
でも、味は良かったな。
「ハンバーグか。じゃあ、カレーとかも好きかな?カレーは得意なの」
「カレーに関してはうるさいわよ。少しでも辛さが合わないと、食べないんだから」
カレーは大変だったな。
何回も何回も、試行錯誤したっけ。
やっとアイツの好みに合ったカレーが作れたのよね。
レシピ、夕張さんに渡さないと。
引継ぎ資料にいれておかなきゃ。
「…叢雲ちゃん」
「なに?」
「やっぱり…提督の事、好きなんでしょ?」
「はぁ?なんで私が…」
「じゃあ、何で泣いてるの?」
「え?」
夕張さんの方を向くと、夕張さんの姿がゆがんで見えた。
瞬きをした時、頬を伝う涙に、気がついた。
「私ね、本当は知ってたんだ。叢雲ちゃんも、提督も、絶対に、崩れる関係じゃないって。ごめんね、試すようなことして。でもね、提督が好きなのは本当なの」
「…」
「だからと言って、叢雲ちゃんから奪おうとかそういう気持ちはなかったんだよ?ただね…確かめておきたかったんだ…叢雲ちゃんの気持ち…」
「私は…別に…」
否定しようとすればするほど、胸が締め付けられる。
そして、それが段々と、顔に昇ってきて、涙と、抑えられない声となって、溢れた。
「叢雲ちゃんの気持ちは本物なんだね。ありがとう。これで、すっぱり諦められるわ」
「夕張…さ…ん…」
「…提督、まだ仕事しているようよ。行ってあげたら?」
「…うん」
顔を洗った後、執務室の扉を叩いた。
「おう、どうした?」
「眠れないから、仕事、手伝ってあげるわ」
「お、助かる。しかし、どう言う風の吹き回しだ?」
「別に…」
「そうか」
執務室は、やはり、ペンの走る音と、時計の針の音が聞こえるだけだった。
いつもの音。
もうずっと、聞いている音。
「そうだ。叢雲、秘書艦の件だが」
「考えといてくれた?」
「やっぱり、俺にはお前がいないと駄目そうだ。夕張も優秀だが、空気が変わるから集中できないし、続けて欲しいんだが…」
今度は、胸の締め付けより先に、溢れてしまった。
「叢雲!?どうした!?そ、そんなに嫌か…?」
「違うわよばかぁ…」
まさか、アンタの前で泣く日が来るなんてね。
ずっと一緒にいるのだもの、こう言う事があっても、おかしくないか。
司令官は、私の気持ちに気がついたのか、少し微笑んだ。
「俺の好みのカレー知ってるの、お前だけだしな」
「そうよ…。だから…ずっと…一緒にいなさいよ…!」
「こっちの台詞だよ。秘書艦は変えない。だから、もう二度と、あんなこと言うんじゃねえぞ」
「あんたこそ…!夕張さんにすれば良かったとか、弱音吐く事になるわ…!私は夕張さんみたいに甘くないから…!」
「ご存知の通り、俺は甘いものよりしょっぱいものが好きなんだよ」
そう言うと、私の涙を拭いた。
執務室には、ペンの走る音と、時計の針の音が聞こえるだけだった。
いつもの音。
もうずっと、聞いている音。
「そろそろ休憩にしたら?」
「まだ50分経ってないんだが?」
「わざと手を酷使したでしょ?50分より早く疲れるように」
「クソ、ばれてたか」
「それに、落書きしてたでしょ?ペンの音で分かるわ。全く…サボってないで仕事しなさいよね」
「あーあ、やっぱりあの時、夕張を秘書艦にしてた方が良かったかな」
「ほーら言った」
「最近はしょっぱいものばかりで甘い物が欲しいんだよ」
「…じゃあ、これで我慢すれば?」
「なんだこれ?」
「チョコよ。ほら、今日ってバレンタインらしいじゃない?誰かが貰いすぎて落としたのを貰ったのよ。あげる」
「いや、いらないわ。誰かが落としたやつとか…」
「よく言うわ。食べ物落としても、3秒ルールとか言って食べるくせに」
「自分で落としたのならともかく、誰かってのはなぁ」
「…」
「でもまぁ、なんかしょっぱそうだし、貰っておくよ。ありがとう」
「…ばか」
執務室に、笑い声が響く。
いつもと違う音。
だけど、これからもずっと、聞くであろう音。