何にしても、情報と言うのは必要なもので、それを多く持った者こそ、優れていると思っていた。
でも、情報が多すぎると言うのも、時には苦なのだなと、知った。
「ねえ、知ってる?提督って、お酒が入ると、甘えてくるんだって」
「提督の膝の上って、寝心地がいいのよ」
「司令官の手は…温かいですよ…」
日々、飛び交う司令官の情報。
その情報を集める事が楽しくて、司令官の事を、少しずつだけど、知れた気がした。
でも、その情報は、しかたのないことだけれど、艦娘との事ばかりだった。
情報の中で踊る、司令官と艦娘。
私は、その踊りを、ただ、聞き、想像することしか出来なかった。
「あんたの新聞って、なんだかインチキ臭いのよね」
「え?」
衣笠は、私の情報新聞をひらひらと舞わせた。
「ど、どこがインチキ臭いっていうの?」
「なんというか…これって、どっかから拾ってきた情報を集めただけにすぎないでしょ?」
「新聞って、そういうものでしょ」
「それに、提督の事ばかり書いてるくせに、体験した事なんて一度もないし」
「そ、それは…」
「あんた以外は提督の色んな事、体験して知ってるから、誰かの情報を繋ぎ合わせたあんたの新聞なんて、誰も読まないわよ。臨場感もないし」
その通りだ。
でも、私には出来なかった。
司令官にだけは、どうしても、取材を申し込む事が出来ない。
取材してしまったら、私が本当に知りたい事、私の気持ちが、バレてしまうから。
「どうすれば…」
開き直りだった。
インチキ臭いのなら、インチキしてしまえと、つい、手を出してしまったのだ。
「青葉の新聞、凄い反響だね」
「うん…」
「あれ?どうしたのさ。嬉しくなさそうじゃん」
「ううん。なんでもないよ」
「しかし、あんたもやれば出来るのね。提督の意外な一面を取材するなんて。しかも、プライベートな部分まで」
私の新聞は、艦娘しか見ていない。
だから、どんなに好き勝手書こうと、バレはしなかった。
虚しい事だとは分かっている。
それでも、私はそれに執着していった。
新聞の反響が大きくなるに連れて、私が一番、司令官を知っている気分になれて、気持ちが良かった。
「青葉が司令官と付き合っている」と誤解する者までも現れた。
嘘の情報に包まれて、私は幸せだった。
「これはどう言う事だ?」
司令官は、私の新聞を広げた。
「青葉」
「どうして…司令官がそれを…」
「金剛が私に尋ねてきたのだ。青葉と付き合っているのか?とな。話を聞くと、こんな新聞が出てきたという訳だ」
司令官の目が、私を見つめた。
呼吸が荒くなる。
波に体を取られたときの様に、ユラユラと、体が揺れる。
心臓の鼓動が、速く、熱くなった耳に、響いた。
「青葉」
「ごめんなさい…私…私…」
何かいい訳を探した。
しかし、頭はパニック状態。
泣き出しそうで、これが夢であれと、願うので精一杯だった。
「どうして、こんな嘘を書いた」
「だって…それは…あの…」
とても話せる状態ではなかった。
司令官もそれを察し、「もういい」といって、私を下げた。
逃げるようにして、執務室を去った後、トイレで嘔吐した。
それからは最悪だった。
部屋から出る事が出来ず、一日中、布団の中で、眠ることなく、包まっていた。
今、この部屋を出れば、艦娘達は、私を非難するだろう。
もしくは、軽蔑の眼差しで、私を睨むだろう。
それが恐ろしくて、一人、震えていた。
「青葉~」
衣笠の声だ。
「あんた、ずっと部屋に引きこもってなにしてんのよ?」
返事はしなかった。
「皆心配してるよ?ご飯、ここに置いておくからね」
遠ざかる足音。
私は、布団から身を起こした。
私を心配している?
皆が?
どうして?
そんな事を考えていると、また、近づく足音が聞こえた。
そして、私の部屋の前で、止まった。
「青葉」
司令官の声だ。
「青葉、入るぞ」
そう言って、司令官はガチャガチャとノブを回した。
しかし、鍵がかかっている為、開きはしなかった。
「青葉」
私は、また、布団に潜った。
「…入るぞ」
二回目、今度は何故か、扉が開いた。
「スペアの鍵を使わせてもらった。すまない。だが、どうしても話したかったのだ」
そう言うと、司令官は、布団の横に座った。
「青葉」
「…解体してください」
やっと搾り出した言葉だった。
「それは許さない。お前はかなりの戦力だからな。艦娘としても、情報屋としてもだ」
「情報屋は失格です…」
「…どうして、あんな適当な事を書いたんだ?」
私は黙っていた。
このまま、理由を言わないまま、解体されたい。
「新聞の評判の為か?」
違う。
「私の記事なんか書いても、評判なんて良くならんぞ?」
そんな事はない。
「むしろ悪くなるばかりだろうに」
「そんな事ありません…」
つい、返事をしてしまった。
「司令官の記事は…人気です…。皆…司令官の話ばかりしてます…」
「…では、やはり、新聞の評判を上げる為に」
「違います…!」
もう、こうなったら、さっさと言って、解体されてしまおう。
「私は…司令官に取材が出来ないんです…」
「何故だ?私は構わんぞ」
「…恥ずかしいからです」
「恥ずかしい…?」
「はい…」
「活発なお前が恥ずかしい…か」
「だから…司令官の事をよく知っている皆が羨ましかった…。私も…知りたかった…。だけれど…出来なくて…それで…」
「だからと言って、新聞に嘘を書くのか…?」
「皆が私を羨ましがった…。私も…司令官を知れた気になれた。それに…執着した…」
「…なるほどな」
「自分でも馬鹿な事をやったと思ってます…。他の艦娘達にも…顔向けできません…。きっと…私の事を…」
「他の艦娘には、この件は言っていない」
「え…?」
「何かちゃんとした理由があるのだと思っていたからな。実際、そうだった」
司令官の優しさが痛かった。
「ごめんなさい…」
そう言った時、司令官は私の被っていた布団を、勢いよくはがした。
「理由は分かった。来い」
そう言って、私の手を引いた。
執務室には、私と司令官以外、誰もいなかった。
司令官は、表の扉に、入室禁止の立て札を貼った。
「司令官…あの…」
「一時間だ」
「え?」
「一時間、お前の為に時間を作った。取材、受けるぞ」
「取材…?」
「嘘を書いてしまったのはいけない事だ。だが、他の艦娘にはバレていない。ならば、これから本当の事を書けば良かろう」
「そんな…私に…そんな権利は…」
「私が与えているのだ。さっさとしないと、一時間経ってしまうぞ」
司令官に促されるまま、私は、ぎこちない取材を始めた。
好きな食べ物。
趣味。
他の艦娘に聞けば分かる事から始まった。
「そんな事はお前も知っているだろう」
どうも、私には、まだ、勇気がなかった。
「何でも答えてやろうというのだ。誰も知らない、お前だけが知る事が出来る、貴重な質問を投げかけて来い。嘘偽りなく答えてやる」
その言葉を聞いて、私は、どうしても聞きたい事を、我慢せずに、自然と、質問した。
「司令官の好きな艦娘は?」
質問した後、後悔した。
ずっと、聞きたい事だった。
けれど、答えが怖くて、聞く事が出来なかった質問だった。
「気になっている艦娘ならいる」
これ以上、聞いていいものなのか。
これで終わってもいい。
これ以上、傷つきたくはない。
「その気になっている艦娘は…」
司令官は、続けた。
不意をつかれ、耳を塞げず、私は、その名前を、聞いてしまった。
「ちょっとちょっと青葉!」
「ん?どうしたの衣笠」
「どうしたのじゃないわよ。これ!ここの提督が気になっている艦娘っていう記事、嘘じゃないの!?」
「嘘じゃないよ」
色んな艦娘にそう言われた。
あんなに信用していた私の情報を、今回だけは、誰も信じなかった。
「で、でも…」
「司令官に聞いてみたら?」
「聞いたわよ。でも、内緒だって…」
「内緒…」
「とにかく、皆信用してないよ?」
「新聞…誰も信用してくれません」
「ははは、そうだろうな」
「どうして内緒なんですか…」
「だって、お前だけの情報が欲しかったのだろう?だったら内緒ではないか」
「むぅ…そうですけど…」
「なのに、お前と来たら、こんなにデカデカと」
司令官は新聞を見て、呆れと、微笑みを混ぜた顔をした。
「いっその事、訂正文でも出すか?」
「出しません」
「新聞の評価が下がるぞ」
「それでもいいです。司令官が私を…気にしてくれるのなら…。私は…私の知っている真実を伝えるだけですし…」
そこまで言って、赤面した。
我ながら、恥ずかしい台詞を吐いた。
「ま、何れ、お前の情報が正しかったと、誰もが信じてくれる日が来るだろうな」
「え?」
その言葉は本当だった。
今では、誰もが私の情報を見てくれている。
司令官に一番近い艦娘…指輪を貰った私の、司令官に関する記事だから。