「相変わらず、お強いのですね」
「そうでもないよ。これでも、仲間内では弱いほうさ」
「では、私が強くしてさし上げますよ。今夜はとことん、飲んでくださいね」
「参ったな。言うんじゃなかった」
二人が笑う。
私は、ドア越しに、それを、聞いているしかなかった。
いつからだろう。
こんなにも、臆病になったのは。
「提督、今日の作戦ですが…」
「ふむ…」
遠くから、二人を眺めていた。
いつもなら、割って入る事をするのに。
「千代田、どうしたん?」
「龍驤…」
「元気ないなぁ。うちで良かったら相談にのるで?」
「うん…ありがとう…大丈夫…」
「大丈夫なわけあらへんやろ…。どう見てもおかしいで?」
「本当…大丈夫だから…」
「あ、行ってもうた…」
こんなの、誰にも話せない。
自分でも、よく分からないのに。
「千代田、千代田ってば」
「え?」
「大丈夫?ぼーっとしてたけど」
「千歳お姉…」
「龍驤から聞いたわ。最近、元気がなさそうだって…」
「なんでもないよ。ちょっと、考え事してただけだから…」
「考え事なんて、貴女らしくないわ。何か悩んでいるの?」
「なんでもないってば…」
「でも…」
「もう!何でもないって!千歳お姉、しつこいよ!」
「!」
「あ…」
「…そう。ごめんね…。でも、何かあったら、相談して欲しいな。…じゃあね」
自分が嫌になる。
千歳お姉は悪くないのに。
…いや、違う。
悪い、悪くない、では、無い。
嫉妬したのだ。
千歳お姉に。
当たってしまったのだ。
提督と、楽しそうに話す、千歳お姉に…。
「話って何?」
「呼び出してすまないな。千歳が、お前の事を大変気にかけていてな。強く当たったそうじゃないか。千歳が「何かしたかな」って、落ち込んでいたぞ」
「…その事なら、千歳お姉にも言ったけど…何もないって…。千歳お姉に強く当たったのも…悪いと思ってるし…」
「お前らしくないじゃないか。千歳LOVEのお前が、そんなに強く当たるなんて」
「別に…そういう日もあるし…」
「私の知る限りだと、そんな日は一度も無かったがな」
「…もう!だからなんなの!?何でも無いって言ってるじゃない!」
「なんでもないのなら、千歳が心配するわけが無いだろう!」
「!」
「私も同じだ。お前に何もないのなら、しつこく聞いたりはしない。何かある。絶対にだ」
私の何を知ってるのよ。
と、喉まで出たが、提督が、私を、そこまで見ている事に驚き、声には出さなかった。
「決めた」
「え?」
「千代田、お前を今日から秘書艦に任命する」
「は、はぁ?」
「お前が何を悩んでいるのか、それを話すまで、秘書艦をやめさせはしない」
「い、嫌よ!何でそんな事…」
「なら話せ」
黙っていると、提督は、何かを掴んだような、目をした。
「やはりな。黙っているところを見ると、何か隠している」
「!」
「とにかく、これは命令だ。秘書艦の仕事は、千歳から引き継げ」
「…はい」
「千代田…」
「千歳お姉…この前はごめん…」
「ううん。いいのよ。私こそ、しつこくしてごめんね?提督から秘書艦に任命されたんだってね。仕事、教えるわ」
「うん…」
お互い、少し気まずい空気の中、仕事の引継ぎを続けた。
「いつまで秘書艦をやるの?」
「分からない…。提督次第だと思う…」
「そっか…」
その時、千歳お姉の表情が、少し、悲しそうに見えた。
それを見た時、私は、もしかして、なんて、思った。
「千歳お姉…秘書艦…続けたかったの…?」
「え?」
千歳お姉は、明らかに、焦りの表情を見せた。
それと同時に、赤面した。
「な、何でそんな事聞くの?」
その返しを見たとき、私は、心が痛くなって、泣きそうになった。
「千歳お姉は…提督の事が…好きなんでしょ…?」
遠くで、プロペラの回る音が聞こえる。
それと同時に、強い風が、窓を叩いた。
それでも、その間、ずっと、声一つあげる事はなかった。
「やっぱり、そうなんだ」
そう、強がって、微笑んだ。
秘書艦の仕事は、何一つ、何をすれば良いのか、分からなかった。
千歳お姉の話を、聞いていなかった。
聞き取ろうと頑張っても、何一つ、理解できない。
理解しようと、考えている内に、次の話が来る。
頭がどうにかなってしまったようで、ただ、適当に頷く事しか出来なかった。
「千代田、秘書艦の仕事内容を千歳から聞いていないのか?」
「え?」
「え?じゃない。駆逐艦たちの遠征はどうなっている?何故、駆逐艦がまだ鎮守府内で待機中なんだ?」
「あ…そうだった…。今…やるね…」
「しっかりしてくれよ…」
仕事なんて出来るわけが無かった。
それに、これは、些細な抵抗だった。
使えない事をして、さっさと秘書艦から外れる為の抵抗。
千歳お姉を…提督と一緒にする為の…抵抗…。
それでも、提督は、私を外そうとはしなかった。
「またか千代田…」
「…」
「もう何回同じミスを繰り返せば気が済むのだ」
「…さぁ」
「はぁ…」
もういいだろう。
もう…私を外すだろう。
「明日は上手くやれよ」
え?
「ちょ、ちょっと待ってよ!」
「ん?」
「どうしてよ…どうして…外さないの…?」
「外す?」
「秘書艦…こんなにミスしてるのに…どうして…」
「言ったはずだ。お前が何を悩んでいるのか、それを話すまで、秘書艦をやめさせはしない…と」
「でも…」
「それに、私は知っている。お前がわざとミスをしている事を」
「!」
「お前は優秀だ。同じミスを繰り返す事は絶対しない。何回、お前の戦闘を見ていると思っているのだ」
「じゃあ…どうして…?わざとミスしていると知っているなら…」
「そこまでして…お前が隠したい何かを…私は知りたい…」
「そんな事知って…どうしようっての…?」
「ただ知りたい。それだけだ」
「ばっかみたい…」
そう言って、執務室を飛び出した。
扉を開けると、そこには千歳お姉が、驚いた表情で、突っ立っていた。
「千代田?」
「…ごめん…急いでるから…」
「千代田!」
千歳お姉の声が遠くなる。
また、強く当たってしまったなと、後悔した。
その夜、千歳お姉が、私を呼んだ。
「千代田…」
「千歳お姉…なに…?」
「話しておきたい事があるの」
「?」
「もしかして貴女…提督の事が…好きなの…?」
意外な質問だった。
どこで?
どこで知った?
いや、誰にも言っていないし、そんな素振りは見せてない。
「どう…して…?」
「もしそうなら…貴女に…謝らなければいけないから…」
「謝る…?」
「私ね…提督の事が好きなの…」
「…うん」
「でも…提督は…貴女の事が…好きなのかもしれない…」
「え?」
「ずっと…貴女の事を話しているの…。私といるとき…お酒を飲んでいるとき…」
そんな馬鹿な。
だって、提督は千歳お姉と…あんなにも…。
「だから…私…嫉妬しちゃったの…。それで…貴女に見せびらかすように…提督の傍に…ずっと…いたの…」
「え…」
千歳お姉が嫉妬…?
「秘書艦に選ばれた時だってそう…。仕事の内容を…まともに説明しなかった…」
「それは…私が聞いていなかっただけで…」
「ううん…。本当は…書類とかで渡せばいいのに…わざと…口頭だけで伝えたの…」
「そんな…」
「ずるい女でしょ…?馬鹿な女でしょ…?もう一度…秘書艦に戻ろうと…こんな真似をして…」
「千歳お姉…」
「貴女が提督を好きになるのが怖かった…。でも、そうよね…。おかしいと思ったわ…。提督と一緒にいるのに…貴女は…いつもみたいに割り入ってこなかった。その頃から…好きだったんでしょ…?」
私は何も言えなかった。
ただただ、これが夢のような気がして、口の中を噛んだ。
あの千歳お姉が、そこまでして、私に嫉妬していたなんて。
「あんなに…提督が貴女を想っているなんて知らなかった…。私に振り向いてくれると思ってた。だけど…それは間違っていて…私は…ただの最低な女だった…」
そう言って、千歳お姉は泣いた。
「ごめんなさい…ごめんなさい…」
その零れる涙の行方を、私は、ただ、見つめることしか出来なかった。
慰めの言葉さえ、出なかった。
泣き終わった千歳お姉は、全てを提督に話した。
提督は、怒る事をしなかったけれど、少し、悲しい顔をしていた。
執務室は、とても静かだった。
ペンを走らせる音と、時計の針が動く音だけが、あるのみだった。
「…悪かったな」
提督が、静寂を破るように、静かに、そう、零した。
「え?」
「仕事だ。秘書艦の引継ぎが出来ていないのを知らないで…お前を責めた…」
「…ううん。私も…千歳お姉の話…聞いてなかったし…」
「全ては私の責任だ…。あいつの気持ち…分かってやれなかった…」
「提督…」
「あいつと話しをして…私の気持ちをハッキリと伝えた…。すると、あいつは笑ったんだ…」
笑った。
つまり、提督は、千歳お姉の事を受け入れたんだ…。
「そっか…。じゃあ、私が秘書艦だと…不味いんじゃない?」
「何故だ?」
「え?だって…」
「私はお前を外す気はない。お前が話すまで…」
「…分かったわよ。話す」
もういいだろう。
提督も、千歳お姉と結ばれるんだし、言っても。
「千歳お姉に強く当たったのは、嫉妬したから」
「え?」
「私、提督の事が好きだったの。だから、千歳お姉に嫉妬して、強く当たったってわけ」
提督は、驚いたというような顔をしていた。
まあ、そうだろう。
「これでいいでしょ?秘書艦は千歳お姉に返してあげて。後はお幸せにやって。千歳お姉泣かせたら許さないから!」
「ちょっと待て、お前…今の…本当か…?」
「嘘ついてどうするのよ?千歳お姉呼んで来るわね」
執務室を去ろうとしたとき、強く、提督に引っ張られた。
「ちょ…何す…」
提督は、泣いていた。
初めて、男が泣くのを見た。
「て、提督…?」
「悪い…嬉しくて…」
嬉しい…?
「私も…お前が好きだ…」
「え?」
世界が止まった。
提督の発した言葉が、私へのものじゃない気がして、周りを見渡した。
一瞬の静寂が、凄く長く感じた。
「千代田」
提督は、私を抱き寄せた。
「え?」
何が起きているのか、分からない。
ただ、提督の匂いと、温もりが、私に触れている。
それだけは、分かる。
「提督…こんな事したら…千歳お姉に怒られちゃうよ…?」
その言葉を発するので、精一杯だった。
「怒るもんか…。むしろ…祝福してくれるさ…」
「どういうこと…?千歳お姉と結ばれたんでしょう?」
「え?」
「え?」
お互い、間抜けな顔をしていたと思う。
「何を言っているんだ…?」
「だって、さっき…千歳お姉に気持ちを伝えて…千歳お姉が笑ったって…」
「千歳には…私が千代田を好きだと言う事を伝えたんだ。そしたら、やっぱり…って、笑ったんだ」
そんな馬鹿な。
千歳お姉だって、提督が好きなはずなのに、どうして笑って…。
「きっと…お前の幸せを思って笑ったのだろう…。あいつは…あんな事をしてしまったけれど、本当は優しい艦娘だからな…。それは、お前が一番、知っていることだろう」
そうか…。
千歳お姉が、何故謝ってきたのか、今、分かった気がする。
千歳お姉は、本当に、提督が好きだったんだ。
私の幸せを願って笑ったんじゃない。
提督の幸せを願って、笑ったんだ。
「千歳お姉…」
大声で泣いた。
提督の胸の中で。
色んな感情が混ざり合い、自分でも、何が悲しくて、何が嬉しくて泣いているのか、分からないほどに。
そんな私を、提督は、いつまでも、いつまでも、優しく、抱きしめた。
「今日の遠征は、第六駆逐隊と天龍、龍田の構成よ」
「そうか。では、時間になったら出撃させろ」
「了解」
秘書艦は、今でも私だ。
今は、ケッコンカッコカリに向けて、錬度を上げている。
「もう少しじゃない?」
「千歳お姉」
「ケッコンカッコカリか…」
「ただの装備品よ」
「あら、だったら、私が貰ってもいいかしら?」
「え?」
「いいじゃない。カッコカリなんだし。ね?」
「う…それは…」
「なんてね。冗談よ」
「もう…千歳お姉ったら…」
「幸せにやってる?」
「…うん」
「うふふ。そのようね。キスの後がついてるわよ」
「え!?」
「あ、と言う事は、提督からキスされたのね」
「な…!嵌めたわね!千歳お姉のばか!」
「うふふ」
「お、どうした?なんの話だ?」
「あら提督。今ね、千代田が提督との…」
「わー!何でもない!」
「なんだなんだ?気になるな。私の何を話していたんだ?千代田は」
「なんでもないってば!あっちいってよ!」
「な、なんだ?」
「うふふ」
色んな事があったけど、今では夢だったんじゃないかって、時々思う。
嫌な事も、何もかも。
それほどに、今が幸せだった。
「提督の事、好き?」
千歳お姉のその質問に、提督は、私の答えに期待するように、目を輝かせていた。
「…ばっかみたい」
「あらあら」
「千代田…」
露骨にショックを受ける提督。
あれから、提督は、なんだか情けなく見える。
デレデレというか、なんと言うか。
でも、そんな姿を引き出したのは自分なんだと、時々、誇らしく思い、そして、赤面した。
「本当…ばっかみたい…」
それは、自分に対しての言葉だった。
千歳お姉に嫉妬していた事も、抵抗も、何もかも。
「…後でね」
提督の耳元で、そう呟いた。
「あぁ!」
本当、ばっかみたい。
こんな事で喜んじゃって。
それも、自分に対しての、言葉だった。