自分に嘘をつくことが、こんなにも辛いものだとは、考えてもいなかった。
「お前は美人だな」
酔った勢いだったと思う。
酒の席で、提督に、そう言われた。
その時は、平生を保っていたけれど、どこか、心の奥底で、抑えるので精一杯の何かが、熱くなって、私の体を火照らせた。
「よう、龍田」
「天龍ちゃん」
「どうした?考え事か?」
「そうね~。天龍ちゃんがちゃんとやってるのか心配で~」
「心配すんなって!世界水準を軽く超えてるんだぜ?それより、お前の心配をしたらどうだ?」
「え?」
「最近、ぼーっとしてる事が多いんじゃないか?そんなんだと、秘書艦も外されちゃうぜ?」
天龍ちゃんにも分かるほどだったのね。
自分でも気がついていた。
最近、ずっと、ぼーっとしている。
それも、その思想の中にいるのは、いつだってあの人だ。
「おっと、遠征に行かないとな。じゃあな、龍田」
「行ってらっしゃい」
天龍ちゃんの心配なんて、最初からしていない。
私より実力があるし、へまをしたこともない。
とっさについた嘘。
いつからだろう。
自分の気持ちを隠そうと、嘘をつくようになったのは。
「天龍ちゃんと駆逐艦達は遠征に向かったわ」
「そうか」
「それじゃあ、私はこれで…」
「龍田」
「なぁに?」
「天龍から言われたんだが、お前、最近ぼーっとしていることが多いようじゃないか」
「…そうね。天龍ちゃんが心配で~」
「嘘をつくな」
「え?」
「お前はいつもそうだ。いつだって、自分を隠そうと嘘をつく。お前が天龍の心配なんてするわけがない。今回の遠征だって、難しいものではないだろう」
やめてよ。
「何か悩んでいる事があるのか?私で良ければ聞こうじゃないか」
「大丈夫よ」
「いや、指令を出す立場としては見逃すわけにはいかない。業務に支障が出る」
やめてよ。
「しつこいわよ~提督。そういうのって、何かのハラスメントに引っかかるんじゃなくて~?」
「そうやって、逃げるのか?龍田」
「やめてよ!」
「!」
「…何もないっていってるでしょ~?しつこい男は嫌われるわよ~?」
「…そうか。すまなかったな」
「分かればいいのよ~。じゃあ」
執務室を出た後、とても後悔した。
提督は何も悪くないのに、私を心配してくれているのに。
今まで、嘘は自分を守るものだと思っていた。
それなのに、今は、自分、そして、提督を傷つけるものに、なってしまった。
「秘書艦を辞めたい?」
「えぇ」
「一応、理由を聞こう」
「ずっと私が秘書艦をやってきたでしょう~?他の子たちも秘書艦をやりたいって聞いたし、譲ってもいいのかな~って」
嘘だ。
「私は替える気はないぞ」
なんでよ。
「でも~私も疲れちゃったし~」
「駄目だ」
どうして。
「業務の引継ぎは問題ないわ~。資料だって作ったし~」
「龍田」
「…なぁに?」
「逃げる事は許さない。秘書艦だけの話じゃない。お前自身からだ」
なによ。
「なによ…。知った風な口をきいて…」
「何年、お前を秘書艦として傍に置いていると思ってるんだ。知った風な口だって、きいて悪いはずがない」
提督の目は、いつの日か、無茶をして大破した天龍ちゃんを叱った、あの時と同じ目を、していた。
「龍田。嘘は、自分を守るものでも、人を傷つけるものでもない。誰かを思って、つくものだ」
本当に、嫌になる。
この人は、私の嘘を見抜き、それでいて、私が苦しんでいる事を知っている。
私以上に、私を思ってくれている。
「何を悩んでいるのかは分からん。ただ、お前が苦しんでいるのは分かる。私に何ができるか分からないが、お前がこれ以上、苦しむ姿を、見たくはない」
もう、逃げる事は出来ないだろう。
この人に、そして、自分の気持ちに。
今まで守ってきた自分。
誰にも見せた事がない、みっともない自分。
それを、この人は、受け入れてくれるのだろうか。
それがばかりが気になって、怖くて、逃げて、傷つけて、泣いてきた。
「提督は…私を…どんな私も…受け入れて…くれるかしら…?」
「あぁ、受け入れるさ」
それは、嘘かもしれない。
でも、この人が言った様に、嘘が誰かを思うためにあるのなら、今は、それを信じてもいい気が、してきた。
「提督、私ね…」
執務室に入ると、提督はいなかった。
空けっぱなしの窓からは、風に乗ってきた桜の花びらが、ひらひらと舞いながら、床に落ちた。
「もう…掃除するのは私なのに」
窓の外を見ると、駆逐艦と戯れる提督の姿があった。
雲に隠れた太陽が顔を出した時、左手から反射した光に、目をくらませた。
それが恥ずかしくて、一人、赤面した。
「お~い、龍田、お前もこいよ」
手を振る提督の手もまた、同じように光を反射させた。
「仕事があるでしょう~?さっさと執務室に戻って来ないと、本棚の裏に隠している本、捨てるわよ~?」
「な…!お前、知ってたのか!?」
「趣味がいいわね~。私に隠し事は出来ないわよ~?」
提督は、桜の花びらに滑りながら、急いで施設へと入っていった。
私は、桜の花びらを一枚、手に取ると、ふと、思い出した。
「そう言えば、今日は4月1日だったわね」
どんな嘘をついてやろうか。
そんな事を考えながら、桜の花びらを、そっと、風に乗せた。
どんな嘘でも、貴方を想うものに、かわりはない。
自分に正直な嘘を、貴方に。