時刻は8時22分、深見ヒカリは突然生徒会室にやって来た人達によって1年B組の教室まで押し流されようとしていた。
「うぁ………ちょっと……押さないで………」
ヒカリは何とか自分のデッキを確保する。
そんなヒカリに天乃原チアキと舞原ジュリアンが呼び掛けた。
「深見さん!放課後にもう一度来てくださる!?」
「もう一度ファイトしましょーっす!」
その言葉にヒカリが何か答えようとしていが、二人は聞き取ることができず、もうその姿も見えなくなってしまった。
「…………ねぇジュリア」
「…………ジュリア“ン”っす…お嬢」
静かになった生徒会室でチアキがジュリアンに語りかける。
「あの子、“チーム”に入れるわよ」
* * * * *
4時間目の終わりのチャイムが鳴り、生徒達は各々持参した弁当を広げたり、購買に買いに行ったりする。
そんな中、ヒカリはいつも一人で弁当を食べていたのだが、今日は珍しく青葉ユウトと向き合って座った状態で弁当の包みを広げていた。
当然、ユウトには普段ヒカリと会話している時以上に殺気が向けられる。
「なぁ…ヒカリ、どうして今日は俺といっしょに弁当なんだ…」
「……?…別に…何となくかな………何で?」
ユウトはさりげなくため息をつく。
「まぁ…ちょっと命の危険を感じ…何でもない」
「…まぁ青葉クンである必要は無いんだけどね……朝ちょっと怖い人達に囲まれちゃって……天使とか何とか言う人達…………」
「あ…うん……(そいつらは今、君の背後にいる君のクラスメイトなんだけどな………あいつら、普段からヒカリの視界の外で行動しようとしているみたいだしな)」
「…その人達はいつのまにかいなくなってたんだけどね……学校の中だっていつ不審者が現れるか分からないって…………ちょっと不安になって…」
「だから珍しく教室の端じゃなくって、俺の席で食べようと思ったのか」
「………まぁ、ほら…この教室あまり人気が無いし」
「…あーなるほど…(“人”はいるけどな…君の背後に沢山………)」
ユウトがヒカリの背後に視線を向ける。
「(くっ…俺達が天使様を不安にさせていたのか!)」
「(……私…今度から、頑張って天使様を真っ正面から見つめる!!)」
「(止めろ!!死ぬ気か!?)」
「(第一…何でユウトの野郎は平気なんだよ!?)」
ユウトはヒカリの背後に見える“彼ら”を視界から外すとヒカリに問いかけた。
「ところでヒカリ、今朝はどうかしたのか?」
「どうって……えっと…生徒会室でヴァンガードしてたよ」
「…………え?」
ヒカリは朝起きた事をおおまかに説明した。
「生徒会長…カードファイト部……おもしろそうな人達だな」
「じゃあ………放課後、一緒に訪ねてみる?」
ヒカリは別れ際にチアキに言われたことを思い出して言った。
「………いいのか?」
「………相手にしてもらえるかは…………わからないけど…………それでいいなら」
「…なら、俺も行くよ!」
相変わらず、青葉ユウトには殺気の篭った視線が向けられていた。
* * * * *
放課後、生徒会室には四人の人間が集まっていた。
「…で、あなたは誰かしら?」
チアキが口を開く、その言葉はもちろん、朝この場所にいなかった人間に向けてのものだった。
「こんにちわ!俺は青葉ユウトです!」
「お、確か“なるかみ”を使ってる初心者のヴァンガードファイターさんっすね」
「あ…ああ(…何で知ってるんだ………?)」
「…へえ、初心者ねぇ…」
「あーやっぱり初心者お断りみたいな…?」
「いやいや、そんなことないわよ」
「……………あの」
ずっと黙っていたヒカリが口を開く。
「…その…そもそも…私に何のよう………ですか?」
「ふふふ…そうね、それを話しましょうか」
チアキはまるで苺のタルトを目の前にした小さな女の子の様に目を輝かせる。
「ずばり!!二人とも私のカードファイト部…いえ、私のチームに入って、私と日本一を目指さない!?」
「…………」
「へ?俺も…ですか?」
「もちろんよ!仲間は多い方がいいわ!」
チアキは当然だと言う様にうなずく。
うなずくチアキに合わせてポニーテールも揺れる。
「ヴァンガードという同じ趣味を共にした仲間が集って一つの目標を目指す…とても青春よね!」
「はあ………」
チアキの勢いに若干気圧されるヒカリであった。
そんなチアキのテンションはこうしている間にも益々上昇していってるのが見てとれる。
「日本一………秋の“VFGP”での優勝………輝く勝利の讃美歌…………」
チアキの目はすでに遠くの世界を見つめていた。
「…それに今年の景品は…ヘヘッ…グヘヘヘヘ」
「ちょーっと落ち着くっすよ!お嬢!」
バゴンッッ!!
「!?」
ジュリアンがチアキに空の…どうやら新品のバケツを被せる。
(………このために…用意したのかな……)
ヒカリの考えを裏付けるようにバケツには油性のペンで“チアキ専用”と書かれていた。
「はいーどうどう」
「私は馬かっ!!」
どうやらチアキは落ち着いたらしい、ジュリアンがバケツを外す。
「と…とにかく?ヒカリさん、ユウト君…あなたたちが必要………あなたたちが欲しいの」
どうにか話をまとめたつもりらしいが分からないことだらけすぎる。
「………えーと…」
「あ、一つ質問いいですか?」
(…………一つだけ!?)
ユウトがおずおずと手を挙げる。
「何かしら」
「“VFGP”……って何ですか」
「それは僕から説明するっす………“VFGP”…ヴァンガード・ファイターズ・グランプリの略称で、ヴァンガードにおける最大規模の公認大会…といったところっすかね」
ジュリアンがチアキの方を見て続ける。
「今、お嬢が言っていたのは毎年、秋に開かれる大会のことなんすけど、それだけじゃなくて、他に春に開かれるヴァンガード・クライマックス・グランプリ………通称“VCGP”もあるっすよ、秋の大会はチーム戦、春のは個人戦って特徴があるっす………まぁ大会以外にも限定商品の販売もあったりして…………年二回のお祭りみたいなイベントなんすよ」
「……………大会」
「へぇ、そんなのがあるのか」
「そして、お嬢の目標がこの今年のVFGPでの優勝なんすよ」
ヒカリが口を開く。
「………それなら…わざわざ私達を勧誘するより…今から一人で春の大会を目指していけばいいんじゃ…?」
「そうもいかないんすよねー…今年の秋のこの大会でなければ……意味がない………」
ジュリアンはそう言って自身のカバンから一枚のポスターを取り出す。
そこには、話に出ていたVFGPの詳細が書かれていた。
「…これって…………っ!?」
「?」
ヒカリはすぐ“それ”に気がついたが、まだユウトはピンときていないようだ。
今まで黙っていたチアキが語りだす。
「そうよ…“それ”が今回のVFGPの“景品”」
生徒会室が静寂に包まれる。
「MFS…モーション・フィギュア・システムの“先行試遊権”…よ」
MFS…その名前がこの場面で意味するのは、やはりアニメ『カードファイト!!ヴァンガード』に登場した“あの装置”のことだろう。
「えっと、何ですかそれ」
ユウトが疑問を投げ掛ける。カードゲームから始めたため、まだアニメを見たことが無かったのだろう。
その質問にチアキが答える。
「そうね、立体映像を利用して実際にユニット達の戦いを再現するシステム…って所かしら」
「へぇ、それはすごい」
「…………完成…したんだ…」
ヒカリの記憶ではアニメの第一シリーズ放送と共に開発が始まっていたはずだった。
そのため、現在流通している全てのカードには後々MFSで使えるようにICチップが埋め込まれていた。
(…………でも、開発は中止になったって聞いてたけど…………)
「開発発表の日から早三年…ついに私達の目の前にMFSが姿を見せるのよ!」
再びテンションを上げるチアキを横目にヒカリはジュリアンの持つポスターを見つめた。
(……MFS………私も楽しみにしていたっけ)
ヒカリは自身がかつて実際のファントム・ブラスターと共に戦うことを夢見ていたのを思い出した。
(今なら………モルドレッドかな)
「VFGPの優勝チームに完成したMFSを誰よりも早く体験できる権利が与えられる………私はこのチャンスを逃すつもりは無いわ………でも、出場には最低でも三人……多くて五人でチームを組む必要があるの………だから」
チアキが頭を下げる。
「二人とも!私達と一緒に優勝を目指してくれないかしら!!」
しばらくの沈黙の後、ユウトが口を開く。
「俺、初心者なんですけど…」
「大会まで時間はあるわ!一緒に特訓しましょう!」
「!!…よろしくお願いします!!」
あっという間にユウトが仲間になってしまった。
「さあ、ヒカリさんも!」
「さあ、ヒカリも!!」
チアキとユウトの二人がヒカリに向かって手を差しのべる。
「…………どうして…私…………何ですか?」
それはヒカリが抱いていた単純な疑問だった。
ヒカリについてきたユウトはともかく、今朝、ジュリアンは明らかにヒカリに狙いを定めていた。
そもそも優勝を目指すようなチームを組むのなら、自分の知っている人間を集めたり、ショップで勧誘するほうがより確実だろう。
だというのに、ヒカリという一個人に絞って勧誘してきたことが理解できなかった。
「あーショップで勧誘するほうが確実にチームを作れるのにってことっすか?」
「…………それだけじゃない……何でわた…」
「お嬢はこう見えて重度の人見知りなんすよ、ほら今も足が震えてる」
「はぁっ!?」
ジュリアンが指差した先を見てユウトが頷く。
確かにその足は生まれたての小鹿のようにガクガク震えていた……
「それで学校でメンバーを集めていたんだな」
(…いや今震えているなら意味がないよね…)
ヒカリはジュリアンの言葉に不満を覚える。
「…全く答えになってない………学校で集めても人見知りには関係無い…私は」
「さあ!!これでチーム結成すね!」
「ええ!早速出場登録しなくっちゃ!」
「やだなぁお嬢、登録は8月から………今はまだ6月っすよ」
「…………答える気は無いんだ…」
「チーム名はずばり!“シックザール”!」
「おおっ格好いいな!」
「ドイツ語で運命、宿命………受け入れて、観念するっす、深見ヒカリさん」
「…………まあ………いいけどね………」
ヒカリは軽くため息をつく。
ヒカリ自身、割りとお人好しな性格であることや、優勝商品の話からこの誘いを断るつもりはそもそも無かったのだった。
(…みんなで………ヴァンガードか…それもいいかも…ね…………)
* * * * *
夕焼けの中を天台坂チアキと舞原ジュリアンの二人が歩く
「この学校での印象とも“例のファイター”の話とも違ってヒカリさん、あんまりとっつきにくいって感じじゃ無かったわねー」
「むしろ普段のお嬢の方がよっぽどとっつきにくいっすよ」
「なっ!!?」
チアキがポニーテールを揺らしてジュリアンの方を睨む。
少しずつチアキの屋敷が見えてくる。
道路の街灯が灯り始めた。
「…………でジュリアは収穫あったの?」
「ジュリアンっす…そうっすね…ファイトの腕、デッキ構築は上々………いくつか“共通点”もあるにはあったんすけど…………」
ジュリアンは思考を巡らせる。
(…………深見ヒカリさんは“あのファイター”なのか…………か…)
「情報はまだ足りないっすけど、今のところ証拠といえるものは“全く”無かったんすよね………たぶん、普通に強い普通のファイター………の可能性が高いっすね」
「“可愛い”を忘れずにね…VFGPには問題無いし…ジュリアはこの後どうするの?」
「そうっすね………僕のわがままを聞いて貰ったし…皆と一緒にVFGPの優勝を目指すっすよ」
「そういってくれると頼もしいわね」
ジュリアンは夕空の月を見つめた。
「………深見ヒカリ………か」