深見ヒカリたちが半ば無理矢理カードファイト部…もといチーム“シックザール”に入れられてから二日がたった、6月17日の話。
チームに入った…とは言うものの、今のところ特に活動する予定はまだ無いらしい。
あの後学校の廊下で会うこともあったが、二人は
「色々計画中っすよ」
「楽しみにしていなさい?」
そう言ってニヤニヤするばかりだった。
放課後になり多くの生徒が下校する中、ヒカリはあることに気がついた。
(…………青葉クン…もう帰ったのかな…)
普段ならしつこいくらい帰り道で「ヴァンガードをしよう」と言ってくる…ユウトの姿が見えなかった。
(………私も帰ろ………)
* * * * *
「…っく…ターンエンド…」
「僕のターンっすね?スタンド&ドロー!!」
ヒカリがちょうど家を出た頃、喫茶ふろんてぃあの中では俺、青葉ユウトと舞原ジュリアンによるカードファイトが行われていた。
「君の手札はもうバレてるっすよ!………魔神侯爵アモン“Я”から“エコー・オブ・ネメシス”にライドっす!」
「エコー・オブ・ネメシス?」
初めて見るユニットだったが、テキストはすぐに読めた。
そして分かってしまった。
ーーあ、死んだ…とーー
「ネメシスの後ろに“ドリーン・ザ・スラスター”をコールっす」
俺とジュリアンのダメージは互いに5点。
「そしてネメシスの右隣に“媚態のサキュバス”をコールしてスキル発動……一枚分ソウルチャージっす…ドリーンのスキルでドリーンにパワー+3000」
山札からソウルにヒールトリガーらしきユニットが飲み込まれる。
前のターン…俺はテンペストボルトドラゴンのスキルで“全ての”リアガードを退却させていた。
本当はそのターンで決めるつもりでした。はい。
「エコー・オブ・ネメシスのスキル…ソウルの“アモンの眷族 ヘルズ・トリック”でソウルブラスト…2枚分ソウルチャージして、ドリーンは自身のスキルでさらに
パワー+6000っすよ」
今、俺の手札には完全ガードが2枚、グレード3のテンペストボルトドラゴンが1枚、グレード2のサンダーブームドラゴンが1枚…最後にクリティカルトリガーのイエロージャムカーバンクルが2枚あった。
そしてリアガードの前列に、テンペストボルトのスキル発動後にコールした抹消者 スパークレイン・ドラゴンが2枚…
「“グウィン・ザ・リッパー”をコールっす、スキルでCB2!“抹消者 スパークレイン・ドラゴン”を退却っす!」
いや…1枚ある。
「さあ!行くっすよ!!リアガードのグウィンでリアガードのスパークレイン・ドラゴンにアタックっす!」
「…………ノーガードだ」
ああ…インターセプトで守ることもできなくなった。
「その様子だともう分かってるっすよね?ネメシスのスキル!!ソウルが………10枚以上あるっすからパワー+10000,そして!グレード1以上のユニットはガードに使えないっす!!………ドリーンのブースト、ネメシスでヴァンガードにアタック!パワーは36000っすよ!」
「………ノーガードです」
ああ、守れない。
「ドライブチェック!………アモンの眷族 フェイト・コレクター!クリティカルトリガーっす!効果は全てヴァンガードに!セカンドチェック……同じくクリティカル、効果の対象も同じくっすよ!!」
「ダ、ダブクリ……」
こうして、ヒールトリガーが出ることもなく俺は負けてしまった。
* * * * *
俺はジュリアンとのフェイトを終えて、喫茶ふろんてぃあのチーズケーキを食べていた。
いつ食べてもここのケーキは美味い。
………なのに何でいつも閑古鳥が絶叫しているのだろうか。
「どうしたら強くなれんのかなぁ…」
俺はそっとため息をつく。
「と、いってもそろそろ初心者の壁は越えられると思うっすよ」
「そうか?」
ジュリアンはレアチーズケーキ(4皿目)を食べていた手を止めた。
「“シールド値”の要求も意識できているみたいっすから」
確かに最近は相手のVのパワーを考えて、ユニットのパワーを上げるようにはしている。
「後は取り敢えず手札の公開、非公開を意識することっすね」
「そういえば、さっき“手札がバレてる”って言ってたな」
「そう、あの時、青葉くんの手札は全てドライブチェックで公開済みのカードのみだった……」
「え、本当に!?」
そう言えばそうだったかもしれない。
「だから僕はあの時“エコー・オブ・ネメシス”を使ったっす、もうガード出来なくなるって分かってたっすから」
なるほど…手札…か、色々考えることができたな。
「あとはデッキの構築っす」
「そうかもな」
俺がそう言った瞬間、ジュリアンの身体中から殺気のような物が吹き出した気がする。
「“そうかもな”じゃないっす!!なんで“抹消者 テンペストボルト・ドラゴン”と“抹消者 エレクトリックシェイパー・ドラゴン”が同じデッキに入ってるんすか!?信じられないっす!スキル意味なしっす!!」
ああ、なるほどそう言うことか。
確かに俺のデッキには“ブレイクライド”によって “退却させたユニットの後列を追加で退却させる”エレクトリックシェイパーと“リミットブレイク”によって“全てのファイターのリアガードを全て退却させる”テンペストボルト・ドラゴンが両方とも入っている。
何故かって?決まっているさ、何故なら
「俺、今、あんましお金持ってないからさ…」
「……すいませんっす」
まあ本当はデッキ構築とか考えずにカードの見た目で買ってしまったんだが、それはそれで金の無駄遣いだと怒られそうだ。
「…………別に怒らないっすよ、楽しみ方は人それぞれっすから」
「え?」
「何でもないっす……でもそうっすね、軸が決まっていない…何がしたいのか分からないデッキにはなってるっす」
「何がしたい…か?」
「そう、基本的にデッキを作る時は一番使いたい、ライドしたいグレード3のユニットを選んでおくといいデッキが作りやすいっすよ」
確かに…今まで俺は兄貴から貰ったデッキに闇雲にカードを投入しているだけだった。
「そこで」
「?」
ジュリアンが言葉をためる。
「僕、今からカード持ってくるんで!一緒にデッキを作るっす!!もちろん作ったデッキは差し上げるっすよ!!」
「そんな!それはさすがに悪い…」
「問答無用!実際にやってみることが大事っす…と、言うわけで…有言実行!善は急げっす!」
そう言ってジュリアンは立ち去っていった。
カードゲームは無駄に高価だと俺は思う。
そんなカードを人から貰うのは…なおのこと気が引ける………ってヒカリもこんな気分だったのか…?
「なぁ………青葉よ」
ふと横を見ると店長が立っていた。
「今の長髪の彼………」
「ああ!あいつはジュリアンって名前で」
「いや…名前もいいんだけどよ?」
「?」
「あのまま帰って来なかったら…青葉…金払ってくれるよな?」
ジュリアンがさっきまでいた席にはかなりの数の皿が並んでいる。
一瞬、ここは食べ放題の店かと思うほどだ。
「…………」
「…………青葉」
いや、各々自腹だから…自腹の約束しているし……
「帰って………来ますよ、俺は信じている」
大丈夫、心配なんていらないだろ…………って言えるほどまだあいつのことよく知らないんだよな…俺。
* * * * *
「まあ、俺は信じていたよ」
「?何の話っすか?」
「何でもないさ」
今、俺の目の前には大量のヴァンガードカードが置かれている。
これらは全てジュリアンがついさっき店に持ち込んだものだ。
「しかしこれは凄まじい数だな」
「ここにあるのはグレード3だけ、他のカードはここにあるっすよ」
ジュリアンが店に持ってきたキャリーバッグをぽんぽんと叩く。
「さあ!好きなカードを選ぶっす、やっぱり“なるかみ“のカードがいいっすか…?この機会に他のクランを使ってみるのもいいっすよ!」
「選べって言われても…な」
いったい何枚あるんだこれ。
まさか…今発売されている全てのグレード3ってことは無いよな。
「…どうしたものか」
そうして俺がカードの山を眺めていると…………というか途方に暮れている時だった。
ふいに花の香りがした。
空気が変わる。
「まあ………すごい枚数のカードですね」
俺は声の方向を見る。
まず目に入ったのはとても綺麗な長い黒髪だった。
「私も見せて貰ってもいいでしょうか?」
とても綺麗な女性がそこに居た。
女性の姿に気がついた店長が声を掛ける。
「いらっしゃいませ、美空さん」
「…………美空……さん?」
「はい、初めまして、私は美空カグヤと申します」
そう言って美空カグヤさんは微笑んだ。