君はヴァンガード   作:風寺ミドリ

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013 夕闇ダークマター

6月17日、喫茶ふろんてぃあで青葉ユウト達がデッキ作りを行っている頃。

 

深見ヒカリは一度家に帰った後、夕飯の買い物のために商店街を歩いていた。

 

商店街の多くの店は日中からシャッターが降りていることもあって、人通りも少なく感じられた。

すでにヒカリの手には玉ねぎやひき肉の入った買い物袋が握られている。

 

 

「……今日の夕飯は…ハンバーグ…なんだよ」

 

 

 

ちょうど前を通った黒猫に話しかける。

 

 

 

「にゃ?」

 

 

「デミグラス…なんだよ…」

 

 

「にゃー」

 

 

黒猫は路地の向こうに消えていった。

 

 

「…………行っちゃった………」

 

ヒカリは少し残念そうに呟くと、商店街の外れに新しくできた大型ショッピングモールへと歩いていった。

 

開店記念セールということで、様々なキャンペーンが行われ、多くの人が集まっていた。

 

(栄養ドリンクでも…買い足しておこうかな…)

 

 

ヒカリの足はドラッグストアのテナントがある方へと向く。

 

ショッピングモールの中には他にも書店やブランド物の服を扱う店、レストランやアイスクリームの専門店等が並んでいた。

ふと近くにいた家族の声が聞こえてくる。

 

 

 

 

 

「おとーさん、かいと君って人がね、カードこうかんしてくれたよー!」

 

 

「良かったなぁ、りゅう君はどんなカードを貰ったんだい?」

 

 

「あのね、あのね、“究極次元ロボ グレートダイカイザー”と“フルバウ”を交換してくれたのー!」

 

 

「そうかーその二枚かー」

 

 

「うん!フルバウ可愛い!」

 

 

 

 

夕飯時ということもあってショッピングモールの中は親子連れで賑わっていた。

 

(…………お父さん…………か)

 

しばらくすると、ドラッグストアが見えてきた。

 

だが、見えてきたのはドラッグストアだけでは無かった…………

 

 

 

 

「うー………分かんないわよ……」

 

 

店内で特徴であるポニーテールを揺らし、唸っている人影があった。

 

(………生徒会長…いや、天乃原さん…?)

 

 

ペッペッピッ…ポポポ、ポポポ

 

携帯を取り出し、どこかへ電話を掛けるようだ。

 

 

(………どうしよう…やっぱり挨拶くらいした方がいいよね………)

 

 

ヒカリは少しチアキに近づく。

 

同時にその電話の内容も少し聞こえてきた。

「ひ、日焼け止めクリームは分かったのだけれど……マ、マルチパーパスソリュージョンって…どれを買えばいいのかしら…」

 

『いや…それに関しては…帰りに自分で買うからいいっすよ』

 

 

「じゃあ…私はコンタクトレンズ用の新しいケースを買えばいいのかしら………」

 

 

『そうっすね、そろそろ変える頃合いだったんで買ってきて貰えると助かるっすね、お願いするっす…じゃあ』

 

 

 

ピッ

 

 

 

 

 

ボソッ

 

「……………舞原クンってコンタクトレンズ使ってたんだ…」

 

 

「ぴいいいいいいぃぃぃぃ!?!?!?」

 

 

 

突如ヒカリの鼓膜をチアキの叫びが貫いた。

 

気のせいかヒカリにはチアキのポニーテールが高速回転しているように見えた。

 

 

 

「うう…あ、天乃原…………さん?」

 

「って、ヒカリさんだったの!ごめんなさい、大丈夫かしら?」

「あ…ううん………こちらこそ………」

 

 

「いえいえ、私が悪いわ」

 

 

「ううん…私が」

 

 

 

「「いや、私の方が…」」

 

 

 

「…………」

 

 

「…………」

 

 

 

 

こうして出会った私たちは取り合えずアイスクリームでも食べて落ち着こうということになった。

 

 

 

「………それにしても、舞原クンがコンタクトレンズを使ってたなんて………気がつかなかったよ」

 

 

「ええ…まあね、でも他の人にはあまり言わないであげてくれるかしら」

 

 

チアキさんが3段重ねのアイスクリームを慎重に食べながら言う。

 

一番上がキャラメル、次にチョコでその下にはラムネ入りのアイスが控えていた。

 

すでにこれらを支えるのはコーン一つでは難しそうに見える。

 

「………もしかして、その日焼け止めクリームも舞原クンの…………?」

 

 

ヒカリはカップに入ったレモンのアイスクリームをスプーンを使って少しずつ食べていた。

 

 

「ええ………これも内密に…ね?」

 

チアキがキャラメルのアイスを食べながら言う。

 

 

(…………舞原クン、肌もすごい白かったっけ)

 

「…そう言えば…天乃原さん………このショッピングモールは初めてなんですか?」

 

「な!?どうして分かったの!?」

 

ヒカリは空になったアイスのカップを眺める。

 

「…だって………天乃原さん…すごいそわそわ…キョロキョロしてるから」

 

ヒカリはアイスクリームを注文している時のチアキの興味津々だと言うような視線を思い出して言った。

 

 

「~~~っうう!そうよ!ジュリアンに頼まれたから来たけど、こんなところ初めてよ!……きゃあっ!?」

 

 

 

チアキの持っていたコーンからチョコアイスと食べかけのキャラメルアイスがこぼれ落ちる。

 

 

 

「………!」

 

 

 

次の瞬間、ヒカリは持っていたアイスのカップで二つのアイスをキャッチしていた。

 

 

 

「…………セーフ………」

 

「…すごいわね………」

 

 

 

 

ヒカリはアイスの収まったカップを差し出す。

 

 

 

「…ありがと………こっち、あげるわ」

 

 

 

ヒカリとチアキは互いの持っていたアイスを交換したのだった。

 

 

ヒカリはラムネ入りのアイスとコーンを受け取る。

 

 

(一方的に私が得しちゃってる気が……申し訳ない)

 

 

 

 

 

 

* * * * *

 

 

 

 

 

 

遠くの方から歩いてくる人影があった。

 

 

長く伸ばした銀髪、そして碧色の瞳が人混みの中でも彼の存在を強調する。

 

 

 

「ジュリアン!」

 

「あ…………舞原クン」

 

「ヒカリさんに…お嬢じゃないっすか!」

 

 

 

時刻は7時を過ぎていた。

 

 

「世間知らずのお嬢が迷惑かけてないっすか?」

 

 

ヒカリはさっきの出来事を振り替える。

 

 

「………そんなこと…無いよ」

 

 

それに対してチアキはジュリアンの言葉に腹を立てていた。

「それどういう意味よ!」

 

チアキが思わず声を荒げる。

 

「どうもこうも無いっすよ!ヒカリさんもこれを見て欲しいっす!」

 

若干、涙目でジュリアンが学生カバンから何か箱のような物を取り出す。

 

その箱からは何か邪悪なオーラが出ていた。

 

 

「…これは…?」

 

 

「僕の…今日の…弁当っす」

 

 

 

それを見てチアキがポンと手を打つ。

 

 

 

「それ、私が作ってあげたお弁当じゃないの」

 

 

(生徒会長が……て…手作りお弁当……!?)

 

 

「………もしかして………………二人とも……お付き合いを…………?」

 

「無いわね」

 

「無いっすね、第一、僕には彼女いますから」

 

 

二人が即答する。

 

ヒカリはジュリアンの発言をもっと掘り下げたいような気もしたが、最初は一番の疑問を口にすることにした。

 

「じゃあ……何で…お弁当なんて………」

 

 

「僕、お嬢の屋敷に住まわせて貰ってるんすよ」

 

 

「お弁当に関しては私の気まぐれね」

 

「………舞原クンと天乃原さんの関係って…」

 

 

 

 

「「ただの親戚」」

 

 

 

 

「日本で暮らす時はいつもお世話になってるっす」

 

「ジュリアンは世界を転々としているのよ」

 

 

それよりも、とジュリアンは持っていた弁当箱をチアキに見せる。

 

「気まぐれでも、こんなものを入れるのは止めて欲しいんすけど」

 

ジュリアンの苦々しい表情を見て思わずヒカリが声を出す

 

 

「……舞原クン…さすがにその言葉は…酷い……女の子の好意はちゃんと………受けとるべき」

 

 

ジュリアンがため息をつく。

 

 

「ヒカリさん…これを見てもまだそんなことが言えるっすか?」

 

 

 

ジュリアンが弁当箱の蓋を開ける。

 

 

 

中では何か青色と灰色の混じったような色をした物体が食べ物とは思えないような臭いを出していた。

 

 

 

ところどころに光沢が見られるのもまた謎だ。

 

 

 

「…………何………この………食べ物なの…?」

 

 

 

「失礼ね、ハンバーグよ」

 

 

 

だがその姿は到底ハンバーグには見えなかった。

 

そもそも食べ物だと認識できない。

 

何に見えるかと言えば粘土だ。

 

だが、よく見ると箸を入れた後がある。

 

 

 

「舞原クン…これ……食べたの?…………“フレッシュスター コーラル”ちゃんの作った料理の方がまだ普通だよ…」

 

 

 

ヒカリは“フレッシュスター コーラル”のイラストにある料理を思い出しながら言った。

 

 

「一口だけ…っす」

 

 

ジュリアンが力なく微笑む。

 

 

 

 

 

「お嬢…………どんな食材を使ったんすか」

 

 

 

 

 

「え?油粘土よ」

 

 

 

 

 

その言葉でヒカリに衝撃が走る。

 

 

 

 

「ーー油ーーー粘土ーーー?………え……?」

 

 

 

「まぁ……見た時から分かってたっすけどね……」

 

 

 

「??どうしたの二人とも…あ、隠し味分かったかしら?」

 

 

 

ジュリアンとヒカリは頭を抱える。

 

 

 

「まだ…何か入ってるんすか…?」

 

 

「えーっと“おゆまる”…だったかしら」

 

 

「“おゆまる”はプラスチック粘土っす!」

 

 

どうしたら、あれを食べれると思うのか。

 

 

チアキはしばらく考え込む。

 

 

 

「…………ねぇ…粘土…もしかして嫌いだった?」

 

 

 

ジュリアンが脱力する。

 

 

「そもそも………粘土は…食べ物じゃないよ…」

 

「え?」

 

ヒカリの言葉に対して、チアキがしどろもどろに言う。

 

 

「だって…この間ジュリアンがおいしいって」

 

その言葉にジュリアンは心当たりがあったのかすぐに訂正する。

 

 

「あれは“がんも”!“がんもどき”っす!それをどうして粘土と聞き間違えた上にハンバーグ…?にしたんすか…」

 

 

「私、ハンバーグとか好きだし………あ!でも私が作ったのは食べてないわ!この料理はジュリアンのために作ったから!!」

 

 

ジュリアンがその言葉を聞いて、決心がついたようにショッピングモールの天井を見上げる。

 

 

「朝、弁当箱が置かれていた時はお嬢の好意を感じて嬉しかったっす……昼間、中身を見たときはいじめか何かかと思ったっす………そして今話して悪意が無いことが分かったっす…………だけど!だからこそ!お嬢のためにもこの言葉を言わせてもらうっす!」

 

 

ジュリアンが息を吸う、そして箸でハンバーグ(粘土)を持ち上げる。

 

 

 

 

 

 

 

「こんなん料理じゃねぇぇぇぇ!!」

 

 

 

 

 

 

 

「おとーさん、あのおにーちゃん箸で粘土持ってるよー……食うのかなー?」

 

「そうだなぁ、りゅう君は絶対真似しちゃだめだぞ」

 

 

「わかったー!」

 

 

 

 

家族連れの声が聞こえる。

 

若干周りの視線も集まってきた。

 

「~~~っお嬢!帰るっすよ!ヒカリさん!また学校で!」

 

「また学校で!」

「………あ………うん…また学校で」

 

 

ジュリアンとチアキが駆け足で帰っていく。

 

 

 

「…………あの二人…」

 

 

二人のことをよく知らないまま入ったカードファイト部………?だったが、ヒカリは今の二人を見て少し安心した。

 

 

「……………ちょっと楽しくなるかも」

 

 

 

ヒカリはそう呟くとハンバーグを作るため、家に帰るのだった。

 

 

 

 


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