太陽がその元気をもて余している…そんな7月21日。
「夏休みだし、海とか行きたいわねー」
「俺はかき氷食べたいなぁ」
今日は終業式…つまり明日からは全ての学生の癒しと言える夏休みが始まるのである。
「そんなことより…ついに来たよ…運命の日が!」
そして今日はシャドウパラディンのエクストラブースター“宵闇の鎮魂歌”の発売日でもあるのだ。
他にも今日はジェネシスのエクストラブースターやゴールドパラディン、リンクジョーカーのトライアルデッキが発売されるが…私の眼中には無い。
私は太陽に向かって拳を振り上げる。
(誓うよ…!必ずファントム・ブラスターとブラスター・ダークのレギオンを四枚ずつ手に入れてみせる!)
「さぁ…行こう!青葉クン!!天乃原さん!!舞原クン!」
「ああ!…まずはうちの兄貴のショップからだな!」
「色んなショップで予約してあるのよね?」
二人の声が聞こえ…二人?
「……舞原クンは?」
あの特長的な銀髪が見当たらなかった。
「…先に行っちゃったんじゃないか?」
「確か駅から遠くのショップに行くって言ってたわ」
相変わらず舞原クンは行動が早いというかなんと言うか…
「……私たちも急ぐよ!!」
私は校門から外に出る。そこで一人の女性とすれちがう。
「お……ヒカリ…」
この声はユズキのものだった。
あの後、学校でも話すようになって今ではすっかり友達だ。
(舞原クンと天乃原さんを除くと…4、5年ぶりの新しい友達かもしれない…)
「そうか…今日はヴァンガードの発売日だものな」
「うん!…だから…またね!ユズキ!」
「ああ!健闘を祈るよ!」
そう言葉を交わすと私は小走りでショップに向かう。
「…しかし、ヒカリさんに同年代の友達ができて良かった…」
「いや…リーダー…俺やジュリアンの存在はどうなるんだ……というかリーダーはヒカリのお母さんかよ」
後ろから会話が聞こえてくる。
(ふふ…お母さん…か……懐かしいな)
私は今は会えない人のことを思い出しながら足を進めるのだった。
私たちは商店街に入る。
この商店街を抜けて、左に曲がればカードマニアックスはある。
夕方ということもあって人通りが多かった。
そして…………
そこで私たちは異変に気がつく。
商店街の中に薄い醤油のようなオーラが広がっているのだ。
「何……これ………」
「…醤油的な何かかしら…?」
「何だそれ」
だが何より不気味なのは商店街の人が誰一人そのオーラを気にしていないということだ。
「私たちにしか見えていない…か…そもそも商店街のイベントか……かな」
「いや、どんなイベントだよ……でも…俺たちにしか見えないってのもな…?」
私たちは醤油の色が濃い方に進んでいく。
路地の奥へ…奥へと……。
どんどんその色は濃くなっている。
「何か本当に醤油に見えてきたわね」
「……どんな醤油だよ」
そして私たちは醤油(?)の発生源らしき場所にたどり着く。
「ジャス……ティス…」
醤油(?)の奥から聞こえる、その声、その言葉。
それは私達の背筋を凍らせる。
「この声……まさか…違うよね…」
だが私の願いも虚しく…その男が姿を見せる。
「ジャースティーッスぅぅぅぅ!!」
「…………会いたくなかった」
そこに居たのは以前“カードマニアックス”で出会った変態…いや、天地カイトという男だった。
「…あいつ、目から醤油流してるわよ」
今、彼の目の下は醤油を流したように変色していた。
「…一体……」
「ははははははぁぁぁっ!!」
突然(?)彼が叫ぶ。
「ははははははははははははぁぁぁぁぉぁ!!!お前は!!強いのk…………いや…」
「…………今なら」
私は彼の背後に移動する。
「お前はぁぁぁ!ジャぁぁぁスティぃぃぃッスか……ぁ……ぁ…………」
ドスン…
彼の体が力無く崩れ落ちる。
私が後ろから思いっきり手刀を浴びせたからだ。
「……他愛もない」
それを見た青葉クンは気づいたみたいだ。
「…ヒカリ……それってもしかして俺の姉さんの…」
「うん…青葉流護身術、第三章…」
「いや、そんな流派無いからな…?」
天乃原さんは変態の様子を見る。
「目から出てた醤油も消えてるわね…」
(一体…何だったのかな…?)
『……バカナ!?』
それは路地の…さらに奥から聞こえてきた。
『イクラ…ワタシノ“チカラ”ガヨワマッテイタカラトイッテ…ファイトモセズニ“リバース”を解呪スルナンテ!?』
私は“誰もいない”その場所に呼び掛ける。
「……あなたの仕業…なの?」
『……ユルサナイゾ…ヴァンガードファイター…』
すると薄い醤油のようなオーラがどす黒い色へと変わり……私たちの周りを囲んでしまう。
まるで…“黒輪”のように。
「……まさか…“リンクジョーカー”?」
「ありえないわね」
『…ソレハドウデショウカ…?』
どす黒いオーラが“私の前に”ファイトテーブルを形作る。
『ファイトダ…ソシテ…ゼツボウシロ…』
(……ファイト……)
「だめよ!!ヒカリさん!!」
「…でも」
私は周りを見渡す。
すでに退路は黒輪によって絶たれていた。
「……このファイトはどういうルール?」
『ルール?』
「“私の知っているヴァンガードファイトのルールなのか”……そういうこと」
少しずつどす黒いオーラは人の形になっていく。
そのオーラの奥に……一瞬だが人の姿が見えた気がした……が今はそれを気にする余裕は無い。
『アア……コノファイトハオマエノシッテイル“ルール”デ…オコナワレルダロウ……イマイマシイガ…ソコニワタシガ…カイニュウスルコトハデキナイ…ッ』
黒い影は悔しそうにそう言う。
(……本当だと…信じることにしよう……)
私はファイトテーブルにデッキを置く。
そんな私を後ろの二人が心配そうに見つめる。
「……ヒカリ……」
「私が代わりにファイトを……」
確かに“私が”ファイトを受ける理由は無い…だが。
「ううん……私が戦う……私の買い物を邪魔したこいつは……私が倒す」
『ソレデイイ……サァ……アナタヲオワラセテアゲマスヨ……』
「……どうかな?…絶望の剣で貫かれるのはあなたの方だよ」
謎のオーラとのファイトが始まる…段々周りの風景も変わっていく…今や私たちの周りはまるで宇宙だ。
(さぁ……行くよ!!)
「「スタンドアップ!ヴァンガード!!」」
二人(?)はグレード0のユニットにライドする。
(……あのユニットは…)
相手のFVは星輝兵 ワールドライン・ドラゴン。
「…やっぱりリンクジョーカーなのね」
「ヒカリ……」
どす黒いオーラは少しずつ一ヶ所に集まっていく。
『ボクト……僕トファイトしたことヲ!!…一生後悔させてあげましょう!!!』
* * * * *
「何よ……これ…」
「どうなってんだ…」
私の後ろにいる二人が驚く……というか私自身もかなり驚いている。
「……これ……どうなっているの……」
私は手元で“まるでアニメのように輝いている”クリティカルトリガーを見つめる。
『……何を驚いているんですか?…あなたが絶望するのはまだこれか…』
「静かに…!」
『はい…』
先程から“ライドしたカードが光ったり”“トリガーも光ったり”“自動でダメージチェックが行われている”のだ。
果てには“相手のカードにテキストが無い”…これで驚かない方が変だ。
「……でも…やっぱり“これ”は……」
「アニメと同じね」
「アニメ?」
「ええ…」
気を取り直して、私はターンエンドを宣言する。
このこと以外は別にどうということはない。
相手はまるでこちらがリンクジョーカーのユニットを知らないだろうというノリで話しかけてくるが、正直真新しいカードは無かった。
『私のタぁーン…スタンド…ドロー♪…生まれし希望、輝き、その全てに絶望の剣差し入れよ!!ライド!星輝兵 “Ω”グレンディオス!!』
(…グレンディオス…条件を満たすことで特殊勝利を可能にするユニット…だね…)
『このグレンディオスの恐ろしさ…じっくり…たっぷりと教えてあげますよ……コール…隠密魔竜 ヒャッキヴォーグ“Я”!!……そして呪縛!!』
ヒュイヒュイヒュイヒュイインヒュイン
ヒカリのリアガード…前列にいたブラスター・ダーク・撃退者のカードが勝手に空中に浮き、黒い電気のようなものと共に裏向きになって置き直される。
(……あと変な効果音も聞こえた)
「これって…」
『驚きましたか?…これがグレンディオス…これが呪縛……すばらしいでしょう?』
(驚いたの…そこじゃ無いんだけどな…)
『さあ行け!グレンディオス!!…世界を終焉に…』
「マクリールで完全ガード!コストはモルドレッド」
『くっ…まぁいい…ツインドライブ♪…ゲット!ヒールトリガー…セカンドチェック…ゲットぉヒールトリガー♪』
相手のダメージが4点から2点まで回復する。
『ヒャッキヴォーグ“Я”でアタック!!』
「…ノーガード」
自動ダメージチェックによってダメージゾーンに氷結の撃退者が落ちる。
「…ゲット…ドロートリガー!1枚ドロー…」
『タぁーンエンドぉ♪』
(…ここはドラグルーラーで“4点”まで詰めてからレイジングかな…)
「スタンドandドロー…誰よりも世界を愛し者よ…奈落の闇さえ光と変え、今、戦場に舞い戻る!クロスブレイクライド!撃退者 ドラグルーラー・ファントム!!」
私はブレイクライドスキルでマナを、さらにマナのスキルで無常の撃退者 マスカレードをコールする。
「……ドリンとマナを退却……CB1…ミラージュストライク…!」
コストを支払った時点で相手のダメージゾーンに自動で3点目のダメージ……メイデン・オブ・ビーナストラップ“Я”が置かれる。
『……くっ…何だと……』
「…撃退者 ダークボンド・トランペッターをコール…そしてCB1…氷結の撃退者をレストでスペリオルコール……この2人を退却……CB1でもう一度ミラージュストライク!」
ダメージには粛清の守護天使 レミエル“Я”が落とされる。
(これで4点……今はここまで……!)
私はグレンディオスの持つ“アルティメットブレイク”……“あなたのメインフェイズ開始時に相手の呪縛カードが5枚ならばあなたは勝利する”…を警戒している。
また、グレンディオスには他にもΩ呪縛という“呪縛し続ける”ことに長けた能力を持っている。
正直、それでも発動条件は厳しいのだが注意は怠るべきではないだろう。
「パワー43000!ドラグルーラーでグレンディオスにアタック!!」
『ざぁーんねぇーん♪…ルビジウムでガードぉ…スキル発動!!…教えてあげましょうこのルビジウムは…』
「知ってます(…グレンディオスへのアタックの対象をЯユニットに変更するスキルだね)ドライブチェック…first…厳格なる撃退者…クリティカル!…second…同じくクリティカル!!……これらの効果は全てマスカレードに!!…パワー20000、クリティカル3の無常の撃退者 マスカレードがアタック!!」
「ガードぉ♪」
その人の形をした黒い影は回想の星輝兵 テルルを使ってガードを行った。
「…マナのスキルでスペリオルコールされたマスカレードは山札の下へ…ブラスター・ダーク・撃退者は…」
私が言い終わらない内にダークの呪縛が解ける。
「…ターンエンド」
『リアガードが少ないからって…呪縛されないとか思ってませんか…?…いやぁ…呑気ですねぇ』
(思ってません…星輝兵 コールドデス・ドラゴンは山札の上から呪縛カードをコール“させる”スキルを持っている……油断はできない…)
『私のタぁーン♪……そうだぁ♪私が“時の狭間”で得た新たな力……ここで特別に見せてあげますよ』
この言葉に後ろの二人が反応する。
「新たな……」
「力……?」
(……来た)
『ふふふ……』
そうして黒い影はドロップゾーンに星輝兵“Ω”グレンディオスを叩きつける。
『…ジェネレーションゾーン…解放♪』
「……え?」
「はぁ?」
「何よそれ」
黒い影は自身の中から…“手札とは違う場所”から1枚のカードを取り出す。
(裏面は見えないけど……一応ヴァンガードカード?)
黒い影はケタケタと笑いながらそのカードをVへと置いた。
『未来は決して訪れない!!…無限に続く終末が希望を絶望へと染め上げる!!…ストライドジェネレーション…
「オメガ……ループ……?」
『そう……これが真の絶望の剣…………ん?』
何も起こらない。
ここまでのターン……ライドする度に何かしら光ったりしていたが…さすがに今回は何も反応しない。
このファイトにおいて…黒い影が出した変なカードは完全にヴァンガードのルールを逸脱したものだった。
『何だと……何故反応しない!?』
「いや……手札以外からカード出した時点で反則じゃないでしょうか……」
『何……!?』
「まぁな」
「そうね」
黒い影はわなわなと体を震わせる。
『確かに私は見た!…“時の狭間”の中から!…忌々しきカードファイター共が今行った風に…強大な力を手にする瞬間を!!!』
「別のカードゲームじゃないかしら」
『だって……!』
「ヴァンガードって50枚のカードで遊ぶゲームだぞ」
『…………』
「……あなたの反則負け……」
『いや!まだ……!!』
「反則負け…」
『私は…!』
「負け」
『……はい』
バキッ……
その時、私たちがファイトを行っていたテーブル……そして私たちを取り囲んでいた黒輪にひびが入る。
『こんな……終わり方……』
「…青葉流護身術…第1章……ジャッジキル」
「だからそんな流派無いし……そもそも今ジャッジいないし」
『こんな終わり方……認めるものカァァ!!』
黒いオーラは空へと吹き出していく…どうやらその下に広がっていた黒い空間から出てきていたようだ。
私はデッキをケースにしまう。
これでやっとエクストラブースターを買いに行ける。
「……さよなら…………」
私はデッキをバッグにしまう。
私はすでに今起きている不思議現象よりもエクストラブースターの方に思考が飛んでいた。
すでに目の前にあったファイトテーブルも粉々に砕け散っている。
だから私は足元を見ていなかった。
「……よし、早速ショップに……ぃ!?」
いつの間にか広がっていた黒い空間が私の片足を飲み込む。
「ヒカリさん!?」
「ヒカリ!!」
一方で黒いオーラは今も空へと逃げ出していた。
『マダ……ダ……マダ!!』
私はずぶずぶと黒い空間に沈んでいく……耳元では吸引力の変わらないただひとつの掃除機のような風の音が聞こえる。
すでに腰の当たりまで見えなくなってしまった。
「……あ…」
(……駄目……かも)
腰から下の感覚が無い……すでに抗うことは出来ない状態だった。
「ヒカリさん!待ってて…今…」
青葉クンと天乃原さんの方に手を伸ばすも届かない。
「何か…ロープか何か無いのかよ!!…」
その間にも私はどんどん沈んでいった。
そして私の視界から光が消える。
「……何も見えない……何も……」
私は…