暗い…ひたすら暗い場所…。
私は最早自分の手足の存在さえ疑い始めていた。
そんな場所に私はいる。
あの時…あの黒い空間に呑まれて…どれだけの時間が経っただろうか。
(……エクストラブースター……買いたかったな…)
そんな私の前に突然光が出現した。
(光…いや…見たことの無い…生き物…?)
正確には“それ”は巨大な…竜だった。
竜…きっと竜なのだろう…だがそうじゃないと言われればそうじゃないのかもしれない…。
どこか神々しさを持っていた。
その竜の両肩には“星”のような物が浮かんでいる。
それは私の暮らす星…地球にとてもよく似ていた。
(……青い…惑星…)
私はその竜がまだ“眠っている”ことに気がつく。
自然と…竜の方へと手が伸びていた。
突然…竜は輝きながら小さくなっていく…やがてその大きさはヴァンガードのカードほどになってしまった。
そして…そのカードが私の手に飛び込んで…
私は目を覚ました。
(……夢…?)
私の背中は草の感触に包まれている。
草むらから体を起こした。
「…………ここは…?」
私が目覚めた場所は森……森だった……森としか言えなかった。
「何で…森??」
あまりに異常な事態すぎて理解が追い付かない。
「……これ…」
私の手には一枚のカードが握られていた。
それは見たことの無いカード…片面は虹色で何も描かれておらず、もう片面には“Vanguard”のロゴが入ってはいたが…その周りの銀色の装飾は全く見たことの無い物だった。
例えて言うなら…“歯車”のような…。
(…………少し上品な手触り…)
私はとりあえずそのカードを自分のデッキケースにしまうと周りを見渡す。
「…………え……?」
私はそこで愕然とする。
“ようやく気づいた”と言うべきか。
夜空には月が赤く輝いていた。
ただし…その月は“ひとつ”では無かった。
ひとつ……ふたつ……みっつ……
複数の巨大な月が輝く世界……。
そう…その場所は夢や幻でなければ……明らかにヒカリが暮らしていた世界とは別の世界…または惑星だったのだ。
「……どうして…………」
ドォーン!!ドゴォォォン!!
遠くの方で爆音がする。
私は音の方向へ向かう…とにかく…誰か話の通じる相手に会いたかった。
爆音がした方向から声が聞こえる…不思議なことにその言葉は私にも理解できた。
「我と共に滅せよ!!我が半身!!」
痛々しいセリフが聞こえてきた。
「………我を倒して世界への罪の償いだとでも言うつもりか?…愚かな…無意味な……元よりこの世界に対して償うことなど有りはしないというのに…」
「黙れ…我が剣の前に消えよ!!」
「我が一部となれ…半身……共に世界を滅ぼせ…滅ぼせ…滅ぼせ滅ぼせ滅ぼせ滅ぼせ滅ぼせ滅ぼせ滅ぼせ滅ぼせ滅ぼせぇぇぇぇぇぇぇ!!!」
黒い竜が咆哮をあげ、私は思わず身を竦める………その“威圧”を感じるまでは“痛々しい人たちの会話”とも思ったのだが…近づいてみると、そこには禍々しく恐ろしい竜が何者かと相対している場面だった。
そして私はその黒い竜の名前を知っている…。
(ガスト・ブラスター・ドラゴン……だ…)
黒い竜はその体に走る赤いラインをギラギラと輝かせる。
「…絶望せよ…我は闇より昏き暗黒………」
(…奈落竜の……負の“全て”…悪意の塊……)
「……死より深き根絶也!!!」
黒い竜が叫ぶ。
(……私………どうしよう……)
ーーーーーー
いつかの時代…どこかの遺跡…
「異常事態?」
過去の惑星クレイの調査から帰還したしたばかりのニキシーナンバー・ドラゴンが聞き返す。
「はい」
それに答えたのは、クロノジェット・ドラゴン様の補佐を務める“スチームメイデン”…ウルルだった。
「惑星クレイ全域で大きな時空の歪みが確認されました…」
「クレイ全域でか!?」
「はい…このままではどのような“事”が起きても不思議ではないでしょう……早急に修正しなくてはなりません……ニキシーナンバー…主からの命を伝えます…そこにいるメスヘデと共に過去のクレイに飛んでください」
「俺もかよ!」
遠くでメスヘデの声が聞こえるがウルルは気にしなかった。
「過去の…クレイ?」
「あなたのタイムエンジンに座標を送信します…そこで“特異点”を見つけしだい保護…後で送信する座標まで送り届けてください」
「それだけでいいのか?」
「それだけでいいのです」
ニキシーナンバー・ドラゴンは納得のいかないように首を傾げる。
「むぅ……」
「…原因は偶然…解決策は単純…だからこそ早急に…けれども慎重に…静かに動かなければならない……と主は仰っています」
「…よく分かった」
納得がいったのか、ニキシーナンバー・ドラゴンは頷き、自身のタイムエンジンの調整を始める。
だがすぐに彼は違和感を感じる。
ウルルも彼と同じようにタイムエンジンの調整を行っていたのだ。
「クロノジェット・ドラゴン様の補佐である君も今回の任務に赴くのか!?」
「ええ、適材適所ということです、今回の任務はあなたとメスヘデ、私とエルル、そしてアルリムとジュシールの3チームがそれぞれ別の時空で行います」
「え!私も!?」
遠くでジュシールの声が聞こえるがウルルは気にしなかった。
「なるほど…“異常事態”という訳か……」
「特異点の詳細は追って連絡します」
「了解した」
ニキシーナンバー・ドラゴンは通信用のドキドキ・ワーカーに異常が無いことを確認するとメスヘデの腕をがっしりと掴む。
「行くぞ………お仕事の時間だ」
ーーーーーー
私、深見ヒカリは目まぐるしく変化する状況に対応しきれないでいた。
先ず、私はすぐにガスト・ブラスター・ドラゴンに見つかってしまったのだ。
そしてその口から放たれた攻撃が私に届くかというところで、ガスト・ブラスターと対峙していたもう一体の竜…撃退者 ドラグルーラー・ファントムによって私は守られていた。
“本物のドラグルーラーだ!”等と興奮する余裕も無かった…ガスト・ブラスターの攻撃を受けたドラグルーラーはモルドレッド・ファントムとしての姿に戻ってしまう。
今度こそ大ピンチ!という所で駆けつけてくれたのはブラスター・ダーク率いる撃退者…いやそこにいたメンバー的にはシャドウパラディン初代メンバーとでもいった方が良かっただろうか。
ダークボンド・トランペッターとマクリールが私とモルドレッドの元へ来る。
一方でブラスター・ダーク達はガスト・ブラスターと戦っていた…のだが、今度はブラスター・ダークの使っていた剣…そして鎧…“ブラスター兵装”が突然爆発してしまったのだ。
そして今に至る。
「くっ……何だ!?」
ガスト・ブラスターの尾を使った攻撃をブラスター・ダークは“ブラスター”としての力を失った剣で受け止める。
“ブラスター兵装”の力が無くともダークは戦うことはできるようだが…その顔は困惑していた。
(あの黒竜が何かした様子は……)
私はダークを見つめた。
「……ガスト・ブラスターが何かした様子は無い…一体何が……?」
私の呟きにモルドレッドが返す。
「単純にあいつの剣士としての腕…そして感情の力に兵装の力が追い付かなくなったのだろうな…ぐっ…」
「無理しちゃ駄目…」
傷口を抑え、呻くモルドレッドにダークボンドが寄り添う。
「ダーク!ここは1回撤退すべきじゃないかな!こっちには怪我人もいるし君の装備も不調だろ!!」
カロンが呼び掛ける。
「…ああ!全員!隊長と彼女を連れて撤退するぞ!」
(…私も…?)
勘定されていたのは嬉しいが…何というか…まるで私がここにいるのを知っているかのような言い方だった気がする。
「ほら…立って?」
「う…うん!!」
私はダークボンドの後を追いかける。
「滅びろぉぉぉ!!!」
ガスト・ブラスターの叫びが真っ暗な空を裂く。
ドギュウウウウウン……
一瞬、ガスト・ブラスターの攻撃が飛んできたのかと思い、身構えてしまった。
私の頭上を通過したエネルギーはガスト・ブラスターの物ではなく、私たちの前方にいた“魔界城”の物であった。
「ルゴス!マスカレード!カースド・ランサー!ツヴァイシュペーアが奴を足止めしている内に我々も撤退する!!」
2体の魔界城 ツヴァイシュペーアがその巨大な砲門から凄まじい威力のレーザーを放ちながら、ガスト・ブラスターに肉薄する。
ガスト・ブラスターの圧倒的な力に対抗しようとするツヴァイシュペーアの駆動部が悲鳴をあげ始めた。
「全員…撤退!!」
最後まで戦っていたダーク達も合流し私たちはその場所を脱出した。
私は後ろを振り返る。
もう戦場は遠く…ツヴァイシュペーアの爆発だけが微かに目に映るのみだった。
周りのシャドウパラディンのメンバーもそれを真剣な面持ちで見つめていた。
私はツヴァイシュペーアの犠牲に胸を痛めながらも自身が無事に生きていることにほっとする。
だが私自身の問題は何一つ解決していない。
(…………私…この後どうしたら……)
私たちは2頭の馬が引っ張る馬車の上にいた。
怪我の手当てが済んだモルドレッドが私の存在に気がついた。
モルドレッドは私の顔を見つめる。
「で、お前は誰なんだ」
モルドレッドが聞いてくる、まあ普通そうだよね、聞くよね。
むしろ聞いてこないダーク達の方に違和感を覚える。
「えっと……」
(こことは違う世界から来た……いやいやいきなりそれは…あ……でもここが“クレイ”なら異世界から来た人なんていくらでも……)
「…私は……」
「異世界から来た人間だ」
私はセリフをダークに取られる。
「……何で……」
この何でには二つの意味が込められている。
“何でそれを知っているの”と“何で私のセリフを取るの”である。
「…今日隊長が突然失踪した」
私はモルドレッドを見る…彼はばつが悪そうにそっぽを向いていた。
「そして俺達が隊長の向かった場所に見当をつけ、出撃しようとした所にオラクルシンクタンクの占術士からの預言を受けた」
ダークは思い出すように呟く。
「……『今宵…赤く染まる星の下に、救世の光を拾い上げし異世界の者が現れるだろう』……だそうだ」
「救世の光……」
私はデッキケースから“例のカード”を取り出す。
「…詳しいことは明日…オラクルシンクタンクに行って聞いてみるといい…隊長が連れていってくれる」
「…オラクルシンクタンクか……」
私はその言葉に反応する…本当にクレイなんだ…
そんな私を見てどう思ったのかカロンが言う。
「勘違いしないでもらいたいけど、僕達の目的はこっそりいなくなった隊長を連れ戻すことだったんだ……君が助かったのは本当に偶然だったということを覚えておいて欲しい」
「うん……ありがとう…」
「礼を言われる覚えは無い…俺達は俺達の為すべきことを為しただけだ」
ダークはそう言う。
だがその言葉に強く反応したのはモルドレッドだった。
「……これはお前たちがすべきことじゃない…もしかしたら全滅していたかもしれないんだぞ!?」
“これ”とはガスト・ブラスターとの戦いのことだろう……そうだよね…?
「今のお前は俺達の隊長だ…俺達はただ隊長の危機に駆けつけたのみ……というかまだシャドウパラディンの隊長として片付けて貰いたい書類が沢山残っているんだ…それを処理するまでお前に働いてもらわないと……困る」
ダークの最後の言葉はとても切実なものを感じる。
まるで3日連続の残業明けのサラリーマンだ。
「分かったよ…だが“あいつ”を放っておく訳にもいかないだろう…」
「その時はシャドウパラディンを動員して…」
「それで今のシャドウパラディンが全滅したらどうする!?…戦うのは俺一人でいい」
「…シャドウパラディンが全滅するような相手をお前一人で相手するつもりか?」
「…………」
モルドレッドが黙り込む…きっと相討ちを前提に戦おうとしているのだろう。
それにしてもだ。
(私の場違い感……凄まじいよね……)
私の中の心細さはどんどん大きくなっている。
正直、ものすごい不安だ。
「…とにかくだ」
今まで黙っていたマーハが口を開く。
「今は“影の宮殿”に帰ることを第一に考えるべきだろう……えっと…お前の名前は…」
マーハが私を見て聞いてくる。
「えっと……ふ……ヒカリです」
「ヒカリか…ヒカリの泊まる場所も考えてやらねばなるまい」
「……そうだったな」
ダークもモルドレッドへの追及を止める。
「え!……こんな得体の知れない人間…泊めてくれるの…!?」
私は驚く…はっきり言って野宿も覚悟していた。
「…悪い人間は自分で“得体の知れない”なんて言わないしな…それにこんな夜中に女の子を一人…放っておけないだろう?」
「うん…当然…」
マーハの言葉にダークボンドも同調する…私…泣くかも……知れない……。
「まあ、武器を持っている訳でも、特別体術に優れているようでも無さそうだからな…お前が敵だったとしてもここの連中相手なら変なマネはできないさ」
マーハが軽く笑いながら言う。
「あ…ははは…」
一応怪しまれてはいる…それもそうか。
「見たところ…私たちと違うところ(身体的に)は余り無さそうだし…影の宮殿の女子寮でいいんじゃないかな?」
そう言うのはヴァハ。
「女子(笑)?」
「うるさいっ!!女の子は永遠の18歳なのよ!」
ルゴスがヴァハに殴られる。
「……いや、そこは止めた方がいいだろう…………マーハ…お前の……いや、何でもない」
ダークがマーハに何かを言いかけて止めた。
「何だ…私の所では不安か?」
「お前は最近合流したばかりだからな……まだ部屋の整理が終わってないんじゃないか?」
つまりダークはマーハの部屋が散らかっているのではないかと言っていた。
「失礼な…部屋くらい……………いや…すまん」
やはり自分でも駄目だと思う程度には散らかっていたらしい。
「だろうな……だとすると」
全員の視線が一人に集まる。
「ん…」
「ダークハート…お前の所で彼女を受け入れてくれるか?」
「…いいよ…あなたはそれでいい?」
可愛らしい翠の瞳が私を見つめる。
「…うん!…ありがとう!!」
私はダーク…ボンド(?)のやわらかい手を思わず握り締めた。
何か少し気が楽になった気がする…少しだけど。
「おおぉ……」
ルゴスが何かに気づいたように私たちを凝視した。
「…どうしたのだ?」
「いや…二人ともマーハより胸が…」
「うるさいっ!私はまだまだ成長期だ!」
ルゴスがマーハに殴られる。
………………
あったかい手だ…。
「……もういい?」
「あ……!ごめんなさい!!」
「ううん…あなたの手…あったかかった」
結構長い時間彼女の手を握っていたようだ。
「さて…ヒカリの寝床も決まったことだし明日の予定を確認しようか」
カロンがまとめに入る。
「先ず隊長にはヒカリをオラクルシンクタンクの占術士のところまで案内してもらう……元々頼まれていたことだね」
カロンがモルドレッドを指差す。
「ヒカリ…だったか…よろしくな、一応ここでは隊長とかって呼ばれているモルドレッドだ」
「お前が隊長だろうが」
気のせいかダークの語調が荒くなっている気がする。
「えっと…よろしくお願いします」
「そう固くならんでいい」
「そうそう隊長威厳ねぇからな…」
「ルゴス…減給な」
「な…!?」
そんなやり取りもお構い無しにカロンは続ける。
「次にダークの兵装の再調整…さっきの隊長の言葉が本当なら兵装の調整しだいでダークが出せる力は以前よりも上昇するはずだからね」
「………」
ダークは動かなくなった漆黒の鎧を見つめた。
影の内乱時代から使用している装備なのだろう。
光を失った“ブラスター”は疲れたように傷ついた刀身を月の光に反射させていた。
「そして最後…例の“正体不明”の黒竜への対抗策の検討…あれを放っておくのは危険すぎる」
カロンの言葉にモルドレッドが何かを言いかける。
「そいつは………」
「……隊長はもう黙っていなくなるの…止めて…」
「…………………」
モルドレッドはダークボンドの言葉に何も言えなくなる。
何というか……また私…場違いな感じになってるな…
私はガタゴトと揺れる台車の上で漆黒の空を見つめるのだった。
ーーーーーー
「ヒカリが…消えた……」
太陽は真上で俺達の気も知らずに輝いていた。
俺、青葉ユウトとリーダーこと、天乃原チアキの二人は何もおかしい所の無いごく普通の路地裏で立ち尽くしていた。
目の前で人が一人消えた。
さらにその痕跡はまるで残っていなかった。
「……」
「……」
「……」
「……」
あの時、あの瞬間……ヒカリが“飲み込まれた”時から脳が全く仕事をしない。
「……警察……かしら……この場合」
「……どう説明する……?…突然人が目の前でいなくなったってか?」
「じゃあ!!……どうしろって言うのよ…」
「…………」
俺は何も言えなくなる。
「………」
「………だ…」
「…え?」
「とにかく!誰かに聞くんだ…ヒカリを見なかったかって……まずはそれからだ!!」
「…………そうね」
俺達は商店街の大通りに出る。
ちょうど俺の前をちょうどいい知り合いが通った。
1年B組委員長兼絶対天使ファンクラブ会員No.001…広瀬アイさん…。
「委員長!!」
「あら青葉君…ごきげんよう」
その雰囲気に若干の違和感を覚えつつ本題に入る。
「ヒカリを見かけなかったか!?」
「ヒカリ…それはどんな方なのですか?」
衝撃的だった……この人がこんなことを言うなんて。
「な……!?」
俺の言葉が出てこなくなるのを確認すると彼女は最後に何かを言って行ってしまった。
俺達も商店街を抜け、人のいない空き地に移動する。
「何だよこれ……」
「…レギオンメイト編……ね……」
どこか冷静さを取り戻したリーダーが俺の知らない単語を呟く。
「レギオンメイト編?」
「ええ…今テレビで放送中のアニメ、カードファイト!!ヴァンガードの副題よ……その中では主人公の先導アイチが行方不明になって皆の記憶から消えてしまうの……」
「じゃ…じゃあ!その物語を参考にすれば…どんな話なんだ!!どうなるんだアイチは!!」
リーダーは辛そうに俯く。
「まだ完結してないの…今は月で今期の主人公、櫂トシキとガイヤールというファイターが戦っているところよ……」
「え……月?」
…一瞬理解できなかったが…
俺は空を見上げる…そんな遠くに!?
『月にはいません』
「「…え?」」
女性の綺麗な声が周囲に響く。
空には歯車のような意匠を持った術式(?)が展開されていた。
『“深見ヒカリ”さんは今、私たちの仲間が捜索、保護に向かっています』
術式の中から人形のように綺麗な女性が降りてくる。
「な……何なの……あなたは…?」
全身に歯車を象った衣服を纏った彼女は俺達に礼をすると言った。
『ウルルと申します…この非常事態を解決するためにここに来ました』
彼女は言った…“非常事態”と。
「非常事態……解決?」
「どういうことだ!?……非常事態ってのはヒカリが関係しているのか?」
思わず語調が荒くなる。
「はい」
「ヒカリは無事なのか!?」
「はい、私の仲間が向かいましたから」
「ヒカリさんは今どこでどうしているの!?」
「こことは別の時空で発見しました」
「別の…時空…??」
「…そんなの…」
「「証拠は!?」」
彼女は少しの間考える。
「……今私がここに出現したことで納得してもらえますか」
「「…………まあ…」」
もう正直…これほど考えることが無駄に感じることも今後の人生には無いだろう。
その女性の丁寧な物腰もあって俺達はこの女性に馴れてきた。
俺達は彼女から少しずつ…理解できる範囲で“非常事態”について聞いた。
「俺たちがヒカリを覚えているのは……現場にいたから……ヒカリの存在は“今は”最初からこの時空にいなかったことになっている???」
「…簡単にまとめたわね…」
「…いや……時空の歪みとか…修正とか…3世界の衝突とか…もうよくわからないんだが…」
「…つまり…ヒカリさんが別の世界にいってしまったために…ヒカリさんが楔のような存在になってこの世界と別の世界を結びつけた…だけでなく、元々その別の世界と繋がっていた更に別の世界にもこの世界が繋がってしまい…“バランス”が崩れてくんずほぐれつなっている…ということね」
「もう何言っているのか俺には…」
「別の世界…この場合は平行世界の同一座標にある似た環境の惑星が“重なってしまった”ということです」
俺は頭を抱える…おそらくきっとたぶん…優しい言葉に直してくれているのだろうが…理性が理解を拒んでいる。
「…でもどうしてそれを教えてくれたのかしら」
すると彼女は微笑んだ。
「“深見ヒカリ”さん…」
「「?」」
「彼女の安否は現場に居合わせたあなた方に教えた方が良いかと思いました……迷惑でしたか?」
「そんなことない!!」
「……ありがとう…」
彼女は東の空を見つめる。
「ヒカリさんもこの星の時間で今日中には戻ってこれるでしょう」
「本当か!?」
「はい…私はそれまでに“あれ”を何とかしなければなりません……」
彼女が見つめる先にあるのは……蜃気楼…?
その向こうにあるはずのない巨大なビルが見える。
「立凪ビル……」
隣でリーダーが呟く…なんであのビルの名前を知っているんだ?
彼女はビルの方向に歩き出す。
「ちょっと待て!徒歩で行くのか!?」
ここからあのビルまではかなり…電車で駅2つ分はあるぞ……?
「何かおかしいですか?」
「おかしくは無いんだが……もっと速く移動する方法はあるぞ……」
「いえ……歩いていきます」
「いやだからさ」
「歩きます」
「でも…」
「拒否、歩きます」
この人想像以上に頑固じゃないか?
最早その断り方は理由があるといった感じでは無かった。
リーダーが俺に助け船を出す。
「お礼よ……」
「お礼ですか?」
「そう…私たちにヒカリさんのことを教えてくれたお礼…私たちの好意、受け取ってはもらえないかしら?」
彼女はその言葉を聞いて、しばらく悩むと言った。
「……わかりました…あなた方の意見に従います」
俺達は駅に向かって歩き出す。
絶望などしない、逃げない。
そうさ、嘆いている暇なんて無い。
ヒカリが戻ってくる…そう信じて行こう。
「…もう戻れない道を……あ、もしかしてあのビル…危険だったりするのか…?」
「そんなことはありません…優秀なボディーガードもいます」
そう言って彼女…ウルルさんは誰もいない空間を見つめるのだった。
「あのビルがある方……確かジュリアンはあっちの方に行ったのよね…」
リーダーが遠くを見つめる。
「……あなたもヒカリさんのこと…忘れているのかしら……」