「僕が金髪の幼女……“スクルド”さ」
「………自分で幼女を名乗って…人として恥ずかしくないんすか?」
至極最もなツッコミであった。
* * * * *
「………“スクルド”」
以前舞原クンが話していた、三人の不思議な女性ファイター………
一人は私、深見ヒカリ…
そしてもう一人が神沢クンの…お兄さんなの……?
「……え…?………女性ファイター?」
「違う、間違いだ」
思えば記憶の中の彼は思いっきり“女の子”の服を着ていた………中身が男だと気づいていた人間はほとんど居なかったであろう。
「男の娘ファイター……………」
「一応言っておくが俺も兄さんも趣味で着ていた訳じゃ無いからな?親の趣味だ」
「…う、うん」
神沢クンが物凄く真剣な表情で言う。
「確かスクルドって…相手にトリガーを引かせないんだよね、この間の神沢クンみたいに」
私は神沢クンとファイトした時のことを思い出した。
“ダークキャット”のスキル……“全てのファイターは一枚引いてよい”と相手の次のドローカードが見える自身の力を組合わせ、相手のトリガーを封印していた。
「兄さんの力は俺のとは違う…兄さんは“直接トリガーを封じる”……相手のドローカードを操作できる…いや、できたんだ」
「…“できた”?」
「……兄さんにはもう…“力”は残っていない…」
「え………」
“力”は…デッキとの“つながり”……以前舞原クンはそう言っていた……その“力”が無くなったってことはつまり…
「ある日を境に兄さんと……ロイヤルパラディンとの間の絆は絶ち切られた……俺は覚えている、学校から帰ってきた痣だらけの兄さんと、めちゃくちゃに潰されたヴァンガードのカードを…」
「…………!」
潰されたカードは存在意義を失い、お兄さんとユニット達とのつながりも消えた……っていうこと…?
「その後、兄さんに暴力を振るった奴やその仲間にそれなりの処罰があったのかは知らない………俺が知っていることは、その学校ではそれ以降大きな騒ぎが起きていないこと……そして」
「…………」
「兄さんはそのまま“力”を失ったことだ」
「…………ごめん」
「謝る必要は無い……俺はあの頃の兄さんの強さを証明したいんだ………だから…あんたと戦って…勝つ」
「あの頃の……強さ……」
その時私が思い出したのは、春風さんが言っていた言葉であった。
ーー力が有ったって無くたってヒカリ様はヒカリ様ですよ!!…ーー
「…“今”は?今のお兄さんの強さは?」
「…今の兄さんは“力”を失ってるから…」
“力”が無ければ弱者だとでも言うのだろうか…それは…間違っている。
「たとえ“力”が無くなっても……お兄さんはお兄さん…だよ………強さも、変わらないって…そうは思わないの…?」
「“力”は…とりわけ兄さんの“力”は強力だ、勝敗にもかなりの影響が…」
「違う…!!……お兄さんの強さは“力”のおかげでしかないの!?…お兄さん自身の実力は無いっていうの!?」
「なっ…兄さんは強い!!“力”が無くても……」
神沢クンが目指すものが、私にはよくわからない。
「…………俺は」
* * * * *
「今、君の弟はスクルドを名乗っているっす」
舞原ジュリアンはそう言って話を切り出す。
「ラシンは…僕に最強であって欲しいんだよ…」
「…最強っすか………」
「今の僕がファイトをしても、強くは無い…からね」
コハクはどこか寂しそうに笑った。
絶え間ない波の音が二人の耳に響く。
「代理ファイトっすか……」
かつて神沢ラシンが言った“最強であることを証明する”という言葉の意味をジュリアンは噛み締めていた。
「……他人のための勝利に、意味は無いっす」
「誰の言葉だい?」
「僕の言葉っすよ」
ジュリアンは今まで、何度もノルン達の…スクルドのファイトを見てきたことを思い出す。
「“あんなファイト”ができる人が…変な力を失ったくらいでファイトを辞めるなんて…バカっすか?」
その言葉にコハクは首をすくめる。
「バカって…僕は罵る方が好きなんだけど」
「君の力は…ファイターとしての実力は、“力”なんか無くたって十分全国に通用するレベルっす!!…一体何なんすか!?……“昔は~”とか“今の僕は~”って!?」
「……でも、今の僕は昔とは…」
「また!!……そんなに自信が無いんすか!!そんなに“力”に頼ってたんすか!?」
「…そんなことは…無い!」
コハクが小さく呟く。
彼の中のプライドは…まだ消えていない。
「だったらデッキを手に取れ!カードを引け!ライドしろ!!……このままじゃ、弟さんもファイターとして成長できないんすよ…?」
「……ラシン」
(いつも…弟のために何ができるか考えていた……一度、失望させてしまったから…………僕は…)
「最強の道は目標はあっても、ゴールなんてない……だけど今の神沢ラシンには“ノルンを倒す”ことがゴールになっている………彼も……そして君も、最強には程遠いっすよ…」
“最強”
その言葉はコハクの耳に残る。
(……ラシンが拾ってくれた僕の夢は…ラシンから夢を奪っている…か)
「……君は…一体……?」
コハクは改めて隣に座る銀髪の少年に問いかける。
「何者なんだい?」
銀髪の彼は微笑みながら答えを返す。
「僕は舞原ジュリアン」
そして、
「最強のヴァンガードファイターになる男っす」
* * * * *
「俺は……」「戦おう…」
私は神沢クンの言葉を遮る。
「VFGPで、戦おう…私たちはヴァンガードファイターなんだ……」
「…………」
「私は必ずあなたと戦う…その勝敗をどう捉えるかは…好きにするといいよ」
戦うだけだよ…私は……ただ…
「私…私たちは、負けない…優勝するよ……これは私に純粋な“あなたに勝ちたい”って思いがあるから」
私は神沢クンに宣戦布告をする。
…しなければならない気がした。
「……俺たちも、負けるつもりは無い、本気のあんたをこの手で倒すまでは…な」
私はその言葉を聞いて満足する。
「だったら安心だね…絶対に戦える…」
「ああ…」
神沢クンはそう返すとホテルの奥へと消えていった。
…もう迷っている暇は無い…か。
ラシンへの宣戦布告だけじゃない、天乃原さん達のため、私のため、MFS試遊権のため…
確実に…勝つために……“双闘”を使いこなす。
私は手元にあったカードケースから8枚の…2種類のカードを取り出す。
「初対面の剣士さん………だけど」
仕方ない…コーマック…マックアート……あなた達の力…借りてみるよ……。
…………
(遠くから天乃原さん達の足音がする…)
私は腰掛けていたソファーから立ち上がり、迎えに来てくれた二人に手を降った……
そして、長い夜が明ける。
* * * * *
次の日の朝、私たちはホテルの玄関に荷物を持って集合していた。
帰宅の時間が訪れたのだ。
「…………終わっちゃったわね…」
「楽しかったですねー」
天乃原さんとゼラフィーネさんが寂しそうにそう言った。
「…あの神沢兄弟は?」
「ああ…今日も泊まってくらしいっすよ」
青葉クンの問いには舞原クンが答える。
「……結局、僕がどうするかの答えは出なかったんすよね…………無難にかげろうでも使うっすかねぇ」
「VFGPではチーム内で同じクランは使えないわよ」
「げっ…そうだったっす…」
…私は初めて聞いた……
「じゃあ…ロイヤルパラディ…」
「言って無かったっけ、私が使うわよ」
「シャドパ…」
「…………」
「何でも無いっす」
そんな舞原クンを天乃原さんとゼラフィーネさんは呆れたように見つめる。
「素直にリンクジョーカーでも使いなさいよ…」
「カオブレさんだってまだまだ使えるでショウ?」
「カオブレさんは何か違うんすよ…」
そして舞原クンは何かをぶつぶつと呟き始めてしまった。
「…皆様」
三原さんが私たちを見送ってくれる。
「お嬢様、ヒカリ様、そしてご友人方……またいらしてください…歓迎いたしますぞ」
「うん…三原さん」
「また来ますわ」
私たちは荷物を持ってリムジンの前の近藤さんの所へ向かう。
「荷物をお乗せしましょう」
「…あ、お願いします…」
近藤さんが私たちの荷物を運び込んでいる間、私は改めてホテルを見上げた。
「神沢クン…」
次会うのは…今度こそVFGPで…かな。
戦って……勝つよ。
「ヒカリさん!早く!」
天乃原さんが呼んでいる…もう他の皆はリムジンに乗ってしまったようだ。
「今………今、行くよ!!」
* * * * *
神沢コハクは窓からヒカリ達を眺めていた。
「行っちゃうみたいだね」
「……次会うのはVFGPで…だ」
「…そうか」
ラシンはノートパソコンを広げ、来週発売のブースター“煉獄焔舞”の情報をチェックしていた。
「プロミネンスコア…4枚……パーシヴァル…」
「熱いねぇ」
部屋の中央ではマリがまだすやすやと眠っている。
コハクは出発するリムジンを眺めながら、静かに呟いた。
「……ふぅ……アルフレッド…君は…」
コハクの拳は強く、握られている。
「君は僕がもう一度ヴァンガードを手に取ると知ったら…どう思うだろうね?」