「ミカン…そっちはどうだった?」
「うー…ユズっち…こっちはイマジナリーばっかり…リンクジョーカーは使わないんだけどなぁ…」
私たちはヴァンガードの新しいブースター“煉獄焔舞”を開封している。
「みんな見てよ~…ボーテックスさんのレギオンレア~」
「よし、売れ」「売ってこい」
私の名前は黒川ユズキ…一人のヴァンガードファイターだ。
中肉中背…スタイルは良くもないし悪くもない。
髪も伸ばしてはいるが、そこまで長い訳でもない。
そんな私の趣味はヴァンガードだ。
……いや、他にもあるが…な。
最近はカードショップ“大樹”に仲の良い幼馴染み4人で集まってファイトをしている。
今、私の目の前にいる彼女達がそうだ。
私達はそれぞれ別々の高校へと進学してしまったが、ヴァンガードを通じ頻繁に集まることができた。
「ユズちゃん?どうしたの?」
「ん?…考え事だよ、考え事」
この少女は“日野ミカン”。
特徴はほんわかとした雰囲気と溢れんばかりの胸。
やわらかく真っ白な太股に食い込んだ黒ニーソを見ていると涎が垂れてしまう。
………ちなみに、私が心の中でそんな事を考えていると知っているのは今ここにはいない“4人目”だけである。
別に“女の子が好き”とか“女の子と結婚したい”とかいう訳じゃあない、ただ…興奮するだけだ。
ちなみに二次元も許容範囲内だ…ヴァンガードならジリアンとシャーリーン姉妹だな。
レオン君、場所を変われ。
「…ふふふ」
「?」
…私の向かいでたちかぜのデッキを組んでいる少女が“土田ナツミ”。
運動神経が良く、進学先ではバスケ部に所属しているようだ。
その体は引き締まっているものの、やはり女の子らしさが見え隠れするのがポイントだ…私より胸もある。
ガードの甘い服を好み、たまにちらりと見えてしまう胸の谷間が私のハートを燃え上がらせる。
そして…今はいない“4人目”……なかなかに濃いキャラだが…メガコロニーの“スタンド禁止”を“
……フォローできていないか。
ちなみに私よりも胸はある…4人の中で私が一番貧相な体をしているとか…そんなことは無いからな?
……本当。
「……ユズっち?どした?」
「…ただの瞑想だ」
「え!?瞑想?ここで!?」
「気にしないでくれ……」
こんな私達4人は9月のVFGPに出場しようとしている。
「VFGP…いよいよ…だな」
「と、いってもまだ一ヶ月くらい先だぞ」
「優勝してMFS触ってみたいね~」
「…まずはデッキを作らないとな」
VFGPでは使用クランの変更はできないがファイト後のデッキの変更は認められている。
今、急いで構築する必要は……
「私、たちかぜで明日のショップ大会行くから」
「私はスパイクだから…今から変えたりは無いかも」
……私だけか、デッキが定まっていないのは…
私はスマホからネットに繋ぎ、デッキ構築を模索することにした。
「何か…何か無いのか……?」
そして私は“それ”を目にする。
「…エクシヴ?」
光源の探索者……アルフレッド・エクシヴ…
それは“あの不思議な一日”で先導アイチが使っていたユニットだった。
「へぇ…ネオンメサイアのRRRがもう公開されたんだ」
「早いね~…私、アルフレッドは9月12日くらいに公開されると思ってたよ~」
「…随分とピンポイントな予想だな……」
私はその能力を確認する。
「ブラスター・ブレード・探索者とブラスター・ブレードの両方を……メイトにできる!?」
「へー気が多いんだな、騎士王は」
「やだな~ナっちゃん、どっちも同じ人だよ~」
ブラスター・ブレード……メイト…ライド…
「ミカン…ファイトに付き合ってくれるか?」
「構築…決まったんだね~いいよ」
私は今使っているデッキから数枚のカードを抜く。
その代わりにエクシヴを投入…実物は手元に無いから、今回はアルフレッド・アーリーで代用する。
さて……どんなものか……
「行くよ~」「ああ」
「「スタンドアップ!ヴァンガード!!」」
* * * * *
1時間後
「ブラスター・ブレード・探索者でアタック!!ヒット!ういんがる・ぶれいぶのスキルでブラスター・ブレードをサーチ!!」
「マジェスティ・ロード・ブラスターにライド!!ブラスター・ダークとブラスター・ブレードをコール!ブラブレ、ブラダでアタックした後、マジェスティでアタック!!ブラブレ、ブラダをソウルに入れて21000クリティカル2!!」
「探索者 シングセイバー・ドラゴンにライド!!レギオン!!溜まったソウルで3回アタック!!」
「…………」
「また同じパターンで負けちゃったよ~」
ミカンの嘆きを無視してナツミが声を上げる。
「……この際、成功率とかはいい……エクシヴどこにいたんだよ!?」
「…………それは…」
私はダメージゾーンに4枚並ぶエクシヴを見つめる。
「何でだろうなぁ」
それ以前に大会でこの流れは通じない…か。
「…一度でも防がれたら…動けないしな」
「それ以前の問題だと思うんだけど…」
VCGPの本戦はトーナメント形式のチーム戦だ…一度敗ければ次は無い。
あまり無茶な構築はしない方が…身のためか。
「構築と言えば~もう“ロイヤルパラディンにシャドウパラディンのカードを10枚まで入れて良い”っていうのは無くなっちゃったんだね~?」
「そっか…ファイターズルール更新されたんだな」
ナツミとミカンが口にした話。
ファイターズルール…。
ヴァンガードも人間が作ったゲームである以上、どこかで製作者側の意図しない…ゲームバランスを壊しかねない強デッキ、強コンボが生まれる可能性がある。
そのために“FV禁止カード”や“制限カード”が存在する。
例えば“FV禁止”のばーくがる…ほぼノーコストで盤面を埋めることができる(後、ライド事故が回避できる)ユニット。
今回“制限カード”に追加された“ネコ執事”…ノヴァグラップラーのグレード0で、グレード2のヴァンガードのアタックがヒットしなかった時に自身を退却させるだけで“ヴァンガードがスタンドする”という効果を持っている。レギオン状態はグレード2と3の両方のユニットがVであるという査定であったため、クリティカル増加スキルを持ったレギオン…“アルティメットライザー”と共に大暴れしたものだ。
“制限カード”は基本的にデッキに全て合わせて2枚までしか入れることができず、同じクランに禁止カードが複数存在する場合、デッキの構築の幅が狭まってしまうことは言うまでも無いだろう。
私が今さっき使った“ういんがる・ぶれいぶ”と“マジェスティ・ロード・ブラスター”もこの間までは“制限カード”であった。
「今回は…なるかみの“抹消者 ドラゴニック・ディセンダント”が制限解除…か」
「ディセさん…時代の波で溺れちゃうよ~……」
「新しく始めた人に“ネコ執事+アルティメットライザーの劣化版?”とか言われんのかなぁ…」
ディセンダントにはディセンダントの良いところがあるだろうし、そもそもネコ執事達はクランが違うから…問題は無いだろう…きっとな。
だが、今回最も話題を読んだであろう変更は“これ”であろう。
「ロイヤルパラディンのデッキにはブラスター・ダークを4枚まで入れて良い……か」
元々ロイパラのデッキにはシャドウパラディンのカードを10枚まで投入することができた。
その理由はここまで何度か口にしてきた“マジェスティ・ロード・ブラスター”の能力にあった。
マジェスティはロイヤルパラディンのカードでありながら、自身のスキルでブラスター・ダークを指定している……先導アイチが自身の闇を受け入れた証としての描写とスキルだった。
「しかし、“シングアビス”ってのはそんなに凄いのかよ」
「そうだね~」
“シングアビス”…ここ数週間…そう呼ばれるデッキが猛威を奮い始めた…
ロイヤルパラディンのデッキに10枚までシャドウパラディンのカードを入れて良いというルールの穴を掻い潜って生まれた奇妙なデッキだった。
グレード3を探索者 シングセイバーと撃退者 ファントム(以下略)というVスタンド能力を持ったユニットに固めるという…殺意あるデッキ……らしい。
「でも…このショップじゃ全く会えなかったよな」
「そうだねぇ~」
「…できればファイターズルールの施行日までに戦ってみたいものだ」
ルールを歪めるほどに強い…そんなデッキと
VFGPは1日でポイント形式の予選とトーナメント方式の本選が行われる。
特にトーナメントは厳しい戦いになるだろう。
前もって様々なデッキと戦っておきたい。
……だが。
「……VFGPの前祝いにでも行くか」
頭を使うだけでは疲れてしまう……前祝いでもして元を担ぐのも良いだろう。
「マジで!?」
「やった~!」
「今いない“あいつ”もちゃんと誘ってな」
甘い誘惑は人を堕落させるだけではない、時に大きな力を与えるものだと私は思う。
私は机の上に広がった“ロイヤルパラディン”のカードを片付けていく。
ブブブブ、ブブブブ……
私は胸ポケットから鳴り出したケータイを取り出す。
「噂をすれば…何とやら…か」
私は電話に出る。
「私だ」
『****!!****!?、*******!!』
「…そうか、そんなことより今から皆で“えるしおん”に行こうと思ってな」
『******……**、*****!!』
「じゃ、また」
『***!?****…』
私が通話を終えると共にナツミが聞いてくる。
「前祝いって…“えるしおん”でするのか!?」
「ああ」
喫茶えるしおん……この天台坂で最も有名な喫茶店だろう。
一度、全国ニュースで取り上げられたこともあるらしく年中人が絶えないらしい。
そこの店長さんがすばらしく美人だというのも、人気を支えている一因だろう。
すらりと長身で理想の大人の女性だ。
じゅるり。
「二人とも~早く行こうよ~」
「先に行っちゃうぞー?」
「う……すまない、先に行っていてくれ……」
私の手元にはまだカードが散らばっている。
手伝って貰えばと思うかも知れないが、割りと自分の物を人に触られるのが苦手なのだ。
人の物を触るのは大好きなんだが。
「待ってるね~」
私の苦手なことを知っている二人は全く遠慮することなく店を…“大樹”を出ていく。
……性癖がバレて嫌われた…訳じゃないよな…?
「…………」
静まり返った店で、私はカードを片付ける。
店の中には私以外の気配が無い。
ある程度カードをまとめ終わった後、ふと先程まで二人が座っていた椅子が目に入る。
汗で…ほんの少し湿った…まだ体温の残る椅子…
誰もいない空間…………
夏の暑さにが私の思考を狂わせる。
「………………夏のせいだからな」
そっと…ミカンの座っていたイスに顔を近づける。
暖かい。
このカードショップ“大樹”……出来たばかりの店で客も少ない、夏休みであり金を持った客は皆、都会のショップに行っている。
そのために店には私一人しかいないのだ、熱い思いがエターナル・フレイム・リバースしそうである。
私を見ているのはせいぜい店に貼ってある葉月ユカリのポスターくらい…
すり……すり……すり……
……もう一つの椅子も……
私はゆっくりとナツミの座っていた椅子を私の顔の近くまで引き寄せる。
……ああ……
「何してんだ……?黒川さん…」
「えわぁぁぁぁぁぉぉぉぁぉおっ!!???」
……店長がいるのを忘れていた。
「おいおい…叫ばないでくれよ?」
「すいません……し、新種の細菌が…いたもので…」
「……暑さにやられたか」
私のことを哀れみの籠った瞳で見つめるこの人はこの店の店長、青葉カズトさん。
特に私が語るようなことは無いが、強いて言うならば変態では無いってことだろうな。
……とにかく、私は少し動揺しながら(同情の目を向けられながら)荷物を整える。
「じゃ…じゃあ私はこれで……」
「少し休んだ方がいいんじゃないか?…なんなら飲み物でも…」
「お構い無く…」
そんな風に心配されると逆に辛いな…
私は自分を落ち着かせるために、葉月ユカリのポスターを見つめる。
ポスターの中の彼女は眩しい笑顔とエ…いい体だ……すぅ……はぁ……すぅ……はぁ……
癒された、これでもう大丈夫だろう。
「………………ふぅ」
それよりも私は店長に一つ聞いてみることにした。
「そういえば…なんですが」
「?」
「店長は葉月ユカリのファンなのか?」
私は店の中に貼られた葉月ユカリのポスターを指差して言う。
巷では“キング・オブ・アイドル”やら“混沌神”等と呼ばれ、ファンも多い“彼女”なのだが…なぜカードショップにポスターが…?
「全力で応援してるよ…今年はVFGPのゲストとして呼ばれているはずだぞ」
「そっか…VFGPに…だからショップにポスターが?」
「ん?……まぁ、な」
思い出してみれば“あいつ”もそのことはずっと話していた。
“あいつ”に後で詳細を聞いてみるか。
「じゃ、私は行くよ」
「ああ、気を付けてな」
私は店の外に出る。
照りつける太陽は私の邪な心を焼き付くしてくれる。
……VFGPまで…約1ヵ月。
今できるだけのことをやっておこう。
優勝して、MFSで可愛い女の子を…いや、えっと、堪能するんだ…私は!!
優勝するのは…私たちのチーム…“
チーム名を“あいつ”に任せたのは間違いだったか…
* * * * *
暗く閉ざされた密室…銀髪の少年はパソコンに向き合っていた。
部屋には少年一人、少し前まで遊びに来ていた少女はあっという間にフランスへ帰ってしまった。
…最も…少年と少女には本当の意味で“帰る場所”等存在はしないのだが。
「シングアビスの規制っすか…噂通り強力なデッキなら…ぜひ戦っておきたいっすね……」
結局Abyssを集めきれず、シングル買いする気力も無かったため、少年は自力でこのデッキを作ることができなかった。
(……まぁロイパラは使わない予定っすから…ここは)
「是非とも規制が施行される前に“シングアビスに長けた人”とファイトしておきたいっす……」
少年はカタカタとパソコンを鳴らす。
「近くの……大会は…………お……ちょうどいいのがあるっすね………明日の…2時から…」
「これは……チームの皆を集合させて、大会にエントリーっすね!!」
銀髪の少年、舞原ジュリアンが目をつけたのはカードショップ“カードマニアックス”で開かれる大会。
それは奇しくも、日野ミカンと土田ナツミが参加しようとしていた大会であった。