君はヴァンガード   作:風寺ミドリ

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036 美しき夏の夜空に(上)

8月も半ばを過ぎて、休みを満喫していた学生達も少しずつ“宿題”という現実に向き合い始めていた……そんな時期。

 

まぁ……私はもう終わらせてあるんだけど。

 

「ヒカリちゃん、どう?動きやすい?」

 

「……少し胸の辺りが苦しいけど…問題無いレベル」

 

 

私は従姉のミヨさんに浴衣を用意してもらっていた。

 

……正確に言うと、家に放置してあった荷物の中から探すのを手伝ってもらった。

 

昔は結構大きめの浴衣だと感じたけれど…今となってはピッタリサイズだ。

 

「ヒカリちゃんは洋服もいいけど、和服もすごい似合うわねぇ」

 

「……そんな…お世辞はいいよ……」

 

私がこうして浴衣を着ている理由……それは天乃原さん達と百花公園で行われる夏祭りに行くからである。

 

祭りといえば浴衣、浴衣といえば祭り。

 

私自身“お祭り”に行くのはとてもとても久しぶりなため……ドキドキしている。

 

 

「今日は夜中までいるからさ、家のことは気にせず目一杯楽しんで来なよ!!」

 

「ありがとう…!ミヨさん!!」

 

 

準備が整った私は外へと飛び出す。

 

夕焼け色に染まった空が私を祝福している…そんな気分だ。

 

「行って…来ます!!」

 

 

「行ってらっしゃい………楽しんできなさい!」

 

 

 

 

 

 

 

* * * * *

 

 

 

 

 

「うわぁ…すごい熱気……」

 

 

右を見ても出店、左を見ても出店……

 

……まるで…出店のお祭りだよ

 

 

「……お祭りよ」

 

「お祭りだな」

 

 

 

「う、うん…分かってるよ!」

 

…今の……口に出ていた!?

 

 

 

夕方、私と天乃原さんと青葉クンの三人は百花公園のお祭りに来ていた。

 

焼きそばの匂いが……ああ……

 

 

「私、あまりお祭りって来たこと無いのよね」

 

「へぇ…そうなのか……リーダー」

 

「ヒカリさんみたいに浴衣でも着てくれば良かったのかしら」

 

 

今の天乃原さんはTシャツに短パンという非常にラフな格好であった。

 

あ……ポニーテールはそのままである。

 

 

「……そう言えば……舞原クンは?」

 

「日が沈んだら来るそうよ」

 

 

そうか…舞原クンは肌が弱い…みたいだから紫外線の強いこの時間帯はあまり外には出られないのかな?

 

…このお祭りの中で日傘……っていうのも似合わないしね……

 

「今は私達だけで楽しむわよ!!あ、あれ!あのお店で売ってるの何かしら!!」

 

 

はしゃぐ天乃原さんはとてもいい笑顔をしていた。

 

 

「あれは“わたあめ”か……砂糖の塊だな」

 

「…………」

 

「…………」

 

おそらく、私と天乃原さんの気持ちは……一つになっているだろう。

 

 

「あ、ならあれは!?あの赤い奴!!」

 

「リンゴ飴…安く仕入れたリンゴの回りに砂糖の塊がくっついている奴だな」

 

「…………」

 

「…………」

 

「お祭りってさ、どれもこれも値段高いよなぁ…だって…」

「…………ヒカリさん…二人で行きましょう」

 

「…そうだね」

 

私と天乃原さんは青葉クンを置いてとぼとぼと歩き出した。

 

「え…ちょっ……待って!ヒカリ!リーダー!!」

 

「風情ってのが無いのよ」

 

「全くだね…」

 

 

祭りという夢のような場所の中を私たちは進む。

 

 

 

「ブドウ飴にメロン飴、イチゴ飴もあるのね!!」

 

「私はリンゴ飴が好きかな…綺麗だよね」

 

 

基本的にお祭りでしか買えない…だから欲しくなってしまう。

 

「フランクフルト!!」

 

「…チョコバナナ!!」

 

 

私と天乃原さんは互いに買った物を見せ合った。

 

それを見た青葉クンが再び余計なことを言う。

 

 

「……串のついた物、食べながら歩くと危ないよな」

 

 

……それはそうなんだけど、そうなんだけど…!

 

確かに持ったまま歩いて転んだりしたら、大変なんだけど!!

 

 

「あ、わたあめ!わたあめ買いましょう!!」

 

「あー結局、祭りの間は食べずに帰ってから寂しく食べることになる食べ物だな、手もベタベタになるし」

 

「……あんた、お祭りに恨みでもあるわけ?」

 

「まぁまぁ…落ち着いて天乃原さん……」

 

 

私は他の屋台を指差す。

 

 

「焼きそばでも食べよ?」

 

「う……そうね……」

 

屋台巡りは終わらない。

沢山の人の波を掻き分けて…私たちは歩き続ける。

 

「……あれ?」

 

一瞬…金色の物体が横切った気がした。

 

それも見た覚えのある……

 

 

「……神沢クン?」

 

 

「どうしたのヒカリさん」

 

「……いや、何でもないよ……行こう」

 

 

 

 

神沢クンも…来てるのかな……

 

 

 

 

 

* * * * *

 

 

 

 

 

 

 

「……でこの惨状……」

 

「あ……あはは……」

 

 

辺りも少し暗くなり、舞原クンがやって来た……までは良かったんだけど。

 

「う……くっ……言いたいことがあるのなら……はっきり言いなさい……ジュリアン」

 

ベンチに座った天乃原さんが舞原クンに言う……が、その顔はずっと地面に向けられていた。

 

 

「………お嬢…どんだけ食べたんすか」

 

「……苦しい」

 

天乃原さんの座る隣には数えきれない程のトレイや紙皿、串が積み上げられている。

 

もちろん、その中には私や青葉クンの食べた物も混ざっているけど…大部分は天乃原さんの食べた物である。

 

「……どうして誰も止めなかったんすか」

 

「いや、大食いとかイケる人かと思った」

 

「……私も」

 

 

舞原クンはやれやれと首を振る。

 

 

「……苦しい」

 

「お嬢も……何すか…勉強のストレスでも晴らそうと思ったんすか?」

 

「…………」

「図星っすか……」

 

天乃原さんは死んだような目でひたすら地面を見つめている。

 

思えば……フランクフルトを3本同時に買っていた頃はまだ、少し大食いの人だったのかな…と私も青葉クンも感じていただけだった。

 

その後の焼きそば→たこ焼き→お好み焼き→串カツの流れはいけなかった。

 

その後の天乃原さんは…最早……生ける屍だ。

 

 

「食べたかったのよ……」

 

「…そうっすか、そうっすか」

 

舞原クンはどこで買ったのか…焼きとうもろこしを頬張る。

 

「そ…それ……美味しそうね……」

 

「…どこで買ったんだ?」

 

「ん……向こうの方の屋台っすよ」

 

 

舞原クンが遠くの方を指差す……まだそっちの方はあまり見てなかった……かも。

 

 

「…この食べたゴミ…1回捨てたら行ってみよっか」

 

「そうっすね」

 

「賛成だな」

「……苦しいけど……私も行く…」

 

 

私は溜まったゴミを抱えるとゴミ箱へ向かうのだった。

 

日が沈み……辺りはだいぶ暗くなっていた。

 

だが、祭りはまだその熱気を失わない。

 

「この…焼きとうもろこし……いいね」

 

「確かに」

 

「……食べたい……でも食べられないわ」

 

 

舞原クンの見つけた焼きとうもろこし屋さんは確かにいいお店だった。

 

 

「皆さんは…食べ物以外には興味無いんすか?」

 

「わ……私はまだ食べ…」

 

「お嬢には聞いてないっす…」

 

 

舞原クンが天乃原さんを冷たくあしらう。

 

……食べ物屋以外か…………

 

 

「金魚すくいとかは……ねぇ」

 

金魚を飼うつもりないからなぁ。

 

「くじなんか論外だろ」

 

当たらないしね。

 

他に何か……あったっけ……?

 

 

「あ、ヨーヨー釣りとかどうっすか」

 

 

「……昔一度に4つ釣って店のおじさんに白い目で見られたんだよね……」

 

「そもそもヨーヨーいらないしなぁ」

 

「この賑わいの中でひたすら型抜きとかするのも…どうなんだろ……?」

 

「今さらスーパーボールすくいとか射的もなぁ」

 

舞原クンがあきれたように首を振る。

 

 

「…どうしようも無い人達っすね」

 

 

「ほら……食べることこそ正義なの……よ」

ジャスティーーッス

 

 

 

……変な声が……気にしないでおこう。

 

 

「はぁ…お嬢も……昔から変な意味で諦め悪いっすね……」

 

「何よ……」

 

そんな天乃原さんの手にはしっかり焼きとうもろこしが握られていた。

 

 

「……もう大丈夫なの…?」

 

「焼きとうもろこし1本ならイケるわよ」

 

 

変な所で諦めの悪い人だ……

 

 

「……所で…ジュリアンはリーダーとどういう関係…いつから知り合いなんだ?」

 

「うん……気になる」

 

 

 

天乃原さんは高3…舞原クンは私たちと同じ高1だ…なのにこう…打ち解けているというか……いや、私たちもタメ口使っちゃっているけど。

 

そもそも……居候って……どういうこと?

 

私は舞原クンと焼きとうもろこしを頬張る天乃原さんを見つめる。

 

「……えっと……どこから説明したらいいんすかね」

 

「…ジュリアンは私から見て叔父にあたるのよ」

 

 

 

「「え”」」

 

 

 

 

 

「言っていいわよね?」

 

「……まぁ…ある程度は」

 

 

「私のお祖父様が海外で拾って、そのまま養子にしたのがジュリアンなのよ」

 

 

 

 

「…………」

 

 

 

 

 

「で、時は流れて私が小学3年生の時に初めて会ったのよ」

 

「あ……そこからなんだ……」

 

 

「当時のジュリアンは……そうね、常にデュエルディスクを着けていたわ」

 

「…………それって遊g」

「……?」

 

「昔の話はいいじゃないっすか!!」

 

 

「当時の私は生徒会長でも、クラス委員でも無かった……ただの金持ちの娘、天乃原チアキだったわ……」

 

 

当時小学3年生の天乃原さんと小学1年生の舞原クンの出会いはそれは普通のものだったそうだ。

 

当時の舞原クンは今よりも(?)大人びて見えたとか。

 

もの静かで…でもやらなければならないことはちゃんと…いや、完璧以上にこなす少年だったらしい。

 

だけど…昔の天乃原さんには舞原クンの目は死んでいるように見えたそうだ。

 

一方の舞原クンも当時の天乃原さんのことを、頭空っぽなお嬢様としか見ていなかった……

 

 

「頭空っぽって何よ、空っぽって」

 

「む、昔の話じゃないっすか……」

 

そんな二人が仲良くなったのは……遊g…一つのカードゲームだったとか。

 

どこまで本当か、分からないけど…そんなこんなで仲良くなったとか。

 

「ほ、本当よ!?」

 

 

 

二人の交流は互いに良い影響を与えた……天乃原さんは自分を高めるということを覚え、舞原クンはずっと明るくなったらしい。

 

……というか、舞原クン…もしかしてその頃から力とか全てを手に入れるとかいってたのかな?

 

 

「…言ってたわねぇ」

 

「何でもいいじゃないっすか!!」

 

「…?」

 

 

天乃原さんの話はざっとここまでだった。

 

 

「で、ジュリアンは1年もしない内に海外に行っちゃって、再会したのは1年くらい前の話よ」

 

 

「……へぇ……としか」

 

「…幼馴染み……か」

 

 

私たちはしみじみと呟く…色々あるもんなんだね…

 

「…そんで再会したら同じカードゲームやってて驚いたわよ」

 

「……そっか…それが…」

 

「ヴァンガード……って訳か」

 

 

ヒュゥゥゥゥゥドドォォォォォン

 

 

夜空に大輪の華が咲く。

 

 

「うわぁ……花火だ…」

 

「近くの川辺で打ち上げてるんだな」

 

「いいっすね…こういうの」

 

 

ドォォン、ドォォォォォォン

 

 

続けて二発…いやもっと沢山の花火が打ち上がる。

 

美しく…儚い……だから人は花火に惹かれるのかも知れない……なんて。

 

私はそっと、天乃原さんの方を見つめる。

 

天乃原さん、青葉クン、それに舞原クン……皆に出会ってなかったら……私は今、ここにはいないだろう。

 

だから……

 

 

 

 

「…………皆に会えて良かった」

「…………私もよ」

 

 

 

その時の天乃原さんの表情は……どこか寂しそうで…どこか……満足そうだった。

 

 

たぶん私も…同じような表情をしていたのかもしれない。

 

 

 

 


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