君はヴァンガード   作:風寺ミドリ

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037 美しき夏の夜空に(中)

ヒカリ達3人が出店を巡っていたころ、神沢ラシンも同じ場所にいた……が。

 

 

(完全に……はぐれた)

 

 

兄さんもマリもいない……最後に見た時二人は一緒だった……つまり……はぐれたのは俺……だけ。

 

認めたくないが……認めたくないな。

 

 

(そもそも、兄さんが祭りに行こうなんて言わなければ…)

 

ちょうど今日の昼過ぎだったか…突然兄さんが夏祭りに行こう等と言い出したのは。

 

こっちはまだ“三人目”を見つけてすらおらず、VFGPに出られるかどうかも怪しいと言うのに。

 

 

「はぁ…どうしてこんな事に……」

 

 

その時、俺の前に少し甘い香りが流れた。

 

 

「あ、か、か、神沢君…!」

 

その女の子はおろおろしながら、俺の前に現れた。

 

「……佐伯さん……!?」

 

 

突然、俺の前に表れた可愛い人は俺のクラスメイト……佐伯カミナさんだった。

 

鎖骨の辺りまで伸びた栗色の髪が今日も綺麗だ。

 

「…久しぶり」

 

「う、うん…わ、私ね、神沢君に用があって来たんだよ」

 

「…俺に?」

 

佐伯さんに会えたのはいいが…どうして俺がここにいるって知って…

 

「わ、わ、私とヴァンガードファイトしませんか!?」

 

「佐伯さん…ヴァンガードやってたのか」

 

「う……うん」

 

 

何というか……展開が早いな。

 

しかし…佐伯さんを三人目にスカウトするのは…有りだな。

 

 

「こ、こっちに……」

 

 

俺は佐伯さんに手を引っ張られる。

 

………手、柔らかい。

 

よく見ると、佐伯さんの顔も真っ赤だ。

 

一体、何が彼女を突き動かすのだろうか。

 

佐伯さんが俺を連れてきた先には折り畳み式のテーブルが置かれていた。

 

 

「……ここでか」

 

「う、うん」

 

 

佐伯さんはわたわたしながら、自分のデッキを準備する。

 

シャッフルもどこかぎこちない。

 

これは……最近始めたばかりか?

 

 

「あ、お、教えてくれた人がいて、今日もその人に頼まれて……」

 

「……“教えてくれた人に頼まれて”か」

 

……嫉妬するな…というか、頼まれてファイトって何だ?

 

「は、はい、ファイトしてください!」

 

「…………分かった」

 

佐伯さんのお願いを聞かない理由は無い。

 

俺は懐から自分のデッキを取り出す。

 

ヴァンガードファイターだからな、常にデッキは持ち歩いている。

 

「……すごい」

 

佐伯さんが俺のシャッフルを見て呟く…こう…じっと見つめられると恥ずかしいが。

 

俺たちは互いにデッキを交換し、シャッフル…初期手札をドロー、先行後行をジャンケンで決め、手札交換……マリガンを行った。

 

「大丈夫か?」

「う、うん」

 

「行くぞ……」

 

FVに手を添える。

 

 

「スタンドアップ!my!ヴァンガード!!」

 

「スタンドアップ!ヴァンガード!!」

 

 

「……my?」「そこは気にしないでくれ」

 

 

二人はそれぞれのFV…グレード0のユニットにライドする。

 

 

「ころながる・解放者(5000)!!」

 

「す、スターダスト・トランペッター(6000)!」

 

 

俺は佐伯さんのFVを見て思わず叫んでしまう。

 

「スターダスト・トランペッターだと!?」

 

「だ、駄目かな…」

 

「あ、すいません、大丈夫だから」

 

スターダスト・トランペッターとはアニメで先導アイチが最初にFVとして使った…後に続くトランペッターシリーズの最初期のユニットだ。

 

最大の特徴は…何の能力も持っていないこと。

 

しかし…佐伯さんのデッキはロイヤルパラディンか。

 

 

「じ、じゃあ私から行きますね…最初はスタンドのままだから…ドロー!そして、小さな賢者マロンにライド(8000)!…た、ターンエンドです」

マロン……パワーが高くて攻めにくいな。

 

「よし、スタンドとドロー……疾駆の解放者 ヨセフスにライド(7000)!…ころながるは“先駆”のスキルでヨセフスの後ろにコールする」

 

「あ……はい!」

 

今、気がついた事がある。

 

佐伯さんの綺麗な髪に隠れて見えなかったが、彼女はいわゆる“インカム”をつけていた。

 

つまり……誰かの指示に従って……?

 

ならその犯人(?)も近くにいるのか!?

 

俺は辺りを見回す。

 

「か、神沢君?」

 

「あ、何でもない……」

 

今はファイトに集中すべきか……もし俺が犯人(?)を見つけたとしてどうすれば良いのかまるで分からん。

 

「ころながるのブースト、ヨセフスでヴァンガードにアタック!!パワーは12000だ」

 

「え、えっと…世界樹の巫女 エレインでガード!(完全ガード)」

 

「ドライブチェック……誓いの解放者 アグロヴァルでトリガー無し……ターンエンドだ」

 

 

その後もファイトは淡々と続く。

 

グレード2の沈黙の騎士 ギャラティン(10000)にライドした佐伯さんに解放者 バグパイプ・エンジェルにライドした俺は全くダメージを与えることが出来なかった……更に。

 

「えっと…ば、ばーくがる(4000)をコールします」

 

「ばーくがる……」

 

「ばーくがるのスキルを使います……れ、レストしてふろうがる(5000)を山札からコールします……ギャラティンをコール……」

 

 

圧倒的展開力……佐伯さんのデッキは俺がよく知る“それ”に似ていた。

双方ダメージは無いまま5ターン目に入る。

 

「えっと……スタンドアンドドロー……ら、ライドします……騎士王 アルフレッド(10000)!!」

 

「アルフレッド…!」

 

「まぁるがるをコール……ソウルに入れてふろうがるにパワー+3000、ばーくがるのスキルで……レスト……山札からふろうがるを……えっとスペリオルコールして、真理の騎士 ゴードンをコールします」

 

……これで全てのリアガードサークルが埋まった。

 

この陣形…アルフレッドの後列にばーくがるを置くというのは初期のロイヤルパラディンでは鉄板の形だ。

 

ブーストできないアルフレッド、ブーストを犠牲にユニットを増やすばーくがる……そしてアルフレッドはユニットの数だけ強くなる。

 

今、アルフレッドは双闘と同じくらいのパワーを持っていた。

 

「あ、アルフレッドのスキルで、リアガード1枚につき、パワー+2000だから……5体いるのでパワー+10000します!」

 

「…………」

 

「パワー20000のアルフレッドでヴァンガードにアタックします!」

 

「…ノーガード」

 

「えっと……ツインドライブ!……導きの賢者 ゼノン……二枚目は…幸運の運び手 エポナ(クリティカルトリガー)です!クリティカルをアルフレッドに、パワーをギャラティンに与えます!」

俺に二枚分のダメージが与えられる……ダメージゾーンに落ちたのはパーシヴァルとクリティカルトリガーのエーサスだった。

 

効果はもちろんヴァンガードのバグパイプ・エンジェルに、だ。

 

「ふろうがるのブーストしたギャラティンで……パワー20000でヴァンガードにアタックします!」

 

「……聖木の解放者 エルキア(ヒールトリガー)でガード!」

 

「じ、じゃあ…ふろうがるのブーストしたゴードンでヴァンガードにアタックです!パワー16000!」

 

「アグロヴァルでガード!」

 

「た、ターンエンドです……」

 

誰が佐伯さんに指示を出しているか……は知らないが、ファイトはファイトだ…真剣に行かせてもらう!

 

「俺のターン……スタンドとドロー……青き炎は消えず、世界を照らし続ける!!ライド!青き炎の解放者 パーシヴァル(11000)!!」

 

「パーシヴァル……」

 

「行くぞ……シークメイト!!」

 

俺はドロップゾーンに置かれた、エポナ、ブルーノ、エルキア、アグロヴァルの4枚を山札に戻す。

 

 

「誓いの解放者 アグロヴァル!!双闘!!…レギオンスキル発動!…デッキトップ4枚から…青き炎の解放者 パーシヴァルをスペリオルコール!!」

 

残った3枚は山札の下に置かれる。

 

「ころながる・解放者のスキル発動!パワー+3000!」

 

今は……これで行く!!

 

俺は佐伯さんの使うアルフレッドを見つめる。

 

俺にとってアルフレッドは兄さんの象徴だ…だが、ファイトとなれば話は別だ!

 

「ころながるのブーストした、パーシヴァル、アグロヴァルでアタック!!パワー30000だ!!」

 

遠慮なく…殴らせてもらうぞ!!

 

「の、ノーガードです……」

 

「ツインドライブ…解放者 ラッキーチャーミー……ドロートリガーだ…パワーをリアガードのパーシヴァルに与え、1枚引かせてもらう……もう1枚は…五月雨の解放者 ブルーノだ……トリガー無し」

 

佐伯さんのダメージゾーンにアルフレッドが置かれる。

 

「行くぞ……パーシヴァルでアルフレッドにアタック!パワー16000!」

 

「ご、ゴードンのエスペシャルインターセプト!」

 

 

クラン指定がある代わりにインターセプト時に通常のユニットよりガード値が上がるスキルか……最も最近はそのクラン指定も無くなったカードが出ているが。

 

佐伯さんの使うカード…アニメでよく使われていたカード達だが、それ以前に…俺はあのカード達に…誰かの影を知っている。

 

彼女とデッキの“つながり”は弱い……だがそれは初心者だから…の一言で片付いてしまう……むしろあのデッキは俺と…“つながり”が……あるようだ。

 

この懐かしさは…まさか…な。

 

 

「わ、私のターン……行きます」

 

「あ、ああ」

 

「スタンドアンドドロー…えっと…ばーくがるをレストしてふろうがるをスペリオルコールします」

 

先程までゴードンがいた空間に3体目のふろうがるが表れる……これでは……手札が減らせない。

 

 

「パワー20000のアルフレッドでヴァンガードにアタック!!」

 

だが、パワーにおいてこちらに分はある。

 

「エポナとラッキーチャーミーでガード!!(2枚貫通)」

 

「えっと……ツインドライブ……1枚目……未来の騎士 リュー(クリティカルトリガー)……効果は全てギャラティンに与えて……2枚目は…沈黙の騎士 ギャラティンでした……トリガー無し…えっと……ふろうがるのブーストしたギャラティン…パワー20000のクリティカル2でヴァンガードにアタックします!」

「ノーガード…ダメージチェックだ……1枚目は…ヨセフス……2枚目は聖木の解放者 エルキア(ヒールトリガー)だ……ダメージを回復する」

 

「た、ターンエンド…」

 

ダメージは佐伯さんの1点に対して俺は3点…手札の枚数には今のところ大きな差は無い。

 

だが佐伯さんにはばーくがるがいる…少なくともばーくがるのスキルで残り4枚まではリアガードをノーコストでスペリオルコールできる。

 

見たところ完全ガードが見えない今の内に……大きな一撃を与えておきたいが……

「スタンドとドロー……揺らめく炎にその身を委ね、青き極光、闇退ける!!ライド・my・ヴァンガード!!」

 

俺の切り札…行くぞ!!

 

「青き炎の解放者…プロミネンスコア(11000)!!」

 

俺は手札から1枚のカードをコールする。

 

 

「シルバーファング・ウィッチ(5000)をコール!スキル発動!SB2!1枚ドロー!!」

 

ソウルブラストされたヨセフスとアグロヴァル……これでドロップゾーンが溜まった!

 

「青き炎は消えること無く…闇に覆われた世界を包み込む!!シークメイト!!」

 

「……うわぁ…」

 

「…………」

 

普段のクセで口上を使っているが…もしかして、俺、佐伯さんに相当“痛い”人間と見られているのではないか?

 

「…………」

 

「あの……神沢君?」

 

俺は山札にエポナ、ラッキーチャーミー、アグロヴァル、ヨセフスを戻す。

 

 

「誓いの解放者 アグロヴァル…双闘」

 

 

顔が熱くなるのを感じる。

 

「……ころながるのブーストしたヴァンガードでアタックする…パワー25000…」

 

その時、インカムから何か声のようなものが聞こえてきた。

 

 

『*******』

 

「え…えっと……はい…はい……ノーガードです」

 

 

やはり誰かの指示を受けているようだ。

 

 

「…ツインドライブ…解放者 バグパイプ・エンジェル…理力の解放者 ゾロン…トリガー無しだ」

 

「え、あ、ダメージチェックです…えっと……小さな賢者 マロン……トリガー無しです」

 

「…シルバーファング・ウィッチのブースト……パーシヴァルでヴァンガードにアタック…パワーは16000だ……」

 

「えっと……ノーガード…ダメージはイゾルデです」

 

佐伯さんの表情…切ない瞳……じゃない、そうじゃない……あの感じ…完全ガードのイゾルデは手札に無いか?

 

いや、完全ガードがダメージに落ちれば誰だって悲しいものだしな……

 

「……あの」

 

「あ、ターンエンドだ」

 

ダメージは3対3になり、ダメージ差は無くなった。

 

俺はまじまじと佐伯さんを見つめる…ことは出来ないから佐伯さんの肩を見つめる。

 

いや、肩を見たってどうしようも無いな。

 

 

「私のターンです…す、スタンドアンドドロー…えっと……ブラスター・ブレードをコールします…スキル発動…CB2でパーシヴァル…?を退却させます」

上書きされた彼女のふろうがると俺のパーシヴァルがドロップゾーンへと飛ばされる。

 

 

「そして……次に……え?」

 

 

佐伯さんの動きが止まる……どうしたんだ?

 

 

 

『*******』

 

「……はい……でも本当に?……はい」

 

 

 

一体何を……そう思った瞬間、彼女のデッキの何かが変わった。

 

デッキの中身が“分からなくなった”のだ、突然、まるで別の人物と交代したように。

 

おそらく、彼女のデッキが彼女のこの動き、そしてインカムの向こうの人間に反応したのだろう。

 

 

 

「導きの賢者 ゼノン(6000)を……沈黙の騎士 ギャラティンの後ろにコールします」

 

再びふろうがるが上書きされる、が、そんなことは問題では無かった。

 

「導きの賢者……ゼノン……」

 

この感じ、ゼノン……やっぱり……

 

 

「行きます……スキル発動!!……」

 

ゼノンのスキル……それはコール時に山札の一番上のカードを公開…そのカードがヴァンガードと同じグレードならそのユニットにライドするというもの。

 

当然、成功率は低い。

 

さらにロイヤルパラディンにはゼノンのようなカードをサポートするユニットはおらず、俺のように山札の中身を見ることができる“力”が無ければ使い物にならない……はずなのだが。

 

俺の知る限り一人だけ……自身の“力”も関係無くこのゼノンのスキルを発動させ、愛用する男がいた。

 

 

「スペリオルライド!!」

 

 

 

神沢コハク……俺の兄さんだ。

 

 

 

「ソウルセイバー・ドラゴン(10000)!!」

 

 

兄さんが自身の“力”を失ってなお…持ち続けたその運はしっかりと佐伯さんに受け継がれていた。

 

 

「スキル発動……ソウルブラスト“5”!!」

 

佐伯さんの後方…遠くの木の影から兄さんが手を振っている。

 

きっと…もうバレたと分かっているのだろう。

 

 

「ばーくがる、ギャラティン、ゼノンにパワー+5000!行きます、ふろうがるのブーストしたブラスター・ブレードでアタック!パワー14000です!」

 

今、アタック対象はヴァンガードしか存在しない…ここが正念場か……

 

「ノーガード…ダメージチェック……理力の解放者 ゾロンだ…トリガー無し」

 

俺に4点目のダメージが入る。

 

「なら…ばーくがるのブースト、ソウルセイバー・ドラゴンでアタックします!パワーは22000!」

 

そこは……

 

希望の解放者 エポナ(クリティカルトリガー)、理力の解放者 ゾロン、解放者 バグパイプ・エンジェルでガード!!(2枚貫通)」

 

「ツインドライブ!!…幸運の運び手 エポナ(クリティカルトリガー)!!、効果は全てギャラティンに!…2枚目は……幸運の運び手 エポナ(クリティカルトリガー)!!……同じくギャラティンに与えます!!」

 

 

俺の手札は残りたったの3枚……

 

「ゼノンのブースト……パワー36000…クリティカル3のギャラティンでアタックします!!」

 

 

だが!!

 

 

「光陣の解放者 エルドル……完全ガードだ!!」

 

俺はコストとして解放者 ラッキーチャーミーをドロップする。

 

 

「あ……ターンエンド……です」

 

 

「俺のターンだ、スタンドとドロー……」

 

 

俺は自分の山札を見つめる……そこには俺の求める“流れ”があった。

 

このファイトに終止符を打つ流れが……

 

 

「行くぞ……シルバーファング・ウィッチの前に五月雨の解放者 ブルーノ(7000)をコール!!…プロミネンスコアのスキル発動!シルバーファング・ウィッチを退却!CB1!山札の上から4枚見て……誓いの解放者 アグロヴァルをスペリオルコール!!残りのカードは山札の下へ!!」

 

アグロヴァルはブルーノのいない列にコールさせる。

 

そして…ここからがこのデッキの真髄だ…!

 

「ブルーノ、ころながるはユニットがスペリオルコールされる度にパワー+3000される…さらにプロミネンスコアはスペコしたカードがプロミネンスコアか誓いの解放者 アグロヴァルなら+3000し、クリティカルも増加する……」

 

これが、ペルソナ・フラムブルーリンケージ!と言いかけたが……今は止めておこう。

 

別に佐伯さんに引かれたくないという訳では無い。

 

「誓いの解放者 アグロヴァルのスキル発動…CB1で山札の上から3枚見て……理力の解放者 ゾロンをスペリオルコール……」

 

プロミネンスコア……+3000 +☆1

 

ころながる……+6000

 

ブルーノ……+6000

 

「理力の解放者 ゾロンのスキル…自身をソウルに入れ、山札の上から3枚……誓いの解放者 アグロヴァルをスペリオルコール」

 

プロミネンスコア……+6000 +☆2

 

ころながる……+9000

 

ブルーノ……+9000

 

「アグロヴァルのスキル……CB1…3枚見て…青き炎の解放者 プロミネンスコアをスペリオルコール」

 

プロミネンスコア……+9000 +☆3

 

ころながる……+12000

 

ブルーノ……+12000

 

「そして仕上げにアグロヴァルを上書きコール……CB1…山札の上から3枚見て、3枚山札の下へ」

 

アグロヴァルによるスペリオルコールは“空いたリアガードサークル”が必要だ……つまり今の動きは“デッキトップ”を弄るためのもの。

 

 

欲しいものは今、ここに在る。

 

 

「ブルーノを後列へと移動させる」

 

 

ブルーノとプロミネンスコアを交代させた。

 

そして…ここからが俺のアタックだ……

 

「アグロヴァルでギャラティンにアタック!」

 

「……ブラスター・ブレードでインターセプトします!!」

 

「パワー46000!クリティカル4!プロミネンスコアでヴァンガードにアタック!!」

 

完全ガードが有るか……?

 

だが有ったとしても……このターン終了時、佐伯さんに手札は残らない。

 

 

 

 

 

「……ど、どうしよう…」

 

『落ち着いて、完全ガードは無いんだよね』

 

……インカムの向こうの声…今ならはっきりと聞こえる。

 

「は、はい……」

 

『確か今の手札は…幸運の運び手 エポナ(クリティカルトリガー)3枚に未来の騎士 リュー(クリティカルトリガー)1枚、それにギャラティンとマロンが1枚ずつ……だよね』

 

「はい……」

 

 

『なら……手札を全部使って完全ガードだ』

 

「全部ですか……?」

 

次のターンのためにマロンくらいは残しておくべきだと感じていた佐伯さんはインカムの向こうの相手に聞き直した。

 

『この攻撃の前……ラシンはCBを使ってスペコをせずにデッキだけを掘り進めた場面があった……そうまでして欲しいものがそこに在ったって訳さ、もしそれがダブルクリティカルだったら……?』

 

「……クリティカル6の攻撃…いくら今3点でもそんなに受けたら……」

 

『分かってもらえたかな?』

 

「…はい…まだリアガードに乗せられた時の3点なら…生き残る可能性があるということですね」

 

佐伯さんは迷いを振り払った目で告げる。

 

「手札を全て使って完全ガードです!!」

 

「どうやら…本当に兄さんが仕組んでるんだな……ツインドライブ…希望の解放者 エポナ(クリティカルトリガー)だ…全てリアガードのプロミネンスコアに…そしてもう1枚も希望の解放者 エポナ(クリティカルトリガー)だ…同じくプロミネンスコア!!」

 

 

今は……この一撃に賭けるだけだ!

 

 

「ブルーノのブースト!!輝けプロミネンスコア!!パワー40000!クリティカル3でアタックだ!」

 

「……ノーガードです…ダメージチェック……」

 

 

 

「ラシン……」

 

 

インカムをつけたコハクはラシンと佐伯さんのファイトを遠くから見守っていた。

 

 

ーーここでお前が僕を…僕のデッキを打ち破るのならーー

 

 

「1点目……ソウルセイバー・ドラゴンです…トリガー無し……」

 

 

ーーそれは……きっと……ーー

 

 

「2点目……まぁるがる……ドロートリガーです……1枚引いてパワーをソウルセイバーへ……」

 

 

ーー“本物のスクルド”はお前だってことなんだーー

 

 

「3点目行きます……」

 

 

ヒールトリガーの可能性は十分にある……ここで俺は有ることに気がついた…とても単純な事実に。

 

 

 

「待っ…」

 

 

 

「……騎士王 アルフレッド……私の」「僕の負け……だね」

 

 

先程まで遠くから見ているだけだったコハク兄さんがそこにいた。

 

 

「負けって……」

 

 

 

「ありがとね、佐伯さん…ヴァンガードに関してはこれからはラシンにじゃんじゃん質問してあげて」

 

 

 

「……どういうことだ……兄さん…」

 

 

 

兄さんはまるで呆れたと言うように溜め息をついた。

 

「どうも何も、お前の方が…僕よりも強いってことさ」

 

「それじゃあ兄さんは!?」

 

「僕はもう強くない、それだけさ」

 

「……なら、俺の目標…兄さんを最強にす…」

 

「最強になりたいっていう夢は……お前にもあっただろう」

 

 

俺は言葉が出てこなくなった。

 

 

確かに…兄さんと遊んでいた頃、そう思っていた…最強になりたいと…いつか兄さんを越えると。

 

 

「僕は…もう大丈夫だから」

 

「大丈夫……って」

 

 

俺は……

 

俺は励ましたかったんだ。

 

あの時…ぐちゃぐちゃになったカードを持って泣いていたあの日の兄さんを。

 

だから……だけど…

 

 

 

「お前が自分のために最強を目指すのなら…僕は手伝うよ……一人のファイターとして」

「それって…」

 

「VFGP…僕も一緒に戦う」

 

「兄さん……」

 

「兄として…そのくらいの応援はさせてよ」

 

 

 

もうずっとヴァンガードを触ってなかった兄さんと初心者の佐伯さんならどっちが頼りになるだろうか。

 

 

「今、凄く失礼なこと考えていたね?」

 

「そんな事は無い!…けどどうして佐伯さんに?」

 

俺は佐伯さんの方を見る…会話についていけずオロオロした所も……いや、何でもない。

 

「僕が直接ファイトしようとしても、ラシンは適当に理由をつけて相手してくれないと思って」

 

それは……まぁ、そうかもしれないが。

 

「佐伯さんもちょうどヴァンガードを始めて見たかったらしいからね、協力して貰ったんだ」

 

「……佐伯さん」

 

佐伯さんがヴァンガード……か。

 

 

「えっと…その…ラシン君……私にヴァンガード…もっと教えてくれるかな……」

 

「あ、ああ、もちろん!!」

 

 

 

ヒュゥゥゥゥゥドドォォォォォン

 

 

空を見上げると、そこには大きな華が咲いていた。

 

 

遠くの方に焼きそばを持ってこちらに駆けてくるマリの姿があった。

ドドォォォォン!ドドォォォォォォン!!

 

次々と打ち上げられる花火…それ自体はすぐに消えてしまうが、俺達の目には残り続ける。

 

それはきっと思い出と同じだ。

 

俺の夢…俺が最強になる……か、ならやはり目標はかつて兄さんと並ぶ強さと言われたノルンだろう。

 

そう…深見ヒカリ…彼女と戦いたい……彼女の本気がどれ程かはまだ分からないが…

 

彼女に勝って…俺はやっと兄さんのいた場所に……最強へのスタートラインに立てる気がする。

 

 

しかし、俺が最強とか言うとあの銀髪男と被るな……何か良いセリフを考えておかないとな。

 

「……あの、ラシン君……」

 

恥ずかしそうに佐伯さんが俺を呼ぶ。

 

そう言えば兄さんが来てから名前呼びに変わったな…ありがとう兄さん。

 

 

「今日は……その……ラシン君に渡さなくちゃいけない物があるの……」

 

「え?」

 

「……これ…………」

 

 

佐伯さんがそっと1枚の布切れを差し出す。

 

いや……待って。

 

これ、ただの布じゃない……とても見覚えがある。

 

どこか、どこかで………………あ。

 

 

「……コレ、オレノパンツ……?」

 

「ふぁぁ……あ、あの、違うの、そこにいるお義兄さんが勝手に」

 

「えー僕のせいー?僕のせいだけどね」

 

「……エ……?サエキサンガ?」

 

「で、佐伯さん……どうだった?」

 

「どどどどど、どうって、な、何もしてません!…え、あ、未使用!……未使用です!!」

 

「……ミシヨウッテ?」

 

「え、あ、違う、ラシン君、私、へ、変態じゃない」

「でも興奮はしたよね」

 

「いゃぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」

 

「サエキサーーーーン!!」

 

 

若人達の叫びが夏の夜空へと響く。

 

この記憶もやがて良き思い出へと変わっていくのだろうか。

 

 

 

* * * * *

 

 

 

 

「……ところで、僕に勝ったんだから…スクルドはラシンってことでいいよね」

 

「……そうか?」

 

兄さんは悪そうに笑う。

 

「そうだよー……だ・か・ら・さ」

 

「??」

 

兄さんが鞄から一着の服……何だよ、このヒラヒラした服と……スカート!?

 

「VFGPに行く時はもちろん……この服だよね!!」

確かに世間じゃスクルドは金髪の女(正確には幼女)だけど…女装……女装って!?

 

「あ……あの……私も見てみたいです……ラシン君の女の子姿……」

 

「サエキサン!?」

 

「クラスの女子の中でもそういう話があって……絶対可愛いよねって」

 

 

 

……勘弁してくれよ。

 


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