君はヴァンガード   作:風寺ミドリ

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039 17回目のさようなら

 

今はいつだろう……そして…私は……

 

 

モニターを見て、コントローラーに乗せた指だけを動かす…ヘッドホンを装備した私は悠久の時を過ごす。

 

夏休みだからこそできる時間の使い方……私はそれをしている。

 

レッスン…営業…レッスン…オーディション…レッスン…営業……レッスン…レッスン…レッスン……

 

延々と作業をこなす私は楽しんでいるのか苦しんでいるのか……

 

 

『…お前は……何をやっているんだ』

 

……

 

オモーイデヲアリーガトー♪

 

……

 

 

『……おい』

 

「……えっ?」

 

 

私の頭からヘッドホンが外される。

 

何事かと振り向いた先にいたのは……

 

「……あなたは……私……」

 

『全く…たまに様子を見たらこれか……』

 

そこにいた少女は、以前私の夢の中によく現れていた“私”であった。

 

呆れたように“ゴスロリ姿の私”がため息をつく。

 

 

『情けないな我が半身よ』

 

「普通に同一人物……だけどね」

 

こうして話すのは久しぶりだ。

 

『もうすぐ大会だろう?…“私”は…どこまで戦えるのだろうか』

「そうだね…“私”…今までまともな大会には出てないから」

 

だけど、ヴァンガードというカードゲームをしている以上…自分の実力は試してみたい。

 

これは“再開”して改めて感じたことだ。

 

 

「それに…MFSもすごく気になるし」

 

『そうだな』

 

優勝チームに与えられる“MFSの先行試遊権”。

 

そもそもMFSの開発はずっと難航しており、今回のMFSも試遊後に欠陥が見つかりお蔵入り……そんな可能性もあるのだ。

 

だから…実質MFSで遊べるのは優勝チームのみかもしれない。

 

「あの感動はもう一度…味わいたいね」

 

私は過去に一度、ラグナレクCSでMFSの試作機を使ったことがある。

 

『ああ……』

 

 

私は彼女のゴスロリを見つめる……ゴスロリ…それは私にとっての勝負服だ。

 

着ていくのも……いいかな……?

 

 

「……ところで」

 

私はずっと気になっていたことを質問する。

 

「あなたがここにいるってことは…まさか…」

 

『やっと気づいたか……起きろ…そろそろ校長の話が終わるぞ』

 

「……あ」

 

 

 

 

* * * * *

 

 

 

 

 

 

 

「……あ」

 

私はゆっくりと眼を開ける。

 

遠くの方で中年の男性が礼をしていた。

 

周りには私と同じくらいの年齢の男女。

 

時刻…9時12分。

 

 

「……夏休み…終わったんだ」

 

 

そう、夏休みは終わった。

 

終わったのだ。

 

私が産まれて…17回目の夏は過ぎてしまったのだ。

 

 

…………ああ。

 

 

『続きまして、生徒会会長……天乃原智晶さん…』

 

 

夏休みは思えば不思議な出来事から始まった。

 

終業式の日…惑星クレイへと飛ばされたこと……あれはまるで夢や幻想のような話だ。

 

私が実際にモルドレッドやだったんに会ったなんて、今でも信じられない。

でも私は覚えている……だったんのアップルパイの味を……確かに。

 

 

『…、私たち3年生は今年…』

 

 

その後…帰ってきた後は…ゼラフィーネ・ヴェンデルさん…舞原クンの彼女さんに出会ったっけ。

 

舞原クンと同じ綺麗な白い肌と髪を持っている人。

 

そんなゼラフィーネさんも一緒に、天乃原さん達と海にも行った。

 

偶然神沢クン兄弟にも会って…楽しかった。

 

 

『…強い意思を持って、受験という…』

 

 

ヴァンガードはブースターパック“煉獄焔舞”も発売されて…次のブースターは来週くらいかな?

 

確か名前は……ムービーブースター“ネオンメサイア”。

 

まさかヴァンガードが映画化するなんて、この間まで知らなかったんだよね……

 

『…、最後になりますが…』

 

 

私が“ベルダンディ”だってことも初めて聞いた、舞原クンともファイトした…決着はつかなかった。

 

皆で夏祭りに行った、天乃原さんの家で花火で遊んだ。

 

『…残りの高校生活をより良いものにしていきましょう、これで私の話を終わります』

…充実してたな…あんな夏休みは久しぶりだった。

 

 

 

私は壇上から降りる天乃原さんを見つめる。

 

こうして集会に出るときはしっかり“生徒会長”の顔になっているのがあの人の凄いところだろう。

 

とても夏祭りで食べ過ぎて具合の悪くなっていた人には見えない。

 

 

……ともあれ。

 

 

「夏休み……終わっちゃったんだ……ね」

 

 

私は誰にも聞こえないくらいの声でそっと呟いた。

 

 

 

 

 

* * * * *

 

 

 

 

始業式の後はそのまま授業へ。

 

と、いっても夏休みの課題提出と実力テストがある程度だ。

 

あっという間に“いつもの”日常が帰ってくる。

 

「はぁ……」

 

「どうしたんだ?ヒカリ」

昼休み、一人で昼食を食べていた私に青葉クンが話しかけてくる。

 

「……つまんないなって」

 

私の呟きに青葉クンは言葉を返す。

 

「つまんないって……9月以降は学校行事が盛りだくさんだろ?」

 

……そう。

 

この学校は9月以降に学校行事が連なっている。

 

体育祭、学校祭、さらに私たち1年には宿泊研修なるものも待っている。

 

……嫌だ。

 

 

「1年2年限定のマラソン大会とかもあるよな」

 

 

…………

 

 

…クラスに溶け込めていない人間にとって学校行事ほど憂鬱なことは無い。

 

今でもクラスのメンバーは私のことをどこか一歩離れた所から見ている気がする。

 

梅雨明けの頃かな…クラスの誰かが言っていた“天使様”という言葉も気になる……関わりたくないオーラが凄まじい単語だよね…

 

 

「はぁ……」

 

 

早く何とかしないとますます馴染めなくなっちゃうよね……

 

 

 

* * * * *

 

 

 

 

「はぁ……」

 

 

ヒカリが学校でため息をついていた頃、同じように職場でため息をつく男がいた。

 

 

「職場に馴染めねぇ……」

 

 

ここは“三日月”と呼ばれる超大型総合企業のとある開発室。

 

今日も数多くの人間が、この開発室に籠り“カード”とにらめっこをしていた。

 

 

「三日月元社長……働いてください」

 

「三日月元社長…しつこいですよ」

 

「おい元社長……」

 

 

「元社長、元社長言うの止めろよ!泣くぞ!」

 

 

そこには半泣きした中年の男性がうずくまっていた。

 

顔は美形だがネクタイはよれよれ、髪はぼさぼさ、おまけに目は死んでいた。

 

「元社長……作業続けますよ」

 

「……うん」

 

この三日月という男…その名の通り二年前までは“三日月”の社長だった。

 

三日月ナオキ…三日月グループの若き社長だった彼は別れた元妻に会社を乗っ取られてしまったのだ。

 

「……俺…俺……ううう」

 

「…確かに元社長見てると“そこどけ”って言いたくなるよな」

「分かる」

 

所員達の遠慮の無い言葉を聞きながら、彼はぽちぽちとパソコンを打ち始めるのだった。

 

「…というか、別れた旦那さんで元社長を会社に…それも“このプロジェクト”のリーダーに抜擢する辺り、今の社長は……すごいよな」

「そうだよな…社長交代の時……今の社長、元社長のこと顔も見たくないとか叫んでたのに」

 

「適材適所とか分かってる人なんだよな」

 

所員達は“元社長”のパソコンに繋がれた卓球台のようなものを見つめる。

 

それこそが“MFS”…三日月グループの新プロジェクトの要であり、三日月元社長を中心に開発されたものである。

 

「……娘にも……会わせてもらえないんだ」

 

「…いい加減立ち直ってくださいよ…後、モーション確認お願いします」

「分かってる…」

 

三日月がMFSの電源を入れる。

「コール…」

 

起動したMFSに三日月は一枚のカードをセットする。

 

「…機動病棟 エリュシオン」

 

 

MFS中央の空間にホログラフ映像が投影される。

 

そこには白いロボットが膝をついていた。

 

 

「モーション確認…A」

 

三日月の指示で所員達はコンピュータを操作する。

すると、今まで力なくうなだれていたロボットが各部を緑色に発光させながら立ち上がった。

 

「モーション確認…B」

 

エリュシオンと呼ばれた白いロボットはその鋭い爪を構える。

 

「C1」

 

エリュシオンが両腕を前に突きだすと、バリアのような物が展開される。

 

「C2」

 

エリュシオンのバリアにヒビが入り、粉々に砕け散ってしまう。

 

「最後に…D」

 

エリュシオンは前方に向かってダッシュする、滑らかに、ブースターを使って加速した機体はその輝く爪を前へと突きだした。

 

 

「……エリュシオン…確認終了」

 

三日月はそう言って“機動病棟 エリュシオン”のカードをレストさせる。

 

エリュシオンのホログラフは静かに消えていった。

 

「……こっちは問題ないですね…ユニットのデータもほぼ積み込み終わりましたし」

 

「ああ…となると残りは……“あっち”か」

 

 

三日月と所員達は開発室の奥の扉を見つめる。

 

“それ”は元エンジニアの三日月元社長の発明品。

 

 

「ええ…MFSの上位機種…」「僕達の…いや、社の総力を持って開発している…夢のシステム」「…Grand・Image・Advance・System」

 

“三日月”グループが発表しようとしているのMFSだけでは無かった……

 

「……………Grand・Image・Advance・System…略称ギアース……MFSと違ってショップ等に設置することはできない分、クオリティの高い“ファイト表現”を実現したMFSの上位機種……」

 

GIAS(ギアース)”…ヴァンガードのアニメに登場予定のシステムに合わせてそう名付けられた機械が扉の向こうには置かれていた。

「発表会まで残り1ヶ月…頑張りましょう元社長…いえ、“現”開発室室長」

 

「ああ」

 

MFSとギアース…この二つの存在を全国のファイター達が知るのは……もう少し先の話である。

 

 

 

 

* * * * *

 

 

 

 

「ふぁ~あ~」

 

「どうしたんだいヒカリちゃん」

 

大きく欠伸をしてしまった私に店長が聞く。

 

ここは喫茶ふろんてぃあ…ヒカリお気に入りの喫茶店であり、万年閑古鳥が鳴いている店でもある。

「春眠暁を覚えず……かな」

 

「…もう夏も終わって秋だぜ?」

 

呆れたように店長が言う。

 

……眠気を払うためにこうしてこの店にコーヒーを飲みに来たんだけどな。

 

私はコーヒーをすする。

 

「そう言えば…美空カグヤさん……って来てます?」

 

「ああ…3日くらい前に来たぜ…仕事が忙しくなってしばらく来れなくなりそうですーって言ってたな」

 

……仕事……忙しい……か。

「大人…だなぁ」

 

「大人…か……俺も仕事が忙しかったらなぁ…」

 

 

何となく…ため息が出る。

 

大人と言えば、せっかく仲良くなれた天乃原さんも今年で卒業するんだよね……

 

「この先…どうなるのかな」

 

「俺の店も…この先どうなるのかな」

 

……今は学校行事を頑張るしか…ないか。

 

「「はぁ……」」

 

 

私と店長のため息が重なる。

 

 

「……ヒカリちゃん…新しくメニューに入れる予定の“夕張メロンアイス”…味見してくれるかい?」

 

「…ぜひ」

 

 

私の、今までで最も充実していた夏休みは終わりを告げた。

 

 

そして、秋が来る。

 

 

 




次回からは不定期更新に戻ります。



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