ヒカリとユウトのファイトの翌日。
「…………私は、さっき青葉クンが言っていた“アーマーブレイク・ドラゴン”がいいと…思う」
「でも、“アーマーブレイク・ドラゴン”はコストが重いし」
「………えっと……“エレクトリックシェイパー”にも言えることだけど……タイミングを考えて使うものだから………」
天台坂高校、1年B組の教室は異様な空気に包まれていた。
朝から休み時間の度に深見ヒカリと青葉ユウトが会話をしていたからだ。
(青葉はどうでもいい…でも、あの深見さんが話をしている!?)
本人は知るよしも無いが、ヒカリは人を寄せ付けないオーラと、見た目の可愛らしさから“絶対天使”と呼ばれていた。
(“絶対天使”の“絶対”は絶対に人と話さないことですのに…)
(青葉の野郎、どんな魔法を使ったんだ!?)
(…今のヒカリさん、楽しそうで素敵だわ)
(私、青葉クンには消えて欲しいけど……ヒカリさん、笑っているしなぁ)
「…………!?」
ユウトの背筋に悪寒が走る。
「何か“ぶるっ”ときた………(何か…周りの視線が怖い)」
「…昨日、パフェ食べ過ぎたんじゃないかな…?」
「いやいや、それは君だけだろ」
「…………」
ヒカリの目がユウトの方を見つめる。その目は暗く淀んだ色になっていた。まるで“あなたが食べさせたようなものだろう”とか“あなたのせいで私の体重が…”等と言っているかのようだ。
重い空気が教室に満ちていた。
* * * * *
「ヒカリちゃーん?」
「…………」
「怒ってる?」
「…………別に」
放課後、まっすぐ家に向かうヒカリの後をユウトが追いかけていた。
「…………そうだ、これ」
ヒカリは自分のカバンの中から緋色のデッキケースを取り出すと、ユウトに押し付ける。
その中には昨日ユウトによってこっそりカバンに入れられていた、“シャドウパラディン”のデッキが入っていた。
「…返す、私ヴァンガードは…やらないから」
「……」
ユウトはヒカリからデッキを渡されると、ヒカリの隣を追い越し、前を歩き始めた。
「でも、昨日のヒカリは楽しそうだった」
ヒカリからは前を向いて歩くユウトの表情は見えなかった。
「ヒカリ…前はヴァンガードしていたんだよな?」
「…………」
「前は、そのときはどうしてヴァンガードを………始めたんだ?」
「……………………」
しばらくの間沈黙が続く。
いつのまにかヒカリはユウトの後についていく形になっていた。もうヒカリの家は通りすぎている。
ヒカリは自分の気持ちをうまく表現できる言葉を探していた。
「…ヒカリ?言いたくなければ…」
「…………ひとめぼれ…かな」
「…は?」
「…ひとめぼれ…だったんだよ」
ヒカリが少しずつ語り出す。
「………“ファントム・ブラスター・ドラゴン”ってカードがあってね…」
最初にヒカリがファントム・ブラスター・ドラゴン=奈落竜を知ったのはアニメでだった。まぁむしろその時は、そのカードを使っていた主人公の方に目がいったものだが。
「…………私はちょうどその頃、少し…ほんの少し、些細な悩みがあった…………」
そんな中ふとしたきっかけで、ヒカリはネットを通じてファントム・ブラスター・ドラゴンの設定を知ることとなった。
“あらゆる負の感情を自らの力へと変える”
その言葉、そしてアニメで使われていたのとは絵柄の違うその姿に、心引かれた。この竜のことを考えていれば、今の自分の中にある“嫌な”感情から目を背けることができるような気がした。
ヒカリは緋色の瞳の竜を求めた。
カードを集め、デッキを作り、共に戦った。
後に登場した“ファントム・ブラスター・オーバーロード”の設定から、奈落竜が元々は聖なる存在で人々の負の感情をその身体に背負っていたと知った時はますます好きになったものだ。
「…………まぁこういうタイプのラスボスが好きなだけ…だよ…」
元々は正しかったはずなのに………何かのはずみで歪み、堕ちていくような。そんな悲しい話を勝手に自分に重ねていた。
「…でも、その後“色々”あって…………ヴァンガードは辞めたし、シャドウパラディンの新しいカードもしばらく出なかったから…………情報も集めなくなったしね…………実際にヴァンガードをやっていた時間は短いよ」
ヒカリの言葉をずっと黙って聞いていたユウトが口を開く。
「でも、それならもう一度始めないか?」
「“色々”あって…………そう言ったよね?………とにかく……私はもう……………」
「よし、着いた」
「……………え?」
ユウトが突然立ち止まり、ヒカリに緋色のデッキケースを無理やり渡す。
「…なっ…………ちょっと…」
ユウトは目の前にある一件の店を指差す。
「ここが俺の兄貴が始めた………カードショップ“大樹”だ」
「…………全く、聞いてないよ…」
ヒカリはいつのまにかユウトの後を追いかけていたことを後悔した。
ユウトがヒカリを連れて来たのは、ユウトの兄が経営するカードショップだった。
「……………カードショップ“大樹”…」
店の看板にはカードゲームのデッキを模したキャラクターが描かれていた。
「…………ちょっと“ど○も君”に似てる」
「思っても口に出さないでくれ…」
二人が店内に入ると以外にその中は広く、ショーケースの中に様々なカードが並んでいて、ヴァンガード以外のTCGも多く取り扱っていることがわかる。
ヒカリたちはショップの奥へと進んでいった。
「兄貴ーいないのかー?」
ユウトが兄に呼び掛けるも返答が無い。
「……………あ」
ヒカリはショーケースの一つに目がいった。
その間にユウトはさらに店の奥へと行ってしまった。
「……………へぇ」
そのショーケースには“シャドウパラディン”のカードが納められていた。
ヴァンガードを辞めているヒカリにとってはどのカードも知らないものばかりだった。
「……………」
その中の1枚のカードに目が奪われる。
その竜はモルドレッドと同じ鎧を着ていた。
そしてその竜が持つ瞳はかつてヒカリが求めたものと同じ色をしていた。
「…………撃退者 ドラグルーラー・…………“ファントム”」
ヒカリはしばらくその姿を眺めていた。
「そいつは“幽幻の撃退者 モルドレッド・ファントム”の“クロスライドユニット”だな」
「ふぇっ!?」
突然ショーケースの後ろから出てきた青年に、ヒカリは不覚にも驚いてしまった。
「あなたは……………?」
「自己紹介が遅れたね、俺は青葉カズト…ユウトの兄だ」
ユウトに似た天然パーマの青年がさわやかに笑いながら言葉をかけてくる。
「そして知っているよ、君が深見ヒカリちゃん……俺の弟の彼女だね」
「違いますよ」
速答だった。
「…………え?違うの?ヒカリちゃんじゃなかったっけ?」
「……………いや、ヒカリは私ですけど、青葉ユウトクンとは何の関係も無いです。」
「……………そうなの?」
「はい…………」
* * * * *
ヒカリはカズトに“撃退者 ドラグルーラー・ファントム”のユニット設定を見せてもらっていた。
「…モルドレッドはやっぱりファントム・ブラスターだったんですね…」
「ああ、転生というよりは分裂といった感じだな」
ヒカリはドラグルーラーのカードを見つめる。
「そして…………力を解放してドラグルーラーの姿になった…………」
(…自分の過去と向き合って…………今の自分に出来ることを…しているんだ)
(私は……………)
「ヒカリちゃん」
「……なんですか」
ヒカリに話しかけたカズトの手にはヴァンガードのデッキが握られていた。
「せっかくだし、ファイトしないかい?」
「…………いえ、私は…………」
(…自然と思い出すな…………過去、かつてヴァンガードをやっていたときの記憶…………私に頭を下げる人たち……………異様な空気のショップ……………そして大切な、私の分身)
「…………今の私…………昔の私……………私の…覚悟…」
「……………そのファイト、受けます」
* * * * *
ヒカリは自分のデッキを見つめる。
(青葉クンのデッキはたしか…お兄さんに作って貰ったって……………つまりデッキの構築はバレている……たぶん…………)
「いいかい?ヒカリちゃん」
「……………はい」
じゃんけんの結果、先行はヒカリに決まった。
「「スタンドアップ!!ヴァンガード!」」
前回のファイト同様、“クリーピングダーク・ゴート”にライドしたヒカリが見たのは、
黒輪を纏った小さな竜だった。
「…………リンク……ジョーカー?」