君はヴァンガード   作:風寺ミドリ

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040 その思い、真っ直ぐに

『やっぱり、俺は納得できねぇ!!』『俺はまたあの部室でバカみてぇにファイトがしたいんだ!!』『俺はカードファイト部に帰る!!アイチと…お前(コーリン)も一緒にだ!!』

 

ヴァンガードのアニメで石田ナオキがそう叫んでいた頃、私、深見ヒカリはカードショップ“大樹”に来ていた。

 

今日は期末考査の終了日だったため、12時には下校できた……上にヴァンガードの新たなブースター…“ネオンメサイア”の発売日だった。

 

 

「まぁ……私は買わないけどね…」

 

私は青葉クンのパック開封作業を手伝っている。

 

「俺もかげろう以外は要らないけどな」

 

そんなことを話しつつひたすらパックを剥いて、クラン別に分けていくのだった。

 

「煉獄の踊り子…エウラリア……はかげろうっと」

 

「煉獄の化身 サー…煉獄戦鬼 マナサー……名前だけ聞くと似てるなぁ…」

 

開封作業もしばらくすると会話が無くなっていく。

 

(…煉獄竜騎士 サッタール…クインテットウォールか……どうすっかな…)

 

(定めの解放者…アグロヴァル……神沢クンが使いそうだな…)

 

私が一箱…青葉クンが一箱分開封した所でパックが無くなる。

 

「今回は2箱?」

 

「まあな」

 

私は開封した内の“かげろう”分を青葉クンに渡す…いや、全部青葉クンの物なんだけどね。

 

「まぁ…残りはシングルで揃えばいいか、ここはカードショップなんだしな」

 

「目当ての物はあった?」

 

「ああ!」

 

そう言って青葉クンは一枚のカードを見せる。

 

「……“煉獄竜騎士 タラーエフ”?」

 

同じ縦列の相手のリアガードが退却された時、あなたのヴァンガードが双闘しているなら、そのターン中パワー+5000……か。

 

「5000上がるのはいいね」

 

力isパワーという奴だ。

 

「いいだろ?…こいつをレギオンリーダーと一緒にデッキに入れようと思うんだ」

 

「へぇ…そう」

 

青葉クンの話を何となく聞きつつ私は店内のシングルカードを見つめる。

 

大きなガラスケースには騎士王降臨から最新のネオンメサイアまでのカード…RRRとRRのカードが並べられていた。

 

「このカードは…」

 

私はケースに顔を近づける。

 

ネオンメサイアのカードには懐かしい名前を持ったカードがいた。

 

「光源の探索者…“アルフレッド”・エクシヴ…先導アイチ君の使うユニットさ」

 

「この声…」

 

私が振り向いた先にいたのは、Tシャツ短パンでショートカットの少女。

 

「ユズキ…」

 

私の友達…黒川ユズキさんだった。

 

 

 

* * * * *

 

 

 

「君は…B組の青葉君か」

 

「そういうあなたはA組の黒川さんだな」

 

私たち3人はテーブルに座って、話をしていた。

 

あまり面識の無い青葉君とユズキは微妙な空気だけどね……

 

「そう言えば…ユズキってVFGPに出るの?」

 

「ああ!戦えるといいな!」

 

「そうだ…チーム名は?」

 

「……誘惑の果実と書いてラヴァーズ・メモリーと読む」

 

「それは……」「…すごいな」

 

 

ある意味センスの光るネーミングだ。

 

……うちの“シックザール”も同じような物…かな?

 

「黒川さんが考えたのか?」

 

「まさか…考えたのは仲間の一人だ」

 

「そうなのか」

 

「…………」

 

「…………」

 

((こいつ…口調が被るんだが…))

 

青葉クンとユズキが無言の睨み合いを始める。

 

何だか空気も悪くなってきた気がする。

 

とりあえず…何か話題がないと…えっと…

 

「え、えっと…ユズキは…ネオンメサイア買った?」

 

「ん?…2ボックス程度だがな…今回はあまり欲しいカードも無かったし」

 

ユズキはそう言うと開封済みのブースターの箱を見せる。

 

「まぁ…俺もかげろう目当ての二ボックスだったしな…」

 

青葉クンの横にも空のボックスが二つ。

 

……あ、そうだ。

 

私はいいことを思いつく。

 

「……二人のいらないカード…交換すればいいんじゃないかな……?」

 

「……」

 

「……」

 

場を沈黙が支配する。

 

「まぁ…私はR以下ならいいが」

 

「……俺もR以下なら…」

 

こうして、微妙な空気の中、カードの交換が行われるのだった。

 

「と、いうか私のかげろうのR以下は青葉君にあげるさ」

 

「……いいのか?」

 

……交換では無く、譲渡になってしまった。

 

「…どうして?」

 

「どうしても何も…このブースター…劇場版のアイチ君のパッケージで、さもロイヤルパラディンが沢山入っていそうな雰囲気だが、実際には5種類しか収録されていないんだ…つまり交換してもらうほど欲しいカードが無い」

 

「5…種類……」

 

5種類のために二ボックスか……

 

「アルフレッドは自力で入手したかったし、レギオンレアも狙いたかったからな…少しだけ買うことにしたんだ」

 

そんなユズキはデッキにケースから、スリーブに入れられた2枚のカードを取り出す。

 

「それ……」

 

正しく…光源の探索者 アルフレッド・エクシヴとブラスター・ブレード・探索者のレギオンレアセットであった。

 

「おかげで手に入ったよ」

 

「凄いな…」

 

私と青葉クンはユズキを見つめる。

 

二ボックスでレギオンレアとはなかなかの強運の持ち主だ。

 

「でも……かげろう…貰っていいのか?」

「ああ、使える人間が持っていた方がカードも喜ぶだろう?……それに、君が弱いとヒカリ達は私達と戦う前に負けてしまうかもしれないからな」

 

「……ありがたく貰っておくよ」

 

青葉クンはそう言ってユズキからカードを受けとる。

 

これで青葉クンの手元にはタラーエフが4枚揃った。

 

「後はデッキ構築だな」

 

「ふむ…レギオン特化のデッキは早い段階でドロップゾーンを溜めることを頭に入れるといいんじゃないか」

 

「ドロップゾーン…か」

レギオン特化デッキか……思えばシャドウパラディンはドロップゾーンを早い段階で溜めるのは苦手かな。

前に青葉クンに借りたデッキは“そういうカード”が入ってたよね……

 

…そうだよ、かげろうにあってシャドウパラディンに無いカード……

 

 

「カラミティタワー・ワイバーンとかか?」

 

「わかってるじゃないか」

 

「…………“ダンシング・カットラス互換”…」

 

登場時にソウルブラスト2で1枚ドローするというカード…レギオンが登場して大きく評価が上がった種類のカードだ。

 

…シャドウパラディンにはそれが無い。

 

レイジングフォームやAbyss、モルドレッド等有能なカードを多く持つシャドウパラディンだったが、“序盤にソウルブラスト”できるカードが少なかった。

 

勿論序盤にドロップゾーンを増やす方法はソウルブラストだけでは無い。

 

レギオンの登場で大きく評価が変わったカードとして最も有名な“クインテットウォール(…CBを使い、山札の上から5枚をガーディアンに使う…)”がある。

 

……が、クインテットウォールのコスト…“CB1”というのがシャドウパラディンにとって辛い点であった。

 

シャドウパラディンはCBを回復できるカードがとても少ない上にCBを使うカードが多い。

 

それは、シャドウパラディンのエースカードの1枚…レイジングフォーム・ドラゴンの利点が“CBを消費しないこと”だとよく言われるほどに…だ。

 

要するに…シャドウパラディンは“最速レギオン”しにくいクランなのである。

 

 

「はぁ……」

 

「「どうした?ヒカリ」」

 

二人の声がハモる。

 

「真似するなよ」「そっちこそ」

 

そして、話題は青葉クンのことへと移っていった。

 

「…見たところ、青葉君はヴァンガードを始めて日が浅いようだが」

 

「まぁ正直カードショップの空気にもまだ慣れないな」

 

青葉クンは周りを見回して言う。

 

「それは…理解できるな」

 

「あ、でも“アスタリア”は良かった」

 

「それは……ありがと」

何となくお礼を言ってしまった。

 

私が通っていたあの店は春風さんのお母さんが経営しており、そのコンセプトは“どんな人でも気軽に入れるように”であるのだ。

 

「というか、むしろ喫茶店だよな」

 

「…まあね」

 

確かに一見しただけでは喫茶店だと思ってしまうような外観と内装をしている。

 

「そう言えば、青葉君はここの店長の弟なのか?」

 

「ああ、ずっと自宅警備員だった兄貴がカードショップを始めるって言った時は驚いたもんさ」

 

その後のことは知っている。

 

「それで、青葉クンはカードゲームに興味を持って…お兄さんにヴァンガードを教えてもらったんだよね」

 

「まあな」

 

青葉クンの“シャドウパラディン”と“なるかみ”のデッキはお兄さんから貰った物だった筈だ。

「でも、あの時、ヒカリと戦って無かったら確実に飽きていたような気がする」

 

あの日、あの時……梅雨明けの季節…青葉クンに誘われて、私は再びヴァンガードのデッキを手に取った。

 

再会の日にして、再開の日。

 

 

「私も…あの時、青葉クンがパフェを奢ってくれなかったら……ヴァンガードを辞めたままだった……ありがとね」

 

モルドレッドやドラグルーラーにも会えなかっただろう。

 

「こちらこそ」

 

 

「……パフェ?奢る?」

 

そんな私たちをユズキが不思議そうに見つめていた。

 

 

 

 

* * * * *

 

 

 

 

「俺はさ…ヒカリと戦って…それが縁でリーダーやジュリアンに会えた……もしこの出会いが無かったら…俺はVFGPなんて出てなかったと思う」

 

「……」

 

私は……静かに青葉クンの話を聞く。

 

 

「俺は初心者だ……そんな俺がヒカリ達とVFGPに出るなんて……今でも信じられない」

 

「……」

 

「正直…どういう気持ちでVFGPに望めばいいのかわからなかったんだ」

 

 

それは過去形の言葉だった。

 

店の中は静かで青葉クンの声だけが耳の奥を打つ。

 

 

「でも…さ、ヒカリ達に会えて俺は……ヴァンガードが好きになったんだと思う」

 

 

「……青葉クン」

 

 

「初心者の言う言葉じゃ無いかもしれないけど…俺は、俺の今の実力を試してみたい……色んな奴と戦って見たいって……そう思えるんだ」

 

 

「いいじゃないか」

 

 

ずっと黙っていたユズキが口を開く。

 

「単純で、真っ直ぐで…ヴァンガードファイターの戦う理由としては十分だ」

「……うん…私も、そう思うよ」

 

 

青葉クンの思いはきっとヴァンガードファイターの…いや、カードゲーマーの誰もが思っていることだろう。

青葉クンもすっかりヴァンガードファイターということだ。

 

 

「二人とも…」

ユズキが立ち上がる。

 

「さて、こういう話は終わりにして、ちょっと運試しでもしてみるかな」

 

「……運試し?」

 

「そう、運試し」

 

ユズキはそう言うと、ネオンメサイアを一パック手に取る。

 

「じゃ、俺も」

 

「え……じゃ、じゃあ私も」

 

私たち三人はネオンメサイアを一パックずつ手に取るとレジに並んだ。

 

「ま、運試しというか、元担ぎかもな」

 

「……運、吸いとられねぇよな?」

 

「吸いとられるのは…困るね」

 

青葉クンのお兄さんにお金を渡して、私たち三人は同時にパックを開封することにした。

 

「……緊張する」

 

「「…行くぞ」」

 

三人の指が先導アイチと櫂トシキが一緒に描かれたパッケージを裂いていく。

 

…………!?

 

「……沈黙の星輝兵 ディトラン……か、俺は」

 

 

「私はRRが出たぞ、星輝兵 ソードヴァイパー」

 

そして二人は同時に私の方を見る。

 

「「で、ヒカリは?」」

 

 

……私は引いてしまった“それ”を恐る恐る見せる。

 

「何か……出ちゃった」

 

 

裏面が銀色のヴァンガードカード…それはかつて私が惑星クレイで手にした物とよく似ていた。

 

ーーそして、世界は生まれ変わる。

 

あの暗闇の中で私を導いてくれた光。

 

「こいつ…は?俺のヌーベルと同じ…グレード4?」

 

「……凄いものを引き当てたな…ヒカリ」

 

メインデッキに入れることができない……と謎のテキストを持ったユニット。

 

 

「……ハーモニクス………メサイア」

 

 

それはこのパックにはSPでしか封入されていない…希少なカード。

正直、こんなカードが当たると思ってなくて…若干腰が…抜けた。

 

 

「「ヒカリ……運…使い果たしちゃったんだな」」

 

 

「…嘘っ!?ここで!?」

 

動揺を隠しきれない私は、ひたすら頭を抱えるのであった。

 

 

 

 

 

* * * * *

 

 

 

 

 

そして数日後……9月の大型連休がやってくる。

 

VFGPがついに始まるのだ。

 

天乃原さん達との待ち合わせのために早起きした私は、テーブルの上に置かれた“ハーモニクス・メサイア”を見つめる。

 

「あなたほどのカードなら……お守りになってくれるかな?」

 

私は丁寧にスリーブを重ねたメサイアを小型のカードケースに入れた。

 

あの時とは違う…ただの、ごく普通のカードだけれども……

 

きっと私の運の全てが詰まっているであろうそのカードを、カードケースを、私は荷物に入れる。

 

“勝負服”を纏った私が家の扉を開ける。

 

 

 

 

 

「……行こう…戦いが始まる」

 

 

……なんてね。

 


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