君はヴァンガード   作:風寺ミドリ

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057 未来への招待状

私、深見ヒカリと青葉クン、舞原クン、ユズキの四人は私の通っていた中学校にやって来た。

 

 

 

「お待ちしていました、深見さん」

 

 

「そんな…こちらこそ今回は招待して下さりありがとうございます…友達もいっしょなんですが…」

 

 

「いえいえ…深見さんのお友だちなら我々も大歓迎ですよ」

 

 

 

私と校長の会話を眺めていた三人が不思議そうにこちらを見ている。

 

(変な会話っすね…)

 

(校長と卒業生の会話か…?)

 

(…いつものパターンとは少し違うな…親衛隊では無いのか)

 

 

「……」

 

 

三人が何を考えているのは分からないが、私はそれを気にせず学校の中へと足を進めた。

 

 

 

三人と校長も後ろから付いてくる。

 

 

「ん……?」

 

 

校庭に模擬店が並ぶ。

 

 

「何か想像と違うな」

 

 

 

しばらく進んでから初めにそう言ったのはユズキだった。

 

「そうっすか?」

 

 

私と校長以外の三人が辺りを見回す。

 

 

しばらくして、違和感の原因を突き止めたのは青葉クンだった。

 

 

 

「一般開放で食べ物屋もあるのか……」

 

 

 

そう、ここでは今、全国の中学校の文化祭で少なくなっている一般開放かつ飲食物の模擬店が開かれているのだ。

 

 

 

「関係各所のGOサイン…貰えたんですね」

 

「はい…この一年の成果です」

 

 

 

本来ならば昨年、私がここにいた頃に企画したものだったが、まだその時点ではここの悪評は有名であり、周辺住民からの反対も多かったのだ。

 

 

「こうして…実際にこの光景を見る日が来るなんて…ね」

 

この企画の最大の狙いは“この中学校が生まれ変わったことを内外にアピールする”ためだ。

 

これでより地域に密着し、連携のとれる学校となるだろう。

 

 

 

私たち五人は校舎の中に入る…学校の中は活気に満ち溢れていた。

 

 

 

「では、私は仕事がありますので…」

 

「うん…頑張って下さい」

 

 

 

校長は私に学校祭のパンフレットを渡すと、立ち去っていった。

 

 

私はそのパンフレットを見つめる…どこから見て回ろうか……

 

 

「とにかく……行こうか」

「ああ」

 

「そうだな」

 

「そうっすね」

 

 

 

 

私たちは廊下を歩き始めるのであった。

 

 

 

 

 

* * * * *

 

 

 

 

 

「しかし、一般開放なんてして変態とか入ってくるんじゃないか?」

 

 

 

そんなどうしようも無いことを青葉クンは…

 

世の中そんなに変態が溢れてるとは考えたくないけどね……

 

 

「大丈夫…昨年からいる先生方にはある程度格闘術を覚えてもらったから…変な人がいてもすぐ取り押さえられるよ」

 

 

「今さらっすけど、ヒカリさんこの学校で一体何してたんすか?」

 

 

舞原クンの呟きを無視して先に進む……色々あったんだ……色々ね。

 

 

「あ……メイド喫茶だって」

 

 

「…あっちにもあったぞ」

 

 

「…この向こうにもあるね…入ってみようか?」

 

 

「……メイド喫茶多いな」

 

 

 

「素晴らしいことだ」

 

メイドを志す若者が多いと言うのは喜ばしいことだ…とユズキは続けた。

 

前々から感じていたがユズキには変な性癖があるようで、以前女の子のスカートがめくれそうになった時、一瞬だが狩人の目になっていた。

 

 

まぁ……ユズキの性癖はともかく。

 

確かにメイド喫茶が多い…三クラスに一つはメイド喫茶を開いているのだ。

 

 

 

「とにかく一軒…行ってみよう」

 

 

そのためにここまでやって来た…いや、メイドを見に来た訳では無いけど。

 

 

 

私たちはその中の一つの教室…2-1組“メイド喫茶”へと入っていった。

 

 

そして……

 

 

 

「ようこそ♪……いらっ……」

 

「…………」

 

 

 

出迎えてくれたメイドさんと目が合う。

 

 

 

 

「……」

 

 

私は言葉を失う。

 

 

「…………」

 

 

そのメイド…金髪のメイドも言葉を失う。

 

 

 

 

「「「…………」」」

 

 

後ろの三人も言葉を失う。

 

数分が経った。

 

 

 

それは少女ではない少年だった。

 

 

 

どこかで見た金髪の少年がそこにいた。

 

 

 

メイド服を着て、そこにいた。

 

 

 

「か、神沢クン……?」

 

 

「…………何だ」

 

 

場を支配する思い空気の中、口を開いたのはユズキだった。

 

 

 

「男の娘……か……私的には…アリだぞ」

 

「何がだ!?」

 

 

 

 

神沢クンは女装が趣味…?

 

これで他に女装男子がいるのならば“ああ…こういう企画か”ということで済むが、残りの店員(メイド)は全員女子であることを見るにやはり…本気?

 

 

 

「趣味でやってる訳じゃないぞ…」

 

 

そう言った神沢クンの目は真剣だった。

 

 

 

「あ…うん、分かった」

 

 

 

とは言え…驚きはそれだけではない。

 

「神沢クンってここの生徒だったんだね…」

 

 

「…そう言うあんたらはどうしてここに?」

 

 

「あー…私、昨年までここに通ってたんだ…」

 

 

 

その言葉に神沢クンが驚く。

 

 

 

「……先輩だったのか」

 

 

 

 

私たちは神沢クンに案内されて、テーブルに座る。

 

 

ふと教室に貼られているポスターが目に入った。

 

 

 

……“メイドさんと撮影=1回200円”…

 

 

……こんな店でいいんだろうか、色んな意味で。

 

 

「……というか今日はゴスロリじゃないんだな」

 

神沢クンがたわけたことを言い出す。

 

 

「私…そんなにゴスロリ着てるイメージある!?…夏休みに会った時は普段着だったよね!?」

 

 

「そう…だったか?」

 

 

 

あれ…水着だったか…その後お風呂入ってからはホテルの浴衣で…あれ?私服でいた時間少ない……?

 

 

……これでは何も言い返せない…初対面の時もゴスロリだったし、第一印象って大事だね…だけど!

 

 

 

 

「普段は普通に普段着だよ…神沢クンと違って」

 

 

「はっはっはっ…趣味じゃないって言ったろ?」

 

 

 

私と神沢クンの間に火花が散る。

 

 

その様子を他の三人は面白そうに眺めていた。

 

 

 

 

「……で、その先輩は何の用事でここに来たんだ?」

 

 

「あー…ちょっと学祭のヒントを貰いに…ね」

 

 

「パクる気か…」

 

 

神沢クンが呆れたような目でこちらを見てくる。

 

 

 

「いや……“ここ”(メイド喫茶)は無いよ」

 

 

 

私は真顔できっぱりと言い切る。

 

 

別にメイド服はそれなりに恥ずかしいな…とかそう言うことでは無い。

 

 

ここの教室の装飾は恐ろしいほどに凝られている…それこそ一瞬自分が中世のお城にタイムスリップしたかのような錯覚を覚えるほどだ。(この感想が正しいかは分からないけど)

 

 

……最も、それ以上に神沢クンの異様に似合ったメイド服姿の方がインパクトが大きかったんだけどね。

 

 

 

とにかく、こんな素晴らしいものを見せられては真似する気も起きないというものだ。

 

 

 

 

そして私は改めて神沢クンを見つめ直す。

 

 

「……神沢クンってそういうキャラだったっけ」

 

 

「…文句が言いたいのは俺の方だ……」

 

 

 

その時、物陰から一人の少女が飛び出してきた。

 

 

 

「ご、ごめんなさいラシン君……私が無理を言ったせいで……」

 

「カミナさん…いいんだ…もう過ぎたことだ…」

 

 

「げ、現在進行形だよぉ…………」

 

 

 

何かコントのような会話が始まった。

 

 

…………まぁ…ここはもういいか。

 

 

「そろそろ次…行こう…ね?」

 

「そうだな」

 

「うむ」

 

「そうっすね」

 

 

 

すると、席を立った私たちを神沢クンが引き止めた。

 

 

「いやいや……もう少しゆっくりしていってくれ…さぁ…どうぞどうぞ」

 

 

 

引き止め方がやけに強い。

 

 

 

「…何で?」

 

 

「いや……先輩たちが来てからどんどん客が増えているんだ」

 

 

……私は招き猫じゃないよ!?

 

 

 

 

 

 

 

 

* * * * *

 

 

 

 

 

 

 

……私たちは人混みを掻き分けて進む。

 

 

「……で」

 

 

「何だ先輩」

 

 

「ついてくるんだ…」

 

 

 

 

私たちの側には、普通に制服姿の神沢クンがいた。

 

良かった…男物の制服だ……少し安心した。

 

 

「ま…ちょうどステージは見に行こうと思ってたしな」

 

 

 

 

そう…私たちが次に向かうのは体育館……そこで行われているというステージ発表を見に行くのだ。

 

 

 

 

「ステージで今、何をやっているのか知ってる?神沢クン」

 

「確か今は一年のクラスがジャグリングをやってるらしいぞ、先輩」

ジャグリングか…生で見たことは無いなぁ…

 

 

「しかし大丈夫なんすか?」

 

 

 

舞原クンが疑問を述べる。

 

 

 

「教室とステージを同時にやっても客は来ないんじゃないっすか?」

 

 

「ああ…今日ステージで発表しているのは自由参加のグループだな…クラス単位で行われるのは明日の予定だ」

 

 

明日は……普通に私たちも学校があるから来られない…ね。

 

「まあ今ステージに出ているような奴はやる気があって出てるんだ、それなりに完成度の高い物が見られるだろうさ」

 

 

そんな風に会話をしている内に、体育館の前までたどり着いた。

 

 

 

「ここが体育館か……」

 

 

「じゃあ…開けるよ」

 

 

 

扉を開けると、猛烈な熱気が私たちを包み込んだ。

 

 

 

中に電気はついておらず、三台のスポットライトがステージを照らしている……そこでは一人の少女が見事な歌声を披露していた。

 

 

 

 

「……ジャグリング……」「じゃないっすね」

 

 

「すまない…終わっていたようだ」

 

 

 

 

演目は次のカラオケ大会に移っていたらしく、他のクラスの子から推薦されてステージに登ったらしき女の子が歌っていた。

 

 

 

「へぇ…なかなか良い歌声だな」

 

 

「姉貴が好きそうな声質だ」

 

 

姉貴……エンちゃんこと葉月ユカリ…今をときめくトップアイドルの弟がそう言うのならば素養はあるのだろう……

 

 

エンちゃんなら今呼べば来てくれそうだな…等と思ったが、彼女は“ワールドツアー”の最中で今は海外にいるのであった。

 

 

私は今朝エンちゃんから“ニューヨークに着いた”といった主旨のメールを受け取ったことを思い出した。

 

 

 

 

「でも……あの娘、本当に綺麗な声……」

 

 

 

その少女が歌っていたのは葉月ユカリの代表曲…“愛は隣に”……

 

 

「オリジナルと遜色無いんじゃないっすか?」

 

 

「ううん…違う…でも、だからこそ“葉月ユカリ”とは異なる魅力があるんだ…」

 

 

 

会場にいた他の人達も、その歌に、その声に聞き惚れていたのか歌が終わってもしんと静まり返ったままであった。

 

 

「あの娘……知ってる?」

 

 

私は神沢クンに聞いた。

 

 

「名字だけはな……確か“冥加さん”…一度だけ話をしたことがある」

 

 

 

「冥加…さん……」

 

 

 

私は静まり返った会場で、一人…拍手を打つ。

 

 

 

 

 

……素晴らしい歌声だった。

 

 

 

 

やがて神沢クンや青葉クンも拍手を始め、その波は会場全体へと伝わっていった。

 

 

この会場にいる全ての人間が彼女を誉め称えていた。

 

 

 

彼女の歌は、声は、この場の人間を一つにしたのだ。

 

 

 

「……で、どんな子なの?」

 

 

「そうだな……俺の兄さんみたいな感じ…かな」

 

 

神沢クンのお兄さんというと…神沢コハクさん…

 

 

「…ちょっとSってことっすか?」

 

舞原クンが呟く…それは失礼じゃないかな?

 

 

 

 

 

「誰がちょっとSだって?僕はドSだよ?」

 

 

「「「!?」」」

 

 

 

その言葉に私たちは驚き、振り返った。

 

 

「やあ」

 

 

そこにいたのは神沢コハクさん、その人であった。

 

 

……ここにいるということは中学生……?

 

 

いつだったか聞いてはいたけど……本当に私より年下だったんだ…コハクさんの独特な雰囲気に呑まれていたのかもしれない……あれ?何でコハクさんは私の年齢を……この学校で一度会って……?

 

 

 

私の中で疑問が生まれる中、冥加さんはステージから降りていった。

 

 

 

「それにしても…このまま妹さんも出てくるとか……あるのかな?」

 

 

「「いや、マリは小学生だからここにはいない」」

 

 

神沢兄弟の声がハモる。

 

 

「……小学生だったんだ」

 

 

…………あのスタイルで小学生か…

 

…恐れ入るね。

 

 

 

 

「で、何の話をしていたのかな?」

 

 

 

 

コハクさんが話を戻してくれる。

 

そうだ、冥加さんについてだ。

 

 

「ああ……兄さんと似てるんだよな……」

 

 

 

神沢クンが既に冥加さんのいないステージを見つめている。

 

 

 

 

「神に愛されてるって雰囲気が……さ」

 

 

 

 

 

* * * * *

 

 

 

 

 

 

「で……だ」

 

 

 

人の少ない喫茶店(模擬店)で私たちは休んでいる。

 

青葉クンが口を開いた。

 

 

「このままだとうちのクラスは“メイド喫茶”と“ステージでヒカリがジャグリングしながら歌う”ってことになるんじゃないか?」

 

 

「何で!?」

 

 

何かな!?その恥ずかしい状態!?

 

 

「いや…今日見たものを纏めると…な」

 

 

「そうだな」

 

 

「そうっすね」

 

 

 

「え……えええー……」

 

結局のところ、私たちの“学校祭で何をするのか決める”という目的は果たされていなかった。

 

「メイド喫茶で良いんじゃないか?」

 

 

神沢クンまで……余計なことを。

 

 

 

「うちのクラスのメンバーも張り切るだろ(無駄に)」

 

「ええ…だって私、接客より闇討ちの方が向いてるし……」

 

 

 

「闇討ちはしなくていいと思うぞ?」

 

 

うん、ユズキ、今のは冗談なんだ。

 

真面目にとられると私が恥ずかしくなるよ……

 

 

 

「でもまぁ皆、悩んだあげくに喫茶店とか無難なところに落ち着くものだよ」

 

 

 

コハクさん……そんなこと言われると考える気が無くなりますから……

 

「…なら……そう言うコハクさんのクラスは何をやってるんですか?」

 

 

 

「え?回転菓子」

 

「「「回転菓子?」」」

 

 

 

何だろうその聞き慣れない単語は。

 

 

 

「それって…お菓子がお寿司見たいに…回ってるんですか?」

 

 

「そうだよ」

 

 

 

「機械とか用意するんすか?」

 

 

「しないよ」

 

 

 

 

……え?……ならどうやって……

 

 

 

 

「人力」

 

「「「人力!?」」」

 

 

 

……それは駄目かな…

 

 

 

「本当はステージの方が問題なんだよな……」

 

 

 

私はお店の人にジュースを頼む。

そして、青葉クンの言葉に同意した。

 

 

 

「……そうだね」

 

 

私がジュースを受けとると何故かプリンもついてきた…どうやら発注をミスして大量に余っているらしい。

 

 

 

「映像を使うのはどうだ?巻き戻し動画とか」

 

 

神沢クンがまともな意見をくれる。

 

 

 

「動画か…」

 

 

 

「いっそのこと劇なんてのはどうだ?ほら、ヴァンガードのアニメのリンクジョーカー編でアイチ君がユニットの劇をやってたみたいにさ」

 

 

「なるほど……いいっすね」

 

 

ユズキが私の知らない話を持ち出す。

 

 

「そんな話があるんだ……でも…うーん…」

 

 

でも…劇…ヴァンガード……劇………

 

 

「何なら私が主役を引き受けてもいい」

 

 

「黒川さん別のクラスだろ……」

 

 

「ひどい!青葉君は私を仲間外れにするのだな!」

 

 

「違うっての!!」

 

 

 

青葉クンとユズキのことは置いておいて、私も考える……劇…か。

 

 

 

 

「劇はいいけど…ヴァンガードものは駄目だね…」

 

 

 

「何でっすか?」

 

 

 

 

 

 

 

「いや…カードゲームって何か……引くもん」

 

 

 

 

 

ついどうしようもないことを言ってしまった。

 

 

「それ……ここで言っちゃうんすか」

 

 

 

むしろ今の私の発言に舞原クンが引いていた。

 

 

 

 

 

「ヴァンガだって言わなきゃいいだろ?先輩」

 

「うんうん、僕も劇が良いと思う」

 

 

神沢兄弟が頷く。

 

 

 

「もう劇でいいだろ」

 

 

「劇だな」

 

えー……あー…うーん……

 

 

 

 

「劇で……いっか」

 

 

 

 

 

こうして何となく、学校祭の出し物が決まった。

 

 

 

 

 

* * * * *

 

 

 

 

 

 

 

北宮中の文化祭…一日目が終わろうとしていた。

 

私たちは玄関を出る。

 

 

 

「なかなか楽しかったよ、案内してくれてありがと…神沢クン」

 

 

「何……これくらい造作もないさ、先輩」

 

 

 

 

そして私は今度神沢クンに会った時に言おうと思っていたことを言う。

 

 

「今度…ヴァンガードのリベンジはするから」

 

 

「ああ、何時でも来い…」

 

 

 

 

私と神沢クンは拳と拳を合わせた。

 

 

 

「いいね…青春だねぇ」

 

「それもスポ魂系っすね」

 

 

コハクさんと舞原クンが呟いた。

 

 

しっかり聞こえている…悪いね、ラブロマンスな青春じゃなくて。

 

 

 

「ああ…思い出した」

 

「…?」

 

 

神沢クンが不意にそう言った。

 

「前に…冥加さんに言われたんだ……」

 

 

 

 

ーー神沢先輩…機械的に流れていく時間をクロノス…人間が感じている時間をカイロスと言うんですよ。

 

 

 

ーーカイロス時間を大切にしないと…人生、あっという間に終わっちゃいますよ……だから

 

 

 

 

「……ーー輝いた未来を目指してしっかり青春しましょうよ”…って」

 

 

 

「変な娘っすね……」

 

 

 

 

クロノスとカイロスか…私は彼女の意図を理解した。

 

 

 

 

「それって…“今を楽しめよ”ってことだよね…」

 

 

「……“今”?」

 

 

神沢クンが首を傾げる。

 

 

 

「そう…人間が知覚できる時間はカイロス時間…すなわち“今”だけなんだ…冥加さんはどうしてその言葉を?」

 

 

「さぁ…体育祭の時だったな……あの時俺は体育館の隅で鶴を折っていたんだが……」

 

 

 

「どういう状況だよ……そりゃ遠回しにそんなことを言いたくもなるぞ…」

 

 

「私が言うのもあれだけど……もしかして神沢クン…友達少ない?」

 

 

 

 

「……何の話だ」

 

 

 

 

そもそも中学生で何で金髪だから人が寄り付かない…いや、何で金髪が許されているんだ。

 

 

「神沢クンもコハクさんも…よく金髪で怒られませんね」

 

 

 

「「これでも学年トップだから」」

 

 

……そういえば卒業前に学年成績トップの人にはある程度の“自由と権利”が与えられるようにしたんだった……私が。

 

 

「でも……金髪だから人が寄り付かないんじゃ…」

 

 

「う……」

 

 

 

明るい髪色をしていても根がチャラい訳じゃないからな……神沢クン…怖がられる一方じゃないかな。

 

 

「冥加さんは神沢クンに気を使ったんだね…“そんなところで過ごしていると、あっという間に歳を取って死んじゃうぞ”って……」

 

 

「中二っぽくて話しにくそうな風貌っすからね…レベルを合わせて話をしてくれたんすね」

 

 

「おいボッ…とは言いにくいもんな」

 

 

 

 

青葉クン、それは私にもダメージがあるよ…

 

 

 

「あんたら……俺に何の怨みが…」

「ラシン君はボッチじゃありません!!!」

 

 

 

突然やって来た栗色の髪の女の子が、せっかく皆で伏せてきた単語をはっきりと大きな声で叫んだ。

 

 

 

「か、カミナさん……やめ」

「わ、わ、私がいます!!それにラシン君は我がクラスのアイドルなんです!!皆でこっそり愛でてるんです!!」

 

 

 

「ちょっと待ってカミナさん……え?」

 

 

 

 

 

何だろう……こんな感じの空気…私よく知ってる。

 

 

毎週学校で感じてる……

 

 

 

そんなカミナさんとやらを引き金に、周囲にどんどん人が集まってきた。

 

 

そろそろ引き際だろう。

 

 

 

 

「またね…神沢クン、コハクさん」

 

 

周りが煩く、その言葉が届いたかは分からない。

 

 

 

そして。

 

 

 

私たちは北宮中を後にした。

 

 

 

 

駅に向かって歩き出す。

 

 

 

 

「いやー…なかなか楽しかったっすけど…クロノス、カイロス……ねえ」

 

 

「……どうしたの?」

 

 

北宮の町をしばらく歩いたところで、舞原クンが冥加さんの話を思い出していた。

 

 

 

 

「いや……ウルドやベルダンディのように時を司っているなと思っただけっすよ」

 

 

 

「時……ね」

 

 

運命の三女神ノルン……彼女達はそれぞれ時間を司っているんだっけ……

 

 

「私は…ベルダンディ……“今”を司り、能力は自分のドローカードの操作……神沢クンがスクルドで司るのは“未来”……デッキの中を見る力…」

 

 

 

それを聞いた青葉クンが感想を漏らす。

 

「何か合ってるんだな…それぞれ」

 

 

 

「そうだね…コハクさんの力は相手ドローカードの操作…だっけ?」

 

「本人はそう思ってるみたいっすけど、それはたぶん

能力の一端っすね…元スクルドの力の正体は“天運”…自らの未来を切り開く強烈な幸運っすね……」

 

 

 

最も……その能力はほとんど今のコハクさんに残っていない……か。

 

 

 

そして最後のウルドは相手の初期手札の操作……ファイトの始まる前……司るのは“過去”…

 

 

「“力”ねぇ……正直私にはまだまだ眉唾ものだな」

 

ユズキはそう言うと続けた。

 

 

 

「でも、三人や四人も能力者がいるなら……もっといるかも知れないな…そういう奴は」

 

 

「……そうっすね」

 

 

 

能力者……か……こういう話をしていると、ヴァンガードというゲームがどんどん別物になっていく気がしてしまう。

 

 

 

 

「ま、能力のことよりも…これからの商品展開のことの方が俺は知りたいけどな」

 

 

「はは…そうだね……ヴァンガード大戦略発表会……か」

 

私と青葉クン、舞原クンに天乃原さんの四人…チームシックザールはMFSの試遊のためにその会場に呼ばれているのだ。

 

 

 

「今週末……だよね」

 

 

「そうっす…当日はお嬢の家に集合っすよ……いいっすか?」

 

 

「…うん」「問題無いな」

 

 

 

それをユズキは羨ましそうに見ていた。

 

 

「当日はネット上で生放送もあるからな…そこから私も見ているよ」

 

 

 

 

 

その日はもう…目前まで迫っていた。

 

 

 

 

 

 

 

* * * * *

 

 

 

 

 

 

 

 

その日の夕方……神沢ラシンは家に帰ると、ポストにあるハガキが入っていることに気がついた。

 

 

 

「何だ……?」

 

 

 

 

彼はゆっくりとそのハガキを取り出す。

 

 

 

 

 

「…招…待状?……エキジビションマッチ??」

 

 

 

 

 

その日はもう……目前に……

 

 

 

 

 

 

 


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