君はヴァンガード   作:風寺ミドリ

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058 女神降臨

三日月グランドスタジアム…その一室。

 

 

「天は我を祝福し、今日という日は全ての始まりとなる……ああ……素晴らしい……」

 

 

 

「社長……例の方をお連れしました」

 

 

 

「よろしい…時は来た……」

 

 

 

 

社長と呼ばれた女性は窓の外を見つめる。

 

 

 

「変革の……始まりよ……」

 

 

女性の計画が……始まる。

 

 

 

 

* * * * *

 

 

 

 

 

 

10月1日(祝)……天気は快晴。

 

私、深見ヒカリと青葉クン、舞原クン、天乃原さんの四人は天乃原家の執事、近藤さんの運転するリムジンに乗って“三日月グランドスタジアム”に向かっていた。

 

今年度のヴァンガード…クライマックスGP決勝が行われたというその場所で今日、“ヴァンガード大戦略発表会”が開かれる。

 

私たちはその会場に“MFSの試遊”という形で招待されたのだ。

 

 

「本来は……カードショップを経営してる人とかしか来られないんだよ…ね?」

 

「そうね、後は……三日月の関係者くらいじゃないかしら」

 

リムジンが高速道路を駆け抜ける。

 

「さすがに…緊張するよな」

 

「そうっすね…どういう風にMFSの試遊の機会が来るのか……どこも教えてくれないってのも気になるっすね」

 

期待と不安が膨らむ中、私たちは遠方に見える三日月グランドスタジアムを見つめるのだった。

 

 

 

 

 

* * * * *

 

 

 

 

ーーそして、三日月グランドスタジアムへ

 

 

会場に入った私たちは受付の女性に、VFGP優勝時に渡された招待状を見せる。

 

すると、扉の奥から案内係らしき女性がやって来て私たちをスタジアムの中の特設ステージ前まで連れていってくれた。

 

「ここは……」

 

指示されたパイプ椅子に座って周囲を見渡す。

 

スーツを来たおじさんが沢山座っている。

 

特設ステージはスタジアムの中央に位置しているが、その奥のスペースが巨大なカーテンで遮られ、見ることができない。

 

スタジアムの構造からして、その奥には広大なスペースがあるようだけど……?

 

「私たち……どうしたら……」

 

 

とりあえず…発表会が始まるまでここにいた方がいいんだろうけど……

 

 

「なーに…どっしり構えていればいいんすよ……こっちは招待された側なんすから」

 

「ははっそうだな」

 

「えええ……」

 

先行きが分からないのは不安だ…そもそも試遊できるMFSの詳細も知らされてないのだから。

 

 

「一体……どうなるの……?」

 

「まぁ…取って食べられるようなことは無いでしょ」

 

「……当たり前だよ」

 

 

私はポーチの中のデッキケースを確かめる。

 

そして息を抜き、“その時”を待った。

 

 

 

数十分後……突然会場の電気が消えた……

 

そして……スポットライトがステージを照らす。

 

 

 

『それではこれより…株式会社[三日月]による“ヴァンガード大戦略発表会”を始めたいと思います』

 

株式会社…三日月……

 

“ついこの間”ヴァンガードというコンテンツを完全に買収した巨大企業……今までも開発に関わってたんだから、今回のことでヴァンガードが大きく変わることは無いんだろうけど……

 

 

ステージの中央に一人の女性がやってくる。

 

美しい…だけどどこか人間味の欠けた美しさを持った女性だ。

 

 

『皆さま初めまして、社長の“美空”です…この度は…』

 

「「「美空……」」」

 

 

私、青葉クン、舞原クンの三人がその名前を呟いた。

 

 

「美空ツキノ……株式会社[三日月]…そして今、日本を牛耳る“三日月グループ”の新社長ね…」

 

「同じ名字……か」

 

 

同じ名字なんて珍しい物では無い……けど。

今、私の頭の中に浮かんだのは“美空カグヤ”さん…春に出会った美しく、長い黒髪の女性。

 

彼女との問答で私はヴァンガードの楽しさが何かを考えることにしたんだ……

 

あれから、喫茶ふろんてぃあに通っているようだけれど……残念ながらまだ再会出来ていない。

 

ただそれで良いのかもしれない。

 

まだ私ははっきりとした答えが出せずにいる…ヴァンガードの楽しさ、ヴァンガード“だけの”面白さというものが何なのか……

 

 

私が考えを纏めている内に、発表会が進んでいた。

 

 

『秋よりヴァンガードは“ヴァンガードG”として新なスタートを迎えます……つきましては…』

 

その言葉に会場がざわつく。

 

ーーG…ゴッド!?

 

ーー元気のGは……

 

ーー始まりのG!?

 

 

 

……新たなスタート…ついにアニメの主役が交替か…最近はあんまり見てなかったけど。

 

“主役交替”というものは難しい。

 

してもしなくても、失敗につながりやすいからだ。

 

 

何よりもファンが離れる良い機会になってしまうことが問題だろう。

 

かといって最初から前作キャラを出しまくる、途中から前作キャラが主役になる……EDテロップで前作主人公が今の主人公よりも上に表示される……そんなことをしては何の意味も無い……

 

大事なことは新しいキャラ達の魅力を前作からのファンに少しでも見せ、受け入れて貰うことだ。

 

これもバランスが難しく、前作キャラを出して前作ファンが新シリーズを見るきっかけを作ったとしても前作キャラが新キャラを喰ってしまうことが多々ある。

 

そうなると新シリーズが~2だったり~ギャラクシーだったりと続いても前作キャラが出ないのなら見ないなんて事になりかねない。

 

 

 

 

……ま、要約すると“大変だけど頑張って”って感じかな……

 

 

「最近アニメとか見ないからなぁ……大人になったってことかな」

 

「……どうしたヒカリ?」

 

「何でもないよー…」

 

 

元々春風さんの影響だったっけなぁ……

 

 

 

私がそんなことを考えていると、ステージ上方からスクリーンが降りてきて、映像が写し出された。

 

カードゲームアニメらしい、とち狂った髪の主人公とその担当声優が発表される。

 

 

 

ーーなんじゃとて!?

 

ーーあの兄ちゃんか!?

 

ーーいや、レコンギスタだ!?

 

 

「アイチ君がいないならロイパラやゴルパラの強化も打ち止めっすかね?」

 

「いやいや…どうかしらね?」

 

 

『そして、新主人公“新導クロノ”が使うのは新たなクラン……“ギアクロニクル”!!!』

 

 

 

スクリーンに某超ロボット生命体の総司令官風の顔をしたユニットが写し出された。

 

名前は……クロノジェット・ドラゴン…

 

 

「新クランか…面白そうだな」

 

「まーーた新しいクランっすか…いい加減クラン増やすのは止」

 

 

『新トライアルからはパッケージユニット、完全ガードユニットを2枚ずつ収録になります…』

 

 

 

「めぇえええええええ!?まじっすか!?」

 

 

舞原クンが絶叫する、私も驚いてる。

 

 

 

今まではトライアル(笑)や綺麗な箱に入ったシングルカード……のような扱いだった物が、その情報だけでスターター(仮)と言っていい物になるのだ。

 

会場の中からは“何故今まで出来なかった”という声が聞こえるが、やらないよりやった方がいい。

 

これは…すごいな……

 

 

美空社長は周囲の反応を見ながら、口を開いた。

 

 

『他にも今日発表することは残っているのですが……ここで!!我が社の開発した“MFS”をご紹介しましょう!!』

 

 

会場の興奮が冷めないまま、更なる情報が飛び込む。

 

 

「ついに……」

 

「来るっす……」

 

 

係員らしき人が代車に乗せた“それ”を持ってくる。

 

布が被せられ、具体的なことはまだ分からない。

 

 

『お見せしましょう……“MFS”を!!』

 

 

 

布が風に舞い、そのマシンが姿を見せる。

 

 

 

 

「………………え」

 

 

 

 

その時会場にいた全ての人間がこう思っただろう。

 

 

 

 

“しょぼい”と。

 

 

 

 

 

そこに置かれていたのは今流行ってる“カードをスキャンして遊ぶ”よくあるマシンだ。

 

美空社長がマシンの紹介を始める。

 

 

今まで私たちが使っていたカードは使えるらしい。

 

美空社長が熊本県のPRキャラクター“くまもん”のカードをマシンにセットする……マシンの小さな画面にカクカクした3DCGのくまもんが映り、元気に動いていた。

 

どうやら一人でもファイトできるらしい。

 

どうやら全国のファイターと戦えるらしい。

何だろう……この底知れぬガッカリ感は。

 

 

 

周りを見ると…皆同じように微妙な笑顔を浮かべていた。

 

考えていることは同じようだ。

 

 

 

 

 

 

『と、言うわけで余興はここまでです』

 

 

 

……?

 

 

『我が社の開発した新たなMFSはこの程度の物ではありません』

 

 

 

会場にどよめきが起こる……つまり…それは?

 

 

 

『これが我が社のMFSいえ……MFSを超越したシステム…グランド・イメージ・アドバンス・システム……通称……“ギアース”!!!!』

 

 

 

その声と共にスタジアムを仕切っていたカーテンが開かれる。

 

 

 

「これ……は……」

 

 

初めに私たちの目に映ったのは“蒼いパネル”だった…

 

床を埋め尽くす三角形の蒼いパネルが沢山…どうやらプラスチック製じゃない……これは…鉱石?

 

そしてその上に向かうようにして互いに離れて置かれたテーブル…あそこでファイトをするということだろうか……

 

 

 

会場は静まり返っていた……誰もが美空社長の次の言葉を待っている。

 

 

『ヴァンガードGにも登場する“ギアース”というマシンがあり、この名前はそちらから頂きました……さて説明は……実際にファイトを見てもらうのが早いでしょうね』

 

 

……この流れ……まさか……

 

 

『本日招待致しましたVFGP優勝チーム…シックザールと我が社のテストプレイヤーとのギアースを用いたエキジビションマッチを行いたいと思います!!!』

 

 

「……やっぱり」

 

「おいおい…」

 

「そう来たっすか……」

 

「エキジビションマッチね…」

 

 

途中から想定してたけど…今からファイト……か。

 

係員の人がやって来た……でも…対戦相手は?

 

 

 

『では我が社テストプレイヤーをご紹介しましょう…来なさい!!ウルド!!』

 

 

……え…

 

 

「いきなりウルド?…冗談もよして欲しいっすね…」

 

 

会場のどよめきも止まらない…流石にここにいる人は皆“ウルド”や“ノルン”といった存在を知っているのだろう。

 

だけど…まさか本当に?

 

 

『ウルドは最強のファイター……今からそれを証明しましょう…そして、ヴァンガードは“変わる”…その瞬間をお見せしますわ』

 

 

 

会場の奥……つまりスタジアムの反対側から一人……歩いてくる。

 

 

目を引くのはその姿……着物を着ている……冷たい氷の様な水色の着物を。

 

 

月の様な紋様が描かれた着物を着ているのは女性……美しい、長い黒髪を持った女性だった。

 

 

 

 

「そんな……あれは……」

 

 

 

 

そこにいたのは……まさしく……

 

 

 

「「「カグヤ……さん」」」

 

 

 

舞原クンと青葉クンが私にハモる……そう言えば、二人とも一度会っているって…言ってたっけ……

 

 

 

 

『今からチームシックザールの皆さんにはこのギアースを使って一人ずつ彼女とファイトしていただきましょう……誰から負けに来ますか?』

 

 

美空社長の最後の言葉は完全に私たちを挑発している。

 

「どうしよう……相手がカグヤさんなんて…」

 

「私はそのカグヤさんが誰なのか知らないけど…強いの?」

 

「いや…ヴァンガードはしばらくやってないって言ってたよな……春に」

 

「そうっすね……しかし……本当にウルドなんすかね……?ただの企業側の販売戦略的なことっすか??」

 

正直どうすればいいのか分からない。

 

 

 

『あら、チームシックザールはウルドに怯えて戦えないのかしらね……ふふっ』

 

 

 

執拗なまでの挑発が続く……あの社長…何を考えているんだろう……

美空ツキノ……もしかしてカグヤさんのお姉さんだったりするのだろうか……いや、少なくとも無関係では無さそうだ。

 

ここからでは距離があってカグヤさんの表情が見えない。

 

だったら……

 

 

「行こう…とにかくファイトしよう……」

 

 

カードアニメの鉄則に従う…ヴァンガードを通せば何か、…何かが分かるかも知れない。

 

 

 

「そうよ!そのために来たんだから!!」

 

 

 

天乃原さんが言う。

 

そうだ……目的に変わりは無い…変える必要は無い。

 

 

 

「と、なると順番っすね……」

 

 

「……俺が行く」

 

 

青葉クンがデッキを取り出した。

 

 

「青葉クン……?」

 

「正直、この状況はよく分からない…でも俺たちはあのMFS…いやギアースとかいうので遊びに来たんだろ?…深く考える必要は無い………………それに」

「それに……?」

 

 

 

青葉クンがカグヤさんの方を見つめた。

 

 

「彼女が本当に“ウルド”だった時、俺のファイトを見れば皆が対策を講じられるかもしれないからな……俺が駄目でも皆なら…勝てる」

 

 

「青葉クン……」

 

 

「あれだけ挑発してくるってことは全勝する気しか無いってことだ……なら見返してやんないと駄目だろ」

 

 

「…その通りっすね……」

 

 

「ええ…」

 

 

 

「当たって…砕けてくる!!」

 

 

青葉クンがギアースに向かって走り出した。

 

私たちは……それを見守る…それが今私たちがすべきことだ。

 

 

『決まったようね……では一戦目を始めるわ……二人とも、テーブルの中央……ヴァンガードサークルの上にデッキを置きなさい』

 

 

青葉クンとカグヤさんがデッキをテーブルに置く……すると、デッキがテーブルの中に吸い込まれてしまった……これは?

 

『デッキをスキャンします…後はご覧の通り……』

 

 

突然、床に敷かれた蒼いパネル達が輝き始めた。

 

光は天に登る。

そしてテーブルの……本来デッキを置くべき所にデッキが現れた。

 

空へと伸びた光は消えているが、代わりに二人のファイターを立体映像が囲んでいた。

 

『デッキの情報や対戦相手の情報が表示されますわ……二人とも…デッキから手札を引いてみなさい……今回のシャッフルは自分だけで構いません』

 

社長が続ける説明によると、機械によるシャッフルも行えるらしい……けど。

 

「それをしなかったのは……」

 

「ウルドの力を見せつけるため……」

 

 

二人は手札を揃える……

 

 

こちら側からは青葉クンの手札が見えた。

 

「……まさか」

 

全てグレード3……だけどまだ手札交換ができる。

 

青葉クンは手札から4枚のグレード3を山札に戻し、シャッフルする。

 

ちゃんと戻す時、その4枚は離してデッキに戻した…これで次の手札に同じカードが来る確率は下がるだろう。

 

……普通なら。

 

私はカグヤさんの方を見つめた……

 

ここからではその“瞳”はよく見えない…けどカグヤさんの足元のパネルだけが“蒼く”発光していた。

 

何か意味があるのかな…?

 

 

青葉クンが再びドローする……

 

その手札は…

 

 

ドラゴニック・ウォーターフォウル(G3)

 

煉獄竜 ブレイクダウン・ドラゴン(G3)

 

煉獄竜 ブレイクダウン・ドラゴン(G3)

 

煉獄竜 ブレイクダウン・ドラゴン(G3)

 

煉獄竜 ボーテックス・ドラゴニュート(G3)

 

 

俗に言う……手札が最強過ぎる……だ。

 

交換前はボーテックスが3枚だった……これではむしろ悪くなっている気がする……

 

 

 

「こんなの……無理じゃないの……」

 

 

「……青葉クンは言った…見てろって……だからここは、ウルドの力……見せてもらおう……」

 

 

「…………」

 

 

私の力なら恐らくライドはできる……でも実際に目の当たりにすると、あの手札はきついよ…

 

それが起こるのが“ヴァンガード”ではあるのだが、そう滅多に起こるものでは無い。

 

 

「青葉クン……」

 

 

美空社長が微笑みながら宣言する。

 

 

『先行はシックザールから……さぁ…始めましょう…………スタンドアップ!!』

 

 

 

「ヴァンガード!!」「ヴァンガード。」

 

 

二人がファーストヴァンガードにライドする……だけでは無かった。

 

 

中央のパネルが発光し、煉獄竜 ペタルフレア・ドラコキッドと二十日鼠の魔女 コロハが“実際に現れた”のだ。

 

カードイラストを忠実に再現している……すごい。

 

 

ペタルフレアの方は全く動かないが、コロハは会場にいる人間に向かってひらひらと手を振っていた。

 

 

……すごい。

 

 

『二人のファイターの耳元をご覧ください』

 

社長の声で会場の人間は二人の耳にインカムの様な物が取り付けられていることに気がついた。

 

『あの装置はファイトの進行を円滑に進めるためのマイクであるだけでなく、ファイターの脳波を読み取ることでギアースに搭載されたグラフィックを動かすことができるのです………かなり疲れますが』

 

……すごい…これはすごい…でもどうして青葉クンのペタルフレアは動かないのだろうか。

 

青葉クンも首をひねっていた…コツがいるんだろうか……そもそもファイト中にそんな余裕があるのだろうか……?

 

 

『条件が揃えばグラフィック自体の変更も可能です……これがギアース…ヴァンガードに変革をもたらすシステムです』

 

 

ギアース……すごい……

 

「ギアースもすごいっすけど…カグヤさん、ジェネシス使いなんすね……」

 

「ジェネシス……そうか、青葉クンも私もファイト経験の無い……」

 

私たちにできるのは、ファイトを見守ることだけ。

 

 

「いや……でもすごいよ…これ」

 

 

「「ヒカリさん…?」」

 

 

「………………ファイトに集中します」

 

舞原クンと天乃原さんの目が痛かった。

 

 

 

 

* * * * *

 

 

 

 

 

 

「ドロー!!ドラゴニック・ガイアースにライド!」

 

 

俺は辛うじてドローできたパワー6000のユニットにライドし、ターンエンドを告げる。

 

想像以上にきつい…今の俺は無力だった。

 

次のライドができるかも分からないのだから。

 

前を見つめると、ガイアースがこちらを見つめていた……いや、仮面を被っているから何処を見ているのかは分からないが…心配してくれているようだ。

 

……すごいなギアース。

 

そうだな……気持ちまで負けていたら話にならない…今は相手の動きに集中だ!!

 

 

「私のターン……ドロー…凍気の神器 スヴェルにライド、コロハはリアへ…アタックします」

 

 

二人の女性ユニットがガイアースに向かって光の球を発射した……俺の目の前にパワーが表示される。

 

<10000>

 

だが、俺の手札では最初からガードは出来ない……おとなしくノーガードを宣言する。

 

「ドライブチェック……ゲット、ヒール……」

 

元々カードには“チップ”が埋め込まれていたようで、ドライブチェックで登場したカードはトリガーゾーンで読み取られている。

 

それだけではイカサマができそうだが、同時に相手の盤面は周囲の立体映像に映されているため、怪しい動きをすれば、すぐにバレることだろう。

 

俺のダメージゾーンにアガフィア…ヒールトリガーが置かれ、このターンは終了した。

 

 

「…俺のターン…ドロー!!」

 

ここでグレード2が引けなければ俺はライド出来ない。

 

そして俺が引いたのは……

 

 

煉獄竜 バスターレイン・ドラゴン

 

 

クリティカルトリガーだった。

 

「……メインフェイズ、いや…アタックフェイズに入る」

 

 

これがグレード1ならまだ……相手は6000のユニットだ、アタッカーを増やせたと喜べただろうが……

 

 

「ペタルフレアのブースト!!ドラゴニック・ガイアースでヴァンガードにアタック!!」

<11000>

 

ガイアースから力を貰ったペタルフレアが敵陣に突っ込んで行く……ユニットの設定を尊重した結果だろう。

 

「ノーガード」

 

 

俺がドライブチェックで引いたのはボーテックス…手札にグレード3が増えてしまった。

 

「ダメージチェック…真昼の神器 ヘメラ」

 

「ターンエンドだ…」

 

 

ギアースによる派手な演出とは裏腹に、ファイトの展開は大人しい物だった…恐ろしいほどに。

 

「スタンドし、ドロー……運命の神器 ノルンにライド……アタック」

 

「…ノーガード」

 

「ドライブチェック……祓いの神器 シャイニー・エンジェル……トリガー無し」

 

「ダメージチェック……煉獄竜 ランパート・ドラゴン…こちらもトリガー無しだ」

 

「ターンエンド」

 

 

インカムからカグヤさんの無機質な声が響く…こんな感情の無いしゃべり方をする人じゃ無いと思っていたんだがな……

 

 

「俺のターンだ、スタンド、ドロー……!!煉獄竜 ワールウインド・ドラゴンにライド!!」

 

奇跡的にドローできたグレード2……Vとしての能力は無いが、今の俺にとっては十分だった。

 

「さぁ…!!アタックだ!!」

 

ペタルフレアのブーストを受けたワールウインドが火球を作り出す…あれを相手に打ち込むのだろう。

 

「……クインテットウォール」

 

「「!?」」

 

 

早い段階のクインテットウォールにざわめきが起こる…ってレギオンデッキなら普通か。

 

さっき見たヘメラというユニットや今Vとして立っているノルンというユニットにも“レギオンマーク”が刻まれている。

 

……だが、次のターンではまだこちらはグレード2…レギオンは……あれ、出来ない……か。

 

心に余裕ができる。

 

俺は黙ってクインテットウォールの結果を見つめるのだった。

 

 

フィールドには凍気の神器 スヴェルが現れていた、彼女こそ、クインテットウォールのユニットだったのだ。

 

スヴェルがくるくると回る…周囲に魔方陣のような物が生まれ始めた。

 

「クインテットウォール…チェック」

 

運命の神器 ノルン …5000

 

鏡の神器 アクリス (醒) …10000

 

祓いの神器 シャイニー・エンジェル …5000

 

慈悲の神器 エイル (治) …10000

 

オレンジの魔女 バレンシア …5000

 

シールド値合計 35000

 

 

……完全ガードか…

 

 

「…更に林檎の魔女 シードルをガーディアンに」

 

「更にガードを増やしただと……?」

 

「シードルのスキル発動……このシールド達は役目を果たしたとき、私の糧となります」

 

俺はとにかくドライブチェックを行った。

 

登場したのは……バスターレイン・ドラゴン…クリティカルトリガーは全くの役に立たなかった。

 

ガードを終えたユニットはドロップゾーンに置かれ……そしてソウルに置かれた!?

 

「これがシードルのスキル……そしてジェネシスにおける“クインテットウォール”の真髄です」

 

だが、ソウルを溜めて何をする気だ……?

 

「……ターンエンド…」

 

 

ここまで、俺のダメージは2点、そしてカグヤさんが1点……まだ試合は動かない…次の俺のターンからなら手札のグレード3を扱うことができる…厳しいことには変わりはないが…希望は残っている。

 

このターンで勝負はまだ…決まらない!!

 

 

 

 

そう思った俺の耳にカグヤさんの声が聞こえてきた。

 

 

 

 

「完全ガードを持っている確率は……低いですね」

 

 

 

 

何故、この段階でそのことを気にするのか。

 

 

何故、そう思ったのか。

 

 

俺の手札で公開されているのはバスターレインとボーテックス…

 

残りの6枚は非公開……

 

 

……そのうちの五枚は…初期手札のグレード3……それは彼女の能力によるものかもしれない。

 

それを彼女自身が理解していたのなら……?

 

 

いや、しているのだろう。

 

だとすると今、俺が隠すことのできるカードはたったの1枚……

 

俺は手札にある“2枚の”バスターレインを見つめた。

 

まだ6ターン目だ…どうしてこんなに不安になる!?

 

 

 

「私のターン…スタンドし、ドロー」

 

 

カグヤさんのターンが始まる。

 

 

瞬間、カグヤさんの瞳が“蒼く”輝いた気がする……

 

話によれば、それは能力を持った人間とカードとのつながりが強まる瞬間らしい。

 

つまり……何かが……来る。

 

カグヤさんはゆっくりとそのカードを掲げる。

 

 

「……解き放たれしは、終焉をもたらす破滅の閃光」

 

 

そして……ライドする。

 

 

 

 

「ライド…陰陽の神器 ネガ・ケイオポジシス」

 

 

 

見たことの無いユニット……炎と冷気の揺らめくその体は凄まじい力を感じさせる。

 

これが…カグヤさんのユニット…か

 

 

美空社長の言葉が聞こえる。

 

『こちらのユニットは今後、PRカードとして配布する予定です』

 

つまり……全くの、未知のユニットという訳だ。

 

 

 

 

「……一体何をするんだ…?」

 

 

「……ソウルブラスト…6」

 

 

その言葉と共にそのスキルが始まった。

 

 

 

「ケイオポジシスにパワー+10000クリティカル+1」

 

「ソウルから排出されたノルンとアクリスのスキル…パワー+15000、バレンシアのスキル…ソウルチャージ2…シードルとアクリス」

 

「コロハをソウルへ…ケイオポジシスにパワー+3000」

 

 

「もう一度ソウルブラスト…パワー+10000クリティカル+1…そして1ダメージ」

 

 

自分からダメージを受けるスキルか……?

 

 

「ケイオポジシスをコール…スキル発動、CB1…ドロップゾーンからノルン2体とアクリスをソウルへ」

 

「シャイニー・エンジェルをコール…同じくドロップゾーンの神器……エイル、シャイニー、スヴェルをソウルへ」

 

「ケイオポジシスのスキル…三度目の発動……パワー+10000クリティカル+1、ノルンとアクリスのスキル、パワー+20000、そしてダメージ」

 

 

俺の前の画面に情報が表示される……

 

このターンのソウルブラスト量…18

 

そしてネガ・ケイオポジシスのパワーは……

 

 

<79000> <☆4>

 

 

「何だよ…このパワーは……」

 

 

「訓練では6ケタまでのパワー上昇が確認されたユニットです……さぁ、ファイトは終わりです」

 

カグヤさんはそう言って…アタックに入る……

 

 

 

「シャイニー・エンジェルのブースト…ネガ・ケイオポジシスでヴァンガードにアタック」

 

 

俺の目の前で“<86000> <☆4>”という表示が点滅する…こんな物…今の俺には…………

 

 

「……ノーガード」

 

ギアースによって映し出されたネガ・ケイオポジシスが巨大なエネルギーの塊を頭上に掲げる。

 

会場はその光で満ちる…全てを消し去らんとばかりに。

 

 

「ドライブチェック……叡智の神器 アンジェリカ……そしてセカンドチェック……クリティカルトリガー…」

 

ダメージは5点……2枚ヒールトリガーを引かねば敗北になってしまう。

 

ワールウインドが凄まじい輝きの攻撃を受け止める中、俺はダメージチェックを行った。

 

「ダメージチェック…ヒールトリガー…」

 

 

ヒールトリガー……だが、ネガ・ケイオポジシスのスキルでカグヤさんの今のダメージは俺より多い…つまり回復できない……

 

「セカンド、マレイコウ……サード、タラーエフ」

 

 

たった一度の攻撃だった……だがそれがこの試合を終焉に導いた。

 

次が6点目。

 

 

「フォース……アガフィア、ヒールトリガーだ」

 

 

これでダメージ回復……だが、まだダメージチェックは続いている。

「フィフス……煉獄竜 ランパート・ドラゴン……」

 

今度こそ、6点目のダメージだった。

 

「俺の……負けか…」

 

 

ワールウインドが地に伏し、光の中へと消えていく。

 

最後にワールウインドが俺の方を振り返った。

 

その瞳には俺を恨むような色は無く…この結末を受け入れたように……穏やかで……

 

 

 

「くっ…ぅ……ワール…ウインドぉぉぉ!!!」

 

 

 

6点目のダメージを受け、ギアースが表示していたグラフィックが……ユニット達が消えていった。

 

 

 

 

 

 

 

* * * * *

 

 

 

 

 

 

会場は静まり返っている。

 

 

『さぁ…戦いは始まったばかりです……次のファイターは前に出なさい…』

 

社長のアナウンスが流れる。

 

 

 

これが美空カグヤというファイター…

 

これがジェネシス…女神達のクラン…

 

 

 

カグヤさんはおもむろに…数体のユニットをギアーステーブルにセットした。

 

現れたのは…叡智の神器 アンジェリカ…

 

…全知の神器 ミネルヴァ

 

そして智勇の神器 ブリュンヒルデ……

 

 

「お相手しましょう……そして、終わらせます…」

 

 

冷たく言い放つカグヤさんの“蒼い瞳”が私たちを見つめる。

 

アンジェリカやミネルヴァ達と同じ…蒼い瞳…

 

 

「……!!」

 

 

一瞬……カグヤさんの表情が歪んだ。

 

それに気付いたのは……私だけ。

 

私は思わず呟いてしまった。

 

 

「どうして……泣いてるんですか………」

 

 

 

 

 

最後のノルン……ウルド。

 

遂に舞い降りた女神とチームシックザールの戦いが、幕を開けるのだった。

 

 

 

 

 


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