朝が来た。
私は目を擦り、カーテンの隙間から外の様子を伺う。
天気は…快晴。
少し伸びをして、体をほぐした私は着替えや朝食の準備を始める。
私、深見ヒカリがチームシックザールのメンバーと共にカグヤさんとファイトして…もう二週間程経っただろうか。
あれから私はカグヤさんを探そうと、喫茶ふろんてぃあに顔を出したのだが…結局再会することは無かった。
「会ったとして…私は何がしたいんだろ……」
まだぼーっとした頭で考える。
今の私に何が出来る、何が言えるのかは分からない…だけど、今探さなければ二度と会えない…そんな気になってしまうのだ。
私は学校へ行く準備を整える。
そして携帯を開き、メールを確認……
「エンちゃんだ…」
青葉クンのお姉さん…青葉
メールの内容は…丁度イギリスに到着したとのことだった。
彼女は今、アイドルの仕事で海外を回っている…この間はオーストラリアにも行ったそうだ。
私はエンちゃんに応援のメールを返すと、玄関の扉を開ける。
時刻は朝の4時32分……鞄の中には勉強道具は入っていない。
今日は……天台坂高校の学校祭の日なんだ。
* * * * *
天台坂高校……グラウンド。
そこでは私のクラス…1-Bの人たちが劇の練習を始めていた。
ちなみに私は音響係……脚本や配役を青葉クンと広瀬さんに任せた結果だ…2、3日の間二人は学校に残って討論を繰り広げていたことを私は知っている。
まぁ…そのお陰で青葉クンもクラスに多少馴染めたと言っている。
…私は馴染めて無いけどね。
題は《ニンジンの国のキャロリーナ》…その名の通りニンジンのキャロリーナ姫が主人公の話だ。
悪い業者に誘拐されたキャロリーナが悪質な加工を施されそうになり、何とか自分の畑に帰ろうとする…というストーリー……
キャロリーナは委員長の広瀬さん…メガネOFFverが演じてくれる。
「シーン3!!スタート!!」
「私は粗悪品じゃない!!乱暴は止めて!!」
オレンジ色のドレスが非常に可愛らしい…広瀬さんによく似合っている。
「行くわ…私……畑に待っている人がいるから」
「キャロリーナ!!」
学校祭のスタートまで時間がある…この調子なら本番までに120%の完成度が目指せるだろう。
私はぼんやりとキャロリーナの台本を眺める。
ーー長い旅を終え、故郷に帰ったキャロリーナが見たのは畑のあった場所に立つ巨大なマンションだった。
力無く崩れ落ちたキャロリーナを別の業者の人間が拐っていく……最終的にインスタントカレーへと形を変えたキャロリーナは一人の少年の手に渡る。
父親がおらず母親も遅くまで働いているため、幼い少年はいつも一人で食事をしていた。
そんな少年がキャロリーナの封を開ける。
そして……
仕事から帰った母親…少年は既に眠りについている。
何か食べよう…とキッチンに向かった母親が見たのは少年の作ったインスタントカレー…
おしごとがんばって……そう書かれた手紙を胸に、母親はカレーを口にするのだ。
その様子を見たキャロリーナは気づく、こんな姿に変わっても…誰かを暖かな気持ちにすることができるのだと。
母親と共に涙を流すキャロリーナは…ゆっくりと成仏(?)していくのだった。
ーーおしまい。
相手が喜べば自分も嬉しい…とても簡単な話だが、とても大事な話だ。
「嬉しい気持ち…ね」
私はそっと台本を閉じた。
* * * * *
時間は進み…劇の発表の時間が近づいていた。
全クラスのステージの発表が終わった時点で一般のお客さんが入場してくる予定になっているため…私のクラスの人も、何人かが体育館を抜けて、教室の準備を進めている。
結局教室ではドーナツを販売することになった。
今、ステージの上に出る予定の人たちにも差し入れとしてドーナツが届けられている。
「ヒカリ…そっちの準備は?」
青葉クンが最終確認のために走り回っている。
「大丈夫…全部頭に入ってるよ…」
「よし……」
私は青葉クンと共にステージを見上げる。
現在は2-Dが《スターボーズ》という劇をステージで発表している。
私たちの出番はこの後だ。
ちなみに私たちの後は1-Aの《融☆資☆王~デュエルベンチャーズ~》という劇……何とまあイロモノに囲まれてしまったものだ。
「俺たちのも十分イロモノだけどな」
「……まあ…ね」
ステージからは“私がお前の父だぁっ!!”というセリフが聞こえる…もうストーリーも佳境なのだろう。
時々ガシャアッンと嫌な音がするのは、ステージの人たちが振り回すとても長い剣が、天井の照明に当たっているからだ。
「広瀬さん…」
「ふぇっ!?…はいっ!!」
突然話しかけたため、物凄く驚かれてしまった…
「それにみんな…頑張って…!」
広瀬さんは固まったまま動かない。
「……………」
「「「委員長!!」」」
「は、…はい!!この広瀬アイ、ヒカリ様のためなら何百年でもキャロリーナを演じ切って見せます!」
「様は…止めて欲しいかな……」
「…イエス!ユア、マジェスティ!」
「やめて」
「「イエス!!ユア、マジェスティ!!」」
「やめて…」
その時だ、閉幕のブザーが会場に鳴り響く…いよいよ出番が来るのだ。
青葉クンが呼び掛ける。
「さぁ…成功させるぞ!!」
「「「応っ!!」」」
すっかり青葉クンもクラスの一員だ…みんなの気持ちが一つになる。
そして、輝くステージが…幕を開く。
* * * * *
「やっ!離して!!私はこれでも高級な…嫌っ!」
「はっ…こんな奴でも少しは足しになるか…」
連れ去られるキャロリーナ…暗転し、場面は切り替わる。
レジに並ぶ少年…手にはインスタントのカレー。
キャロリーナの泣き声をバックにナレーションが入る。
『キャロリーナは結局…適当に加工され、とっても安いインスタントカレーの一部になってしまったのです』
私は場面に合わせてBGMを切り替える。
切り替えながら……考えていた。
カグヤさんと…ヴァンガードのことを。
カグヤさんはヴァンガードが嫌いだと言った。
私はヴァンガードが好きだ……でもそれは何で?
私はシャドウパラディンと…奈落竜を知ってヴァンガードを始めた……苦しい過去や劣等感、憎悪に惑わされる彼らに共感し、最後は騎士としての誇りを取り戻した彼らに憧れた。
そして、悲しみを一身に背負い…暴走した奈落竜に同調した…………でもそれだけじゃない。
あの頃の私は…空っぽだった。
だけど、そんな私を見守ってくれた人たちがいた、戦ってくれる相手がいてくれた。
だからヴァンガードを始めることも出来たし……
好きになった……その思いはまだ私の胸の中に残っている。
全力で戦う…勝てば嬉しい、負けても悔しさをバネに次のファイトに挑む………奈落竜を活躍させることが、あの頃の私の唯一の生き甲斐になる程に…楽しかった。
楽しすぎて相手のことを見ていないこともあった。
そんな私に挑む人達は皆…本気の目をしていた。
「……ああ…」
カグヤさんの力は“相手が全力を出せないようにする”というものだ。
爪も牙も削られた獣はただの愛玩動物と成り果てる。
そこに本気など存在しない。
それでは…全くもって面白くない…
ましてや、相手はライド事故の中だ……笑顔はおろか人によっては舌打ちをしてくることもあるだろう。
現にこの間のファイトでも私たちは苦しみながら戦っていた。
ドローカードの操作ができる私でさえ……だ。
手札の大量のグレード3は…そこにあるだけでファイターの心を蝕んでいく。
だったら…私はどうしたらいいのだろう……
劇はラストシーンを迎えていた。
「翔大…ありがとう…ありがとう……」
仕事から帰った母親が、幼い息子の作ったインスタントカレーを涙しながら食べている。
そして、舞台の端に立っていたキャロリーナにスポットライトが当てられる。
「…ありがとう……か………翔大君…私からもありがとう…」
キャロリーナの背後からオレンジ色の翼が現れる。
羽は一枚一枚ニンジンの形をしていた。
「翔大君の心はお母さんを…そして私を救ってくれた……こんな私でも、誰かの支えになることが出来るって分かったから……」
ステージ奥のスクリーンに“回想シーン”が写し出される。
そこには試行錯誤しながら、インスタントのカレーを作る翔大君の姿があった。
不器用で…指も切ってしまうけど…諦めない。
「思いは…届くのね…例えどんな形をしていても、変わらずに……」
キャロリーナの体が宙に浮く……実は下で男子が持ち上げているだけだが。
「もう、思い残すことは無いわ…」
ゆっくりと…天へ導かれるニンジンのキャロリーナ。
エンディングテーマの中、ステージの幕が閉まっていく。
これで…私たちの劇は終わりだ……パチパチと拍手の音が聞こえてくる。
この物語はハッピーエンドなんだろうか…いや、ニンジンとしてはごく普通の人(?)生だろうけど…
「思いは届く…か…」
カグヤさんに伝えたい思い…それはヴァンガードの楽しさ…?……でもカグヤさんがヴァンガードを嫌いだと言う原因になっているのは“ファイト”そのものだ。
私は……
そこでトラブルが起きた。
天井の巨大な照明が一台……外れ掛かっているのだ…でも、どうして?
答えはすぐに分かった……
前のクラスのステージでライトなセイバー的なものが激突していた……それが原因!?
とにかくこのままでは、広瀬さん達の真上に落下してしまう。
…最悪大怪我では済まない。
「あれ…不味いぞっ!!」
青葉クンの声に広瀬さん達が気づいた。
だけど…
「…っ!?」
照明が…外れた。
「きゃ…」
広瀬さんは動けない。
「やば…」
青葉クンも動けない。
…私は……
「…りゃっ!!!」
力強く“それ”を投げた。
ガキィッッ‼……ドスォォォン…
「あ、……あれ?」
頭を抱えて、うずくまっていた広瀬さんが頭上を見上げる。
ステージの上に、誰も怪我人はいない。
照明は広瀬の隣に落下していた…どうやらギリギリで落下のコースを変えることができたらしい。
「…大丈夫だよ…広瀬さん…」
「ひ…ヒカリ様?」
後処理は学祭のスタッフに任せ、私たちはステージから降りていく。
「青葉クン…!撤収だよ…!」
「あ、お、おう!!」
私たち1-Bは小道具や、BGM用のCDを回収しつつステージの周りから撤収する…落ち着いている暇は無い。
全てのステージ発表が終われば、次は出店が忙しくなる。
「ヒカリ…何したんだ?」
あの時、私の隣にいた青葉クンが聞いてくる。
そんな彼に私は…ステージで投げた物を見せる。
「これ…投げただけ」
「……これは携帯…か?」
もう原型は止めていない、完全にスクラップだ。
あの時、咄嗟に投げることができたのはこの携帯だけだった。
後悔はしていない。
「さ、…そろそろお客さんが来るよ」
「あ…ああ…」
準備万端どんとこい…一般客が続々と来場してくるのだった。
* * * * *
真っ黒なエプロンを着けた私はひたすらドーナツを渡していく。
歩きながらも食べることができるドーナツはかなりの好評を得ることができた。
お陰で列が途切れない。
私はひたすらドーナツを売る。
同じクラスの人たちも…皆、一心不乱にドーナツを売り続ける。
「イマジナリーシュガー補充!!」「完了!」
「外回り!!」「交代しましたっ!!」
阿吽の呼吸どころじゃない……よね。
皆、考える前に体が動いていた。
考える……前に……
私はそこに……答えを見た気がした。
好きとか嫌いとか…無駄に考え過ぎていたのかもしれない。
「考えた結果が思考の放棄っていうのも……あれだけど……ふぅ…」
「ヒカリ…休んだ方がいいんじゃないか?」
青葉クンが声をかけてくる。
「ううん…私は大丈夫…ただ見つけたんだ…」
大事なことを
「私に今出来ること……それはファイトすることだけなんだ」
それは、簡単な方法
私はずっと…言葉で思いを伝えることしか考えていなかった。
「ひたすらに、ひたすらに…だって私たちはヴァンガードファイターだから…」
彼女はヴァンガードを嫌いだと言っているが、ユニットには愛されていた。
そこには理由がある…根っからヴァンガードが嫌いなわけでは無い……はず。
言葉が出てこないなら、カードを出せばいい。
「…ファイトをしたら相手のことが分かる、自分のことも伝えられる…それがカードゲームだから……」
随分とカードゲーマー的結論になってしまった…かな…
「だから…私はファイトするよ」
……問題はカグヤさんがファイトを受けてくれるかどうか…いや、それよりも…
「そうか、まずはドーナツ売ろうな」
…………はい。
* * * * *
しばらく教室で働いていた私も、当番を終え他のクラスの出店を見て回ることにした。
ちなみに青葉クンはまだシフト…今日はずっと働き続けるらしい。
今後の方針も“カグヤさんを探してファイトする”と定まった私はてくてくと歩き出す。
しばらく廊下を歩いていると、校庭の方から光の柱が延びて行くのが見えた。
「あれって…ギアース!?」
急いで校庭まで走ると、そこにあったのはやはりギアーステーブルとギアースパネルだった。
誰かがファイトしているのか、既にユニットが表示されている。
「探索者 ライトブレイズ・ドラゴンでアタック!」
「ノーガード……おおおぅ拙者のターン!!バトルシスター くっきーたんにライドでげす!!」
日本の学校でドラゴンとシスターが戦っている…何て不思議な光景なんだ…
よく見ると“探索者”を使っているのは友達のユズキだった…でもどうしてギアースがこんな所にあるんだろう…
「何でも三日月グループが格安で貸し出しを行ってるそうっすよ」
「…舞原クン」
私たちはファイトを眺める……戦いはバトルシスターを使っている人の方が劣勢だった。
探索者は登場して一年にも満たないデッキテーマだったが…それでも古くからある上に双闘ユニットも登場したバトルシスターよりずっとずっとカードパワーは上回っている。
オラクルシンクタンクも先週発売になったブースターで強化された筈だが、彼のデッキには新しいカードは投入されていなかった。
「終わりだ!!行け!ライトセイバーっ!!」
「くっきぃーーーたーーーーーん!!!!」
男の叫びが周囲に響き渡る。
「ギアースシステム…か、これのお陰でヴァンガードも随分有名になったよね…」
「僕としては嬉しい限りっすね……その方がずっと都合が良いっすから」
何となく…その言葉に冷たい何かを感じる。
私は舞原クンの方を…見ようとした。
「……舞原クン?」
だけど舞原クンはどこにもいなかった。
そして、
彼が二度と学校に来ることもなかった。