君はヴァンガード   作:風寺ミドリ

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064 少年の帰る道

朝が来た。

 

僕はパソコンの電源を落とすと、カーテンの隙間から外を伺う。

 

 

(……うーん、徹夜明けの朝日はやっぱり感慨深いものがあるっすねぇ…)

 

 

僕やチームシックザールの面々がウルドとファイトをしてから二週間程の時間が経っていた。

 

あの日から僕は殆どのデッキを解体した…今手元にあるのはロイヤルパラディンのデッキのみ…もちろんこれから状況に応じて増えていくのだろうが。

 

 

 

 

(ロイヤルパラディン…初心に帰った気分っすね)

 

 

 

僕はヴァンガードを知った頃を思い出す。

 

ドイツに滞在していた時に日本で新しく販売されたカードゲームだと知り、少しの興味から手に取ったのはロイヤルパラディンだった。

 

本格的に興味を持ったのは“ノルン”の存在が明らかになってから……“力”の存在を知ってからであったが、それでもこのカードゲームとは随分と長い付き合いになったものだ。

 

 

僕の部屋にはパソコンが一台と大きな荷物が一つしか無かった……既に荷物はリュックに纏め、入りきらないものは“向こうの拠点”まで郵送済みだ。

 

 

後もう少し…もう少しで僕は日本を出る。

 

 

 

 

学校に行くのも実質今日が最後だ。

 

そして今日は…学校祭の日でもあった。

 

 

 

 

僕は昔からの習慣で、肌の色を誤魔化すための化粧をし…目の色を誤魔化すためのカラコンを付け、日傘を持つと、天乃原家を後にした。

 

 

 

全ては……自分の身を守るための手段だった。

 

 

 

 

* * * * *

 

 

 

 

僕は高校の校門を通る……

 

僕のクラスはステージも、教室も明確にシフトで分けられており、僕は明日の教室展示を手伝うということになっている。

 

 

ーー最も、明日には学校からいなくなっている訳だが。

 

 

酷い?責任放棄?…立つ鳥後を濁さずは日本のことわざでしか無いっすよ。

 

 

 

とにかく僕は一般生徒に混じって、体育館へと向かった。

 

そんな僕の肩を誰かが掴む。

 

 

 

「なーに、こそこそしてんのよ」

 

「っ!!??……て何だお嬢っすか」

 

 

天乃原チアキ…お嬢と僕の二人は体育館の後ろの方に置かれていた椅子に座る。

 

少しステージが遠いが…まぁいいか。

 

「もう行くのよね?」

 

「そうっすね…こっちでの目標は概ね達成したっすから」

 

 

そう…元々今回の訪日の最大の目的はノルンの発見…

 

それがまさか全員とファイトしつつ、ベルダンディと同じチームで戦うことになるとは本気で思っていなかった。

 

成果としてはむしろ200%だ。

 

 

「強さは分かったっす…後は僕がそれを超える…ただそれだけっすよ」

 

「…自信満々ね」

 

 

「そうだお嬢…餞別にこれ、あげるっすよ」

 

「餞別って…私からあなたにあげる物なんじゃないかしら」

 

 

そう言うお嬢に僕は一枚のカードを渡す。

 

 

「これ……」

 

「勅令の星輝兵 ハルシウム…元・僕の分身っす」

 

ファイトには敗北したが、ハルシウムを使えただけでも満足だった……いや、その満足感の性で負けたのかもしれないっすけど。

 

「……どうせならアシュレイЯの方が嬉しいのだけれど」

 

 

「それはちょっと渡せないっすね」

 

 

「ふふっ…冗談よ、ちゃんと自分で揃えるわ……SPでね!!」

 

 

僕とお嬢は笑い合う。

 

こんな時間ももう終わりだ。

 

 

 

「でもジュリアン…この間のファイトから…少し変わった…?ほんの少しだけ…」

 

 

変わった…そう言われるのは初めてだ。

 

 

「うーん?……そうっすかね…ただ……」

 

だが、思い当たる節はあった。

 

 

「ハルシウムへの未練が消えて、目標が出揃った…一気に視界が開けた気分っす」

 

「へぇ……解呪(アンロック)…かしら?」

 

「むしろЯe-birthって感じっすよ」

 

舞原ジュリアン改め舞原ジュリアンThe Яe-birthってそれはちょっと恥ずかしいっすね。

 

「今度はどこ行くのよ」

 

「特には決めて無いっすけど…西廻りでイギリスを目指す予定っす…先ずは近場の韓国っすよ」

 

 

「韓国か……キムチね!」

 

「焼き肉なんかも美味しそうっすね」

 

 

そんな下らない会話をしていると、ヒカリさん達のステージが始まる時間になった。

 

 

「ヒカリさんって出るんすかね?」

 

「さぁ……私も勉強ばかりで会って無いから分からないわ」

 

 

 

ナレーションが流れ始める。

『ニンジンの国のキャロリーナ…ここは不思議な不思議な畑の国……そこには一人のお姫様が幸せに暮らしていました』

 

 

「……ニンジンの国なのか畑の国なのかハッキリして欲しいっすよね」

 

「…うるさいわよ」

 

 

ステージに現れたのは、ニンジン色のドレスの女性…お嬢の話によるとヒカリさんのクラスの委員長さんだそうすっね。

 

きっと彼女がキャロリーナなんすねぇ…

 

 

舞台の上でキャロリーナが楽しそうに踊る。

 

 

しかし…

 

 

『しかし幸せな日々は長くは続きませんでした、キャロリーナが十分に育った頃…王宮に黒服でサングラスの男達がやって来たのです』

 

 

話が急展開を迎える。

 

怪しげな雰囲気の施設へとキャロリーナは拐われてしまった。

 

だけど、幸せな日々が根底にあるのなら、それはとても幸せなことなんすよ……

 

「…ジュリアン」

 

「何すか?」

 

「あなたは…あなたならどんな“力”が欲しい?」

 

“力”というのはもちろんヴァンガードの…だろう。

 

 

「突然っすねぇ…お嬢は欲しいんすか?」

 

 

「……分かんない…でも羨ましいわよ…“力”はデッキとファイターの絆の証見たいなものでしょ?」

 

「デッキとの絆……っすかぁ…そういうのはあんまり羨ましく無いっすけど…」

 

 

 

自分が“力”を…か、考えたことは何度もある…むしろ“力”に近づきたいが為のノルン探しでもあったのだから。

 

 

 

「できれば……ヴァンガードファイト以外でも使えるものがいいっすね」

 

「……意味無いこと言うわね…」

 

 

だが、紛れもなく本音だ……運命をもねじ曲げる力が手に入るのならば、それをカードゲーム以外で活かして行きたいものだ。

 

例えば……はははっ

 

 

 

そんな話をしている内に劇は進みキャロリーナはインスタントのカレーにされてしまった。

 

そして少年が手に入れ、その母親が食べ、涙する。

 

 

 

霊体(?)のキャロリーナはその様子を見て満足気に言った。

 

『思いは…届くのね…例えどんな形をしていても、変わらずに……』

 

 

キャロリーナの体が宙に浮く。

 

 

「もう、思い残すことは無いわ…」

 

 

静かに成仏していくキャロリーナと共にステージの幕が降りた。

 

 

「思い残すことは無い……って終わっちゃったっすね…」

 

「ヒカリさんも結局出て来なかったわね…」

 

 

少しがっかり……っすかね。

 

少しステージの幕の裏が騒がしいが…特に気にすることでも無いだろう。

 

 

「ヒカリさんと言えば……ヒカリさんとユウトには話したの?居なくなること」

 

 

 

 

 

 

「え?何で言うんすか?」

 

 

 

 

お嬢が額に手を当てて俯く……あれ?僕、今変なコト言ったっすか?

 

 

 

 

 

「なーんーでー言わないのよ」

 

 

 

何だ…そう言うことか。

 

 

「いや…辛気臭いのは性に合わないんすよ」

 

 

「あんた…まさか同じクラスの人にも…」

 

 

「言ってな……い……っす」

 

 

 

途中で僕はお嬢の目が怖いくらいに鋭くなっていることに気がついた。

 

「…都市伝説にでもなるつもりなの!?」

 

そうして僕はしばらくの間、お嬢に説教されるのだった。

 

 

 

 

 

 

* * * * *

 

 

 

 

お嬢から解放された僕は校内をふらふらと見て歩いている所だ。

 

だが、教室展示の殆どは食品系……しばらく見ていれば飽きてしまう。

 

 

「なーんか面白いものでも無いんすかね……っと」

 

 

僕はヒカリさん達のクラスの前で立ち止まる。

 

どうやらドーナツに絞った販売を行っているらしい。

 

中に入ると、それなりに繁盛しているのが分かる。

 

 

「…お、ジュリアン?」

 

「こんちわっす青葉さん」

 

 

僕は店内を見回す……どうやらヒカリさんはいないらしい。

 

 

「何か買ってくか?オススメは…」

 

「じゃあ、プレーンシュガーで」

「……分かった」

 

 

そして、ドーナツを買った僕は青葉さんにさよならも言わずに教室を後にした。

ドーナツはコンビニでもよく見かける商品だったが、味は悪くない。

 

 

 

「ま、皆楽しそうで何よりっすよね」

 

 

 

行く宛も無い僕はいつの間にか校庭にたどり着いていた。

 

そこで目にしたのはこの間、僕らが使用したばかりのシステム…

 

 

 

「…ギアースシステム?」

 

 

 

校庭には青いギアースパネルが敷き詰められており、ファイト用のテーブルも設置されていた。

 

 

「何で学校にあるんすか……」

 

「お、舞原君じゃないか」

 

「…そう言うあなたは…黒川さん」

 

周りを見ると、他にも沢山の人間がギアースシステムを見に来ているようだった。

 

「これ…どうしたんすか?」

 

「ああ…ギアースのことか、これはうちのクラスが学祭の間だけ三日月グループから1日1000円でレンタルしたんだよ……どうだい一戦ファイトでも?」

 

「あー…今はいいっす」

 

「そうか、残念だ」

 

 

そう言うと彼女は新たな対戦相手を探し始めた。

 

三日月グループはとにかくギアースの普及に積極的だった。

 

全国のカードショップはおろか、児童会館、公園、市民ホールに学校……ありとあらゆる場所にギアースは配備されている。

 

 

「ヴァンガードの知名度が上がるのは…願ったり叶ったりっすけどね」

 

ヴァンガードが有名になればなるほど、“最強”の地位も大きな意味を持ってくる。

 

僕にとっては……“手間が省けた”ようなもの。

 

 

 

「あの社長が最終的に何をしたいのかはともかく…僕は僕で好きに動くだけっすよねぇ…」

 

 

 

目の前でファイトが始まる。

 

黒川さんと…恐らく2年生である男がギアーステーブルの前に立っていた。

 

黒川さんは自若の探索者 ルキウス…男の方はバトルシスター わっふるをFVにしていた。

 

 

「バトルシスター ばにらにライドでげす!!」

 

 

しばらくファイトを見ていると、ヒカリさんがやって来るのが見えた。

 

僕は先程、お嬢とした話を思い出した。

 

 

 

ーー“力”はデッキとファイターの絆の証……

 

 

 

「…くだらない」

 

 

 

単にカードと絆で結ばれたところで、ご飯が貰え、金が貰える訳では無い。

 

ましてや、社会的地位が変動することも無い。

 

カードと絆等を育む暇があるのならデッキや戦術を組み立てるか……たかがカードゲーマーであっても他にするべきことはあるっすよね。

 

 

ただ…正しかったのは…カードやクランに愛を込めた人達だったのかも知れない。

 

その証拠こそ“力”…非常識な力を手に入れたのは殆どがそういうファイターだった。

 

 

僕が戦いや能力の研究、検証に使った時間は…無駄だったか。

 

 

「結局、この僕は未だにただのカードゲーマー…ははっ笑える話っすよね」

 

 

自嘲気味に独り言を呟くと…ヒカリさんの声が聞こえてきた…どうやらどうしてギアースがここにあるのか気になっているらしい。

 

 

「何でも三日月グループが格安で貸し出しを行ってるそうっすよ」

 

「…舞原クン」

 

 

 

僕たちはファイトを眺める……戦いは黒川さんの方が優勢だ。

 

ギアースの演出によってバトルシスター くっきーが戦場を駆ける。

 

実際のイラストよりも胸が大きく、露出が多いのはファイターの男の妄想の影響だろう。

 

くっきーの斬撃を黒川さんは完全ガードで防いだ。

 

 

 

「ギアースシステム…か、これのお陰でヴァンガードも随分有名になったよね…」

 

「僕としては嬉しい限りっすね……その方がずっと都合が良いっすから」

 

「…え?」

 

 

思わず本音が溢れる…僕は何となくその場に居づらくなり…姿を消した。

 

 

 

「……舞原クン?」

 

 

 

ヒカリさんの声が微かに聞こえる。

 

 

僕は既に学校の外まで出ていた。

 

 

 

もう用は無い…二度とこの学校に来ることは無いだろう。

「ま…ここらが引き際っすかね……」

 

 

 

 

銀髪の青年はゆっくりと…どこかへ歩いていく。

 

自分の選んだ道を進むために。

 

 

 




次回予告……です。



私の前に…彼はもう一度現れる。


ーーそこにいたのは…見慣れた銀髪の青年。


ーー「…今度こそ勝敗をつけよう、舞原クン」


新たな力…超越も交えながら、私たちは一進一退の攻防を続ける。


ーー「僕は君を倒す…君を倒す…倒す!!」



悪魔をも殺す“銀の弾丸”が私を狙う。




第65話 銀の弾丸

11月29日更新予定……よろしくお願いします。



ーーそこには意味不明な言葉が連なっていた。

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