君はヴァンガード   作:風寺ミドリ

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066 愛は隣に

それは放課後、ヒカリがジュリアンやカグヤさんを探しに、様々な場所を巡っていた日の事だ。

 

 

 

青葉ユウト…つまり俺は商店街の外れを歩いていた。

 

 

 

もう夕方だったろうか……いや…辺りは真っ暗だった……ちょうど7時くらいの話だ。

 

 

 

突然、俺の携帯に電話がかかって来た。

 

 

相手は姉貴……今はアイドルの仕事というか、ライブというか…そんな理由でイギリスまで出掛けている筈なのに何があったというのだろうか…そう思った。

 

どうやら向こうはまだお昼前らしい……だが、姉貴の話はとても真剣な話だった。

 

 

 

それは本当ならば……直接、ヒカリに聞かせるべき話……

 

 

 

 

ヒカリの携帯が木っ端微塵に壊れて、スマホに変わった際に電話番号が変わったのだが……ヒカリは姉貴にはまだ教えていなかったらしい。

 

……いや待て、俺も教えてもらってない。

 

俺は姉貴との通話を終えると……ヒカリを探しに走った。

 

 

その結果……俺は道行く幼児と正面衝突……いや幼児を足で絡めとりながら盛大に転んでしまった。

 

直ぐにその子に体の具合を訪ねる……このお兄ちゃん何を言ってるんだ…?と言わんばかりのきょとんとした顔でどこも何とも無いことを…教えてもらう。

 

次に現れたのはその子の父親だ……激怒していた、それは激怒するだろう……もしこの子に何かあったら俺が原因だ。

 

 

だから、今の俺にはひたすら土下座することしか出来なかった。

 

自分でもよく分かる……空回りしてるって。

 

 

 

そして止めだ……その子がいつの間にか道路の…車道の方に飛び出していた。

 

 

 

乗用車が迫る……その運転手は運転手で携帯の方に注意が向いているようだった。

 

 

 

俺は……気がついたら道路の真ん中で、その子を持ち上げていた。

 

そして、その子のお父さんに向かって投げる。

 

……何か叫んでいた…あれはその子を投げられたことへの怒りか…それとも俺に対する……

 

 

 

 

 

そこで……俺の意識は途切れた。

 

 

 

 

 

 

 

* * * * *

 

 

 

 

 

 

ーー3日後。

 

 

「……で、体の具合は…大丈夫なの…?」

 

「ああ…何とか後遺症も残らないみたいだ」

 

 

天台坂総合病院…その病室……

 

私の目の前で包帯ぐるぐる巻きの青葉クンが横たわっていた。

 

 

「2ヵ月もすれば完治らしい」

 

「……うん…それは良かった……」

 

 

 

“あの日”舞原クンとのファイトを中断して、病院に行って、見たときの青葉クンはもっと……酷い惨状だった。

 

それが今ではぺらぺら話をしながら学校の課題に取り組むことができるレベルには回復したのだ。

 

ちなみにあの日私にメールをくれたのは春風さんだった。

 

青葉クン➡エンちゃん➡春風さん➡私という流れらしい。

 

 

「……舞原クンも来れば良かったのに」

 

「ジュリアンなら来たぞ」

 

「え!?」

 

 

 

私は“あの日”以来会っていない…結局3回目のファイトも無効試合となってしまったのだ。

 

おそらくもう…旅立ってしまっただろう。

 

「ほら…そこのアタッシュケースを見舞いに持ってきてくれたんだ」

 

「アタッシュケース……?」

 

私は机の上のそのアタッシュケースを手に取り、膝の上で開けてみた。

 

 

「……うわ…かげろうのカードがぎっしり」

 

「ウォーターフォウルの構築に悩んでいるって言ったら、これを使えってさ」

 

 

青葉クンが1枚のカードを持っていた。

 

「それは……?」

 

「封竜 テリークロスだそうだ……これをどうしろとまでは言わなかったんだよな…」

 

自分で考えろ……ということか。

 

よく見るとケースの中のカードにも偏りがある…きっと舞原クンには青葉クンに気づいてほしいことがあるのだろう。

 

 

……それにしても…封竜って…舞原クン………確かに今の青葉クンは“封竜”と同じように包帯でぐるぐる巻きにされてるけどさ……

 

 

 

「見舞いといえばチアキも来たな」

 

「……チアキぃ?」

 

 

正直…そのセリフの方が青葉クンの惨状より衝撃的だよ…?

 

 

「あ……先輩、天乃原先輩のことな」

 

「いや、分かるけど…」

 

「『私はあなたをユウトって呼ぶからあなたも私をチアキって呼びなさい』…だそうだ」

 

「……天乃原さん」

 

 

そのエピソードを淡々と語る青葉クンも少しは何かを勘ぐってもいい気がする。

 

「ああ…後、広瀬さんや土田さん、黒川さんも来てたな…」

「もてもてだなぁ、おい…」

 

 

以前彼のことを“誰にでも好かれる”といったことが懐かしいなぁ…

 

本人は雑なフラグしか立てて無いのに……

 

 

 

「それで……今日の本題は…?」

 

 

 

そもそも青葉クンは私に何かを伝えようとして焦っていたのだ…それが何なのか……まだ青葉クンは話してくれなかった。

 

それを今日、話してくれるというから来てみたものの、始まったのは無自覚なノロケ話……青葉クンが話したかったことはそんなこと…なの?

 

「本題……か……」

 

 

青葉クンが深く息を吸う……一体何の話だと言うのだろう。

 

 

「ヒカリの……」

 

「私の?」

 

 

 

 

「ヒカリの両親……イギリスで見つかったらしい」

 

 

「………………」

………

……

 

 

 

 

……

………

 

「…………………………え?」

 

 

「正確には…もう亡くなっていることが……分かったって」

 

 

 

 

………………、…………?

 

 

 

 

* * * * *

 

 

 

 

 

 

「ユウト…もっと言い方ってあると思わない?」

 

「……姉貴こそ…さっきから何で隠れてんだ…」

 

もう病室にヒカリはいない。

 

 

先程の話の後…ふらふらとどこかへ行ってしまった。

 

「せっかくお見舞いに来てあげたのに…次から次へと女の子ばっかり……どんな生活送ってんの…」

 

「姉貴には関係ないだろ……それに、姉貴は俺の見舞いに来たわけじゃ無いんだろ?」

 

「まぁね……ヒカリちゃんに話があったのに何でユウトのお見舞いしてるかな、私は」

 

 

姉貴は何か小包を抱えていた。

 

おそらく…それはヒカリの両親に関係することなんだろう。

 

 

 

「俺は動けないけど…ヒカリを追いかけないと」

 

 

「大丈夫…私は何時でもヒカリちゃんの側にいるんだから」

 

 

「??」

 

 

「それに……ヒカリちゃんはもうとっくの昔に…乗り越えてるよ」

 

「???」

 

 

 

 

 

* * * * *

 

 

 

 

 

 

寂しいのか、悲しいのか。

 

私の両親が死んだ……今更そんなことを言われても全く実感が湧かない。

 

 

私は病院の庭にあったベンチに座り込んだ。

 

 

青葉クンから聞いた瞬間……悲しいけど、あまり悲しくならなかった。

 

確か……海外のおっきい山に落ちた隕石の調査中に遭難したって……もう既に葬式まであげているのだ。

 

それからもう……4年も経っているんだ。

 

 

「涙はとっくの昔に……流しきった……か」

 

 

 

私はぼんやりと青い空を見つめる。

 

 

 

「……どうしたらいいんだろう」

 

 

「なら、私が元気をあげるよ…ヒカリちゃん」

 

 

私の前に立ったその人が思いっきり抱きついてくる。

 

 

「え、エンちゃん!?」

 

「はっはっはっ…トップアイドルのハグだよ!!」

 

 

その人は青葉ユカリ……私の大切な友達だ。

 

 

しばらく抱きつかれると……エンちゃんは私の隣に座った。

 

 

「エンちゃんが……調べてくれたの?」

 

 

青葉クンの話通りなら……の話だが。

 

 

「うん……調べたというより…見つけたって感じなんだ……ちょうど立ち寄ったホテルにヒカリちゃんの両親の写真があってね、去年まで近くの病院にいたんだって」

 

「……病院?」

 

 

「そう……意識は無かったらしいの…ずっと寝たきりだったって」

 

 

どこか…不思議だ……絵本の向こうの話を聞いているような……

 

でも……これが現実……

 

 

 

「身元を証明するものも無くて、そのまま病院で亡くなった……」

 

 

「二人は…ずっと一緒だった…?」

 

 

「……最期まで…一緒だったみたい」

 

 

「そっか……なら……良かった……」

 

 

 

この気持ちは……安堵…?

 

私は…安心していた、もしかしたら……もっと辛い状態なんじゃないかって…思ったこともあったから。

 

良かった……ん…だよね?

 

 

 

「………………」

 

 

 

「……ヒカリちゃん…?」

 

 

 

 

「やっぱり…泣けない…かな……寂しいのに、どこか実感が湧かないんだ……」

 

 

 

「……寂しい時は私が歌ってあげるよ…私がいなくても私の声はあなたの隣にある…」

 

 

 

エンちゃんが私の肩に頭を乗せた。

 

耳をすませば……街のどこかで流れるエンちゃんの曲が聞こえてくる。

 

この歌声に…どれだけ励まされたことか。

 

 

「エンちゃん…ううん、青葉お姉さん……ありがとう……もう大丈夫だよ…」

 

「そう?」

時に親友として……時に年長者として、私のことを見守ってくれる……本当にありがとう…

 

「少しは……元気出た?」

 

「…………うん」

 

私が答えると、エンちゃんはどこからか小包を取り出した。

 

 

「…………それは?」

 

「…分からない……でもヒカリちゃんの両親がずっと大切そうに持っていたって…この小包の状態で」

 

 

エンちゃんが開けてごらんと…私に手渡す。

 

綺麗なラッピングがされた箱が中に入っている。

 

 

「…………」

 

私は丁寧に包装を外し、箱の蓋を持ち上げた。

 

 

「………………これ」

 

 

 

中に入っていたのはペンダントだった。

 

星の形…よく見るとヴァンガードのクリティカルのアイコンによく似た形をしている。

 

素材は何だろう……色は透き通るような青で、黒い枠の中に収まっていた。

 

 

「…………綺麗」

 

「着けてみてよ…!」

 

 

エンちゃんに促されるまま……私はペンダントのチェーンに首を通す。

 

「……似合うかな」

 

 

「凄い良いよ!!」

 

 

問題はこの色のペンダントに合う服をあまり持っていないこと…かな。

 

 

「大切に持っていて…ね?」

 

「え…………これを私に?」

 

 

「当然!!だってたぶんヒカリちゃんの両親が、ヒカリちゃんのために用意したものだもん」

 

「私の……ため……」

 

 

 

 

私はペンダントを抱き締める。

 

ここに少しでも……二人の思いが篭っているのかな…

 

 

 

「エンちゃん……本当にありがとう」

 

 

「礼はいいって…そうだ……携帯の番号を…」

 

「あ……そうだね」

 

 

私はスマホを取り出し、エンちゃんと連絡先を交換する。

 

「そう言えば…エンちゃん……ワールドツアーの途中なんじゃあ……」

 

 

「うん、今日中には日本を出る予定だよ」

 

 

「そっか…」

 

エンちゃんは少し寂しそうにする私を見て、声をかけた。

 

 

 

「どう?…私とヴァンガード…しない?」

 

「エンちゃんと…?」

 

 

それは思いがけない提案だ……夏休み前に会った時もファイトしたっけ……

 

 

「最近忙しくて、デッキは新調したけど練習してないんだ…今のライブが終わったらまたヴァンガードの仕事もあるからね…勘を取り戻したいんだ…ね?」

 

 

「…………うん…!」

 

 

私とエンちゃんは互いにベンチの端に移動すると、不安定なベンチの上にデッキとFVを置いた。

 

「思えばカズ兄からヒカリちゃんがヴァンガードやってるって聞いたときは驚いたけど…春風ちゃんに聞いたら、春風ちゃんの影響で始めたんだってねー」

 

「あー…うん、ヴァンガードは好きになったけど、今となっては春風さんからの影響は悪影響だったって断言できるよ」

 

完全に何かに目覚めていたもの…あの頃の私。

 

 

…………今でも尾を引いている……か。

 

「春風ちゃんは変わんないなー…」

 

「うん……」

 

 

ファイトの準備が整う。

 

 

「「スタンドアップ・THE・ヴァンガード!」」

 

ギアースを使わないファイトは……久しぶりだった。

 

「私から行くよ……ラーヴァフロウ・ドラゴン(7000)にライド!!ドラゴンナイト サーデグ(5000)はヴァンガードの後ろへ!ターンエンド!!」

 

 

「…私のターン」

 

 

独特なファイトの空気……だが、最近のファイトで感じていたものと違う。

 

 

勝ちたいという思いがあることには変わりは無い。

 

 

違うのは…ファイトの先にあるものだ。

 

私は今、ファイトをしたいがために…ファイトをしている。

 

戦って思いを伝えるとか…付けられなかった決着をつけるためとか……特に変な理由があるわけじゃ無い。

 

 

だから、真剣に、ヴァンガードを遊べる。

 

自然と…全力が出る。

 

 

 

 

 

「リアガードの煉獄竜 ドラゴニック・ネオフレイム(9000)でリアガードのブラスター・ダーク・撃退者にアタック!!」

 

 

「……ノーガード…ダークは退却」

 

 

「ネオフレイムのスキル!CB1で後列のシャドウランサーを退却♪」

 

 

「……」

「リアガードのサーデグをソウルに!ジャッジバウ・撃退者を退却♪」

 

「……」

 

 

 

……違う、楽しいことには変わらない…でもそれはエンちゃんだからであって、ファイト自体はかなりエグいよ!?

 

こっちも本気で行かないと……あっという間に倒されかねない。

 

 

 

「ライド・THE・ヴァンガード!!撃退者 ファントム・ブラスター“Abyss”(11000)!!シークメイト!!」

 

更にマナ、だったん、クローダスとスペリオルコールし、新たにドリンをコール…クローダスからブラスター・ダーク・撃退者をスペリオルコールする。

 

まだ6ターン目だが、エンちゃんのトリガーの乗りが良く…私のカウンターブラスト…ダメージゾーンには4枚のカードが並んでいる。

 

 

「相変わらず……」

 

「うん?」

 

「強いよ……ね!!」

 

夏に戦った時……まだ双闘を使っていなかった頃も私はエンちゃんに負けていた。

 

 

私の攻撃は次々と止められていく。

 

 

「エターナルアビス発動…スタンド!そしてアタック!」

 

「プロテクトオーブ・ドラゴンで完全ガード♪」

 

 

「ダークなら……」

 

「バルバラでガード♪」

 

 

これで私のターンは終わり……私はずっと気になっていたことを聞いてみた。

 

 

「エンちゃんは…ヴァンガードは好き?」

 

 

「んー好きだよ」

 

 

「……どういう所が?」

 

 

「……そうだね…」

 

 

エンちゃんは私の質問を考えながら、ドラゴニック・オーバーロード “The X”というユニットのシークメイトを発動させた。

 

 

「……イラストが大きい所かな」

 

「……そこ?」

 

「ごちゃごちゃとしたフレームが少ないというかどのカードもイラストがちゃんと存在感出してる所が好きだよ」

 

なるほど……そういう意見もあるか……

 

 

「ヒカリちゃんは?」

 

「私は……カードゲームとしての物語と惑星クレイの物語がちゃんと線引きされている所かな…」

 

「なるほどね……あ、ジ・エンドとレギオンして山札からThe Xを手札に加えるね」

 

いつのまにかレギオンが完成していた。

 

 

「…ジ・エンドが今も私の目の前にいるなんて……」

 

 

ドラゴニック・オーバーロード・ジ・エンドといえば、ファントム・ブラスター・オーバーロードと同じ頃のユニットだ。

 

それが再びヴァンガードサークルに立っている所を見ると……感動する。

 

 

いつか昔の奈落竜もこんな風に復権するのだろうか…いや、無いかな……

 

 

「オーバーロードでアタック!!」

 

「完全ガード!!」

 

 

そもそもダメージは4点……ヴァンガードの攻撃を受けられる状態では無い上に、ジ・エンドのアタックということはアタックヒット時にスタンドするかもしれないのだ……ますますノーガードとは言えない。

 

エンちゃんがドライブチェックを終える。

 

 

「じゃあThe Xのペルソナブラストで残りのリアガードを退却♪」

 

「……」

 

 

その後の攻撃を防ぐものの、少しずつ確実に戦力が削られている。

 

このままじゃあ…退却コストにするリアガードまで焼き払われかねない。

 

……だったら。

 

私の瞳が緋色に輝く。

 

 

…展開する余裕がある内に……ドラグルーラーで点を詰める!!

 

そうして私が山札に手を伸ばそうとした時……

 

 

 

「……え?」

 

「うん?」

 

 

私のペンダントが…その色を変えて行くことに気がついた。

 

 

透き通るような青から…美しい緋色に……

 

 

 

それはまるで…“ギアースシステム”の現象にそっくりだった。

 

 

違うのは……私が“力”を使うことを止めても…その色は元に戻らなかった点……

 

 

「これ……どういう……?」

 

「さぁ……私にも分からないけど…」

 

 

……赤と黒……私の持ってる服に合いそうな色合いに変わって良かった……と思うべきか……?

 

 

 

 

結局、この後も続いたファイトは私の敗北で決着がついた。

 

 

「じゃあ…またね」

 

 

「…うん」

 

 

 

エンちゃんはもう一度青葉クンの病室に寄った後…仕事へと向かった。

 

 

 

私はしばらく、病院の庭で緋色に変わったペンダントを眺めている。

 

 

 

「両親の形見……か」

 

 

まさか…今更そんなものが渡されるとは思っていなかった。

 

 

ペンダントの色が変わったのは……どういう仕掛けか分からない。

 

 

でも……私が昔よりも成長したと…母さんと父さんが喜んでくれたと解釈するのなら……嬉しいかな。

 

 

 

 

 

 

 

いや、無いか……カードゲームしてる時に変色したんだもんね…………

 

 

 

 

何となくがっかりした私のことを夕方の月が優しく照らしていた。

 

 

 

 


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