“イチゴクリティカル”
喫茶ふろんてぃあで最も高価なパフェである。
それ故に普段は注文する客がおらず、材料も用意していないため、前もって予約しておく必要がある。
店では予約を受けて始めて材料を調達するのだ。
今、深見ヒカリは一人で“それ”を食べていた。
「…おいしぃ……あぁ…幸せすぎる………」
(…………生きてて…良かった)
そんなヒカリの前にはパフェ以外に50枚のカードの束が置かれていた。
その1枚1枚が白地に黒のラインのヴァンガードサークルが描かれたスリーブに入っている。
「ヒカリちゃん、どうだい?…この“イチゴクリティカル”は」
ヒカリの席の前に店長がやって来て言う。
土曜日の昼過ぎだというのに客はヒカリしかおらず、働いているのもまた店長一人であった。
「…やっぱり、このパフェは最高です…!」
ヒカリは目を輝かせながら言った。
「しかしどうしてこのタイミングでなんだい?いつもは誕生日の時だけなのに」
「今日は…私のヴァンガードのデッキが完成した記念なんです…」
「へぇ、デッキ?」
「はい………!」
ヒカリは店長にデッキを見せる。
「これか…へぇ…一週間くらいまえだったか、うちの店で二人がやっていたカードゲームだな、おお…こないだは見かけなかったドラゴンがいるな…えーっと…“げきたいしゃ”?」
「…ルビふってありますよ………“リベンジャー”って読むんです……“撃退者 ドラグルーラー・ファントム”………私の、お気に入りです」
「なかなか、格好いいな!」
「…………ですよね!!」
そんな風にヒカリと店長が話しているときだった。
ーーーカラン、コロン、カラン♪ーーー
喫茶ふろんてぃあに一人の…とても綺麗な、黒い長髪の女性が入ってきた。
「「!?」」
ヒカリと店長に衝撃が走る。
((まさか、この店に客が来るなんて…!!))
「一体、どうなってやがる…」
「…………店長は早くカウンターに戻ってください」
「…はい」
店長が慌ててカウンターに向かう。
ヒカリはその姿を見ながらパフェを食べ進めるが、ふと手を止めて自分のデッキを見つめた。
(私……やっぱり、シャドウパラディンが好きなんだな…)
ヒカリはかつて共に戦った仲間を思い出す。
(…奈落竜様、ダーク、マーハ、とらんペッたー、カロン…マクリールにマスカレード…………名前を挙げ出したらきりがない…………私の…仲間…)
「…………大好きだよ」
ヒカリは再び“イチゴクリティカル”を堪能するのであった。
* * * * *
喫茶ふろんてぃあに入ってきた女性が思い出す。
一週間ほど前だったろうか、この店で二人の男女がヴァンガードファイトをしていたのは。
私がその前を通ったのは本当に偶然だった。
普段、外出を控えている私が何の気まぐれか、珍しく外を散歩していた日のこと。
平日の夕方ということもあって下校中の高校生の姿をちらほらと見かけた。
私も数年前まで同じように一人の女子高生だったなぁ等と考えていたのだが、
「…………?」
私はその中で、多くの女子高生が同じ方向に歩いていることに気がついた。
そろそろ帰ろうかと考えていた私であったが、少し様子を見てみたくなってしまった。
(…いったい何があるのでしょう…?)
そして私は見た。
多くの人で賑わう喫茶店…そのはす向かいの喫茶店。
人々の喧騒を離れたその場所で、二人の高校生がヴァンガードファイトをしていたのだ。
かわいらしい少女の方が“幽幻の撃退者 モルドレッド・ファントム”にブレイクライドする。
彼女は何かを言っている。
ライド口上だろうか、ぜひ聞いてみたかった。
その時の彼女の瞳は言葉では言い表せないほど輝き、生き生きとしていた。
まるで彼女の瞳が本当に発光しているようだ。
彼女たちはこんなにも楽しくカードファイトができるのか…………
ファイトが終わると、相手のなるかみ使いの少年もうれしそうな顔をしていた。
「……………………」
私はその場から逃げるように立ち去る。
私はヴァンガードを楽しめなくなっていた。
そしてその理由を無意識に…周囲に押し付けていた。
私のその感情は悪化するだけだった。
私が楽しめなくなってしまったのは、きっと私のせいだ。
私は、私の中で何かをあきらめてしまった。
だから忘れていた。
ヴァンガードを楽しんでいる人がちゃんといること。
私が今まで見てきた、悪態をついたり、勝ちを意識しすぎて相手を威嚇したり、否定したりする………そんな人間だけじゃないってこと。
そのことを“彼女”が教えてくれた気がした。
“ありがとう”
そう言っても彼女には意味がわからないだろう。
それでも…だから、彼女と話がしてみたかった。
今日、私はもう一度…正確には初めてこの店に来た。
今日もあの娘がいた。
「いらっしゃいませ!ご注文はお決まりですか?」
大学生のバイトだろうか…店員がやって来てカウンター席にいた私に声をかける。
「では…アプリコットティーと……このチーズケーキをお願い致します」
「アプリコットティーと…チーズケーキ………他に注文は?」
「いえ」
「はい、では少々お待ちください」
気がつくと“あの娘”が近くにいた。
「…すごい……店長が…ちゃんと店員…してる」
「ヒカリちゃん、それどういう意味かな?…普段の俺がだらしないってことかい?それとも他に店員がいないことを笑っているのかい?」
「…う~ん、どっちも…」
私が店員だと思っていた人は店長さんだったらしい。
私は“ヒカリちゃん”と呼ばれていた“あの娘”に話しかける。
「あの…少しよろしいでしょうか?」
「え…あ………はい(…………すごい綺麗な人だ…)」
私はヒカリちゃんを隣の席に座らせる。
そして、単刀直入に聞く。
「あなたはヴァンガードが好きですか?」
「…………はい(……突然何だろう)」
「それはどうしてですか?」
店長さんがアプリコットティーとチーズケーキを持ってきてくれる。
少しの沈黙の後にヒカリちゃんが口を開く。
「…………えーっと…………その…カードゲームってどんな人とも対等に戦えることが魅力で……………ヴァンガードは運の要素が大きくて………何が起こるかわからないから?……………………違う……………そうじゃない……………私は…」
ヒカリちゃんが自分の考えをまとめようと少し言葉を止める。
「………私は大好きなカード…ユニットたちを自分の手で活躍させてあげたい…そう思っています…………うーん……」
「ユニットが好き…そういうことでしょうか?」
「…あ…はい、でもそういうと…何か…小さい理由…かな…」
「…………」
そう、それは小さい理由かもしれない。
だけど、誰にも否定できない絶対的な理由。
“ユニットが好き”そんなあたりまえの理由を私は忘れていたのかもしれない。
「…………あ、えと……その」
私は少し意地悪な質問をする。
「…………好きなユニットが時代遅れになったらどうしますか?」
「…どうにかして使います」
「…………ふふっ…こんな意地悪な質問に答えてくれて本当にありがとう」
「…………はい」
若干、ヒカリちゃんはまだ自分の答えに自信が持てていないようだ。
彼女に余計な悩みの種を与えてしまったのだろうか。
そんな風にヒカリちゃんのことを考えながら、私はチーズケーキを口に運ぶ。
「………………すごい………おいしい」
* * * * *
私は支払いを終えると店を出る。
店長さんとヒカリちゃんが見送りに来る。
「チーズケーキ…とってもおいしかったですわ、また来てもよろしいでしょうか」
「はい!お待ちしております!」
店長さんはにこやかに返事を返してくれた。
「…………あのっ!」
ずっと黙っていたヒカリちゃんが私に聞いてくる。
「…………ヴァンガード…しているんですか?」
「……………………ええ」
「………私、深見ヒカリっていいます、その……いつか…………ファイトしましょう…!」
ヒカリちゃんが綺麗な笑顔を浮かべて言う。
こんな風に声をかけてもらったのは本当に久しぶりだった。
だから私は返事を返す。
「私は…私の名前は…“美空カグヤ”です…………そうですね…………いつか………どこかで」
私は少し駆け足でその場所を離れる。
私は…………また…ヴァンガードができるのだろうか。
私の長い髪が風を受けて揺れていた。
* * * * *
「…全く、あんな綺麗な人がいるなんてな」
「…………ですね………美空…カグヤさん…か」
「しかし、ヒカリちゃんがあんな風にまたファイトしましょうなんて言うとはなぁ」
空を見上げるヒカリ。
日は沈み、微かに星の光が見え始めていた。
「私…………さっき、ヴァンガードが好きな理由を…聞かれたんです…………」
店長は黙ってヒカリの言葉に耳を傾ける。
「…………私…ただユニットが好きとしか…言えなかった…………でも」
ヒカリの手には緋色のカードケースが握られていた。
「…………それだけじゃないんです………ついこの間までヴァンガードを辞めていた私が言うことじゃ無いけれど…………私が本当に言いたかったことは…………」
ヒカリは紅く染まった空にデッキケースをかざした。
「…だったらよ、ヒカリちゃん…」
「…………店長?」
「次に会った時に………だ」
「…そうか…次に会って…もう一度…私の答えを…」
「ああ」
ヒカリのデッキケースに夕焼けの光が反射する。
(………それに“今では時代遅れのユニットもどうにかして使います”なんて言っちゃった…………だから)
(………私も…“あのデッキ”を………もう一度…手に取らないと…………)