君はヴァンガード   作:風寺ミドリ

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076 魔女の慟哭 ~ウヴェルトゥール~

雲が少なく、月は丸く丸く輝いている。

 

 

どこかの国、どこかの場所。暗く静まり返った、雪の積もる森の中。月が照らすその先に、一軒の小屋が建っていた。

 

今にも崩れそうな古い小屋。

 

だがその作りは見た目以上にしっかりとしていて、閉ざされた戸は強い風を受けても物音一つ立てない。

 

“表”の世界が瞼を閉じる真夜中…一人の男がこの小屋に向かって歩いていた。

 

茶色のニット帽を深く被った人相の悪い男は、小屋の前に立ち、周りの様子を伺う。

 

 

男は異変を感じていた。

 

 

(何故…誰もいない……?)

 

 

男は数時間前にこの小屋から、町へ買い出しに出ていたのだ。その証拠に男は左手に十数本の缶ビールが入った袋を持っている。

 

男がこの小屋を出た時、小屋の前には二人…見張りの人間が立っていた筈だった。

 

 

(………)

 

 

男は小屋の周りを慎重に調べた後、ゆっくりと小屋の扉を開けた。そしてそっと…足を踏み入れる。

 

(こいつぁ…どうなってやがんだょ…)

 

小屋の中では男の“仲間”達が倒れていた。誰も彼も皆……息はあるものの足や腕に大きな怪我を負っており、気を失っていた。

 

そして全員が手と足を縄で縛られ、口を塞がれているのだった。

 

 

(何が……あった……?)

 

 

古い机の上に無造作に置かれた札束に手がつけられた様子は無い…なら誰が何のためにこんなことを…?

 

しばらく周りを調べた男はこの小屋のもう一つの部屋を覗き見ることにした。

 

中に人の気配がある。男は扉の影から中を覗く。

 

(……人か……っ!?おおお!?)

 

 

 

…そこにはとても美しい女性がいた。銀髪で真っ白な肌は彼女がまるで一切の穢れを知らないかのようだ。

 

そしてその女性は…男の仲間では無かった。

 

 

 

(あの女が…ここを襲ったのか……?)

 

 

 

蝋燭の明かりしか無いその部屋で、彼女はノートのようなものを眺めている。

 

 

(何を……読んでいる……?)

 

 

その時、ノートから1枚のカード……とあるカードゲームのカードが落とされる。男はそれを見つめた。

 

 

ーシャドウブレイズ・ドラゴンー

 

 

そう日本語で書かれたカード…男はそれがどのノートに挟まっていたのかを知っていた。それは今日まで男達と一緒にいた日本人の少年が持っていた日記に挟まっていた物であった。

 

 

もう必要ないと、少年はあのカードと日記を手放していた。

 

 

彼女はそんなノートを読みながら、時折どこか遠くを見つめている。まるでその日記の情景を思い起こすように。……彼女のその姿は絵画のように美しかった。

 

 

(…………)

 

 

その女性の美しさに茫然としてしまった男は、近くにあった空のビールの缶を蹴ってしまう。

 

カラン、カラン…

 

 

[誰…?]

 

 

彼女が異変に気がつく。

 

男は焦りながらも、彼女の顔をはっきり見ることができるかもしれないと内心興奮していた。

 

[へへへ…それはこっちの台詞なんだがなぁ…]

 

[まだ仲間がいたか……]

 

 

彼女の薄い、ピンク色の瞳が男を捉える。

 

[……ここにいた少年は?]

 

[あ?……あいつなら“もういねぇ”よ]

 

[そう……]

 

 

次の瞬間、男の視界が反転する。男は宙を舞っていた。そして、体中に痛みを感じた後……

 

 

 

男は意識を失った。

 

 

 

 

女性は外に出ると月を見上げた……その目元は濡れている。

 

 

 

[本当にどうしようもない……世界……]

 

 

 

 

彼女が先程読んだとある少年の日記には、二人の日本人女性への恨みや妬みの感情が込められていた。

どうやらその少年はその二人を邪魔に思っていたようだった。

 

ーー運命の旋律は私の手によって紡がれる…愚者が関与する余地は無い…大人しく塵と返るがよい!!ーー

 

日記に刻まれていたその女性の台詞…そして感じたのは少年自身の無力感、屈辱。

 

ーーあなたが……皆の邪魔をしているんだっ!!ーー

 

もう一人の女性の台詞…この日記を書いた少年は、このもう一人の女性に全てを台無しにされた…そう思っている。

 

 

醜い心の少年……だが、そんな少年も先程の男の言葉を借りるのならば、“もういない”ようだ。

 

[………]

 

 

 

 

彼女は歩き出す。人の気配の無い…夜中の森へ。

 

 

……その後、何者かの通報を受けた現地の警察が小屋に向かったことにより、“その事件”は明るみになり、中の男達は身柄を拘束されることになる。

 

 

彼らを縛りあげた“彼女”の身元は分からない。

 

 

だが、自然と……

 

人々の間で彼女は『白銀の魔女』と呼ばれるようになったのだった。

 

 

 

 

 

 

* * * * * *

 

 

 

 

12月28日 イタリア市内

 

 

 

 

銀色の髪の青年が一軒の店を訪れていた。

「ここも久しぶりっすね……」

 

 

青年の名は…舞原ジュリアン。

ジュリアンはその店の中へと入っていった。

 

[ん?誰だ?]

 

 

入店早々、厳つい顔の男がジュリアンを睨む。

 

 

[誰だって…僕の顔を忘れたのか?]

 

[冗談だよ…ジュリアン・シッ…]

[今は“舞原”のままだ!]

 

[そうかい……入んな、頼まれていたものは用意してある]

 

その男のはこの店の店長、そしてここは“カードショップ”であった。

店長が店の奥へと歩いていくと、ジュリアンはショップの中を見舞わす。この店に来たのは大体一年と半年ぶりであったが、内装に変化は見られなかった。

 

 

(強いて挙げるなら…扱ってるカードゲームの数が増えた…いや、この数年で新しいカードゲームが増えすぎなんすよね…)

 

 

MTGをきっかけに全世界規模でカードゲームのブームが巻き起こったのはもう10年近くも前だ。

 

そしてブームはやがて文化になった。

今では未だ現役のMTGを始め、ポケカや遊戯がそのブームを牽引している。

 

 

(ここ数年で発売されたTCGの中でヴァンガードは今、一歩抜きん出た人気を獲得し始めている…全てはギアースのおかげで……)

 

 

ジュリアンはショーケースに並べられたヴァンガードカードを見ながらそう思った。

 

 

 

(今では各社“決闘盤”や“バトルフィールドシステム”、“カードデバイス”の開発に心血を注いでいる…三日月社はギアースの構造を公表しているものの、後に続く企業が無いということは…………まだ何か隠してるんすかね…?)

 

 

 

店のフリーファイトエリアではヴァンガードと同じ会社の別のカードゲームをしている男達がいた。

 

 

 

(そもそもギアースは何故、ヴァンガード専用なんだ……?ヴァイスとかでも同じものを出そうとしないのはどうして……いや、出さないんじゃ無くて出せないんすかね…?)

 

 

そこまで考えた所で、店の奥から店長が戻って来た。その手には大きな段ボール箱を抱えていた。

 

[日本語版宇宙の咆哮が4箱、日本語版レジェンドデッキが2つ、英語版レジェンドデッキが2つ、ビギニングセレクターが6箱、孤高の反逆者が4つ、シンクロンエクストリームも残ってるが?]

 

[じゃあ2つお願いする…アセディアは?]

 

[七大罪 怠惰の魔人アセディアだな…3枚だったよな?]

 

 

ジュリアンがこの店に来た理由は、ここが“日本語版のTCG”も取り扱っているためである。

 

 

 

「店長、そういえば日本語も話せるっすよね」

 

「ソウダ、ドウシタ」

 

[何でもない]

 

[お前……ジュリアン…ふざけるなよ?]

 

 

そう言いながら店長が値段を計算する。

 

 

[あー…っとお代は…] [いつも通りこれで]

 

 

ジュリアンがすっと黒いカードを差し出す。

 

 

[……うちでは使えないと言ったら?]

[その嘘、二度目]

 

[ちっ……覚えてやがったか…]

 

 

代金を支払ったジュリアンが大きな荷物を抱える。

量は多いが持てない程では無い。

 

[大丈夫か?]

 

[ああ…イタリアでの拠点、ここの二つ隣だから]

 

[そうかい…そりゃ便利だな]

 

 

そうしてジュリアンは店を出ようとする。そんなジュリアンに店長は呼び掛けた。

 

 

[イギリスの方では“白銀の魔女”ってのが現れたそうだが、ゼラフィーネ嬢が関係してるとか…無いだろうな?]

 

[さあ……関係無いだろう」

 

[だが、その魔女が関わった事件…“お前たち”の活動にも関係あるだろ!?]

 

「…ふぅん……オ・ルヴォワール、店長」

 

 

 

舞原ジュリアンはショップを出て、石畳の道に出る。一旦荷物を置いたジュリアンはその長く、銀色の髪を服の内側に仕舞うと帽子を深く被った。

 

自身の純白の肌はメイクで隠されている。

 

「やっぱり日本は……楽だったっすねぇ……」

 

 

 

そう呟いたジュリアンは再び荷物を持ち上げると、何とか日傘をさして石畳の道を進み始めた。

 

 

 

 


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