君はヴァンガード   作:風寺ミドリ

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078 果実の夢は終わらない

正月明け…1月5日。

 

天台坂の町のカードショップ…“大樹”には沢山の客が訪れていた。

 

何を隠そう、今日はヴァンガードの特別なブースターパック“ファイターズコレクション”が発売される日だったのだ。

 

 

「ナツミ!そっちはどうだ!レリジャス出たか!?」

 

「いや、ユズっち、これ出ねぇよ!!パーリータイタンもねえよ!!」

 

「あ、エポックメイカーだぁ~」

 

「「それで合計3枚目じゃないか!!」」

 

 

彼女達、チーム“誘惑の果実(ラヴァーズ・メモリー)”の面々も他のヴァンガードファイターと同じように、皆で協力してパックを剥いていた。

 

「待て、二人とも……イヨはどこだ?」

 

「そういや見てないな…」

 

「あ、イヨちゃんならさっき、シングルコーナーでマシニング・デストロイヤーを買ってたよ~」

 

「「あいつ、シングルで済ませやがったな!!」」

 

 

 

 

 

* * * * * *

 

 

 

 

 

花の蕾は濡れ滴り、大地からは恵みの水が溢れ出すような美少女がカードショップ“大樹”にはいる。

 

そう、この美少女こそ私“城戸イヨ”だ!!

 

 

「~♪」

 

 

今の私はとても気分がいい、欲しかったヴァンガードのカード“甲殻怪神 マシニング・デストロイヤー”を無事4枚揃えることが出来たからだ。

 

るんるん気分で愛すべきハーレ…ごほん、仲間達の元へ帰る。

 

 

「ふふふ…待たせたわね!!」

 

 

「「ああ?」」「イヨちゃーん♪」

 

 

ん?ユズキとナツミの顔が怖い?どうしたのかしら。

 

 

 

「「何でお前は箱を買ってないんだよ!!」」

 

 

 

あー…そういうこと……

 

私は二人が怒っている理由を理解すると、取り合えず落ち着くよう二人を宥める。

 

 

「えーと…四人で一箱ずつ買って交換しようってことだった?」

 

 

私の言葉を聞いてユズキが呆れたように頷く。

 

 

「そうさ…たちかぜとスパイクは久々の追加だし、ロイパラはGRだし…箱で買うべきだろう?」

 

「えー、そう?」

 

 

でも、絶対シングルで買った方が安いのよ?そもそも私、今回はデストロイヤー4枚とシャギー1枚で良いんだし。そんな私にナツミが食ってかかる。

 

 

「それになイヨりん!!自分で使うカードは自分の手でパックから出したいだろ!!」

 

「あーごめんナツミ、それはわかんない」

 

「なっ……」

 

 

私は唖然としてしまった可愛いナツミを尻目に、3人の集まるテーブルに座った。

 

 

「それで結局…箱買いの結果は?」

 

「んーとね、GRは私がオバロAce、グレンディオス、エポックメイカー…ユズっちはツクヨミ、エイゼル、エポックメイカー…それでナっちゃんがメイルストローム、グレンディオス、エポックメイカーだったよ!」

 

「エポックメイカー祭りじゃないの……」

 

今回のパックの最高レアリティの中でシングル価格の最も低いカードが3人でダブるというのは、中々酷な話だ。

 

 

「それで~RRRだと、パーリータイタンと、ダッドリー・ジェロニモと、マシニング・デストロイヤーが1枚も出てないの」

 

 

ナツミの欲しいパーリータイタン、ミカンの欲しいダッドリー・ジェロニモ、私の使うマシニング・デストロイヤー…そしてユズキの狙っていたレリジャス・ソウルセイバーも出ていないとなると……

 

 

「……全く意味無いじゃない」

 

 

 

四人のテーブルに気まずい空気が流れる。

 

 

 

「…………意味ならあるさ!!」

 

 

ユズキが自信満々に宣言する。…どんな意味があるっていうのよ。

 

 

「か、カードとの出会いは一期一会…だからその出会いを大事に「あーはいはい」

 

「最後まで言わせろ!」

 

 

 

私はユズキ達の開封したカードを見る。

 

大半のカードは私たちの使わないクランのものだ。

 

 

 

「にしても、どうするの?これ…私の武道館ライブでファンに配る?」

 

「いや、お前武道館でライブする予定無いだろ…そうだな…誰かにあげたり、交換の弾にでもするか…その方がカードも幸せだろう」

 

「カードとの出会いを大切にするなら自分で使うのが筋よね」

 

「……」

 

 

エヴニシェンなんかヒカリ欲しがるかもな…等と言いながらユズキはカードをクランごとに分け始めた。一方でナツミとミカンの二人は…。

 

「ユズちゃん、ナっちゃん、私オバロAceとグレンディオスとか売ってくるね~」

 

「おっと、なら私もグレンディオスとかルキエとか売るぞ!!」

 

「いくらになるかな~?」「楽しみだな!!」

 

ユズキは何も言わずに二人を見送る。

 

 

「……ねえユズキ」

 

「何だ……イヨ……」

 

「カードとの出会いは一期一会…だっけ?」

 

「…………」

「だからその出会いを「もういい……言わなくていいから……私だって普段なら売ってるからさ……ただ虚しさを誤魔化したかっただけなのさ……」

 

 

ユズキは遠くを見つめながらそう言った。

 

私はユズキの当てたカードを見つめる。セシリアやプリティーキャット等、縛りがいのありそうな見た目のユニットが多かった。

 

 

……とはいえ、Gユニットはなかなか縛られた姿を見るのが難しいのよね…ハーツが縛られているならGユニットも縛られた状態にはなるけれど、ハーツが縛られているのに“超越”するかは…微妙よね。

 

 

基本、私はメガコロニー以外のカードを見るときは縛れるか、縛ったらエロいかどうかしか考えないのだ。

「ところで…お前はまた変なこと考えてないか?」

 

「年中頭の中が百合の花畑なユズキに言われたくないわね」

 

「さっきから…新年早々、喧嘩上等か……?」

 

「高値で買ってヤるわよ…?」

 

 

そんな風に私たちが火花を散らしていると、カードを売りにいっていたナツミカンが帰ってきた。

 

「パーリータイタン揃った!!やっぱ最後はシングル買いだな!!(掌Я)」

 

「ジェロニモも~安かったよ~」

 

カードゲーマーなんてどうせ、シングルコーナーからは離れられないのよ。

 

 

「……いや、私はもう一箱を買ってでも…」「えー?ほらほら、ユズキも買いに行っちゃいなさいよ」

 

「私は…」「ほらほらほらほら」

「…」「ほらほらほらほらほら」

 

 

 

 

* * * * * *

 

 

 

 

 

天台坂、商店街。

 

「………ふっ」

 

「結局ユズちゃんもシングルでレリジャス揃えちゃったね?」

 

「……悔しいけどな」

 

 

私、ユズキ、ナツミ、ミカンの四人は商店街をぶらぶらと歩いていた。

 

 

「この後どうすんだー?」

 

「そうだな…」

 

 

ふと私たちの視界に入るのは、喫茶えるしおんの前の行列。この町で最も人気の喫茶店は今日も人でいっぱいだ。

 

 

「えるしおんも混んでるし…今日はここらで解散にするか」

 

「あーそだなー…次いつ集まる?」

 

「明日当たりに~皆で初詣行こうよ~!!」

 

「それは良い考えね…ミカンちゃんの可憐な振り袖姿に期待しちゃうわ」

 

 

こうして、明日四人で初詣に行くことを約束すると私たちはそれぞれの家路についた。

 

私は商店街から天台坂の駅に向かって歩く。隣にはユズキもいた。

 

 

「……イヨ」「……何?」

 

 

会話は続かず、しばらくの間私とユズキは黙って歩き続けた。

 

 

 

「お前の家、こっちじゃ無いよな?」

 

「ええ、違うわよ……でもそれはユズキも同じじゃない?」

 

 

 

私の記憶が正しければユズキの家は県立天台坂高校の近くだった筈、駅とは全くの逆方向だ。

 

 

 

「………」「………」

 

 

恐らく…私たちは同じところに向かっている。

 

 

 

「明日の初詣……楽しみね」

 

「………まあな」

 

 

正月明けで普段より人通りの多い道を私たちは歩き続ける。

 

 

「ミカンちゃんのお母さん、着付師さんだからきっとちゃんとした振り袖姿を見せてくれるわよね」

 

「……振り袖姿……か」

 

「体の体型が分かりにくい格好というのも、妄想が掻き立てられるわ」

 

「変態か」

 

「同じこと考えてる癖に…素直じゃないんだから」

 

「私はイヨ程オープンじゃないんだよ」

 

「認めてるじゃないの…むっつりだって」

 

「……うるさい」

 

 

商店街を抜け、私たちは同じ交差点で同じ方向に曲がった。ほぼ間違いなく、私たちの目的地は同じだろう。

 

天台坂の大型家電量販店が見えてくる。あそこの4階にはゲームセンターがあるのだ。

 

そこにはユズキの嵌まっているゲームがある。そして私もそれをやっている。

 

 

「……何も同じタイミングで行かなくてもいいだろ」

 

「えー?その方が楽しいのに、対戦しない?」

 

「やだよ…イヨにリズムゲームで勝てる気がしない、っていうか所持コーデでも負けてるし」

 

「そりゃあ、私は次元を超越してアイドルなのだからリズムゲームもお手の物よ」

 

「……お前はそれでいいのか?」

 

それでも何も、私の永遠のライバル“葉月ユカリ”なんか農業やって、カードやって、料理作って、無人島開拓して、新種の生物発見してんのよ?

 

最早何の職業よ!?

 

 

「……っていうか、そもそもお前…デビューもしてな「私は存在自体がアイドル…皆が夢見る偶像なのよ!!」

 

 

今に見てなさい…葉月ユカリをテレビの片隅に追いやって見せるわ!!

 

 

「あー…はいはい…あとリラフェアリースカートがあればリラフェアリーコーデ完成するんだけどな」

 

「流されたっ!?」

 

時刻は午後6時…私たちは有名な家電量販店の中に入る。中ではCMでよく聴くテーマソングが流れている。

 

「このテーマソングもいつか歌ってやるわ」

「そう、頑張れ」

 

 

淡白な反応のユズキはいつものことだ。とにかく私たちは揃ってエスカレーターに乗る。

 

「……というか、本当にイヨも来るのか」

「当たり前でしょ、ここまで来て帰るとか考えられないわよ」

 

 

「第一ここの筐体2台あるけど、片方修理中だからな?二人同時に出来ないからな?」「……で?」「いや…だから…」

 

 

「「私が先にやる」わよ」

 

 

正月明けの有名家電量販店は流石に混んでいたが、夕方であるため子供の姿は減りつつあった。

そんな中、今まさに家族と共に帰ろうとしている子供はおもちゃの変身ベルトを着けて嬉しそうにしている。

 

<シグナルコウカン!!トマーレ!!

 

 

「ほら、止まれって言ってるからイヨは止まれ…私が先行する」

「はっ?私のアイドルとしての輝きは止まらないのよ」

 

 

「第一お前がなりたいのは三次元でのアイドルだろ、この場所くらい私に譲れ」

 

「私にとって三次元も二次元も関係ないのよ、トップを目指すことに変わりないわ」

 

 

エスカレーターで4階についた私はユズキとデッドヒートを繰り広げながら目的のゲームの筐体があるコーナーにたどり着く。

 

だが、そこには既に先客がいたのだ。

 

 

「ちっ…“おじさん”が先行しているわね」

「やはりこの時間だと現れるか…まあ、私たちも似たようなものだが」

 

 

私とユズキは仕方なくその周辺をうろうろする。夕方のゲームセンター…やはり6時を過ぎると幼女先輩の姿は少ないが学生の数は多い。

3人から4人のグループがクレーンゲームを囲っていたり、男女カップルが太鼓を叩いていたり、男性カップルがエアホッケーをしていたり、野性動物が格闘ゲームの前で奇声を発したりしている。

 

 

 

「はぁ~こんなに可愛い私がここにいるんだから、声かけてくるスカウトマンとかいないかしら」

 

「お前な…それで変な奴に捕まっても私は知らんからな?」

 

「大丈夫、大体“臭い”で分かるもの」

 

「……ま、お前は昔からそうだったな」

 

 

私とユズキは小学校からの付き合いだ。それ故に互いのことはよく理解している。性癖も……ね?

 

 

「あーあ…ユズキが純粋無垢でノーマルだったら今頃滅茶苦茶愛でてるのに」

 

「何をする気だ…何を……というかそれはこっちの台詞だ」

 

少しボーイッシュな所があって、ナツミ程スポーティじゃない所は凄く良いのに…私と同じ“臭い”がする所が少し気になってしまうのよね。…とは言え、たまに何もかも忘れてこの少女を押し倒してしまいたい衝動には駆られているのだが。

「あーでも…もういっか…ユズキなら信じられるし」

 

「…?」

 

「今度二人きりで旅行でも行く?泊まりで」

 

「だから一体何をする気だよ………」

 

「いいじゃない…たまにはね」

 

「良くないっての、いや、何が“たまには”だよ」

 

 

 

私たちは再び目的の筐体の元へやって来る。

先程までいた“おじさん”はいなくなっていた。

 

これでゆっくりゲームが遊べる。私たちは並んで筐体の前に立ち、お互いを見た。

「じゃあ、どっちからやる?」

 

そうユズキに聞くと彼女はしばらく真剣な顔で考えた後こう言った。

 

 

「…ま…イヨに譲るさ」

 

微笑みながら私にそう言うユズキはとても可愛かった。幼女向けゲームの前で無ければ格好良くもあった。

 

私が何だかんだ言ってユズキと長く付き合っているのは、よく発揮される頼もしさと垣間見える可愛らしさが堪らなく愛しいからだ。

 

「リラフェアリー出たらあげるよ」「…ありがと」

 

そして私は財布から100円を取りだし筐体に投入する。そんな私にユズキが話しかけてくる。

 

ぽつりと一言。

 

 

 

「あのさ……旅行の件なんだが…」

 

「え?」

「旅行の件…考えてもいいからな?」

 

「……ユズキ」

 

 

全く…可愛い奴だな、ユズキは。純粋無垢な娘とイチャコラというのが好きではあるけど、ユズキといきなり濃密なところまでいくのも…今ならアリか。なんて。

 

 

「仕方ないなぁ、一緒にハネムーン行こっか」

 

「待て、二人きりは勘弁してくれ…私が考えると言ったのは旅行という単語だけで、それは二人きりの旅行じゃなくて友達皆で行くのがいいよなっていう話がしたいだけであってだな!?というかハネムーンじゃないだろ!!??」

 

「照れるな、照れるな」

「照れてないっての!!」

 

私は今のユズキやナツミカン達の関係を気に入っている…色々甘い妄想はするが、百合々々にして壊そうなんて本当は微塵も思っていない。それはユズキも同じ考えだと思う。だから互いに直接手を出したことは無い。

 

今はもう少しこのままでいいの…私はもうすぐ天を揺るがすトップアイドルになるから、時間は余り残って無いけれど。もう少しこのままの関係で…ね。

 

 

「あ」

 

 

私は筐体から排出されたカードを見て思わず声をあげる。

 

 

「どうしたんだ?」「ほら…見て!」

 

 

そこにあったのは、ユズキが欲しがっていたカード。

 

 

 

「「リラフェアリースカート!!」」

 

 

花の祝福を受け、天が頭を垂れる二次元三次元を問わずに究極のアイドル。それがこの私“城戸イヨ”…だけど今は一人の…友達と戯れる普通の女子高生。

 

 

「「よっしゃぁぁぁぁぁ!!!」」

 

 

普通の女子高生だから………大声をあげてしまった私たちがその後、店員に注意されてしまったとしても仕方がないのよね。

 

 

 

 


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