深見ヒカリが喫茶ふろんてぃあで“美空カグヤ”と出会った次の日の………夜の話。
ヒカリは以前自身が使っていたデッキを探すため、家の中を整理しようとしていた。
ヒカリの両親は数年前から海外で仕事をしているため、今はこの家では基本的にヒカリが一人で暮らしていた。
たまに年の離れた従姉妹夫婦が様子を見に来てくれるが、今はいない。
「…………」
ヒカリは目の前にある荷物の山からゆっくりと目をそらす。
中学時代、祖母の家で暮らしていたヒカリは高校入学に際して従姉妹が管理してくれていた“実家”で再び暮らすことを決めた。
その時に大部分の荷物は従姉妹の協力もあって整理し終わっている。
だがまだ残っているものがあった。
それはヒカリの純粋な私物である。
本や、ぬいぐるみ、卒業アルバムに………創作ノート等………
何となく他人に見られて気恥ずかしいものがそこにつまっていた。
しかも膨大な量である。
(…………この中からデッキを探すの…………?)
本当にかなりの量がある。
(今日は………服の整理くらいで…いいかな…)
ヒカリは大量の私物に背を向けて夏物の服の整理を始める。
(…………そう、今日は…今日は……今日は…)
………決してデッキ探しを諦めた訳ではない。
「…………あ」
ヒカリは夏物の服を箪笥からまとめて出した。
こんな風にいちいち広げるから荷物が片付かないのだがヒカリは気にしない。
「…………」
その中…その服の中でヒカリは“異様なもの”を見つける。
涼しげな夏服の中にそれはあった。
「………これは」
かつて祖母からもらった“それ”は…………
いわゆる…………
本格的な“ゴスロリ”一式であった。
「………………………………」
「……………………恥ずかしすぎる…………」
ヒカリは誰もいない部屋で、昔それを着ていた頃の自分を思い出し、恥ずかしさで悶えるのだった。
* * * * *
ふいに東側のカーテンの隙間に光が差し込む。
僕はそれを見てカーテンを開ける。
目の前に広がる庭園の向こうから太陽が顔を出そうとしているのが見えた。
今、夜が明けるのだ。僕は朝日の美しさに目を細めていた。
「…いやぁ、徹夜明けの朝日はなかなか感慨深いものがあるっすねぇ」
僕が部屋の中に目を向ける。
部屋の棚には様々な種類の“カード”が収納されていた。
それらの共通点はどれも“TCG”と呼ばれるものであるということだ。
だが今、僕の机に広がっているカードは“ヴァンガード”のものだけだ。
机の上のパソコンに表示されている動画ファイルも、全てヴァンガードの“ある大会”での対戦動画である。
…そろそろ学校に行く準備でも始めた方がよさそうっすね。
僕は机に散らかるカードをまとめ、パソコンの電源を落としてからいくつかの“デッキ”をカバンに入れると部屋を出たっす。
隣の部屋で“お嬢様”の使用人の人が僕の分の服を用意してくれてるっす。
「いつもすいませんっす」
「いえ、こちらこそ“お嬢様”のこと、よろしく頼む」
しばらくして、僕が食事をしようとテーブルについた時にはまだ“お嬢様”は居なかったっす。
「あの子ったらまだ寝てるのよ、ごめんなさいね舞原君」
チズルお母様がそう言ってくれるっす。
今この屋敷で…日本で生活できるのも全てチズルお母様のおかげ…………
この人には感謝してもしきれないっす。
「気にしてないっすよ、どうせ学校で会うんすから」
「あの子のこと頼むわね」
僕は準備を終えると、少し早めに屋敷を出て学校に向かうっす。
少し早く家を出るのには色々と理由があるんすよ。
「そこの髪の長いにーちゃん!!」
「ん?」
「この俺とヴァンガード勝負だ!…………でなきゃ、お前をここから先には進ませない」
そこにいたのは…以前僕が負かしたおっさん…………だっけ?
「………まぁ朝早くからごくろうなことっすね、いいっすよ…………勝負っす!!」
僕はこのおっさんが用意してきたテーブルの前に立つっす。
「さぁて!今度こそ俺のディセンダントがお前を倒す!!」
面白い冗談を言うなぁ…このおっさん
「スタンドアップっす!ヴァンガード!!」
「スタンドアップ・ザ・ヴァンガード!!」
まぁ、こんな風に僕は毎日学校につくのがギリギリになってしまうっす。
「…………………でも、今日はそういう訳にはいかないんすよ!!」
今日はこのあと大事な用事があるっす…………一応こうなることを予想して、早めに家を出たからまだ時間の余裕はあるんすけどね。
でも、
のんびりファイトしているほど暇じゃないんすよ。
一気にぶっ倒すっす。
「覚悟するっすよ!クロスブレイクライド!最凶獣神 エシックス・バスター…“Я”!!…そして、ファイナルターンっす!!」
* * * * *
深見ヒカリは誰もいない朝の教室から遠くの景色を眺めていた。
ヒカリの席は窓側にあるため、座ったままでも外の様子がよく見える。
「…………」
ヒカリは朝早くのあまり人がいない教室が好きだった。
そのためにいつも早めに家を出ているのだ。
教室の時計を見ると時刻は7時48分………
「………そろそろ青葉クンが来る頃かな…………別に待っているわけじゃあないけど」
ガララッ
ヒカリの耳に教室の扉が開く音が聞こえてくる。
「…おはよう、青葉ク………?」
「…………“やっと”会えたっすね」
ヒカリが振り返った先には、見たことのない“銀色の長い髪をした青年”がいた。
「僕と一緒に来てもらうっすよ……深見ヒカリさん」
その青年は印象的な碧色の瞳をしていた。
「…………あなたは…………?」
「申し遅れたっすね…………僕の名前は舞原……舞原ジュリアン……………世界最強のヴァンガードファイターになる男っす」
「……………………はぁ」
ジュリアンは“値踏みするような目”でヒカリを見ていた。
「さあ!行くっすよ!」
ジュリアンがヒカリの手を引っ張る。
「ええ!?……今…すぐって……こと?」
「そうっす、…今じゃないととても君には近づけないっすから」
「??」
そんな会話をしている内にヒカリはぐんぐん引っ張られていった。
ヒカリの手には自身のカバンが持たされていた。
「……………カバン…置いて来ないと………」
「その必要は無いっすよ、もう見えてきたっす」
「……?ここは…………」
ジュリアンが指を差す方向には生徒会室があった。
「さあ、入るっす」
ヒカリは生徒会室に足を踏み入れる。
(………意外と広い……)
初めて入る生徒会室を見回すヒカリ。
その部屋の中にはヒカリとジュリアン以外にもう一人の人物がいた。
少し開けられていた窓から風が流れ、その人物の髪を揺らす。
(…………本物の……ポニーテール……)
「ようこそ、私の楽園へ」
生徒会室でそう平然と言ってのけた女性のことは、ヒカリも名前と顔は知っていた。
「……天乃原……生徒会長……?」
「楽園て…何言ってんすか……」
ジュリアンが冷めた視線を向けるが、生徒会長と呼ばれた彼女は気にしない。
「あなたが私を知っているように、私もあなたを知っているわ、1年B組の深見ヒカリさん……いえ、絶対天使さん……」
「……………ぇ?……天使?」
ヒカリは聞きなれない自身の通り名に困惑する。
「そして、もう知っているでしょうけど私の名前は天乃原…………天乃原チアキ…誰もが敬う天乃原家の娘にして、“カードファイト部”の部長よ………とうっ!」
チアキはそう言って机の上に飛び乗り、ポーズを決める。
「…………あ、あと天台坂高校生徒会長もやっているわ」
ヒカリはしばらく言葉が出なかった。
「……………カードファイト部?」
「もちろん学校非公認っす、お嬢が勝手に言ってるだけっすよ」
「……………」
目の前でポーズを決めるチアキの手には、しっかりとヴァンガードのデッキが握られていた。