これからも更新が遅くなることはあるかも知れませんが少なくとも一ヶ月以上放置することはしませんので、これからもお願いします!!
個人回ももうすぐ終了、天乃原さんの話と覇道竜星の話をしながらカグヤさんとゼラフィーネの話をしたならVCGP予選の始まりです!!
落書きですが、最近出番の無いうちの主人公も置いておきます。今までと少し違う気がするのは私が下手だからということにしておいてください。
【挿絵表示】
それではここから本編になります。
僕は曇り空を無心に眺めていた。
弟達が初詣に行くと家を出ていって3時間。
家の中には僕しかいなかった。
「……疲れたな、そろそろ気晴らしにでも出るべきかな……?」
しばらく考えた後に僕は荷物をまとめ、戸締まりを確認し、家を出た。家の中には弟達に宛てた手紙も置いておいた。
遠くまで出掛けようという訳では無い。
ただ少し…気晴らしに……
僕、神沢コハクは外の世界へと歩みだした。
* * * * * *
僕の暮らす北宮から電車に乗って、僕は大智という街へ向かった。
特にこれといった用事は無いが、様々な施設のあるこの街は気晴らしに都合が良い。
「しかし久しぶりに外に出ると…わくわくするね」
なにせーー…冬休みに入ってから今日まで、一歩も外に出ていなかったのだから。
僕は現在中学三年生……つまり高校受験が目前に迫っているのだ。勉強漬けの毎日は流石の僕でも堪える。
大智へと着き、僕は周りを見渡した。
「まずは何処へ向かうかな…」
そうして僕は近くのデパートへと向かった。僕が勉強漬け生活を始めてから発売されたヴァンガード商品といえばレジェンドデッキとファイターズコレクションだが、このデパートでは取り扱っていないだろう。
僕はそれを確認し、屋上まで登って空を見上げる。
家を出る前と変わらず、空は曇っていた。
「もっと綺麗な空が見たかったんだけどねぇ…はぁ」
「何でこんなに曇ってんだよ……はぁ…」
ため息が近くにいた少年とハモる。
その少年と僕は思わず目を合わせてしまった。
「…………?」「……あ、あんた!!」
少年は僕をまじまじと見つめた後に、僕を指差して叫んだ。
「か、神沢コハク!!」
「……誰?」
その少年は僕の言葉を受けて、名乗り直した。
「あ…いや…僕は霧谷ミツル…一応ヴァンガードファイターでさ…VFGPにも出てたんだけど……」
「なるほど…でも君と僕のチームは多分だけど戦って無いな……つまり初対面という訳だ…さっきのは失礼だとは思わないかい?」
「う……ごめん」
「分かってくれたのならいいんだ」
とは言え名乗られた以上こちらも名乗らなければ。僕は彼に向き直り、自己紹介を始める。
「知っているだろうけど僕の名前は神沢コハク、ノルンが一人神沢ラシンの兄だ」
「ノルン…?」
「おや…?まあ知らないのならそれでもいいさ…それで、君はどうしてここに?」
「あ…ああ…僕は今中3でもうすぐ受験なんだ…それでずっと勉強してたんだけど疲れちゃって…こうして街を彷徨い歩いているんだ…」
「……なら僕も同じかな…プレッシャーを掛けすぎて潰れそうになってたから、ここに来た」
僕達は屋上に設置されたベンチへ腰かけた。僕たちの受験トークはしばらく続く。
「神沢さんはどこの高校に?」
「…公立…天台坂高校かな」
「(……僕より全然頭良い所じゃないか…)」
「ミツル君は?」
「え”!?…あー…か、かか開成高校かなぁ??」
「凄いな…」
「ごめんなさい嘘です、北宮豊陽高校です、すいません全然神沢さんより下です」
「見栄張らなくても……まだ僕だって受かると決まった訳じゃないんだから……」
空は雲で包まれ、夕暮れの紅い光は僕たちには届かない。灰色の空の下、僕たちは語り合う。
「へぇ…じゃあ君は所謂2期の頃からヴァンガードを始めたのか」
話題はいつのまにかヴァンガードへと移っていた…ヴァンガードのことを誰かと話すのはとても久しぶりで、僕はとても楽しんでいる。
「いや…正確には獣王爆進ってブースターが安かったから、沢山買って始めることにしたんだ」
「ああ…なるほどね」
ミツル君は鞄からデッキケースを取り出すと、更に一枚のカードを取り出し、見つめた。
「僕の相棒、ルキエもそこで手に入れたんだ」
「ルキエ…か」
スリーブ越しとはいえ、そのカードはだいぶくたびれて見えた。ずっと使ってきたのだろう。カードゲームのセオリーを学ぶ前から、スリーブに入れることを覚える前から。
唐突に僕の記憶がフラッシュバックする。
あれは…いつのことだったか…僕がヴァンガードを手にしたのは…そうだ…スタードライブ・ドラゴン…僕は一番最初からヴァンガードと……出会っていた……
「コハクさんは…どうしてヴァンガードを?」
「さん付けは止めてくれ…そうだな、折角だから話そうか…僕とヴァンガードの出会いと、別れと、再会の物語を……ね」
そしてそれは少年ととある少女の最初の出会いの物語でもある。
* * * * * *
少年は金髪だった。
勿論、生粋の日本人である少年の金髪は自前の物では無い。
所謂……ヅラという奴だ。
そして少年はフリルの沢山付いたドレスを身に纏っていた。
ピンク色の可愛らしい服を着て、金髪ロングのヅラを着けさせられた少年。
神沢コハクはそんな少年のアルバムを眺めていた。
アルバムの中の少年は3歳くらいだろうか。後ろでは弟も女装をさせられている。……とはいえ、このくらいの年齢なら余り気にすることは無いだろう。可愛い幼児が可愛らしい服を着ている。ただそれだけだ。
そのくらいの年齢なら……だ。
神沢コハクは今の自分の服装を確認する。金の髪、ピンクのドレス、女性物のティーバック…。
神沢コハク11歳、未だに女装を強いられている。
今でもはっきりと思い出せる9歳の誕生日。両親にはっきりと抗議をいれたあの日。コハクはなし崩し的に約束してしまった。
小学校の間は…この格好で過ごすと……。
基本的には至って普通な両親であったが、何故か息子の服装に関しては異常な性癖を発揮していた。コハクがそのことに、自身の服装が異常だとはっきり認識できたのは小3の頃である。
後少しで中学生、自由な服装が出来るまでもう少しの辛抱だった。
コハクは空を見上げ、ため息をつく。
そんなコハクに、ある日趣味が出来た。
何気無く見ていたテレビ、始まったのは新しいアニメ。画面に現れるのは可愛らしい乙女…いや少年であった。
その名は先導アイチ…櫂トシキの正妻にしてこのアニメの主人公。
コハクは衝撃を受けた。アニメ…所謂二次元とはいえこんな可愛らしい男がいていいのかと。最近耳にする深夜アニメとやらならともかく、こんな子供向けホビーアニメでやっていいのかと。
そんなことを、頬を赤らめるアイチを見ながら考えていた。
そしてそのアニメ…カードファイトヴァンガードのカードゲームを始めたくなったコハクはヴァンガードの特集が組まれた雑誌を購入、付属されたデッキを手に取ることになる。
スタードライブ・ドラゴンと共にヴァンガードを始めたコハクはブラスター・ブレード、アルフレッド、ソウルセイバー…とアニメの先導アイチさながらにデッキを強化しながらこのカードゲームにのめり込んでいった。
弟や妹とも遊び、やがて大会にも出るようになる。
コハクの服装に対する遠慮の無い視線も、ファイトをしている間は気にならなかった。
そして、ラグナルクCS。後々に伝説となったこの大会でコハクは“スクルド”と呼ばれるようになった。たまにコハクの瞳はブラスター・ブレードと同じ翠色に輝くようになった。
勿論、コハクの周囲でそれを知っているのは弟と妹だけではあった…だが、それで十分だった。自分に自信を持つようになった。大げさに聞こえるかもしれないが、世界が変わって見えた。
だからコハクは調子に乗っていたのかも…しれない。
時は進み、中学へと進学したコハク。その姿はごく普通の中学生のものだった。
だが、進学した中学が普通では無かった。
人の悪意で出来た、薄汚い空気を前に、コハクは絶望する。
コハクは悪意に襲われた。
視界は反転し、体が地面に叩きつけられる。今の自分の状態、状況をコハクは考えないようにしていた。
目の前でカードが舞う、ヴァンガードのカード、アルフレッドだ。
汚ならしい笑い声が響く。
カードはその形を歪めていた、カードも、コハクも、醜い悪意の中に沈んでいた。
ブラスター・ブレードは、マロンは、トランペッターは、ギャラティンは、イゾルデは、ソウルセイバーは、エポナは、エレインは、リューは、ういんがるは、そしてアルフレッドは、もう、コハクの手には、戻らないのだろう。コハクはそう感じた。
次に形を歪められたのは……ブラスター・ブレードだった。
カードは、暗闇の向こうに消えていく。
しかし、
「愚者共が…よく我が前で醜い行為が出来たものだ…余程、その命を地獄へと落としたいようだな…」
突然、凛とした少女の声が周囲に響いた。
コハクをいたぶっていた男、女達の顔が恐怖に染まっていく。
コハクの後ろに誰かがいる。
急に冷静になった頭でコハクは思い出していた。この中学に“革命”を起こしている人間がいると。
そのおかげで、これでも昔よりこの学校はまともになったと。
そしてその人間はこの中学に満ちた悪意を浄化するために、暗闇を晴らす“光”として戦い続けていると…
「恐怖による支配しか知らないそのような拳ではこの我には届かない、大人しくひれ伏すというなら今後の処遇、多少は…」
「……舐めるなよ小娘がっ!!!」
一人の男が殴りかかる。だがその拳は放たれることなく、男は地面にひれ伏した。男の頭の上には少女の脚が乗せられていた。
「……春風さん、この男は紳士改造コース“怒級”に送る」
「了解しました」
痛む体に鞭打って、何とかコハクは振り向いた。そこにはゴスロリと制服を組み合わせた不思議なファッションの少女と、明らかに中学生では無い男達、女達が立ちはだかっていた。
「や、止めろ!!連れていかないでくれ!!」
「…学校側、保護者側の許可は得ている、思う存分やってくれとな」
「う、嘘だぁぁぁっ!?」
殴りかかった男は黒いスーツを纏った男達に連れ去られていく。
(悪の軍団…っぽいな)
少女はコハクを襲っていた残りの男女に向かい言い放つ。
「大人しく投降しろ…我も余り血を見たくは無いのでな」
少女の鋭い眼光を前に彼らは何も出来なかった。
彼らも殴りかかった男と同様に何処かへと連れていかれていく。
少女はコハクに手を差し伸べた。
「大丈夫か?…痣が出来ているじゃないか…春風さん!!救急箱をここに!!」
「はっ!!」
コハクは少女の手を取ることなく、ただ目の前に散らばるカードを見つめていた。
ほとんどカードは無傷だった。
だが、アルフレッドとブラスター・ブレード…その内の1枚ずつが手遅れだった。悔しさと惨めさがコハクの胸の内を占める。
「アルフレッド…ブラスター・ブレード…」
少女も悲しそうにカード達を見つめる。
遠くから春風さんと呼ばれた女性がやってくる。
「酷い……あの、代わりのカード、私が用意…」
「そうだね、お願いできるかな春風さ「余計なことはしないでくれ……僕のアルフレッドとブラスター・ブレードはこいつらなんだ……代わりなんて欲しくない」
「……そうか、すまない」
本当はお礼の言葉を言うべきだというのに、それを言おうとすると胸が詰まるような気持ちになる。代わりに出たのは突き放すような悪態だった。
どうにもならなくなったコハクは地面に散らばったカードを集めると、その場から逃げるように立ち去ろうとした。
「待つんだ!!」
少女の声がコハクを呼び止める。コハクは振り返り、ゴスロリの少女を見た。
その瞳は自信と愛に溢れていた。その瞳の光は今のコハクには眩しすぎた。
「この学校で辛いこと、苦しいことがあれば我に言って欲しい……我は「結構さ…構わないでくれ」
コハクは極めて平静を装うと、今度こそその場を立ち去る。そうでないと、あの少女に泣きついてしまいそうだったからだ。
その少女がヴァンガードファイターの“ベルダンディ”だったのではないかと気づいたのはそれから一ヶ月程経った後の話だ。
あれからコハクの瞳が翠の光を帯びることは無く、デッキを手に取る気持ちにもなれなかった。デッキは棚の上に置かれた。
件の少女にちゃんと礼を言わなければならないと思ったものの、あれからゴスロリの少女が現れたという話は聞かなかった。
それでも、悪意の固まりのような人間は学校から少しずつ消えていったことから、彼女は人知れず戦っていたのだろう。
そして一年が経った。弟が同じ中学に入ってきた頃には、北宮中はすっかり落ち着いていた。
コハクのデッキは相変わらず自分の部屋の棚の上。
そして彼女と再会することも無かった。
その頃から何となく、空を見つめることが多くなってきた。
「兄さん……?」
「…………」
弟がコハクを心配するような声が聞こえる。
だけど僕は、何も答えない。
「ベルダンディか…」
「………!!」
弟は何かに気がついたように自分の部屋へと戻っていった。
そして数日後、弟は自分の髪をかつてのコハクと同じ金色に“染めて”来たのだった。
* * * * * *
外は少しずつ暗くなり始めていた。僕はミツル君に話を続けている。
「弟は僕がベルダンディやウルドと呼ばれるファイターと戦えなかったことを気にしていると思ったんだろう…僕の意志を継いで戦うって言い出した。特にそんなことを考えていた訳では無かったけれど、僕は弟にかつて“少女”に見たのと同じ“光”を感じたんだ。だから僕は弟を見届けたいと思った。そして僕も髪を同じ金色に染めたんだ…弟と共にいるために」
「……なるほど、それで今に至ると」
「いーや…いつのまにか弟やそのライバル達に熱を移されていたらしくてね、結局また自分でヴァンガードのデッキを手に取っちゃったのさ」
僕は自分のポケットからデッキを取り出す。かつてとは全く違うデッキだが、僕はこれでまた戦おうと思ったんだ。
ミツル君が僕のデッキを見て、驚きの表情を見せた。
「それ…根絶者かぁ…使ってる人始めて見たな」
「ははは…確かに使用者は少ないね、ロイパラと比べても使いにくいし…」
僕は腕時計を見る、時間的にそろそろ帰って勉強の続きをした方がよさそうだ。
それはミツル君も同じだったらしく、彼も半分腰を上げていた。
「……もう帰らないと…だけどさ」
「そうだね、だけど、ファイターは二人、デッキも二つある、このベンチの上ならカードも広げることができる……」
どうやら僕もミツル君も本当に考えていることは同じようだ。
自然にカードを並べていた。
「「スタンドアップ!!ヴァンガード!!」」
結局、僕はまだ“ベルダンディ”にあの日、助けてくれたお礼を言えていない。向こうも僕があの時の少年だということに気がついていないようだった。
最初、ラグナルクCSでは金髪で女装、助けられた時は黒髪で制服。その後は金髪で私服。北宮中の学祭では金髪で制服。これだけ毎回格好が違えば気づいて貰えないのは当然のことかもしれない。
いや、もしかしたら気づいていて何も言ってこないのかもしれない。
結局のところ、僕の方から話さなければならないということだろう。
だけど、すっかり性格のひねくれた今でも僕はまだ、彼女へのお礼の言葉が見つからないでいた。