冬の空は透き通るように輝いていた。
学校帰りの私は木製のお洒落な扉をノックし、訪れた建物の中に入る。
「こんにちわ……」
「ヒカリ様!!いらっしゃい!!」
ここはカードショップ“アスタリア”。
私は“パック”を購入するとテーブルに座り、荷物を足元に置いた。そして懐から小さなハサミを取り出す。
真っ白に燃え付き、そして暗い暗いムードを醸し出していた天乃原さんを見た日……つまり今日はヴァンガードのブースターパック“覇道竜星”の発売日でもあったのだ。
私は今から、それを開封する。
「ま……今回は15パックだけ試しに…だけどね」
「……?シャドウパラディンが収録なのに一箱も開けないのか先輩は」
やる気なさげに一パック目を開封する私の隣には、同じように箱を開封する神沢クンの姿があった。ちなみにそう言う神沢クンは二箱だ。
「うーん…なんか……ねぇ……シャドパラはシャドパラでも私が使いたいのはファントム・ブラスター達の方だから…ね」
「贅沢な不満だな」
私たちは黙々と開封作業を進める。
「あ、RRRだ…」
「早いな…先輩」
二パック目を開封した私の手には既にシャドウパラディンのRRRのカードが握られていた。
それは虚ろな瞳で黒馬を駆る漆黒の竜。既に私はそのユニットの名前も、設定も知っていた。
「……覇道黒竜 オーラガイザー・ドラゴン…ねえ、設定上思いっきりファントム・ブラスター達と対立してるからなぁ……使いたくないなぁ……」
存在しない未来からやって来たというこのユニット…設定ではクラレットソードとかいう奴に呼び出されたらしくDiablo達に傷を負わせている。
…槍を構え馬に跨がる姿は北欧神話に出てくる主神“オーディーン”を思わせる。……私や神沢クン、カグヤさんのあだ名である“ノルン”や“ベルダンディ”といった単語も北欧神話から取られているため少し親近感が湧いてしまい、腹立たしい。
「使いたくない……なぁ」
「だが、初回から使えるGペルソナだろう?良いカードじゃないか…羨ましい」
神沢クンが心底羨ましそうに私の持つオーラガイザーを見つめる。確かに…このユニットは最初の超越から“ジェネレーションブレイク2”を開放できるように作られている…ブラスター・ダーク“Diablo”のGB2(ブラスターへの超越ならどのグレードのカードでも超越のコストにできる)を活用するなら相性はいいのかもしれない。
「でも…ねえ」
「……こいつとクラン交換しないか?」
彼の手にはオーラガイザーと同じトリプルレアのユニットが握られていた。
「それはゴールドパラディンのGペルソナ?」
「……ああ、黄金竜 スピアクロス・ドラゴンだそうだ……能力は……空いたリアガードサークルへのスペコ…重いわ遅いわでどうしたものか…現状だとファントム・ブラスター“Diablo”の退却効果へのカウンターくらいにしか使えなさそうだ」
「…ピンポイントで私をメタっているのは…一体どうして……!?」
「一応、俺と先輩との戦いのために来てくれたのかもな」
神沢クンとそんな風に軽い会話をしながら、私は更にパックを開けていく。
隣から“せめて上書き出来れば…”という呟きが聞こえるが気にしない。
流石に同じ箱から選んだ15パックであるためこれ以上オーラガイザー・ドラゴンが出ることは無いだろう。買い足す予定も無いため私がオーラガイザーを使うことは無さそうだ。
「とか言って先輩ならSPのオーラガイザーを引き当てるんだろ?」
「まさか…それはないよ」
「クラレットソードとか?」
「勘弁して……」
覇道竜 クラレットソード・ドラゴン…歪な紅い凶刃を携えた漆黒の竜…どう考えてもファントム・ブラスター達に対立しているため私のデッキにはあまり入れたくないんだよね……
あまりっていうか…絶対入れない。
ふと、隣を見ると神沢クンのパックからリンクジョーカーの“星雲竜 ビッグクランチ・ドラゴン”が登場するのが見えた。
「リンクジョーカー…といえばコハクさんが使うのかな?」
「ああ、というかそもそもこのブースターは兄さんと俺とで金を出して買ったやつなんだ…兄さんはリンクジョーカー全般、俺はコモンとかレアの“解放者”の強化カードが目当てというわけだ……あとスピアクロス」
神沢クンが既に開封してあった山の中から“混じり合う根絶者 ケヰヲス”を取り出した。もしかするとそれがコハクさんの使うユニットなのかもしれない。
「ま、何よりも自分の使うクランが収録されたら箱は開けるだろ」
「…すいませんねぇ箱買いしてなくて…」
私は不貞腐れたように返事を返す。確かに私だって今回の箱に欲しいカードはあるにはあるのだが…シングルで買う気もしなければ箱で買って当たる気もしないのだ。
私はちらっ…と後ろのシングルカード売り場を見る。
私のお目当てのカードはちゃんとそこに並べられている。……すごく高い。
どのくらい高いかというとファントム・ブラスター“Abyss”とブラスター・ダーク・撃退者“Abyss”を合わせた額よりも……いや、何でもない。ショップごとに価格の差があるとはいえ流石にこれは手が出ない。
そんなことを考える私の気持ちを知ってか知らずか……私の開封したパックからは再びシャドウパラディンのカードが登場した。もちろん件のカードではない。
「魔界城 シュトライテントゥルム……え!?」
「どうした先輩?」
私はカードのテキストを読み上げる。
「このユニットがVかRに登場したときコスト(CB1)を払ってよい……払ったら、あなたの山札の上から1枚をダメージゾーンに置き……ターンの終了時、ダメージゾーンから1枚を山札に戻し、その山札をシャッフルする……って」
「今更自爆互換とは…ふざけているのか…?」
「……笑うしかないよね」
そもそも自爆互換という言葉を聞くこと事態が久しぶり過ぎる。
「自爆といえば…私が舞原クンと初めてファイトした時、舞原クンが使ってたなぁ……」
「へぇ…何のデッキだったんだ?」
その質問に私はあの日を思い浮かべる…思えばもう半年以上前の話だ。
「確か…グレートネイチャーのレオパルドЯだったよ…」
「グレネイか…そう言えば…舞原ジュリアンは今どうしているんだ?」
「さあ…私にはさっぱりだよ……唯一連絡を受けてそうな天乃原さんとも最近全然話せてないからね…」
そう……あの日、青葉クンが事故にあった日を境に私は舞原クンと会っていない。結局ヴァンガードファイトの勝敗もつかないまま彼は消えてしまった。
今も彼はヴァンガードをやっているのか…それさえも私にはわからない。
「あの男なら突然ひょっこり現れそうだがな」
「はは…言えてるかもね」
「……っと…おお!?」
突然神沢クンが驚きの声をあげる。
「どうしたの?」「いや…これがな、出たんでな」
神沢クンがゆっくりと1枚のカードをこちらに見せる。
「これ…は……?」
「創世竜 アムネスティ・メサイア……今回の高レアリティ“GR”のカードにしてリンクジョーカーの必須ユニットらしい…兄さんが欲しがってたんだよ」
「へぇ…」
「感想薄いな……」
「まぁ……ね」
正直シャドウパラディン以外のカードは見せられても困る…かな?
私はそんな風に思いながら、次のパックを開封する。そしてどうやら“ツキ”は神沢クンだけでなく私の方にも回っていたらしい。
私はそのカードがちらっと見えた瞬間、奇声をあげていた。
「…う…わ……あああ!!??」
「先輩?」
「出た……!!GRの…!!ブレイクライド版のファントム・ブラスター・ドラゴン!!!」
今回の私の最大の狙いであるカードが意図も簡単に登場してくれた…これほど嬉しいことはない。
「……たった数パックでGRとか……」
神沢クンが化け物を見るかのような目で私を見る。
「だ、駄目?……というか神沢クンの二箱っていうのも結構少ないと思うんだけど…」「いや……まぁそうだけどな」
私は改めて新しいファントム・ブラスター・ドラゴンを見つめる。正直言って旧ファントム・ブラスターとは顔がだいぶ違う気もするが、格好良いので気にしない。
迫力あるイラストが私の心を震わせる。
そして肝心のスキルもまた強力なガード制限とコスト回復であり、デッキに採用する価値がある。
そんなカードが手に入ったことはとても嬉しいのだが…
「どうしようかな…デッキ練り直さないと…折角纏まってきたのにな…ふふ…」
「困ってるようには見えないぞ…」
買い足すには高額なカードだが、サーチ用のカードは遥か昔から存在するため……何とかなるだろう。
「えへへ…」
「羨ましいもんだ…こっちは“青き炎”に組み込めそうなカードが少なくて困ってると言うのにな」
「いや、それはこっちも同じだけどね…」
「…俺のデッキ全然強化できないんだよな…オラクルの“メイガス”だってトリガー1枚しかもらえなかったしな…」
「神沢クンだけの不満じゃないし…仕方ないんだから落ち着いて落ち着いて…ね?」
あらかたパックの開封を終えた私たちは互いに不要なカードを交換した後、デッキの改造を始めた。
「お二人とも、開封結果は良好でしたか?」
そんな時、レジの向こうから春風さんがやってきて私たちにそんな言葉を投げ掛けてきた。
「最高の結果だったよ?」「…まぁまぁといったところ…だな」
私は最大の狙い、ファントム・ブラスター・ドラゴンが手に入ったため大満足。神沢クンは元々今回のパックへの期待が薄かったようだ。
「来週からいよいよ“VCGP”のショップ予選も始まりますからね…構築を弄るのも良いですが慣らし運転も始めていった方がいいですよ?」
「そっか…もう始まるんだ…」
VCGP…ヴァンガードクライマックスグランプリ…ヴァンガードの日本一のファイターを決める全国大会…そしてその道は世界大会にも繋がっている……
「もしかしたら…先輩とショップ大会で戦う可能性もあるんだな…できればVFGPの時のように最後の決勝で戦いたいものだが…」
「それを言えばショップで当たらなくても地区大会で戦うことになるんじゃない?東京大会…出るよね?」
「いや…俺や兄さん、マリはまず仙台大会に出る予定だ…そこで勝ち抜けば東京大会に出ることは無い」
「へぇ……」
「まぁ何にせよ…戦う時は全力でいかせてもらうぞ」
「望むところ…だよ」
私と神沢クンは互いに視線を交わす。お互い、間違いなくこの大会で最大のライバルになると思っているからだ。
きっと今、全国で私たちのようなやり取りが行われていることだろう。
私はそんなことを考えながら、オーラガイザー・ドラゴンを見つめた。
* * * * * *
ーー天台坂
カードショップ“大樹”では今日もカードファイトが行われていた。
「…ふふ…お楽しみの時間ね、甲殻怪神 マシニング・デストロイヤーのスキル!!“マシニング”のエスペシャルカウンターブラスト1で貴方のボルテージホーン・ドラゴンを
「ほう……」
“マシニング”のデッキを扱う城戸イヨはこの店の店長である青葉カズトとファイトをしていた。
その様子を彼女の友達であるユズキやミカン、ナツミ達が見守る。
「いっけーイヨりん!!店長なんてコテンパンにしてしまえ!!」
「ナツミちゃん、コテンパンっておいしそうだね~」
大会に向けての腕試しにと、カズトはユズキ達に対戦を持ちかけたのだ。既にスパイク使いのミカンが敗北を喫している。
イヨはスタンドを封じたディセンダントにアタックを仕掛けていく、が、その攻撃はどれもカズトによって守られてしまった。
「む、む、むぅ…大人しく縛られてればいいのに…」
「なら俺のターン…だな?」
ユズキはファイトを見守りつつも自身のデッキを調整していた。
(……私の分身…か)
彼女の手には…ヴァンガードの中でもかなり特殊な能力をもったカードが握られている。
「ははは…これでどうだ?スペリオルライド!!抹消者 スイープコマンド・ドラゴン!!」
「あああ…もう、これだからスペライは!!空気を読みなさいよ!!」
「そんなんじゃあ大会は勝ち抜けないぞ?」
「分かってるわよ!!」
ーー仙台
「……愛の嵐 キスリル・リラのスキル発動、2枚ソウルチャージして、ソウルは12枚、そして1枚ドローやんな…次はドリーンのブーストしたスイート・プレデターでアタックや!!」
「なら!!グルグウィントのスキルだ!!山札からエアレイド・ライオンでガード!!」
「そんなんできるん…?凄いなぁ…」
ーー北海道
「…忍妖 コナユキ……素晴らしい」
「ふぅん…アタイとデートだってのにセンは紙の向こうの幼女に夢中なんだ……ふぅん」
「うっ……いや……すいません」
「今弾ならアタイはキリング・ドールマスターかな」
「別に聞いてな…すいません」
ーー大阪
「っううう……幸せの鐘 ノキエルでガード!!」
「無駄!!マグナム・アサルトはスタンドする…もう一度エリアにアタック!!」
「むむむ……私の負けです……」
ファイトが終わり、天海レイナはカードをケースへと戻していく。
(大会予選まで後一週間……か)
「ふにゅぅ……折角大阪まで修行に来たのに簡単に負けちゃった……」
「え……普段はどちらに?」
「なごやだよー」
ーー名古屋
「ちょっと待て!!なんで僕が名古屋の代表みたいになってるんだよ!!」
慣れないカードショップの中、ギアースシステムの前で霧谷ミツルは絶叫していた。法事で訪れた名古屋の町で、気まぐれに出場したショップ大会で優勝した彼はこれまた偶然居合わせた人物とファイトすることになってしまった。
「お前が勝てば店の商品半額だって店長がー」
「相手はあの!!ウルドだからな!!頑張れよ!!」
周りは完全にミツルを囃し立てている。
「…既に“三日月”の関係者という訳では無いのですが、少し訪れただけでこんなことになるなんて…ここまで“ウルド”の名が有名になっているとは……やはりメディアに出るときは昔みたいに顔を隠した方が良かったようですね……」
「……やるしかない、か」
ーー博多
「サイキョウオレサマストライド!!真・喧嘩屋 ビックバンナックル・ターボぉ!!!」
「……うるせえ」
* * * * * *
全国各地…北は北海道、南は沖縄まで、ヴァンガードファイター達はVCGPに向け、自分達のファイトに磨きをかけていた。
それは海を越えた地にいるファイター達も同じ。
翌週に控えたVCGPの予選を前に、ファイター達の熱は高まる一方であった。
ーーイタリア
…ナポリの空港で深くニット帽を被った銀髪の女性が携帯のメールを確認している。
メールの文面は…簡単に言って“そこを動かないでくれ”といったもの。
彼女はそのメールを保護すると携帯の電源を切り、鞄にしまう。鞄から僅かに見えた透明なデッキケースの中には“覇道黒竜 オーラガイザー・ドラゴン”が納められている。
彼女はそのままニューヨーク行きの便の搭乗口へ向かっていった。
その口から日本語が溢れる。
「私が…やらないと……」
彼女…ゼラフィーネ・ヴェンデルは、どこか思い詰めた表情をしているのだった。