三日月本社…社長室。
その巨大な窓ガラスを前に二人の女性が会話をしている。
一人は先日、全国のショップに設置されたギアースの調査から帰ってきた美空カグヤ。
「……国内のギアースに異常はありませんでした」
もう一人はこの“三日月”の社長である美空ツキノ。
「そう…“例の事件”を聞いて少し不安になったのだけれど……後はあの人の報告を待つだけね」
社長室の机に置かれたパソコンには、一件のメールが開かれていた。
“イギリスにてギアース使用中にファイターが一名失神した”
そんな内容のメールが……
美空ツキノは普段の語調を抑え、不安そうな表情で外を見つめている。
「でも…もしギアースのブラックボックスが解放されているとしたらそれは…」
「早計です、お母様」
何かを口走りそうになったツキノをカグヤは制止した。その瞳はどこか遠くへ向けられていた。
「海外のギアースに関しては輸出前に全て“私が”直接検査していますから…問題は無い筈です」
「そうだったわね…運命に選ばれし我が愛娘よ…」
カグヤはギアース内に組み込まれた“鉱石”を検査した日々を思い出していた。“鉱石”は4年前と8年前に地球に落下してきた隕石から採掘されたものであり、その内部は特殊な電子回路となっている。
今、三日月本社にあるギアース以外はこの鉱石の一部に“杭”を打ち込むことでその“機能”の一部を無理矢理封じ込めている状態だ。
特殊な事情によりカグヤはその“鉱石”が何であるかを知っている、が、同時に“その使い方”は知らなかったため…この“鉱石”が人類にとっていわゆるところのオーパーツであることに変わりはなかった。
「問題は…本当にギアースに問題が無かった場合ですよ…お母様?」
「……分かってるわ」
ヴァンガードファイターの失神…元々その人物が持病を抱えていたという可能性が高いが……そうではなかった場合二つの可能性が考えられる。
一つはギアースの暴走。公にはしていないが、ギアースには未だ解明できていない部分が存在する。何らかの不具合でその部分が人体に悪影響を及ぼしたか……?
だが、通常の運転であればギアースに用いられた鉱石が人体に干渉することはない。それはこの8年間の研究で明確にされている。
もう一つは……
「…選ばれし者の力」
「…ヒカリさんはこれまで、ファイト後に何度か倒れています……失神という程ではありませんでしたが」
「なら……この失神したファイターは、天に力を授かりし選ばれし者だということかしら」
「それは……どうでしょう」
カグヤが考える最悪の事態……それは。
「相手を失神させるような能力をもつファイターが現れた……としたらどうでしょう?」
「……リアルファイト?」
「むしろヴァンガ魔法ですね」
カードファイトが成立しなくなるような能力が存在するとは思えない……が。
「これまで明確に能力を発動させている選ばれしファイターは…
渦ヶ坂センさんと神沢コハクさん以外はこの間のビフレストCSに参加していたメンバーである。
「海外勢だと“エース”や“アスラン”と呼ばれる方々に可能性がある……でしたね」
北米のヴァンガード伝導者の異名をとるMr.ACE、黄金の獅子を自らの分身と呼ぶアスラン氏。聖域の守護者、二岡カルロス。白銀の魔女、ゼラフィーネ・ヴェンデル。そして銀の弾丸…シックザール。
海外には強力なファイターが数多く存在する。その中の誰かが新たに力に覚醒した……?
「………ヴァンガードにはこんな有名な言葉があります……“ヴァンガードは運ゲー”…」
「ええ…そして神託を受けた者達の特別な力…それはどれもその概念を破壊するためのもの……私たちはそのような見解を出していたのだけれど……」
今、わかることは……その“力”が“危険”ということだけだ。
「……どの道、今はまだ様子を見ることしかできない……でしょうね」
情報がまだ…少ない。
美空ツキノは椅子に座り、パソコンを見つめる。彼女は机に両肘を立て、口元で両手を組む。
「正体不明の……破滅をもたらす……存在……名をつけるなら…………“ロキ”…かしら」
* * * * * *
アメリカ最大の都市、ニューヨーク。
その外れのカードショップ。特別繁盛しているわけでもないが、その地域のファイター達にとっては定番のファイトスポット。
男はそこで、立ち尽くしていた。
足元には男の連れが倒れ、カードが散らばっている。連れの男はぴくりとも動かない。
ショップの中には男を含めた二人の人間がいた……正確に言えば他の客や店員は全員男の連れのように気を失い倒れていた。
[……ふふ]
[女……あんた何なんだよ……いったい何を……?]
この惨状を引き起こした“奴は”特徴的な銀髪の上からニット帽を深く被って不適に笑う。
そして……デッキを持ち、男の前に向ける。
それは…ファイトの申し込みだった。
* * * * * *
ギアースシステムが静かに稼働する。
[っ…愛の嵐 キスリル・リラでアタック!!!]
紫の短髪でスタイルの良い女性が美しい歌声を響かせる。女性…キスリルは歌と同時に相手の生命力を奪おうとしていた。
……が、キスリルの前に中性的な顔立ちの男が現れキスリルから魔力を奪う。力を逆に奪われキスリルは苦悶の表情を浮かべ、膝をついた。
[…こいつ…完全ガードのカルマ・コレクターか…]
[……ふふふ]
[アモンの眷族 ヘルズ・ネイルで……アタック!!スキルでソウルチャージ!!]
3枚のカードが山札からソウルへ送られる。その中にはクリティカルトリガー…アモンの眷族 グラオザームが混ざっていた。
[グラオザームのスキル!!ソウルが6枚以上あるためスキル発動……お前はリアガードを1体退却させる!]
グラオザームが奴のリアガード、黙殺の騎士 ギーヴァを羽交い締めにして共に消えていく。
ヘルズ・ネイルのアタックは奴のヴァンガードである呪札の魔女 エーディンの頬に傷をつける。
奴のダメージゾーンに襲撃の騎士 ボルフリーが落とされる。
[……ターンエンド]
[……ターン、スタート]
奴の手札から1枚のカードが盤面に置かれる、呪札の魔女 エーディンは黒い霧に飲まれ、その姿を消した。
代わりに霧の向こうから、別の存在が現れる。
それは竜…漆黒の…………竜。
その手には血のように紅い剣。歪な形をした凶刃。
[…覇道竜 クラレットソード・ドラゴンか……]
次の瞬間、クラレットソードの背後に紫の雷が落ちとされる。奴はジェネレーションゾーンを解放していた。
巨大なヴァンガードサークルから、クラレットソードの何倍もある巨体の戦士が現れる。……黒馬に跨がる禍々しい雰囲気をもった竜は、虚ろな瞳で男のことを見つめている。
[未来の先に破滅あり…希望を多い尽くす純黒の絶望…超越…覇道黒竜 オーラガイザー・ドラゴン]
[……]
奴はクラレットソードのスキルで黒翼のソードブレイカーを、更に彗星の魔女 サーバと哀慕の騎士 ブランウェンをコールする。
ソードブレイカーとサーバが男のヴァンガード…魔神侯爵 アモン“Я”に襲いかかる。その剣はアモンの体に触れる前にアモンの眷族 クルーエル・ハンドによって防がれる。
次に動いたのは…オーラガイザーだった。その隣に控えていたクラレットソードが背後にいる新鋭の騎士 ダヴィドを刺し殺す。その血はオーラガイザーへと流れていく。 オーラガイザーの体が妖しい光に包まれる。
奴はオーラガイザーのスキルによってカルマ・コレクターとフラトバウを手札に加え、オーラガイザーはパワーが上昇する。
オーラガイザーは巨大な槍を回転させながらアモンЯへと接近する。
[……ここは受ける]
オーラガイザーの攻撃がアモンの体を貫いた。ドライブトリガーは出ず、ダメージトリガーも無し。
2体のブランウェンによる最後の攻撃を男はアモンの眷族 ヘルズ・トリックで防ぐ。
これでターンは男に回る。
[この女……何なんだ…?]
こうしてファイトをしていても、どこか奴も奴のファイトも、掴み所が無かった。
男は魔界侯爵 アモンをドロップゾーンに置く。
[…行くぞ!忌まわしき者 ジル・ド・レイ!!]
忌まわしき者 ジル・ド・レイ……ダークイレギュラーズ最強のGユニットが男の元に現れる。
ジルの回りには光輝くカードが浮いている。その数15枚。それはソウルの枚数を表現していた。
男はGゾーンからジル・ド・レイを選び、表にする。これでジル・ド・レイの攻撃力は上昇、クリティカルも増え、ガード制限も得た。
更にFVであるアモンの眷族 バーメイド・グレイスをレストすることでジル・ド・レイは途方もない力を手に入れた。
ジル・ド・レイの攻撃。
とてつもない閃光がクラレットソードを飲み込む。
そして男は……
* * * * * *
クラレットソードの剣は無抵抗なアモンЯの体を指し貫いた。その歪な凶刃は血に濡れている。もっともその血はアモンのものではなく、仲間である筈の哀慕の騎士 ブランウェンのものであった。その後ろでは禁書を読み解く者が楽しそうに微笑んでいる。
クラレットソードは乱暴にアモンの体から剣を引き抜く。アモンはЯが解除され、膝から崩れ落ちる…彼が再び立ち上がることはなかった。
クラレットソードの瞳は無感情に動かなくなったアモンを見つめていた。
ギアースシステムが終了する。消えていくクラレットソード。
そして、店内は…静寂に包まれた。
それから、どれだけの時間が経っただろうか。
男はゆっくりと意識を取り戻す。目の前に奴はいない。周りの人間はまだ気を失っている。
まるで今までの出来事は夢だったかのように…奴の痕跡は無かった。
[……っ!?]
男の頭に痛みが走る。まるで…切り刻まれたかのような痛みが…
脳裏には…聞いたこともない“名前”がフラッシュバックする。
痛みに耐えながら、動かない体を酷使して、男は店の入り口の方を見た。
そこには……まだ、銀髪の奴がいた。
そして男は再び意識を失う。
その様子を、銀髪の女性は……悲しげな瞳で見つめている。ニット帽を脱いだ女性は自身のデッキを…覇道黒竜 オーラガイザー・ドラゴンを見つめる。
女性は……ゼラフィーネ・ヴェンデルは呟く。
「ジュリアン……どこ……」
そして彼女は姿を消した。