午前8時3分
その日俺、青葉ユウトが学校に行くと………教室の雰囲気が異様だった。
「あ、ああ、ああああああああああ」
「問題無い問題無い問題無い問題無い」
「どっどうでなのぉぅう、う、うぁぁぁ」
「泣くんじゃねぇ!泣いてる暇なんかっねぇだ…ろ」
「み!みんなおちつけーーーー!!」
これが、阿鼻叫喚の地獄絵図?って奴なのか……?
俺は勇気を持って“常軌を逸している”クラスメイトたちに挨拶をする。
「み………みんな……お、おっはーー」
ーーーギッ!ーーー
教室にいる全員分の殺気が向けられた気がした。
これが…………挨拶の魔法…か。
教室の雰囲気が異常過ぎて、俺は…ヒカリが教室にいないことに気がつくまで少し時間がかかってしまった。
が、みんな様子がおかしい理由がわからない。
俺はクラスのみんなに話を聞いてみる。
「あのさ、今野」
「ああ!?何かようか?つーか何でお前何かが天使様と会話できんだよ!?一年の癖に生意気だぞ!」
「お前も一年だろうが!?…てか天使って何だよ!!俺“天使と話す”なんて…そんな病的なスキル持ってねえよ!?」
「天使は天使だろーが!!」
…………まるで話がわからない、俺が病人扱いされているのか、みんなが病人なのか。
みんなが何言ってるのか、まるでわからない。
…………天使って何だよ。
…というか本当にみんなどうしたんだ?
何かいつもと違うことがあるのか?
いつもと違う………ヒカリがまだ来ていないことくらいか。
ん?……………天使?…ヒカリ?
「……もしかして…天使ってヒカリのこと……か?」
この一言で教室内の人間が全員俺の方へ振り向いた。
「…そうよ!!気づくの遅いのよ!信じらんない!」
「天使様と普通に会話できるありがたみを知れってんだ!!」
「私たちは天使様と三秒会話できたことなんてないのに!バーカ!」
「……逆ギレしてくんなよ」
っていうかヒカリ、“そこまで”会話ベタじゃないよな………確かに高校生になってから…?変なオーラは出てるけど、こいつらが必要以上に敬い(?)過ぎなんじゃないか?
「………あのさ」
「「「ギャルゲーの主人公みたいな性格しやがって!!!」」」
「うるせえぇぇ!!!!」
「…………静まりなさい」
理由なく(?)続いていた俺と他のクラスメイトの口論を諌めるように一人の人物が割って入ってきた。
「……委員長、いや会長……」
誰かがそう呟いた。
そう、俺たちの目の前に現れたのはこの1年B組の学級委員長、広瀬アイさんだった。
委員長が眼鏡をクイッと持ち上げて言う。
「今は無用な討論をしている場合ではありません、もう8時を過ぎているのに天使様が教室にいない…それが問題なのです」
「…いや、お前らの発言の方が問題じゃ…」
「もしかしたら天使様の身に何かトラブルが!?」
「そんな!?」
「くそっ…どうすれば…!」
俺はどうリアクションすればいいのだろう。
ヒカリの机の上にはヒカリの筆記用具が置いてある。
…少なくとも学校の中にはいるだろ、トラブルなんて考えすぎじゃないか?
委員長がみんなに呼び掛けるように手を鳴らす。
「…今こそ!我々の力の見せどころでしょう!!絶対天使ファンクラブが!彼女を救うのです!!」
「「「おおおおおおおおぉぉぉっ!!」」」
「…………何なんだよ」
クラスの連中が列を作って出ていく。
教室には俺一人しかいなくなった。
* * * * *
天台坂高校、生徒会室。
そこでは二人のヴァンガードファイターによる戦いが行われていた。
「行くっすよ!」
「…………!」
改良したシャドウパラディンのデッキを使う深見ヒカリ………Vにはモルドレッド、左列には“ブラスター・ダーク・撃退者”と“督戦の撃退者 ドリン”が並んでいた。
それに対して対戦相手の舞原ジュリアンは“グレートネイチャー”のデッキを使っていた。
ダメージは互いに4点。
ジュリアンが1枚のカードを掲げる。
「偽りの真理が全てを飲み込む……クロスライド!学園の処罰者……レオパルド“Я(リバース)”!!」
これでジュリアンの場にはレオパルド“Я”とその後ろに“ブラックボード・オーム”…右列には“バイナキュラス・タイガー”と3枚のユニットが存在する。
(…これは………これが“Я”ユニット…)
すでに今流通している大体のカードを目に通したヒカリだったが、こうして実際に“Я”ユニットと戦うのは初めてだった。
(…“Я”ユニット……“仲間を呪縛する”ことをコストにするユニット達…………!!)
天乃原チアキが見守る中、ファイトが進んでいく。
このファイトはヒカリのファイターとしての力を計るためのものであった。
「レオパルドЯの左に“ランプ・キャメル”をコールっす!そしてその後ろに“鉛筆従士 はむすけ”をコール!」
このファイトでヒカリの力量を確認したかったのはチアキもジュリアンも同じである。
だが、その“理由”はそれぞれ異なっていた。
「そうっすね……次は“失敗科学者 ぽんきち”をレオパルドЯの左下……バイナキュラス・タイガーの後ろに コールっす!スキルは……発動で!CB1使って山札の上から1枚ダメージゾーンに置くっすよ!」
“ぽんきち”の持つスキルは、ダメージを1点分追加して“エンドフェイズ開始時”にダメージゾーンから1枚山札に戻すという“ダメージ操作系”のスキル…これでジュリアンのダメージゾーンの枚数ははヒカリの4枚に対して5枚になった。
5枚の内の4枚が表の状態である。
リアガードを展開したジュリアンはスキルを発動させていく。
「“ブラックボード・オーム”のスキル!こいつをソウルに送って“ランプ・キャメル”にスキル『【自】:あなたのエンドフェイズ中、このユニットが(R)からドロップゾーンに置かれたとき、1枚引く』を付加っす」
ジュリアンが続ける。
「そして…レオパルドЯの“リミットブレイク”!!コストとして“ぽんきち”を呪縛するっす、“ランプ・キャメル”と“鉛筆従士 はむすけ”にパワー+4000、スキル付加!エンドフェイズ時の“自身の退却”効果とその時に発動する“ドロップゾーンから自身のスペリオルコール”効果の2つを得るっす!!」
「…」
チアキがヒカリを見つめる。
ヒカリはジュリアンのアタックに備えて手札の確認をしていた。
(私の目的は“仲間”を探すこと、あなたはそれにふさわしいかしら?)
「さあて…アタック行くっすよ!…学園の処罰者 レオパルド“Я”のオプシディアンソード!!モルドレッドに一撃浴びせるっす!!」
「………パワー13000…なら!撃退者 エアレイド・ドラゴンでガード!!」
ヒカリが手札からトリガーユニットをガーディアンとして出す。
ヒカリとしてはこのターンはあまり手札を消耗したくなかった。
「10000シールド…“トリガー2枚”で貫通っすね、いいっすよ………ドライブチェック!…1枚目は…“ディクショナリー・ゴート”!ヒールトリガー発動!ダメージを回復してパワーはバイナキュラスに与えるっす!……そして2枚目」
ジュリアンはにやっと笑うと自分がめくった山札の上の1枚をヒカリに見せる。
「“ディクショナリー・ゴート”…ヒールトリガーっす…1枚ダメージを回復して、パワーはランプ・キャメルに与えるっすよ!!」
「…………!!」
これで二人のダメージ差は逆転する。
「続けて!バイナキュラス・タイガーも同じくヴァンガードにアタック!パワー14000!スキルを発動してランプ・キャメルにパワー+4000と退却効果付加っす!」
「………ダークでインターセプト」
ヒカリは“ブラスター・ダーク・撃退者”をドロップゾーンに置く。
「そして…はむすけのブーストを受けたランプ・キャメルでモルドレッドにアタックっす!!…………パワーは………32000!!」
「…………ノーガード…ダメージは“ブラスター・ダーク・撃退者”………トリガー無し」
「こっちはランプ・キャメルのヒット時スキルを使うっすよ…CB2!1枚ドロー!そしてエンドフェイズの処理に入るっす」
ジュリアンがヒカリを見る。
(この人が“僕の探していたファイター”なのか…まだまだ確証が得られないっすね………お嬢…部長…生徒会長はどう評価しているっすか…………)
ジュリアンがチアキの方に視線をずらす。
チアキはうっとりとした顔でヒカリの横顔を見つめていた。
(お嬢!?しっかりするっす!この小説に“ガールズ・ラブ”のタグをつける予定は無いっすからね!?)
(な、何言ってるのよ、失礼ね!?変なこと言わないでくれる!?…この娘、ショートカットも良いけど伸ばしても可愛いんじゃないかって思っただけなんだから!)
「……あの…舞原クン…?」
「ああっ!ごめんなさい!ぽんきちを解呪して、ぽんきちのスキルでダメージゾーンから完全ガードのケーブル・シープは山札へ!キャメルとはむすけがスキルで退却するっす!キャメルに付加したスキル発動!1枚ドロー!そしてはむすけのスキル発動!CB1で山札から“鉛筆従士 はむすけ”を手札に加えるっす」
そしてジュリアンはドロップゾーンに置かれたランプ・キャメルと鉛筆従士 はむすけを再び持つ。
「これで最後っす!付加したスキルでこいつらは再びリアガードとして“登校”してくるっすよ!!…ターンエンドっす!」
ダメージはこれでヒカリの5点に対してジュリアンは2点まで回復してしまった。
ジュリアンがヒカリを見ると、ヒカリは何か考えているようだった。
「どうしたんすか?」
「…ううん、ただ“登校”って表現は何か…グレートネイチャーっぽくて……いいなって……」
「照れるっすね、こいつらはスキルを得て“勉強”して“下校”する……そんな風に自分でイメージするのって楽しいっすよね?」
「……!!はい!私も……そう思います!」
ヒカリが笑い、思わずジュリアンが目線をそらす。
(…これは確かに……天使…っすね)
「……私のターンです!……スタンド&ドロー!そして…………」
(私の思い…あなたに託します……)
「誰よりも世界を愛し者よ、奈落の闇さえ光と変え、今再び共に戦おう!!クロスブレイクライド!!撃退者……ドラグルーラー・ファントム!!!」
「いい口上っす(口上を使うときの表情……瞳…ここは情報と一致するっすね……)」
「…ありがとう…ブレイクライドスキル!CB1でドラグルーラーにパワー+10000、そして詭計の撃退者 マナを山札からスペリオルコール!パワー+5000!」
ヒカリは流れるようにスキルを発動していく。
「マナのスキル!撃退者 ダークボンド・トランペッターを山札からスペリオルコール!撃退者 ダークボ…略して“だったん”のスキル発動!CB1で氷結の撃退者をスペリオルコール!」
ヒカリが一呼吸置く。
「…いきます!撃退者 ドラグルーラー・ファントムの……“リミットブレイク”!!CB1、マナとだったんを退却し、自身にパワー+10000、そして…舞原クン!朽ち果てなさい!ミラージュストライク!!」
「…………」
ヒカリはジュリアンがきょとんとしているのに気がついた。
「あ…すいません!…えっと1点貰ってください!」
ドラグルーラーは相手のダメージが4点以下ならば相手に“ダメージを1点与える”というスキルを持つ、ヒカリはこれを使ってジュリアンとの間に開いたダメージ差を埋めようとしていた。
「了解っす!(まあ分からなかったんじゃなくて、少し気圧されていただけなんすけどね)…ダメージチェック……ルーラーカメレオン!ゲット!クリティカルトリガーっす、パワー+5000はレオパルドЯに」
ヒカリは手札から再びマナをコールし、そのスキルで無常の撃退者 マスカレードを山札からコールする。
「もう一度!ドラグルーラーのリミットブレイク!」
ヒカリはここぞとばかりにCBを消費していく。
「ダメージは……お、普通のレオパルドっす…トリガー無しっすね」
ヒカリはマナとマスカレードがスキルで退却すると今度はブラスター・ダーク・撃退者をコールした。
「…ドリンの前にブラスター・ダーク・撃退者出陣!ドリンのスキルでCBを1枚表にして…………再び!!ドラグルーラーのリミットブレイク!!」
ブラスター・ダーク・撃退者と氷結の撃退者が退却される。
「ダメージチェックは…モノキュラス・タイガー…トリガーじゃ無いっすね…これで5点目っす」
ヒカリとジュリアンの点差は無くなっていた。
ジュリアンのダメージが5枚になったためドラグルーラーはもうリミットブレイクを使うことはできなくなる、あくまで“点を詰める”ためのスキルだからだ。
「………どんなに点差があっても、ドラグルーラーは私を勝利へと導いてくれる………私の…ヴァンガード」
「ヴァンガード…っすか」
ヒカリは少なくなった手札から“虚空の撃退者 マスカレード”をドリンの前にコールする。
ドラグルーラーはリミットブレイクを繰り返すことでパワーが53000まで上昇していた。
ヒカリはジュリアンの場を見つめる。
ソウルの中に“完全ガード”が1枚。
ドロップゾーンにも2枚。
(…すでに3枚は…場に出ている…………なら)
(なら今、僕が完全ガードを持っていない可能性も高い…っすか)
ジュリアンは手札を見つめる。
ヒカリの読み通り、そこに完全ガードは無かった。
(…これだけカードがあって引けてないって辛いっすよね…今の手札だと…持ちこたえられるかはトリガーしだいっすかね……せめて手札にトリガーが多かったら…)
「さぁ……行こう、この一撃で決める!!ドラグルーラー・ファントム!!学園の処罰者 レオパルド“Я”にアタ…」
ドガォッ!バゴオォォン!!
突然、大きな物音と共に沢山の人間が生徒会室に流れ込んできた。
その弾みでファイトテーブルが傾いたことは言うまでも無く、二人の…山札と…ドロップゾーンと…ダメージゾーンと…リアガード…………そしてヴァンガードが…
混ざりあってしまった。
「「…そんな…………」」
ヒカリとジュリアンが落胆する中、生徒会室に入ってきた沢山の人の中から一人の女子が声をかける。
「お迎えに来ました…マイ・エンジェル」
「………………………………はぃ?」
ヒカリはその女子が誰に向かってその言葉をかけたのか、しばらく分からなかった