僻地提督の野望   作:文織

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1942年、世界の海は謎の生物に支配された──!
あらゆる人類は駆逐されたかのように思われた、しかし──
日本人は諦めてなどいなかった!(世紀末風)


プロローグ:あんたが司令官ね

 静かな海原を進む船の上に一人の男が立っていた。

 彼の名は藍原(あいはら)信夫(しのぶ)少佐という。

 彼は少佐に階級が上がるとともにとある艦の艦長に着任していた。

「ついに……俺も前線で艦長か……」

 海軍士官学校を出てから十幾年、今年ついに三十二を迎えた。

 内地で次々と溢れ出す問題に頭を抱えて幾星霜、ついに前線へと移り、本格的な戦闘指揮をとるに至った。

 我々の強大なる敵はどこの大陸にも存在などしていなかった。

 敵は海に有り、その強敵は今から一年ほど昔に唐突に海の底より現れた。

 

 

 ◇◆◇

 

 

 大東亜戦争が始まり日本はまず膨大な大陸資源を必要とした。

 軍艦や戦車を動かすには油が必要であり、兵器を作るには鋼鉄が必要だった。

 それらが多く埋蔵されている南方を開放し、我々大日本帝国の領地とすることにより膨大な油を獲得する。

 それを目的とする作戦、通称『あ号作戦』を実施すべく小沢直三郎中将が率いる南遣艦隊は太平洋を進んでいた。

 現蘭国領となっている元印度領を獲得するにあたりその障害となるマレー半島を制圧する第一の作戦が進行していた。

 これが終わるとともに米国の真珠湾を攻撃し敵機動艦隊に大打撃を与える作戦も決行される。

 そのためにも失敗は決して許されない重大な作戦であった。

 なんといっても国家の血液である重油を欠くことは戦争継続能力を失うことである、そうすれば米国への大規模攻撃など不可能であった。

 順調に進む航海、天気は晴朗。

 しかし、浪高し。

 重巡『潮海(ちょうかい)』の左舷にて唐突に高い水の壁が立つ。

 それに遅れるようにドォンドォンという低くくぐもった砲声が響いてくる。

「敵襲!敵方向数ともに不明!」

「どこかから作戦が漏れていたのではないか!?」

「とにかく砲撃を返せ!敵を牽制するのだ!」

 艦橋は混乱の渦に包まれていた。

 周囲を探せど艦船ほど大きな影は見当たらず、どこからの攻撃であるのかもわからない。

 再び砲弾の雨が降り注ぎ、周囲に水の柱を作り出す。

 砲弾夾叉、もしこのままであれば次弾で仕留められてもおかしくはない。

 その時であった。

『て、敵と思しき影発見!しかしあれは……』

 伝声管を通ってマストより狼狽の混じった声が届く。

「どうした!早く位置を報告しろ!」

 急かされながらも正確に方位と距離を報告する観測官、艦橋にいる士官たちは皆その方位を双眼鏡を用いて確認する。

『あれは本当に……我々の敵なのですか?』

 そこにあったのは鉄の塊などではなかった。

 まるで鯨のような姿をした異形の生物が四匹並んでいた。

 黒々とした体表からは生物らしさは感じられず非常に禍々しい、そしてそれらの目は不気味に青白く輝いていた。

 それら─後に駆逐イ級と名付けられる─のうちの一匹が海上に上体を晒し大きく口を開く。

 そこには一門の砲身が入っており、それが正確無比に潮海を捉えていた。

「取舵いっぱい!回避せよ!」

 小沢艦長の声と共に操舵手が取舵を取る。

 あの生物の持った砲がパッと光ると砲弾が飛び出し左舷に命中する。

『左舷に被弾、浸水発生!』

 伝声管から声が届く。

「撃ち方用意、これよりあの生物を敵であると判断、反撃に移る!」

「了解!」

 潮海の砲塔がゆっくりと向きを変えて照準を合わせていく。

「撃ち方用意よし!」

「撃ェ!」

 掛け声とともに潮海の主砲すべてが砲弾を吐き出す。

 砲手の腕が良かったのか、それともはたまた偶然か、砲弾はまっすぐに謎の敵へと飛んでいき、命中したように見えた。

「弾着確認!直撃!」

「よし、第二射用意せよ!」

 一度は崩れかけた艦全体が勢いを取り戻しかけた、その時だった。

 再び潮海のそばに敵の砲弾が弾着、水柱を立てる。

『そんな……』

 伝声管から絶望を隠しきれない声が届く。

『敵損害なし……無傷です!』

「なに……?」

 爆煙の晴れた海の上には、さきほどと変わらない姿を保った四匹の艦隊が揃っていた。

「潮海の砲撃を受けて無傷だと」

 変わらず謎の艦隊は確実に命中させるべくと潮海に接近を続けていた。

「全艦へ通達、これより本艦は回頭し全速力で鎮守府へ帰投する」

 小沢艦長の英断によって帰投を開始する艦隊は敵艦の追撃を受けながらしばらく遁走するとある海域からぱたりと追撃はやんでいた。

「あれは一体……」

 この日を境に日本はあらゆる国と海を介した連絡を取ることが不可能となっていた。

 太平洋を中心としたあらゆる海域にあの謎の艦『深海棲艦』が現れ始めたことが原因であった。

 まるであざ笑うかのように正面から突っ込んでくるだけでありながら戦艦クラスの主砲を何発も撃ち込まねば一隻沈めることも敵わない。

 このままでは日本はあらゆる資源を入手できず消滅してしまう。

 日本全体に絶望感が漂っていた時だった。

 その絶望の中でほのかに輝く希望が同時に現れていた。

 『艦娘』

 そう呼ばれる特殊な装備『艤装』を操ることができる少女たちが日本の各地で発見され始めた。

 多くのものは軍港付近を『浮いて』航行しているところを発見されていた。

 彼女たちは自分たちがなぜ誕生したのか、何をしていたのかも全く覚えておらず、ただ全員が同じ想いを持っていた。

 『日本のために戦う』

 その意志を持った娘たちは特殊な艤装と、そして磁場により従来の砲では傷を与えることができなかった深海棲艦を容易に沈めていった。

 意思を持った少女たちの姿をした艦という特殊でありながら強力な味方を手にした日本は、再び海の所有権を取るべしと海へ進出していった。

 

 

 ◇◆◇

 

 

「俺はなにかやらかしただのだろうか……」

 藍原は船から降りて周囲を見て絶望していた。

 周囲にほとんど人影はなく、地元の漁師らしき人物が数名漁に向けた準備を進めているだけだった。

 もちろん、軍関係者らしき人物はどこにも見えない。

 今までの十幾年、真面目に勤務してきた、失敗らしい失敗もしていないと思っている、一体何故こんな僻地に……まさか誰かが俺の出世を恨んでなどということもあるまいて。

 悩みながらもこれから就任することになる泊地へ行こうと思いながら、今更藍原は自分がまだこの島について何も、それこそ泊地の場所すら知らないということに思い至った。

「弱ったな、俺はこの島について何も知らん」

 周囲を見回して人を探すが、誰も皆自分と目が会うとすぐに逸らしてしまう。

 しかし、その中で一人だけ自分の視線をものともしていない少女がいることに気づいた。

 長い銀髪を腰まで垂らしており、夏らしい白いワンピースを着ていた。

 口にはアイスキャンデーを咥えており、埠頭の端に座ったまま海を眺めていた。

「そこの君」

「私のことかしら」

 声をかけると気だるげに振り向いた。

 どこか人を小馬鹿にしたような視線であったが、まぁ子供なのだからとぐっとこらえる。

「そうだ、ここら辺に海軍の施設があると思うのだが、心当たりはないか?」

「あぁ、あなたが新しく着任するっていう提督?」

 その少女は立ち上がると小さく海軍式敬礼をした。

「私は叢雲よ。ま、せいぜい頑張りなさい」




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