次回から頑張ります・・・!
叢雲との邂逅から数分、藍原は叢雲に案内してもらいながらこれから着任することになる泊地を回っていた。
「ここが工廠よ、あっちは倉庫ね」
泊地と聞いてわかるように彼が着任したのは小さな港が一つと小さなドッグが一箇所あるだけの辺境だった。
とは言っても主力が軍艦から艦娘に切り替わったことにより大規模な港が必要なくなったのではあるが。
それにしても粗末だ、工廠はおんぼろで人より幽霊が住み着いている方が納得がいくようなそんな不気味な雰囲気を発している。
周辺の整備もほとんど行き届いておらず雑草も生え放題、まずは海より陸を整備すべきかと藍原は少し頭を悩ませた。
続いて海辺を少し離れて森の中へと入っていく。
かろうじて整備こそされているがほとんど手付かずの道を再び一、二分ほどかけて進んでいくと開けた場所に木造の建物数棟が現れる。
そこがこれから藍原と艦娘、そして数少ない一般の軍艦の乗員が百名程度─現在において軍艦の戦闘能力はおまけ程度なのでこの程度で十分なのだ─が寝起きすることとなる宿舎だ。
「ここから私たちの宿舎よ」
こちらは工廠とは違い立派な造りをしていた。
かつて使われていた頃はおそらく数百名を超える軍艦の乗員全員が寝起きしていたのだから当然といえば当然であるが。
しかし中に入ってみればやはり長年使われていなかったこともあり、叢雲が個人的に掃除したのであろう場所、つまりまだ誰も使っていない部屋については埃や蜘蛛なんかが我が物顔で居座っていた。
そんな廊下を歩きながら、当分自分たちが使う本棟の食堂や風呂の場所などを一箇所ずつ寄りながら案内してもらう。
本棟の住人は当分藍原と叢雲のみ─一般乗員たちは別館─となり、数日のうちにさらに数人の艦娘がこの泊地に着任する予定だった。
そして最後に藍原が使用する司令室へ向かっている道中だった。
「で、あんたの部屋はこっちよ」
「なぁ叢雲、俺は一応お前の上官なんだが」
「そんなの知ってるわよ、それがどうしたっていうのよ」
「いや、だったら上官に対して"あんた"はないだろう」
ここに来た時から気になってはいたのだ。
彼女の言葉遣いからは相手を立てる、上官として扱おうとする気概を全く感じないのだ。
「だって、別に私は軍人じゃないもの、ただの兵器でしょ?」
「それは……たしかにそうだが」
彼女の言っていることはもっともだった。
彼女たちは軍内において兵士として扱われてはいない。
給金は出されているが正規の軍人よりも圧倒的に少ない、しかし代わりに待機命令中や勤務時以外は比較的自由に鎮守府や泊地からの外出が許可されていた。
それは軍部が彼女たちを兵器として見ているからである。
人ではなく兵器なのだから"使う"時と"整備"する時以外は特に干渉しないということだった。
しかし、藍原はその考えがあまり好きではない。
彼女たちは自分で考えて自分で行動する、それは人間と同じだ。
そんな少女たちを兵器として割り切ることが藍原はできなかった。
特に初めて本物の艦娘に会ってしまえば尚更だ。
叢雲はどう見てもどこにでもいる年頃の娘にしか見えず、彼女が一人で人類の大敵である深海棲艦を倒せると言われてもいまいちピンとこない。
なるほどたしかに彼女たちを率いて最前線に向かい、最悪彼女たちを死なせてしまえば退役したり自殺する提督も増えるはずだ。
……もしかするとそのうち自分もその仲間入りを果たしているのかもしれないが。
とにかく藍原はこの日、日常において自分と艦娘たちの間に上官と部下という隔たりをなくすことに決めた。
「……いや、そうだな、俺のことは自由に呼んでくれていい」
「あら、いいの?」
「あぁ、代わりに戦場では従ってくれよ?」
「ふーん……あんた変わってるわね」
「そうか?」
「ええ、だって今まで奴らはみんな自分のことは提督と呼べ、だとか態度が気に食わないだとか言ってきたもの」
「……まさか殴ったりはしてないだろうな」
「わざわざそんなことしなくても、ちょっと口ごたえしたらすぐ別の鎮守府いき、最終的にはこんなところよ」
どうやら彼女は彼女で色々と上司と折り合いがつかず左遷されてこんな僻地へと飛ばされてしまったようだ。
そうと分かればおのずとこれからここに来る艦娘達のこともなんとなく察しがつく。
となるとこれから忙しくなりそうだ、藍原は少しだけ口元が小さく釣り上がるのを自分で感じていた。
「ま、そういうわけだからこの掃き溜めでのんびりやりましょ、司令官」
「自分でも思っていたが、掃き溜めって改めて口にするのはやめないか……俺もなんでここに飛ばされたのかわからないんだからさ……」
◇◆◇
宿舎到着から一時間ほどが経って、太陽はちょうど真上に差し掛かっていた。
あれから叢雲と藍原は二人がかりで司令室の掃除と藍原の私物の整理を始めていた。
「ふぅ……とりあえず一服するか」
「そうね、私もお腹すいちゃった」
一旦荷物の整理を中断した藍原は叢雲を連れたって食堂へと歩を進めていた。
「ところで、料理人はいるのか?」
「いないけど、あんた作れないの?」
「まだ指令駆逐艦(※1)は到着してないから料理人はいないぞ……」
いままでずっと内地で勤務していた藍原にとって食事のほとんどは食堂で取るものだった、そんな男にとって料理とは無縁の存在だったのだ。
衣食住という人間が生きていく上で重要なもののうち未だ衣しか充実していない泊地にがっかりしながらも、もうすっかりとそれに慣れてしまっていた藍原はさっさと立ち直ることにした。
「……いくら小さい島でも食事ができるところくらいあるだろう」
そうあたりを付けて外食にしようと進路を宿舎の外に向けようとした直後、袖を引っ張られて足を止めた。
振り向くとそこでは叢雲が袖を掴んで立っていた。
「なんだ、まさか叢雲が作ってくれるのか?」
「そうよ、それとも不満?」
不満というよりは意外だった。
しかし、よくよく考えてみれば誰に言われなくても少しずつ宿舎を掃除をしたりしているなど案外家庭的なのだから料理くらい作れて不思議ではなかった。
「いやいやとんでもない、楽しみにさせてもらうよ」
「ふふん、当然よ、ほっぺたが落っこちるくらい美味しい叢雲様の料理、楽しみにしてなさい」
どこか嬉しそうな叢雲に引っ張られながら藍原は進路を食堂へ向けた。
◇◆◇
所変わって食堂で藍原は頬杖をつきながら厨房の方を眺めていた。
厨房では夏らしいワンピースの上から
排気口に入りそびれた僅かな煙が美味しそうな匂いを運んでくる。
匂いから推理するにどうやら有り合わせの素材で焼き飯を作っているようだ。
腹の音が鳴るのを抑えながらおとなしく数分間待っていると叢雲が二枚の小皿と一枚の大皿を持って食堂へ戻ってきた。
それをテーブルに置くと、それぞれの皿に取り分ける。
「叢雲様特製の炒飯よ、ありがたーくいただきなさい」
「あぁ、いただこう」
具材は肉とネギ、卵といたってシンプルだったが、シンプルだからこそ薄目の味付けもあってより一層素材の味が楽しめる。
ご飯はベタついていないし、水分が飛んでいるわけでもなく……早い話がものすごく美味しかった。
「これは美味しいな」
「当然でしょ」
自分も炒飯を食べながら叢雲は満足そうな笑顔になっていた。
「普段から料理は作るのか?」
「たまにね、暇なときに鎮守府の厨房を借りてたのよ」
「なるほどな……」
そんなように叢雲と雑談しながら食事を進めていると突然叢雲にスプーンを鼻先に突きつけられた。
「食事、毎回作るのもいいけどあんたも覚えなさいよ」
どうやら彼女の中では二人で料理をすることは決定事項らしい。
もちろんいつまでも彼女一人に負担をかけさせるつもりはなかったが、三十を超えた男が今更料理というのもなんとなく敷居が高く感じた。
「……やっぱり覚えなくちゃダメか?」
「当然じゃない、たとえ駆逐艦の方の料理人が来てもいちいち別館の食堂まで行くのは面倒だし、艦娘が増えてくるまでは少ない人数なんだから当番制でしょ」
提案しようとしていた別館の食堂利用も先に釘を刺され、残された手段は一つとなっていた。
「俺は司令官なんだが」
これを職権乱用と言う。
「働かざる者食うべからずよ」
「いや、仕事ならたくさんあるんだが、資材の管理とか」
「それとこれは別問題でしょ」
「譲歩してもらえないか?」
「無理ね」
しかしどうやら艦娘、少なくとも叢雲にはどうやら効果のほどはないらしい、悲しきかな。
「はぁ……わかった、覚えるからそれまで教鞭を振るってくれないか?」
「ま、それくらいならいいわよ」
どうにかお互いの妥協点を見つけ出し、食事を再開する。
食事中もお互いに様々な話をした。
藍原は内地のでの仕事のことや、まだ船乗りだった頃のこと、叢雲は今までの鎮守府であったこと、楽しかったことなどなど。
お互い最初よりだいぶ親しくなっていたし、お互い自然と笑顔になる回数も増えていた。
どうやら着任してからの滑り出しは上々、気が合う仲間もいるならこんな場所でも悪くないかもしれない。
ちょっと気が楽になった藍原たちは食事を終えると再び司令室の掃除に戻っていった。
「そうだ叢雲、重要なことを忘れてた」
「重要なこと?」
「そうだ、とても重要なことだ」
藍原はポケットから桜の形を模した金色のバッジを取り出すと、それを叢雲の手に握らせた。
「これって……」
「まぁ、今のところは叢雲しかいないっていうのもあるが……」
「君を我が第一艦隊旗艦に命ずる、受け取ってもらえるね?」
叢雲はしばらく手の上のバッジを眺めてから顔を上げ、少し恥ずかしそうに微笑んだ。
「悪くないわ」
※1:指令駆逐艦
この世界ではすでに従来の軍艦では深海棲艦に対抗できなくなったため、高速で移動できる駆逐艦にて艦娘、艤装を運搬し、さらにそこに司令部まで設置されている。
深海棲艦に対して砲門などは殆んど飾りであるため、乗員のほとんどは観測手、操舵手であり、次いで多いのが厨房班である。
一応砲雷撃戦も可能。