獣狩の神父は悪魔の世界を歩く   作:城縫威

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狩人は自らを温める術を知らない

柔らかな土が、かえって、進もうとする足を引きずらせる。変わらぬ景色は、風が岩を削るように確実に、精神をすり減らしていく。だが、これは致しかない事だ、アーシアは追われる身、教会の外には、ちゃんとした道が一本通っていたが、それを通ることは、アーシアに石を投げた人里に戻るということ、無理をしてでも教会を囲む森を進み、アーシアを受け入れてくれる場所を探さねばなるまい、そうガスコインは思い、アーシアを連れて森の中を進んでいく。ひんやりとした空気は日がくれるにつれて鋭さを増し、日没には身を刺す程になるだろう。であるが、ガスコインの狩人の感か、体の奥底で、森の奥へと導く何かがあった。

 

「大丈夫か、アーシア。」

 

「はいっ、まだ、大丈夫ですよ!」

 

なんとか元気をかき集めてアーシアは言う。疲労がたまっていることは灼然たることであった。流石に、まだうら若き少女に、長時間の徒歩は体に応える。ガスコインは最初こそアーシアの支えを必要としていたが、時間が経てば体の調子も安定して、ふらつかずに歩くことができるようになっていた。むしろ、アーシアに悪いと思いながら、人間の感覚を楽しんでいる節もある。狩人になると、体内に獣の血が流れる、言い換えれば月の魔物の血、それが流れることに寄って人ならざる力を手に入れ、さらなる血の恩恵を受けることができるようになる。だが病は病、進行すれば、能力強化は過度となり、あらゆる過負荷に人間が素の身体が異常をきたしてくる。聴覚と嗅覚だけで地形を判断できるほどとなり、光を拾いすぎる目は布で覆って隠さねば焼けてしまうほどに鳴ってしまう。けれども凄惨な現実、いや悪夢に生きる狩人たちは目が見えなくなることは逆に都合が良いのかもしれないが。

 

「アーシア、もう数刻歩いたら休もう。場合によってはそのまま、その場で野宿になる。」

 

「はい、了解、しました!」

 

アーシアの状態は芳しくない。息は切れ切れ、足取りはフラつきが見られる。ガスコインにとって数刻歩き続けること程度わけないが、アーシアはこれ以上無理を強いると、悪い方向に倒れそうだった。

 

「ふむ、アーシア、おぶってやる、その間少し眠れ。」

 

ガスコインは立ち止まり膝を折る。唐突に切りだされた提案にアーシアは一瞬ためらうが、疲れていることは事実、素直におぶられることにした。一寸した気恥ずかしさに顔を赤くするアーシアだが、そう間もなく、眠りについた。背中で、一定の間隔の呼吸と、胸の膨らんでは萎む感覚がする。ガスコインも若かったら、この状況にどぎまぎするかもしれないが、今のガスコインにそのような感情は起こりえるはずもなく、ただ黙々と、鬱蒼とする木々の合間を縫って歩いて行く。

 

さて、どれほどの時が流れたのか、日は完全に暮れているであろう時間、が、妙なことに、辺は不穏な霧に包まれ、そして完全な闇ではなく、薄白い、不気味な空気が漂うものとなっていた。アーシアもガスコインの背で目を覚ます。辺の歪な雰囲気が眠っていてもアーシアの肌を通って感じたのだろう、随分と目覚めが悪そうだった。

 

「ガスコイン様、もう大丈夫です、おろしてください。」

 

アーシアは多少残っている眠気があるものの、足の疲れは眠る以前と比べるとすこぶる良くなっている。ガスコインも、アーシアの言葉に従い、背負う時と同じく、片膝をついた。

 

「アーシア、もう気づいていると思うが、少々まずいところに迷い込んだらしい、俺から離れるなよ。」

 

アーシアは頷いて、ガスコインのコートの端をきゅっと握る。まるで手綱を引かれているようで、妙な感覚がガスコインにはしたが、アーシアがそうしたいならそうすればいいかと、気にせず、そのまま歩き出した。歩けば歩くほどに、霧は濃くなっていくようだ、視界が悪く、また、ねばっこいような空気になっていく。

 

「……っ、これは。」

 

ガスコインの足裏からガラスを踏み割る音がした。視線を足元に下げてみれば、壊れたランタンが転がっている。

 

ーーランタンか、ふむ、参ったな、本当にまずいところに迷い込んだか、芯がまだ温みを帯びている、そして、少量の血、何かが潜んでいるのかもしれない、警戒しなければ。

 

ガスコインが唐突にしゃがみ込み、何やら思案する様子を心配してアーシアが、どうしたのですか、と聞いてくる。ガスコインは極力心配させぬようにと、いや、木々を燃やせるかどうか木っ端の調子を見ていただけだ、心配するなと言って、コートの端を掴まれた状態のまま、先へ進み始めた。ガスコインとしては、この場から先へ進みたくはない気持ちも強かったが、かといって後に戻ろうにも霧によって道は閉ざされている。とどまりたくもない。では進むしかない、微妙な心の持ちのままではあるが、歩を進めることを止めはしなかった。そして、出会いたくないものに、出会ってしまう。

 

「ひっ……。」

 

アーシアの目にも否応なしに飛び込んでくる。森が少し開いたその場所に、伏す血だまりの存在に。十人ないし、神父姿の男達が、最早息をすることも、陽の光を見ることも叶わなくなっている。喉元は食いちぎられ、腸は取り去られたかのように空っぽになっている。あふれんばかりの血臭、ガスコインが最も嫌うものの一つ、それが、人並みに落ちたガスコインの鼻を満たす、であるなら当然アーシアにもその臭いがするということ、年端もいかない少女にこの惨劇は酷だ。

 

「これは、いったい……。」

 

「ガ、ガスコイン様、皆、みんな……。」

 

「アーシアは、俺にしがみついていろ、そして常に俺の事を見ているんだ。周りを見るな、俺だけを見ろ。」

 

縋るようにしてアーシアがガスコインの背中にひしとつく。アーシアを気遣うようにして、ガスコインは、奥に踏み入れることは無く、迂回するように、その場から少し下がって横に曲がる。けれども、もしかしたら生きている者が居るかもしれないという淡い期待を胸に、円形に開けたその場を、弓なりに沿って歩く。視界の端に常に広場を捉え、少々の息遣いも漏らさぬように耳を済ませる。

 

「っ、呼吸、しかしかなり浅い……!」

 

願い叶ったのか、ちょうど広場を見つけた場所からまっすぐ進んだ端についた頃、木の影に、一人、虎落笛吹きながらも生きながらえている生存者を見つけた。体中がずたぼろになっているが、そのどれもが浅い傷で、懸念されるのは流れ出る血の量だった。服が血に濡れて赤茶けた色に染まっている。かろうじて光を受ける目は今にも吹き消されそうな灯火でしかない。

 

「アーシア、今直ぐ彼を。」

 

「はいっ!」

 

アーシアは急いで木に凭れる男の駆け寄って、自らの力を使う。傷はふさがっていくが、傷の多さに、流れる血が確実に増えていく。

 

ガスコインは地に伏す死体達を弄る。手が血にぬれることを構わず、死体の内の一人が持っていた手斧と、腰に携えていた物を手に取る。

 

ーー形状が銃に似ている。引き金も、ある。しかし小さいな、弾は、何処から……。まったく嫌になる、何故こういう時に限って武器がない。生き返るとしても、武器と一緒が良かった。

 

仕方なく、小型の銃はズボンとベルトの間に挟みこむようにして入れ、数度斧の調子を試す。死ぬ以前まで使っていた斧に比べれば、格段に重量、鋭さが落ちるが、まぁ妥協点、と言った風にガスコインは納得する。

 

治療を行い続けるアーシアのところに、ガスコインは駆け寄り、意識薄弱な視線で見てくる男に対して、懐から銃を取り出して聞く。

 

「弾はどこから入れ、装填する、出来れば教えて欲しい。」

 

二度三度、口から血を吐き出しながら、男は弱々しい手つきで銃を手に取り、引き金近くの突起に指を掛ける、するりと、マガジンが銃から落ちる、それをまた元に戻して、スライド部分を引く。かちゃりと、弾が入る音がした。男は、やり終えると、力尽きて目を瞑り、浅い呼吸のまま眠りについた。

 

「アーシア、引き続き治療を。」

 

アーシアは頷いて、男の治療を続ける。ガスコインはまだ調べていない死体達の中から、いくつか銃弾を取って、懐に入れる。二三、手斧が壊れてもいいように、腰に斧をさして、辺への警戒を強めた。

 

ーーなるほど、ここは餌場か、円形に広がる場所、かと言って広すぎず、直ぐに森の中に隠れられる距離、奴ら、狩りを楽しんでるな。

 

警戒を強めると、それに呼応するように、辺をがさごそと動き回る音、気配がする。自然と、ガスコインの握る手の力が強くなる。瞬間、霧に紛れて黒い塊が飛びかかる、ガスコインは身体をしならせ、叩き落とす、だが、落ちた筋力は殺しきるに足りない、肉は割いても骨が断てない。

 

ーーっ……力不足は否めないか、しかしどうだ、こいつは、獣、病の果ての残骸、ここに来ても相対する事になるのか、最早運命だな。

 

ぞわりと身体中が粟立つ。それは恐怖ではない、ひどい、ひどい極寒がガスコインの周りに展開する。反対に身体中の血が、沸き立つようだ。

 

「骨の髄まで狩人ということか、なぁ、獣ドモ、臭い、鼓動、感じ取ることが出来ずとも、貴様らの隠しきれぬ気配が教えてくれる。ふふふ、はははははは、共に、血の夜を過ごそうじゃあないか……。」

 

血が脈打つ、生きている、育っている。狩場に立つとき、狩人は深化する。ぐるぐると喉を鳴らす影の巨狼が、白びかりする双眸をこの場の脅威であるガスコインに捉え、自らの身体より流れ出る血を気にせずじり寄る。

 

巨狼が飛ぶ、ガスコインが唸る、いなす腕が空を切り、肉がえぐれ、血潮が飛ぶ。

 

唐突に起こる狩りに、アーシアは必死に目を瞑り、治癒に意識を向ける。見てはいけない、口元を歪めて笑うガスコインを目に捉えた時、おぶってくれた優しいガスコインの印象全てが吹き飛んでしまう、いけないことだ、思い出さなければ、ガスコイン様は優しい人、そう思えば思うほど、今、笑うガスコインの声が耳に入ってくる。獣の吐き出す息の匂いが、血臭が、今この状況がなにより彼女を震えさせた。

 

「ぐぅ……。」

 

銃を持つ左腕がやられる、銃を握る力が弱り、銃口がおぼつかない。だがどうだ、湧き上がる血の叫びは、何を求める、そう、血だ、再度飛び掛かる獣に弾を食らわせる、当たりどころはよくない、致命的な傷を負わせるに至らない、けれども、空中での体勢を変えさせるには十分、バランスを失う獣は、地につく一弾指の間に首を切り落とされる。一つ、元の狩人に近づいた。

 

ーー筋力上昇、感覚強化……血の意志を受け継ぐ事に変わりはなし、むしろ血が狩人の身体に戻しているのか。

 

目の前には複数の巨狼共、後ろに怯えるアーシアが居ると分かっていても、狩人の本能が身体を衝き動かす。もしや変われるのではと、期待を抱こうか、そんなことを思いもしたが、目の前に居る現実を、いや悪夢を見ると、変われない自分を確信する。

 

「血潮が踊る、呪いが踊る、切っては切り離せぬ運命が、くるくる回って踊り続ける、履いた赤い靴は何処へやら、朱に染まってしまって見分けがつかん、ふふふふふ、滾るじゃないか、そうだろう、獣ドモ。」

 

一匹、首が飛んだ。血の池が増える。そしてまた、もう一つ。どれほどの時間が流れたのか、どれほどの首が飛んだ、隙を狙おうとも見破られ、数で攻めようとも逃げられる、残る理性は何処にもないが、獣達の本能がこう告げる、逃げろ、戦うな、ここはもう、狩場となっていると、けれども逃げようものなら撃ちぬかれ、倒れるものは、骸を作る。円が血に満たされ赤き月となった時、ガスコインやアーシアを襲う獣は、いなくなっていた。血塗れ、ガスコインは後ろを振り向く。治療を終えたアーシアが、自らを抱きしめる形で、震えていた。手を伸ばして、もう大丈夫だと、安心しろと、言おうとする、手が、真っ赤だった。憚れて、服で手を拭おうと、身体に手を触れてみる。酷く、震えている。何事か、自らの両手を見つめた。熱く滾る血が、凍っている。血は固まり、滴ることすらも出来ず、鬱屈というもの全てを詰め込んだ衣を纏っていたガスコインは、静かに、膝を折った。ぴちゃり、膝が血だまりに触れる。身体の底辺から、ぱきりぱきりと、凍りついていく音がした。吐く息が、霧と同化する。何時の間にか、ガスコインも自分のことを抱きしめていた。何度も何度も手でこすり、少しでも温度を高めようと試みる。いっそう身体は冷え込んで、ガスコインの身体は冷気を発しているかのようだった。

 

戦いの音が消え、獣の唸り声も、銃声も、肉を抉り切る音もしない、アーシアは、ほんの一寸の勇気を出して、目を明けてみる。ガスコインが、先程の自分と同じく自分を抱いて、座り込んでいる。寒そうに震えて。どうして、先程の笑いをあげていたガスコインとは違って、こんなにも、弱々しく縮こまっているのか、目の中には数多の死体が入ってくる、だが、それが気にならないくらいに、ガスコインの豹変具合に目を取られた。立ち上がり、歩き寄る、空気が生ぬるく、べたりとした物に変わっている、そんな中、ガスコインだけが、別の空気の中にいる。

 

「ガスコイン様……。」

 

「……アーシア、か、もう、大丈夫だ、大丈夫、うぅ、っぁぁ……。」

 

そんなガスコインを見て、アーシアは自然と抱きしめいた。

 

「大丈夫、大丈夫ですよ、ガスコイン様。私はここにいます、守ってくれたおかげで生きています、ガスコイン様も生きています、だから、震えないでください……ね?」

 

ガスコインの身体は驚くほど冷えきっている。ガスコインはアーシアから伝わる体温が暖かく、いや、熱く身体を包んでいるのを感じる。

 

「…………っ!」

 

唐突に、ガスコインは右手で持ってアーシアを抱き、身体の軸をずらし左手を空に向ける。せまりくる黒い影が、その牙をきらめかしてきている。引き金を引く、弾が空を飛び、黒い影に向かう、だが弾は肩口を抜け、依然として影は迫り来る。その牙が届こうとまでした時、影は横から飛来する大剣に刺さり、その勢いのまま、木々に縫い付けられた。ガスコインは大剣の飛んできた方を見る。この場にいた倒れ伏す神父たちより高位の法衣を纏った大男がそこにいる。

 

「この娘を、頼む……。」

 

そしてガスコインは崩れるように倒れる。体力の限界だった。

 

「ガスコイン様?ガスコイン様!」

 

アーシアはいきなり何が起こったのか、あまり理解の行かない内に倒れるガスコインに驚いて、何度も身体を揺すってガスコイン様と名を呼びつづけた。




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