獣狩の神父は悪魔の世界を歩く   作:城縫威

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共にある命紡がれる繋がり

身体の気だるさの中に、どうやら陽の光が当たるぬくもりがあるらしい、血の冷たさなど忘れてしまって、自然とガスコインの目が開く。視界は随分濁っていて、けれども入ってくる陽の光は眼の奥をチクリと焼く。眩しかった。

 

チャプチャプ、水が跳ねる音がする。同時に人の息遣いも聞こえる。恐らく二人、横から聞こえる水音に目をやると、シスターらしき人が水に布を浸して絞っているようだ。

 

もう一つの息遣いは、誰か、手に、光とは別の温みを感じる。視線を下げてみる。もう一人、シスターらしき人が自らの手を握り、椅子に腰掛け眠っている。濁った目に、それが誰なのか判別は出来ないが、多分アーシアだろうと、ガスコインは当たりをつけた。

 

ほんの少しだけ、身体を起こす。固まっていた筋肉が引き攣る音を聞いた。ぶるぶると、細く筋肉が揺れて、思うように力が入らない。だが、上半身を起こす位のことは出来た。

 

「あら、起きたのですか、よかった。」

 

アーシアではない声がする。嗄れ声、ガスコイン以上に年を重ねた声のようにも思えた。掠れた音の中に、別け隔てなくある優しさのようなものがある。

 

「貴方、三日三晩、眠り続けたのよ、その間中ずっと、この娘が貴方の傍についていたの、今は眠っているけど、起きたらちゃんと、褒めてあげてくださいね。」

 

ふふと小さく老シスターは笑い、濡れている布でガスコインの顔の周りを拭く。ひんやりとした感触が肌を伝わり意識が明瞭になっていく。視界の濁りも薄れた。

 

「まだ安静にしていてくださいね、何しろずっと眠っていたんですから、直ぐに動こうとすると身体が驚いちゃいますよ。では、私はこれで。」

 

老シスターは微笑みを終始絶やさずに、ベッドの脇にあるサイドテーブルに、濡れた布と水の入ったボールを置いたまま、部屋を出て行った。

 

石造りの、簡素な壁と天井、木板で出来た薄い扉、ベッド、その他少々の家具、自分が今いる部屋はそういった部屋なのか、ガスコインは辺をゆっくりと見渡して観察する。しかし無機質な部屋であるはずなのに、どこか暖かみを感じるのは陽の光のせいか、それともアーシアがいるからか、ただ温度が温いだけか、ガスコインには分からなかった。

 

とりあえず、ベッドから起き上がることにする。身体は依然として重いが、意識が覚醒してきたからか、寝起きよりもずっと勝手が良い。アーシアに握られている手をそのままに、反対の手でぐっと身体を押上げ、完全に上体を起こす。ぎしりとベッドが軋みの声をあげる。アーシアに握られた手を離して、ベッドから足を地に付け立った。がくりと身体が傾きそうになる。こらえて、立つ姿勢を維持した。手を離されたアーシアは、眠ったまま、何やら不安そうに顔を歪めている。

 

ーー長く眠っていたにしてもこの疲労、随分と身体を酷使したようだな。人の体で、狩人の動きをしようとすると、これほどまでに無理をしなくてはいけないのか、狩りの最中は興奮にまぎれていたとはいえ、狩りの最中に反動が来ていたら死んでいた。

 

手を握っては開いたり、身体中の筋肉動かせるところに微妙に力をいれては抜くを繰り返す。何分か続けている内に、身体の末端まで意識と感覚が行くようになった。本調子には程遠いが、これで動ける。

 

ガスコインはアーシアの脇の下と膝裏に腕を入れると横抱きにして、静かにベットに寝かせる。さっきまで自分に掛けられいた毛布をアーシアに掛けて、一つ頭を撫でてやると、安心した顔つきになった。それを見届けると、ガスコインは扉近くに歩き寄った。そこには帽子掛けと小さな丸テーブルがある。その上に、ガスコインの服と帽子があった。手にとって服の具合を確認する。こびりついていた筈の血は全て洗い流されている、帽子も同様だった。ガスコインは一度、アーシアがちゃんと眠っていることを確認して、着せられていた麻布の服を脱いで着替えることにする。先にズボンから着替える。次に上着を脱いで、自分の服に手をかけた。

 

「あの、まだ起きて……。」

 

ドアが開き、金具のこすれあう音と共に若い、女の子の声が部屋の中に入ってくる。まだガスコインは上に何も羽織っていない。視線を向けると、明らかに硬直してしまっている少女のシスターが見て取れる。

 

ーー参ったな、さっきシスターが人を呼んだのか、いや、まあ想像は出来たか、しかし、気づけないとは……まだ調子が戻らないか?

 

ガスコインの身体に刻まれた生きた証、数々の獣と渡り合い、出来た傷痕、抉り取られた肉の跡、引き裂かれた跡、銃弾や、辺に置き去りにされたままのガラクタが刺さり出来た跡、娘に見せぬよう、首から上に傷を作ることは避けていた故、服を着てしまえば全く跡が見えることはないが、一度服を脱げが夥しい数の傷、傷、傷、まだ幼さ残る少女には些か厳しいものがある。

 

若いシスターは、ヒッと、喉から絞り出したような悲鳴を上げると、傷痕を見てしまった恐ろしさや申し訳無さが混じった複雑な表情を滲ませて走って行ってしまった。ガスコインは特に取り乱すことなく、気持ち悪いものを見せてしまったなと心の内で思いながら服を着た。

 

「ん……ガスコイン、様?」

 

先程の逃げ去ったシスターの出した音に気がついたのか、アーシアが目を覚ます。

 

「アーシア、疲れているだろう、まだ寝ていなさい。」

 

ガスコインはアーシアの元に寄ると少しだけにこやかに笑って頭を撫でてやる。アーシアは答えるように頷くと、また小さく寝息をたてはじめる。

アーシアが眠った後、ガスコインが服の中身にどれほどの変化があるか探っていると、部屋を出て奥の方から、ごつ、ごつ、と厳かな足音を響かせてやってくる音を聞く。それに続くように小さな足音も聞こえた。ガスコインは来る相手が誰かよりも、自分の聴覚も元に(狩人であった時の状態)戻り始めていることに、なんとも言えぬ感情を持った。

 

扉が明けられる。奥から大男が、その背に隠れるようにして先程の若いシスターが入ってきた。目の前に立つ巨漢、しかし首から上だけが年をとっている、身体と顔が不釣り合いの男に、ガスコインは心あたりがある。

 

ーーなるほど、この男が私達を。

 

男は一つ咳払いをして口を開く。

 

「さて、ようやく目覚めたようだが、体のほうがもう大丈夫かね。」

 

「あゝ、随分と世話になった、感謝してもしきれない。」

 

「そうか、それは良かった、私はヴァスコ・ストラーダ、よろしく頼むよ。」

 

「こちらこそ、ガスコインだ、よろしく頼む。」

 

ガスコインは手を差し出し握手を求めた。それに答えたストラーダの手は、ガスコインのものよりもずっと大きく、固く、武骨な手をしていた。

ストラーダの後ろに居る若いシスターを、ストラーダは前に押しやって、小さな声で、君も、と言う。

 

「あ、あの、私、紫藤イリナといいます、えっと、先程はいきなり扉を明けてしまい、申し訳ありませんでした……。」

 

おずおずと震える声で言いながらイリナは頭を下げる。ガスコインはイリナに視線を合わせるようにしゃがみ、コートのポケットに入れていた飴玉を取り出し、イリナの手に握らせる。

 

「俺の方こそ、醜いものをみせてしまってすまないな、お詫びの印だ、美味しいぞ。」

 

握らされた飴玉を、どうしたようかと分からずにいるイリナは困ったようにストラーダの方を見上げた。ストラーダはにこりと笑って頷く。イリナは飴玉の包み紙を解いて、中の乳白色の飴玉を口の中に入れた。あ、美味しい、とイリナは言って口の中で飴玉を転がしている。

 

「ところでガスコイン君、今ベッドで眠っている娘は。」

 

「あゝ、彼女は……。」

 

アーシアだと紹介しそうになって言いよどむ、ここは教会に関わる所で間違いない、であるならアーシアの名はタブーに近いものではないか、そんなことを一瞬頭で巡らすガスコインを察したのか、ストラーダは笑顔を絶やさず言う。

 

「彼女は君の娘のアリシアだと聞き及んでいるが、間違いないかね?」

 

ふむ、この男、全て知っている、知った上で、ということか、とガスコインは納得すると、直様ストラーダの言葉に合わせるようにして言った。

 

「間違いない、彼女は私の娘のアリシアだ、少々天然な所があってな、迷惑をかけていなかっただろうか。」

 

「いやなに、随分といい娘だ、眠り続ける貴方の傍を片時も離れず見ていた。大切にしてあげなさい。」

 

「そう言っていただけると有り難い。言ってしまうと照れてしまいますが、自慢の娘です。」

 

「そうだろうな、そうだろうとも。……さて、イリナ、私とガスコインさんは少々お話があるから、自分の部屋に戻っていなさい。」

 

イリナはストラーダの言葉に頷いて、自分の部屋へ戻っていった。

 

「ではガスコイン君、こちらえ。」

 

「了解した。」

 

ストラーダはガスコインを連れて部屋出る。反響する足音を幾多も鳴らし終えた後、一つの部屋の前についた。ストラーダがその扉の鍵を開け、扉を開く。分厚い扉で、部屋の壁もひときわ厚くできているようだった。

 

中に入ると、部屋の中央に丸テーブル、それを挟み向かい合うように木で組まれた二脚の椅子があった。部屋に窓は無く、明りは天井に付いている電灯だけだった。二人はそれぞれ椅子に腰掛ける。

 

「色々な事情は置いておいて、改めて感謝する、ストラーダ。」

 

「なに、私もあの場に用があって赴いただけのこと、そこにたまたま君達がいただけ、気にすることではない。」

 

「そうか……アーシアの件、今は安心してもよいのだろうか。」

 

「少なくとも、私がいる間は問題ないようにする、だが安心しきれないのは否めない。」

 

「……お前さんのような人に聞くのは酷かもしれないが、アーシアの件、仕方がなかったのか?」

 

「遺憾ではあるが、仕方がなかった。」

 

「そうか、そうか……。」

 

「彼女には本当に済まないと思っている。あんなに真っ直ぐで良い子なのに、救えず、追放してしまった。」

 

しわくちゃのストラーダの顔がより一層歪む。

 

「気にするな、と言うのは無茶であるともうが、彼女は誰も憎まないだろうさ。いや、憎めないと言ったほうが良いのか。」

 

「……そうだな。故に、赦されるもの達はやるせないのだがな。」

 

「そうなんだろうな。……さて、本題に入ろうか。聞きたいことは、何だ?あの場の事か?それとも、獣の事か?」

 

獣という言葉を自らの口から発した途端、身体に冷気が伝うのを感じる。部屋を満たす光がより強さをまして、薄く、鼓動が響くのを聞く。

 

「あの場のことだ、死が蔓延したあの場で、何があった。」

 

「私とアーシアが訪れる前までのことは知らんが、私達があの場についた時、既に狩りの大半は終わっていた。生き残っていた男以外、後は屍となって天に召されていたよ。そうだ、生き残りはどうなった、今でも息をしているのか。」

 

「ヘンリックの事か、無事だ、安静は保たなくてはいけないが、生きている。」

 

「ヘンリック……そうか、全く数奇なものだな。」

 

「何だ。」

 

「いや、前に知り合いに同じなのものがいてな、懐かしく思っただけだ。……俺はアーシアにヘンリックの治癒を命じ、後はストラーダ、お前さんが来るまで只管応戦だ。」

 

「一人であの数を相手にしたのか。十は超えていたが。」

 

「獣の相手に慣れていたのもあったが、何よりも武器があったのが幸いしたな。銃に斧、これが片方でもなかったら死んでいたな。」

 

「戦闘経験ありか、ふむ……そうか。」

 

「以上だ、何の事はない、巻き込まれる形で戦い、そして保護された。」

 

「了解した。それらを踏まえ、一つ君達のこれからについて相談したい。」

 

「あゝ、なんだ。」

 

「君とアーシア君を教会に迎えたい。」

 

「何?私はともかくアーシアについては納得しかねる。いや、無理だろう。」

 

「私が考えているのは、つい最近立ち上げたばかりの悪魔祓い、教会の戦士群の中に君を入れること、そしてアーシアを、それこそ本当に君の娘とし、名を変え、あくまで協会に属すること無く、神を信ずる者としているということだ。どうだ。」

 

「ふむ……しかしアーシアは追放されたもの、名も顔もしれているのでは。」

 

「……では仮面を作り被ってもらうのはどうだ、人前でのみ被り、理由を、そうだな、昔不慮の事故で顔を焼いてしまったということにすればいい、そうすれば誰も無理矢理仮面を剥ぐということもない。」

 

「なるほど、それなら。……俺が戦士として戦えるかはどうする。確かに獣相手なら戦える、だが悪魔相手ならどうかわからない。戦力として加えられなければ不審が湧くだろう。」

 

「心配ない、むしろ新たな戦士は何であろうと歓迎している。信仰だけで直接的な戦力に劣る教会に戦士という存在を作ったのはつい最近、今回の件で死んだ者達は一通り訓練を施した信徒であった、しかし、早計であった故に大切な命を散らしてしまったが。」

 

「そうか、では今のところ問題は、ないか。」

 

「君達が教会に訪れるシナリオなどは全てコチラで作る。アーシア君には窮屈を敷いてしまうが、行く宛もないよりは断然良いかと思う。何より彼女はまだ幼い、宛もない旅をさせ続けるほうが酷ではないか。」

 

「確かにそうだ。こちらとしても無論、願ってもないこと。」

 

二人は立ち上がり、お互いの双眸をしっかりと交える。

 

「よろしく頼む、友よ。俺とアーシアの命をストラーダ、お前さんに預ける。俺の身体は盾として、剣として、振りかかる厄災に立ち向かうと誓おう。」

 

「その命、預けさせてもらう。神の名のもとに、汝らに未来を、変わりなき笑顔を約束する。」

 

「ふふ、教会は頭でっかちだけだと思っていたが、お前さんの様な奴がいるんだな。」

 

「なに、年寄りも過ぎれば柔らかくなるものさ。」

 

二人は笑い、固くその手を結ぶ。両者の手を伝わる熱さと冷たさは、糸と紡がれて、目に見えなくとも、二人を強く繋いだ。




いかがでしたでしょうか、楽しめたのでしたら幸いです
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