開けた砂地の広場、そこは教会に属する者達が日々異径の者達と戦う為の鍛錬の場、若き神父やシスターたちが、経験豊かな老神父、シスターにしごかれる場である。そこに立つのは、複数人の神父、シスター、そしてストラーダとガスコイン、驚くことにイリナや、それと同い年くらいの女の子がいる。その体つきを見定めるに、一般では受けるはずもないような修練を積んだあとだということが、佇まい、息遣い、視線の行くへ、気配の揺らぎから分かった。わかると同時に心のなかでふつふつと言い表せないような黒いものが湧いてくる。
「今回より、昨今、人を襲うようになった獣に対する対処の仕方を、ガスコイン神父より教えてもらう。今までの鍛錬と同じく、心静かに、かつ柔軟に受け止め、技術を磨くように。」
ストラーダのしゃがれた声が、不思議と遠くまで届きそうなくらいハッキリと、広場中に響いた。
「まぁ、まずは自己紹介からだ、端から順に名を名乗りなさい。」
ストラーダの言葉に、ガスコイン達の前に立つ者達が名乗りをあげる。順に、デュラ、アイリーン、ゼノヴィア、イリナ、これにはガスコインも笑うしかなかった。
「どうした、ガスコイン。」
笑いを噛み殺すような仕草を示すガスコインは、包まず言えば気味が悪かった。厚着の彼は多少の若さをその身に宿しながらも、老齢した雰囲気を併せ持っている。生き返る際に何かしらの力が働いたのか、若干の若返りをえたガスコインではあるが、彼の記憶の中には、デュラもアイリーンも、ガスコインと同等に年をとっており、今眼の前に居るような、若く、動きやすいように設計された神父服や、シスターの服を着るようなやつではなかった。ガスコインの前に立つ者達の顔が、僅かながら歪む。見かねたストラーダがガスコインに問うた。
「いや、なに、これほど数奇な、奇妙な、不可解な世界はないと思ってな。大丈夫だ、鍛錬には全くの支障はださんさ。」
「そうか、なら良いのだが。」
「しかし、新たに創りだした戦士とは言え、子供まで鍛えねばならんのか?それについてはあまり気が進まん。」
ガスコインの言葉に、イリナは多少顔に影を落としただけだったが、ゼノヴィアと名乗った、蒼髪に翡翠のメッシュを施した少女があからさまに顔を歪める。
「お言葉ですがガスコイン殿。」
「何だ、ゼノヴィア。」
「私には聖剣を扱えるという、神によって授けられた恩恵があります。そしてその力は魔を祓う為に使われるべきものであり、私はそうするために自らを試練の中に閉じ込め、今まで生きてきました。新しく教官となるガスコイン殿がどれ程の者かは知りませんが、例えこの身体がガスコイン殿よりも小さく、また細くとも、遅れを取らない自信はあります。」
淡々と繰り出される言葉の連なりの中には確実に、怒りを訴える棘が見て取れた。ガスコインはゼノヴィアの主張を聞き、顎に手をやり、苦いものを多量に口の中にほおり込まれたかのように一つ唸りをあげた。視線をストラーダに移す。待っていたかのようにしわくちゃの顔の中にある目がガスコインの視線とかち合った。
「言いたいことは分かるが、何分、教会側にも必要な戦力であり、また力を手にしてしまった以上、使い方を学ばねばならん。」
「イリナもか。」
「あゝ。」
ガスコインは一つため息をついた。ゼノヴィアは自らの主張に対し何一つ返答が無いことに苛立ちげだ。デュラ、アイリーンはただ黙し、灰色と黒色の瞳を静かにガスコインに向けている。
「ゼノヴィアが私に遅れを取る取らないは正直どうでもいい。今回俺が知りたいのは、そうだな、こうしよう、体力だ。」
ガスコインは懐にある、木を削りだして作られた木斧を握る。ピンと緊張の糸が張られるのをガスコインは肌で感じる。
「簡単な事だ。これより、デュラからイリナ、四人、各々の武器で私を追ってもらう。私を再起不能まで追い込むのであればその時点で訓練を終了する。その時は、私がお前達に何も教えられることがなかったということだな。だが、仮に私が再起不能にされず、また私の体力が続くようなら、私が止めと言うまで訓練続行だ。」
「ガスコイン殿は既にある程度の修練を終えている私達四人に対し、一人で立ちまわるということですか?随分と侮っているのではないかと思いますが。」
「別段、私がすぐにでもやられればそれで良いと言ったろうゼノヴィア。自分の実力に自信を持つことは構わないが、何かしらにつけて話しを受け入れられず、受け入れないにしても流すことすら出来ずつっかかる態度はいただけないな。」
ゼノヴィアの言葉に、ガスコインは軽くまゆを歪める。嘆息も漏れる。
「ストラーダ、お前さんは絶対に混ざるなよ、流石に命を危険には晒したくない。」
「無論だ。もう始めるのか?」
「そうだな、ボチボチと始めるとしよう。なぁ?ガキども。」
ニタリと笑を作って、特に、ゼノヴィアに向けて視線を送る。何の苦労なしに、釣れた。
肺から吐出される息が耳の中に入り込む時には大振りの木刀がガスコインの脇を捉えようとしていた。
ーー正に血気盛ん、イノシシのように愚直だ。
ふわり、流れるような滑らかさでガスコインがゼノヴィアをすり抜けて前へと抜ける。アイリーンの双刃と拳の先に鋭い刺のある手甲がガスコインに繰り出されていた。何の事はない。繰り出されるならそこにいなければいい。もう一度、前へ。なるほど、前へ進んでみるとキリリと顔を引き締めたイリナが剣を構えていた。確かにこれじゃあ進めない。後ろには追手がいる。さて、どうしようか。右か左か、どちらに避ける。いいや違う、しゃがめばいい。頭上で風切り音が聞こえる。小さなイリナの悲鳴が聞こえる。どうやらガスコインが避けた攻撃の行く先がイリナへ向かっていたらしい。ガスコインの横を過ぎようとするデュラとアイリーンの足を木斧と空いた手で払い、一歩後ろへとしゃがんだまま下がる。背中に足が当たるのを感じると共に背の上でくるりと軽い何かが回る。ガスコインは背から物がどくと、直様体勢を直しそのまま大きく後ろに飛び退く。ガスコインがいた所にデュラが地を穿っていた。四人の視線が今まで以上にこわばったものに変わった。
「早いな。力も上々。だが、まだ狩人には程遠い。」
一瞬の攻防だったのにもかかわらず息は切らさずヘラヘラとしている。
「さあ、まだ日は空にある。夜に遠く、終わるには早過ぎる。私を狩れよ、狩ってみせろ若人共。」
眼前に武器を構え立つ四人に、ガスコインは両腕を大きくひろけておどけてみせる。狩人の卵がそのからに罅をいれるのに時間は掛からなかった。飛び交う剣、拳。その体に宿す早さも力も今以上の筈であるのに、四人の連携であるため、大きく逸脱した力は出せない。一度に固まってしまえばお互いに武器を当てる危機を孕み、個々に動けば足が絡む。対して獲物ガスコインは一人。場数もそれなりに踏んでいる。なにより、彼の中の血が熱を帯びてきた。獣でなくても、一度相まみえれば血に火が灯る。煌々と輝きを増す黒い火は体の内を焦がし深めていく。いつしか作った笑顔が本物の笑顔になっている。体の節々に油が挿されたように、動きの滑らかさが増し、感覚が鋭くなる。右から、上から、前から、後ろから、彼等はガスコインを狙って武器を振るう。それをいなして躱して、自分の好きなように一人ひとりを動かしていく。薙いでころばせ、掴んで投げ、操りぶつける。舞台の上で、踊る、踊れ。勢いを増すガスコインに対し、失速し始めるゼノヴィア達、日は傾き、夕方に差し掛かっていた。
イリナの顔に、疲労が刻み込まれていく。息がまばらになり、目は細められ、自らの心と体の動きがちぐはぐになっている。
「月が欠け、命が削れるように、舞台からこぼれていく役者共、最初に落ちるのは誰だ?」
木剣を振り下ろそうとするイリナの腕を掴んで遠くへと投げる。イリナはそのまま眠るように意識を失った。まだ三人残っている。
ガスコインの行う修練が終わったのはイリナが倒れてから数時間後だった。次にゼノヴィアが倒れ、アイリーンが自ら抜け、デュラが粘りでガスコインを狙い続けたが、最後はガスコインに、木斧を首元のにつきつけられて降参ということになった。空には既に月が輝きを手にしていた。
「流石に、一日中とは行かないか、だが、凄いな、何度か危ない所があった。」
ガスコインはそう地に伏すなり座るなりして休んでいる四人に言葉をなげてやる。心のうちでは、自分が血の恩恵がなければ直様やられていただろうと予想していた。ある意味ズルをしているようなものだった。
ーーふむ、この世界の戦士は随分と良質だな。ヤーナムにこれほどの者が幾人もいれば有無をいわさず獣共を枯れただろうに。……しかし、まだ本調子には戻れない、か。余程アーシアに封じ込められたか、これは後でぶり返しが来るかもしれんな。
ガスコインは獣との戦闘のあとに三日三晩眠り続けていたことを思いだしながら、そこまでは行かないだろうと勝手に思って、改めて汗をしたらせる四人を見る。
「さて、今日の修練は終わりだ。よく休むように。」
伏しているイリナとゼノヴィアはデュラ達が何とかやってくれるだろうと勝手に決めつけ、自らの部屋に変えることにする。それに、一日中、忙しい身であるはずなのに、修練の様子を見ていたストラーダがついていった。
「ふむ、まさか一日中ずっとやり続けるとは思わなかったぞ。」
「それに付き合うお前さんも相当だと思うが。」
「なに、今回だけだ。一応様子はみておかんと思ってな。結果安心して任せられると思った。」
「買いかぶりではないか?今日は一日走り回っていただけだったろう。」
「その中で翻弄されることなく、四人の様子を冷静に見ることが出来ていたのは買いかぶりか?」
「さてな、だがあの四人は相当伸びるだろうさ。若造相手ならそれなりに相手ができるかと思って高をくくっていたらボロがでた。次からは色々と考えねば。」
「あの四人については全てを君に任せる。色々と悩んでくれ、ではな。」
ストラーダと別れたガスコインは、その後特に誰かと会うこともなく自室についた。扉を抜けて中に入ると、アーシアがちょうど花瓶に花を生けている最中だった。本来、例え年が離れているとしても男女が同じ部屋になることは憚れたが、ストラーダが、せめて仮面を外した時に、なんの気兼ねもなく話せる相手がいたほうが良いだろうとの事で、同じ部屋になった。
「ガスコイン様、お帰りになられたんですね。……あ、お父様、と呼んだほうが良かったですか?」
ちょっと照れくさそうにアーシアが言う。クスクスと笑えている事にガスコインは安堵した。
「あくまで部屋の外でのことだ。この部屋の中、私と二人の時だけはどう呼んでも構わんさ。」
「そうですか……じゃあやっぱりお父様って呼ばせてもらいますね!」
「……呼びたいのか?」
「はい!」
「そうか……まぁ、好きにしなさい。」
ガスコインは頬を指先で二三度掻いて、年甲斐もなくハニカンだ顔を見せないようにして、部屋の中にあるロッキングチェアに座り込んだ。
「お休みになるんですか?」
「あゝ、少し休んで明日やるべきことを考える。アーシアはもう寝るのか?」
「はい、今日はもう遅いですから。」
「そうか。お休み。」
「お休みなさい。」
アーシアが花瓶を窓辺に置く音や、ベッドの中に入る音を微かに聞きながら、ガスコインは椅子に揺られて暗闇の中に落ちる。ゆっくりと水がしみ出してくるように、じわりと夢の中へと下っていった。
風が、そよぐ。僅かな花の香を香らせて。一面に広がる、気持ち悪いくらいに白い、白い花畑の中、ガスコインはいる。右手に斧を持ち、左手に銃を持つ。冷ややかな風が、ひときわ強くガスコインを打ち、花弁をまき散らした時、紅き月が、降りた。枯木のように朽ちた四肢は、その様相に反し、靭やか且つ強靭に地を掴み、身体のアチラコチラから生える触手は一つ一つが命を与えられているかのように揺蕩っている。ガスコインは、その姿を一度も見たことはなかったが、自分達を血塗れの舞台に立たせた魔物が、月の魔物が目の前にいるのだと、理解が出来た。狩人の本能がガスコインを突き動かすことはなかった。武器を握る手が強張ることもなかった。唯、不愉快だった。顔とも言えぬそれがこちらを見つめる。ゆっくりと触手がガスコインを包み込んでいく。ぬるりとした粘っこい感触に、どこまでも冷たいそれが、ガスコインの中の何から何までを吸い出していく。血も、肉も、骨も、記憶も、何もかも。煩わしくて払いたかった、腕をあげて払おうとした瞬間、ガスコインは月の奥底へと引きずり込まれていた。
ガスコインの肌に汗が伝う。氷が伝っているのかとおもうほど冷たい。頭は覚醒、とまで行かず、まだ半分眠っているようにぼやけている。身体の何処かが痛いわけでもなく。何かが這いずったかのようにじくじくと疼く。重たい首を動かして、窓の外を見る。月明かりだけが部屋の中に薄く差し込んでいた。紅ではなかった。身体を起こす。木で組まれたロッキングチェアがギシと泣く。一つ設けられたデスクの前の椅子に座り、掌で顔全体を上から下へ撫ぜる。ぼやける頭を切り替えるために、小さな電灯を付けて、今後の修練の計画を練ることにした。
いかがでしたでしょうか
楽しめたのであれば幸いです