獣狩の神父は悪魔の世界を歩く   作:城縫威

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獣を背負う狩人は広き世界に思いを馳せる

多くの本棚に、多くの本、教会が保有するあらゆる本を保存しているこの場所で、ガスコインは低く、小さく唸りながら、いくつかの歴史書を見つめ、その内容を飲み下そうと必死に頭を回す。一度、背凭れによりかかり、天井を見つめ、息を吐く。まだ読み終わったのは一冊と少し程度、特別ガスコインの読む速度が遅いわけではないが、彼にとっての世界というものがヤーナムの中だけであったことからすると、些か、新たに生きる、広い世界を相手取ることは辛いものがあった。人の生い立ち、宗教の確立、国々の闘争、噛み砕かれた文章記されている一番簡単な本であったが、その概要を飲み込むまでには相当に苦労を要した。

 

ーー言葉が通じ、そして字が読めることが救いではあるが、想像を越えすぎている。こんなにもこの世界は広く、入り組んでいるのか。だがいくつか共通点も存在する事が不思議だ。キリスト、イスラム、医療教会が保持していたいくつかの本の中に似通ったものがあった。実際、それらの言葉はアーシアに通じた。ではどういうことだ、若干の差異のある異世界だというのか、それともヤーナムという呪いが発現する遥か過去、いや、過去ではない。過去とするなら現存する技術がヤーナムを越えすぎている。では、退化したという可能性は、だとしても過去の書物の中に何もないということが解せない。未来と言う可能性はどうだ、しかしヤーナムに関する記述の本が一切みつからない、秘匿されている、もしくは存在しない、その存在が薄れて消えるほどの未来であるという事。……加えて今必要なのは歴史やそれらの推移だけじゃない、アーシアの言っていた悪魔、悪魔が居るのだとしたならば当然、天使、堕天使が居るはず、そしてゼノヴィアが言っていた聖剣という存在、推測するにこの世界には聖遺物が実存し、且つそれらが今なお効力を持っているという事。ふむ、表はヤーナムよりずっときらびやかだが、実質、月の魔物に支配されていたヤーナムよりもずっと複雑に、各勢力が絡み合っていると考えても差し支えないはず、とするならば、恐らく私が属する教会は神、天使側に属していると考えて違いないだろう。故にアーシアは悪魔を救済したことによる弾劾を受けた。必要な知識は莫大にある。それらを早急に得なければ……先ず生き残る事は出来ないのだろうな。唯、新たな生を受けるだけとは到底思えない。でなければ獣共の存在の意味が無い。ヤーナムとは違う、別の場所で、この世界の各地で、また密かに呪いが広がっている。そこに狩人が生き返らされた、違う、産み落とされた。獣がいるなら、そこには確かに魔物がいる。魔物が求むのは、獣に落ちゆく狩人と、血を欲し流離う獣との闘争、その先の成熟、紅き月を降ろす事、だが私一人で何が出来る、この世界で狩人と呼べる物は私一人しかいないのではないのか、まさか、血の医療がこの世界にも、ある?であるならば恐ろしいことだ。

 

ガスコインの頭の中に巡る、思考と推測。混ざり分離し、彼の中にある知識を巻き込み深い海の底へ落ちていく。自然とガスコインの手が新たな本のページを捲った。足らなすぎる常識と非常識が本の中にあるのなら、迷いなくその先を進もう。時間を本に費やそう、ガスコインは埃舞う大図書室の片隅で一心不乱に読みふける。それはある意味、生存への渇望と似ていた。時間と共に、図書室を歩く者の音が遠ざかっていく。西日が鉛丹色に染まっていく。ガスコインは本を読む目に、重い疲労がのしかかっているのを感じて目を閉じた。そしてまた、一息つく。喉が酷く乾いていた。

 

「お疲れのようだな、ガスコイン殿。」

 

凛と涼やかな声がガスコインの前から投げかけられる。ガスコインは軽く驚いて声の主を見た。

 

「何時から、そこにいたんだ、ゼノヴィア。」

 

「だいたい、ガスコイン殿が何やらブツブツ呟きながら思考して、本を読み始めた当たりからだな。」

 

「随分と前だな、何故声を掛けなかった。」

 

「掛けたさ、掛けたが全く反応してくれなかった。」

 

「揺すればよかったじゃないか。」

 

「それも考えたんだが……。」

 

「揺すっても駄目だったのか?」

 

「いや、何やら鬼気迫る顔で本とにらめっこしていたから、揺するに揺すれなかった。」

 

「ほう、で、今になるまで待っていたわけか。」

 

「あゝ、だが悪いものじゃなかった。こうまで真剣に本を読み続ける顔を長時間見続ける経験などないからな。」

 

「……酔狂な趣味を持っているな、ゼノヴィア。」

 

「自分ながらにもそう思う、お陰で退屈はしなかった。」

 

「そうか、で、どうした。何かあって来たんだろう。」

 

「あゝ、幾つか聞きたいことがあってな。」

 

「なんだ。」

 

「ガスコイン殿、貴方は、神を信仰していないだろう。」

 

ガスコインの目が小さく見開く。ニンマリとした顔のゼノヴィアの言葉の中には、何やら確固たる自信のようなものがあった。

 

「どうしてそう思うんだ。」

 

「教会で暮らし、神のために祈り続けるとそういったことの見分けが付くようになる。ガスコイン殿、貴方から信仰心が感ぜられない。」

 

「なるほど、確かに俺は神を信じたりはしていない。で、それを知ってどうする。」

 

「さてな、信仰云々についてを言及する気は今の所ないが、ガスコイン殿、貴方は信仰はしていないにしても、我々の神について知識が深いように感じたのでな、不思議に思ったんだ。」

 

「……昔、神にすがろうと思った時があってな、故に色々と文献を読みあさり、この魂を神に委ねようとしていた。」

 

「そうなのか?では何故今、貴方は神を信じない。」

 

「無意味だと知ったからだ。」

 

ゼノヴィアの顔が一瞬強張る。

 

「この世界で、君とっての神という存在がどれ程のものなのかは知らん、だが、俺が生きていた、あの悪夢の中で、神を信じた所で救われることは何一つなかった。」

 

「それは、ガスコイン殿の信仰が十分でなかったからでは?」

 

「そうかもしれんな。しかし、救い無き所に、何時いかなる時でも信仰することは、唯の無駄でしかなかった。」

 

「無駄とは……。」

 

「なに、君達の信仰を否定するわけじゃない。信仰は心に余裕を与え、試練を乗り越える時に現れる躊躇いを消してくれる。言葉の中に知識が織り込まれ、旋律の中に安らぎがある。語られる神の物語は壮大で、自らなどちっぽけにさえ思えてくる。」

 

「そこまで思っていて何故。」

 

「何故、か。こればかりは悪夢の内に落ちなければわからないことなのかもしれないが……。そうだな、端的に言えば、神は俺を生かしてはくれなかった、からだろうか。」

 

「ガスコイン殿、貴方は神に魂を委ねようとしたのに、どうして。」

 

「……守るべき者がいた。妻が、娘がいた。俺は生きねばならなかった。神に対する信仰は気休めの安らぎでしか無い、その先に、俺と家族の命はない。」

 

ゼノヴィアは少々強張った顔でガスコインを見ていた。対してガスコインは、侘しい過去を懐かしむような顔で言葉を漏らしていった。

 

「……ガスコイン殿、失礼でなければその、悪夢についてきいても?」

 

「ん?そうだな、確かに悪夢の説明がなければピンと来ないだろうな。だが……教えることはできん。」

 

「理由をお聞きしても。」

 

「もはや自分でもわからんのだ。」

 

「え?」

 

「悪夢の中にいたはずの私は、確かにいるはずだ。記憶も、ある。けれど、長い時間いたはずの悪夢は、いつの間にか俺にとっての現実となっていて、悪夢という存在は、感覚として薄れていった、そして今、悪夢という存在から開放された、と思っていた、しかし個々にも悪夢の片鱗があり、まるで夢の様な現実は、本当に現実なのかどうかさえ怪しい。俺が在するこの世界が夢なのか、新たな現実なのか、こんがらがってしまってる。あゝ、なんと言えばいいかな、こればかりは、やはり経験したものでなければ分からぬのだろうさ。」

 

「そう、なのか。」

 

どこかモヤついたものが残る顔をするゼノヴィアに、これ以上語る言葉も出てこないガスコインは開かれたままの本に目を移す。

 

「他にあるかね。」

 

ガスコインは一つ、ページを捲る。

 

「ええ、最後に一つだけ。」

 

「あゝ。」

 

「ガスコイン殿とアリシア殿との関係は、どのような物なのだろうか、貴方は先程悪夢から覚めたといった、悪夢の中に家族がいたのだろう?では、アリシア殿は。」

 

「アリシア、か。ふふ、なに大したことじゃないさ。悪夢から覚めて、直ぐそこに独りアリシアがいた。互いに独りだった。だから支えあう事にしただけだ。」

 

「なる、ほど……。」

 

「君の中にある知識欲は満たされたか?」

 

「いや、まだ、知りたいことはある。」

 

「ほう、随分と熱心な生徒だな。」

 

「だが、それは今後、ガスコイン殿、貴方に師事されることから知りたいと思う。貴方の、その目に映った悪夢について、私は何も知らない。しかし悪夢によって形作られた貴方の中身を、私は知りたい。深い悲しみ、激しい怒り、悪夢を抜けだしてなお、悪夢に想いを寄せる貴方を、私はしりたい。」

 

「……何故お前さんが俺のことをそこまで買ってくれているのかは知らん。お前さんが俺のことについて知ろうとするのも構わん。だが、無いとは思うが、俺の様なガラクタにはなるなよ。」

 

「ガラクタ?」

 

「何もかもがガラクタ同然に壊れている。心も、身体も。悪夢の底は、其処にいる者の全てを壊す。俺は、ガラクタだ。お前さんらにとって俺がどのように映っているかは知らんが、努々忘れるな、壊れた者の内に巣食う深淵には触れてはいけない、そいつらはいつだって狙っているんだ、自らのことを覗き込んでくれるものをな。」

 

ガスコインはそう締めくくると、疲れ、飽きたように本を閉じ、本の山の天辺に置く。椅子を下げ立ち上がると、ガスコインは胸に本を抱えた。

「勉強会は終わりだ、俺も少々目が重い。お前さんも他にやることがないのなら、神に祈るか部屋に戻るかするんだな。」

 

ガスコインはそのまま本棚の置くへと消えてしまう。石床を叩くブーツの音がやけにハッキリと響いた。ゼノヴィアは背凭れに凭れると大きく息を吐く。

 

ーー眼の奥の、深くに沈む闇が貴方の深淵だとするなら、もう手遅れだ。私は既に見返されている。だからこそ、だからこそ貴方に惹きつけられる。どうして、ガラクタである貴方は気丈に笑って動くことが出来るのだ。

 

服を伝って冷たい風が身体を這う感覚をゼノヴィアは感じた。確かに、いる。深淵が。ゼノヴィアは振り払うように頭を振る、そしてガスコインが消えていった本棚とは別の奥まった所に視線を送る。

 

「出てきたらどうだ?」

 

ゼノヴィアの言葉に本棚の隠れていた者の気配が揺れる。

 

「気づいて、いたの?」

 

身を竦めながら、おずおずとイリナが出てくる。

 

「私自身、気づいたのはついさっきだ。加えてガスコイン殿も気づいていたようだぞ?椅子が戻されてないからな。」

 

「うぅ、そうなんだ……。」

 

どこから盗み聞きしたのかはゼノヴィアには分からなかったが、様子から見てかなり最初の頃からだろうと辺をつけた。大方、盗み聞きしたことについての罪悪感が強いのかもしれない、とそう考える。

 

「で、イリナはガスコイン殿のことをどう思ったんだ?彼は神を信じてはいないぞ。」

 

イリナはゼノヴィアのその言葉に瞬とうなだれる。やはり最初の方から聞いていた、予想が的中したことに、クイズにあたったかのような感覚で、ゼノヴィアは心内でニヤリと笑った。

 

「ガスコインさんが神様のことを信じてないのはとても残念だけど、でも、ガスコインさん自信が壊れてるなんてとても思えないよ。だって、何時も笑って接してくれるし、周りのことを広く見られる人だよ?なのに、でも、ガスコインさんが自分のことを話している時、何処か、ずっと水の中の奥深い所にいるみたいに、冷たくて寂しいような、そんな雰囲気がした。それに、多分ガスコインさんが言ってた悪夢、その中で付いた傷痕も、私見たことがあるし……。」

 

「ほう。それで?結局どう思ってるんだ?」

 

「私は……うん、例えガスコインさんが神を信じてなくても、ガスコインさんはガスコインさんだよ。私にとって気の良いおじさんで、それに色んな知識を持ってる尊敬できる人なんだ。」

 

自分の中でうまく気持ちに区切りが出来たのか、イリナはとても晴れやかな笑顔になる。それにつられてゼノヴィアも微笑んだ。

 

ーーあゝ、ガスコイン殿はいい人に違いない、それはわかってる。だが、だとしても、ガスコイン殿が稽古をつける時の一瞬の変化、ぐっと遠ざかっていくような寒気、多分イリナ以外の皆も感じているであろう違和感、そう、人と戦っている筈なのに、違う、人ではない何かと戦っているような感覚、ガスコイン殿、貴方は一体、その体の内に何を隠しているのか。

 

ゼノヴィアはしきりに自分の考えに頷いているイリナを見ながら席を立つ。

 

「さて、大分日も沈んできた、部屋に戻ろうか、イリナ。」

 

「うん、そうだね、戻ろっか。」

 

二人は椅子をしっかりとテーブルの内に入れ、並んで共有の自室へと戻っていった。ちょうど、広い図書館に差し込む薄明かりの奥に、夕日色に薄く染まった、淡い月が浮かんでいた。




更新が開きまして申し訳ありません

更新の遅さ、また内容について多少なりとも不満不平がありますでしょうが、それでも、楽しんでいただけたのであれば幸いでございます

それとは別に、正直なところを申しますと、私、軽くスランプに陥っているんです
けれども、決してアイデアが出てこないとか、書く気が全くない、とかそういった類ではありません

ここ最近、いくつか小説に関する本を読みまして疑問を感じ始めました、小説を書くこととは何か、また読むとは何か、何をオモシロイと思って書くのか、読むのか

書くことの面白さとは何でしょう、物語の構築?ではストーリーを唯作っていけば面白いのか、いや違う、確かにそこには文の構築も含まれている、だが文の面白さとは何か、様々な技術を凝らした文章が面白いのか、純粋な言葉だけの連なりで出来た文章が面白いのか、勿論どちらも面白いのかもしれない、だとしても、一体技術を凝らした文章の何処が、純粋な言葉の連なりの何処が面白いのでしょうか、それは読むことにも当てはまります

面白いの構造とはなんなのでしょうか
こんなことが頭のなかで堂々めぐりするのです

もしよろしければ、この作品を通して、皆さんが思う小説の面白さというものを教えていただけないでしょうか

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