忍の世に降り立つ博麗の巫女   作:しゅれー

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第一三話 ―巻物争奪戦(下)―

 その頃、魔理沙は一路、全力で敷地外から終了後の集合予定場所に向かっていた。

 霊夢の事が心配ではあるが、彼女の事だ、なんだかんだで敵は蹴散らしていそうだ。

しかし後続で応援が来るかもしれない、そうなると霊夢の生存は絶望的だ。急がなければまずいことに変わりはない。

 けれどもその焦りとは裏腹に担任のイルカの姿が見えない。苛立ちの為歯を噛み締める。ギシギシと、不快な軋む音が頭中に響く。

 

 彼女は速さに自信があった。「忍術は速さとパワー」というのが彼女の信条だった。

浮上せず、単純な足で勝負するなら霊夢でも敵ではない。まあもっとも、急を要する場合は浮遊での移動が便利で、足腰についてはさほど鍛えていないというのもあるのだが。

 

 焦りの気持ちが募り、疲れで呼吸も乱れる中、ついにイルカの姿を視認した。

 

「イルカ先生、はぁっ、はぁっ……大変だ!」

 

 肩で息をしながら、なんとか小声で用件を伝えようとする魔理沙。その姿にイルカは困惑した。

 

「ど、どうしたんだ魔理沙、そんなに焦って!霊夢はどうした!」

 

「敵襲だ」

 

「何だと!?」

 

 魔理沙が短く吐いたその言葉に、イルカは驚愕の表情を隠せない。

 

「詳細は分からねえけど、何らかの敵が木の葉の近付いてて、今霊夢が応戦してる!」

 

「なっ、なに無茶やってんだあいつだ!」

 

「言っても聞かなかったんだよ!とりあえず、応援を要請しろって言われてここまで走ってきたんだ、早く!」

 

 魔理沙の表情がさらに険しいものに変わる。親友である霊夢を一刻も助けるための焦り、しかし自分の力ではそれに添わせることもできない悔しさなどが混じったその表情を見て、改めて事態の深刻さを彼は理解した。

 

「分かった、お前はここから動くな。今すぐ暗部を要請してくる!」

 

 それだけ言い残すと彼は瞬身の術でその場からふっと消えてしまった。

 また一人になった彼女が想うことはただ一つ。

 

「霊夢……、無事でいろよ……」

 

 その呟きは森の中のざわめきに飲み込まれ、消えて行った。

 

 

 

 一方、霊夢は人生最大の窮地に立たされていた。

 右肩に明らかに感じる「異物」、「侵入物」。合計20年以上生きてきたが全く体感したことのないような、異常な感覚。

 そしてその直後に湧き立つのは激しい痛み。これまで体感したことのないようなとてつもない痛覚は、自身の身体への「危機」を確かに彼女に伝えてくる。

 

「ぐあっ……」

 

 彼女の鮮血で染まる、肩を貫く鉄の刀身。そして彼女のその特徴的な赤い巫女服が、右肩から更に深い「紅」に染まってゆき、白い襟をも侵食していく。

 

「フン、所詮この程度か」

 

 その喘ぎ苦しむ姿を見た彼は軽くそれを嗤った後刀を引き抜き、極めつけにもう一方の左肩にも刀を突き差した。

 

「うあぁっ……」

 

 余りの痛みに喘ぎ声を上げるが、相手に全く慈悲というものはない。もう抗えなくなった彼女の鳩尾に蹴りを加える。

 

 反射的に左肩の傷口を押さえる彼女だったが、そのせいもあってその蹴りに対し反応することができなかった。声にもならない呻き声を出しながら、その蹴りで吹っ飛ばされた彼女は、背後にあった幹に背中から衝突した。

 

「ぐっ……」

 

 喉から何かが溢れてくる。口内が独特の鉄の味で染まる。そしてそれに耐えられなくなり口から吐き出した。

 

「ゲボッゲホッ」

 

 口から溢れ出てくる血。それは顎から首へ滑り、そして地へ滴り落ちる。傷口を手で押さえても肩からの出血は止まる気配を見せず、身体を動かそうにも先ほどの蹴りによる衝撃で感覚が麻痺している。肋骨も数本折れたらしく、全身から表現できないほどの痛みが彼女を襲う。

 

「手間を掛けさせやがって、こんなガキにやられたのが情けない」

 

 そう吐き捨てながら、ゆっくりと彼女の下へ歩み寄る、リーダー格の男。

 先ほどの油断を後悔せざるを得ない。気配は完全に消えていたから、終わったと思い込んでいた。その結果がこのザマだ。イルカに知られたら、神奈に知られたら、魔理沙に知られたら、何と言われるだろうか。いや、そもそもその答えを聞けるかどうかも怪しい。

 まだ魔理沙と離れてからさほど時間も経っていない。いくら彼女の足でもまだ応援が到着するまでは時間がかかるだろう。

 

 まさに、絶望的な状況だった。

 

 

 

(けど、私には――)

 

 

 

――まだ、やることが――

 

 

 

 

 しかし、まだ諦めるわけにはいかない。魔理沙と約束をした、絶対に死なないと。その約束を破るわけにはいかない。

 自分にもまだまだ、この世界に来てやることが山ほどある。まだ物語の針は動いてすらいない。そんな時にもう死ぬなんてことは、絶対に許されて良いものではない。

 

(考えろ、ここから勝つ方法を――)

 

 咄嗟に、必死に手に霊力を集め、長く細い針を生成し、言うことの聞かない、利き腕である右腕の代わりに左腕を捻り、迫りくる相手に向かって投擲する。しかし、その勢いは弱いもので、簡単に刀で弾かれしまった。

 

「しつこいな」

 

 そう言うと彼はクナイを4本取り出し、彼女の四肢目掛けてお返しとばかりに投げ付けた。

 

「ッ!?」

 

 なんとか霊力によるいつもの即興結界を作るが、その強度も普段の物に比べてみればとても弱々しいもので、いつもは簡単に跳ね返せるその勢いのあるクナイは、結界を容易く破り彼女の身体を襲った。

 

「ぐあぁっ……!」

 

 4つのクナイが目的通り四肢に刺さり、更なる痛みが彼女を襲う。これで四肢全てが使い物にならなくなった。

 まずい、浮上して逃げようにも、集中力が足りないし、すぐ体力切れを起こすか、もしくは意識を失って墜落するだろう。しかも飛べても遅い。クナイで狙われて即終了だ。

 

 そして、たとえ精神は大人でも、その身体は若干11歳の、小さな少女。身体は全身の傷の痛みでうまく言うことを聞かないし、そして、とめどなく流れる血のせいで意識も朦朧としてきていた。

 

「く……そ……」

 

 悔しい。そして、なんて情けないのか。魔理沙に対しあそこまて大口を叩き説得させ、安心させて送り出したはずだったのにこの有様とは。次にもし会えたとき、向ける顔がない。いや、向けられる顔があったら幸運と言ったところだろうか。そもそも、顔向けできる状態で帰れるか、それこそが絶望的だった。

 そう考えている間にも、向こうは段々とこちらに近づいてくる。

 

 「死」が、迫っていた。

 

 意識も出血が多すぎてもう持ちそうにない。

 

――私は、ここまでなのか――。

 

(ごめん、魔理沙……。約束は、果たせないみたい……本当にごめん……)

 

 薄れゆく意識の中想った言葉は、魔理沙への謝罪。

 自分を信じ、情報を背負い、ただ一路に走って行った唯一の親友である彼女に対する、初めてかもしれない、そして最後かもしれない、心からの謝罪。まさか、こんなところで自分の生が断たれようとは――。

 まったく人生、悔いしかない。幽霊となって現れてしまいそうなほど、未練に満ち溢れている。一体何のためにこの世界に来たのか、分からなくなる。やめてくれ――。

 

 そういえば、前世の自分はどうなったのか。今ここで死ねば、向こうの「私」も死ぬのか。いや、あの世界に戻るのかもしれない。また、あの嫌になる世界に。

 これもまた夢の世界だったのかもしれない。永く、永く続いた夢で、これがその区切りなのかもしれない。死んだと同時に翌日当たり前のように夢から覚めて、またいつもの「日常」だった生活が始まるのかもしれない。

 

 前世をも含めた、様々な思いがめぐるましく彼女の胸中を駆け巡る。走馬灯、ではないが死ぬときはやはりこういうものを見るのか、彼女は納得させられた。

 

 気付けば相手が目の前にまで迫ってきている。もう、睨み付ける事すらままならない。視界がぼやける。

 自分の、この世界での「夢」も、これで終わり。薄れゆく意識、霞んでいく「夢」。相手の形を視認することすら難しくなる。

 

「手こずらせやがって。しかし、これでおしまいだ」

 

 何か聞こえるが、よく聞き取れない。しかしもうそんなことはどうだっていいのだ。

 

 腕が上がり、刀が霊夢の頭上へ上がる。「死」が、「夢の終わり」が、眼前に迫る。

 しかし、その恐怖には彼女は怖気付かない。しかしただ、掠れていく自我の中で想う。

 

(けど、やっぱり――)

 

 

 

 

 

 

 

 

――この世界が、よかった――

 

 

 

 

 

 

 

 

 鈍く輝く細い「何か」が迫るのを見届けつつ、そう最期に想いながら、彼女は意識を手放した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ッ……!?」

 

 魔理沙はフッと背後へ振り向いた。視線の先にあるのは、霊夢が戦ってるであろう場所。

 

 何か、嫌な予感がした。

 

 背筋をゾクッと伝った、とても不吉なことが起こったことが直感的分かるような、そんな感覚。

 

「霊夢……」

 

 より一層、親友の事が心配になる。しかし、今動いても自分も巻き添えになるだけだし、応援の誘導をしなければならない。手伝いたいけど、できない、不甲斐なさ。

 

 腕が震える。自分の宝物である八卦炉を握り締める強さが、更に強まった。

 

 

 

 

 

 

 

 刀を、幹に背中を預け、虫の息の状態である少女に対して振り上げる。彼も、内心では残酷なものだと思っていた。このような少女がこのような力を有し、そしてこの歳で殺される、その儚さに。

 殺す側の自分が思っても皮肉にしか思われないのだろうが、確かに彼は奥底でそう思っていた。

 

 しかし、この世界ではそれも致し方ないのだ。彼女は、運が悪かった。このような人材を殺してしまうのは躊躇われてしまうが、証拠は潰さなければならない。白眼回収任務は失敗に終わったが、跡は消さなければ。たとえそれが少女であっても、敵対したのであれば、やはり情けはない。

 

「さらば、小娘!」

 

 そう言い、肩から袈裟切りを喰らわせた――いや、喰らうはずだった。しかし、どうもおかしい。身体に触れる手前より先に、刀が行かない。堅強な壁にぶつかった感覚で止まっている。

 

 そんなバカな、彼女は既に意識を失っていたはずだ。しかし、確かに見える。彼の刀を食い止める結界が。

 だが色が先ほどとは少し異なっている。黄金ではなく銀白に輝く結界。

 

 異常な雰囲気を感じ取った彼は、すぐさま後方に跳躍し距離を取る。そしてそれと同時に、信じられないことが起きた。

 

「立ち上がった、だとッ……!?」

 

 四肢を確かにクナイで潰したはずなのに、彼女は何事もないように、無言でむくりと立ち上がったのだ。それも、クナイが刺さったまま。

 

「くっ、しつこい奴め!」

 

 そう言い印を組もうとするが、それはとうとうできなかった。

 印を組もうとした瞬間、彼は吹っ飛ばされていた。その直後に来る、腹への衝撃の感覚。

 

「グハッ!」

 

 そのままとんでもない速度で吹っ飛ばされた彼はそのままなす術なく木の幹に激突した。口から吐かれた血は、辺りの草を軽く部分的に赤く染める。

 彼は起こったことが理解できなかった。しかし、顔を上げ彼女が先ほどまで自分のいた位置にいたことから理解した。信じられぬ速度で自分に近づき蹴りか殴りを入れてきたらしい。

 

 有り得なかった。立ち上がるまではまだ分かるにしろ、マトモに足が機能しない状態でそのような超高速移動ができるわけがない。しかも、その速度は雲隠れの上忍の中ではレベルの高い方である彼ですらまったく視認できなかったほどだ。恐らくは木の葉の黄色い閃光、今は亡き四代目火影・波風ミナトにすら迫る速度だと推察された。

 

 完全に立場が逆転した。しかし、彼の身体はそこまで弱くはない。立ち上るとすぐさま印を組み、今度こそ術を発動させる。

 

「風遁・真空連波!」

 

 印を組み上げると、口から大量のカマイタチの刃が吹き出され、空気を伝い、そして切って霊夢に迫る。一つ一つのカマイタチが殺傷能力に優れているため、並大抵の結界では防ぎ切ることはまず不可能なものだ。

 

 しかし、彼女は動じない。その無数のカマイタチの刃は、全てその薄く銀白に輝く結界を押し切ることは出来ず、彼女に傷一つ付けることすら出来なかった。最も、彼女自身既に満身創痍だったのだが。

 

 そして技が守られ切ったと同時に彼の方向へと顔を向け、そして目が合った。

 そのときの彼女の目は――完全に生気を失っていた。

 何かに制御されている、乗っ取られている、少なくとも「彼女」であって「彼女」ではない、そのような只ならぬ雰囲気が感じ取れた。

 しかしそのようなことを感じる余裕があったのも束の間、次の瞬間彼女は背後、浮上して上方まで回り込み、まず一発首元へ回し蹴り、そしてそれと同時に術を発動していた。

 

 動かないはずだった右腕を、胴を軸に回転するとともに彼の背中へ向けると、その小さな右手からは白黒の陰陽玉が生成される。そしてそれは瞬く間に肥大化し、彼を無惨にも、躊躇なく簡単に、呆気なく押し潰した。

 

 彼が最期振り向いて見た姿、それは――

 

 

 

 

 

 

 

 

――「神」の白いベールを纏った、しかし満身創痍で血まみれの、顔に生気が一切感じられない彼女の姿だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 声を出す間もなく押し潰された彼の姿は凄惨なものだった。至る所に内蔵や血が飛び散り、先ほどの敵は「人」としても形をとどめ切れていない。血まみれで、どこがどの部位なのか分からないほどの状態だった。

 

 そして霊夢は、押し潰れた彼の姿を一瞥だけすると陰陽玉を霧散させ、そのまま、先ほどの動きが嘘だったかのように、ぐだっと地に倒れ伏した。

 

 

 

 

 

 

 魔理沙の案内の下駆けつけた暗部とイルカ、そして彼女が見たものはとてつもない光景だった。

 親友が、霊夢が、血をどくどくと流して倒れている。そしてその横には人――らしき残骸が散らばった内臓と共に横たわっており、まわりには所属不明の忍が4人何らかの形で絶命していた。

 

「れ、霊夢!!」

 

 全身傷だらけで倒れている親友の下へ駆け寄る魔理沙、そしてイルカ。

 

「おい霊夢!しっかりしろ、おい!!」

 

 呼ぶ声のボリュームが徐々に大きくなり、つれて体を揺らす力も強まる。しかし、彼女は起きない。魔理沙の手が、霊夢の血で赤く染まるだけ。

 イルカはその様子をただ沈痛な表情で眺めていた。

 

「出血多量でショック死を起こすかもしれない、これは一刻を争うか……。今すぐ木の葉病院へ搬送する」

 

 同様に霊夢の様態を見ていた、医療忍者を兼ねているらしい仮面を付けた暗部はそう言うと、魔理沙の手をどかせて霊夢のその華奢な身体を、背中と膝を腕にやる、いわゆるお姫さまの抱っこの形で抱き上げた。そして暗部のうちの一名と目線を合わせると両者頷き、瞬身の術でその場からすぐ離れた。

 

「霊夢……」

 

 魔理沙がそう一言だけ呟いた。まさかと思っていたが嫌に予感が本当に的中しまった。しかも先ほどの暗部の「一刻を争う」という言葉が彼女に追い討ちをかけていた。

もし死んでしまったら――考えたくないが、考えてしまう。

 情けなくて、悔しくて、不甲斐なくて、そして心配で――彼女の目から涙が溢れる。

 

 そんな彼女の姿を見兼ねたイルカが後ろから彼女の肩を叩いた。

 

「大丈夫だ」

 

 そう短く声を掛けた。

 彼もその言葉が無責任なものだとは自覚していた。しかし、目の前で生徒が、自分の教え子が、たった11歳の少女がこのような状況に置かれ、悲しんでいるのを黙って見ることも、またできなかった。

 

「木の葉の医療は最先端を行ってる。絶対助かるさ」

 

 その言葉に対し、目を赤くしながら無言で頷く魔理沙。たとえ無責任でも、その言葉によってだけでも彼女の心は少し、救われていた。

 

「この後の処理は私たちが行います。お二人は――」

 

「分かりました、ありがとうございます」

 

 横からかかった暗部の言葉を遮るようにして、イルカは答えた。

 

 まだ敵が潜んでいる可能性があったため、演習は途中で急遽中止となった。

 幸いなことに他は全員無事で襲われたということはなかったようで一安心だったが、中止となった事情は話さなかった。理由が話されず納得できない生徒たちを宥めるのには少し苦労したが、しかし理由を話すわけにもいかなかった。

 何者かがこの里に侵入しかけ、霊夢がそれで生死の境を彷徨っているなどということはとても話すことは出来なかったし、話すことを許されもしなかった。いわゆる緘口令である。

 詳細が分からない以上、無闇に話すことはまずいのだ。たとえ生徒でも、それが親に伝わったら終わりだ。結局適当な理由をでっち上げ、無理矢理納得させて帰らせることになった。

 そして残ったイルカと魔理沙は、彼らが里の門でを解散したのを見届けると、一路木の葉病院へと向かった。

 

 

 

 病院に着くやいなやエントランスの受付に怒気迫る表情で霊夢の病室の番号を聞いた後、全力で走り霊夢の下へ向かう。すれ違いざまに看護師や医師、そしてイルカからも走るなと注意されたが聞いていられない。

親友の様態が一刻も早く知りたかった。

 

 そして遂にその病室に到着し、扉を開け放つとそこにいたのは、あまり似合わない白い病衣を着て、ベッドで横たわっている霊夢の姿だった。

 身体の見えるところのあちこちに包帯が巻かれており、彼女の身体の小ささが相まって、とても痛々しい。無機質な、心電図モニターから放たれる電子音が、彼女一人しかいない個室の病室内に響く。

 

 言葉が出なかった。改めて見た霊夢の姿があまりに酷く、声が出せなかった。しかし表情は悲愴なものに変わり、身体がわずかに震える。

 イルカも同様だった。自分の教え子が、被害を最小限に防ぐためにたった一人で敵に挑み、このような状態になってしまったことが、とても教師として情けなかった。

 

 そして同時に、改めて思うと驚きでもあった。見つけた当初は考えるどころではなかったが、よく考えてみると自分でも木の葉に忍び込むような忍を5人も相手取ると厳しいものがあるが、それに彼女は勝ち抜き、無事、とはとても言えないが勝ち抜いた。この、小さく可憐な少女がだ。

 

(霊夢……お前は一体……)

 

 分からなかった。彼女がどれほど力を有しているのかが。

 下忍を軽く通り越す力を持っているのは確実だが、一体どこまで行くのか。既に自分を越えてはるか先へ行っているかもしれない。それでいて彼女は、その「力」を決して人に自慢することはない。アカデミーなんて実力の1/10出していないのだろう。子供らしさというものを感じない、思考力・判断力を持っている。

 少し恐ろしさすら感じてしまった、しかしその恐れが何なのか、彼は理解できなかった、いや理解してはいけなかった。

 

「俺が不甲斐ないばかりに……本当にすまない、霊夢……」

 

 魔理沙が悔しさと悲しさで体を震わせる後ろで、イルカは、手を握り締めながらただ一言それだけ呟いた。

 

 そう彼が考えているうちに担当医師が病室に入ってきた。そしてそれを見るや否や、魔理沙が彼に詰め寄った。

 

「れ、霊夢は……、霊夢はどうなんだ!!」

 

 彼女の顔から溢れ出る焦燥感。しかし、その表情を見ても医師は動じない。医者というものは常に冷静沈着でいなければならないのだ。何か緊急事態があっても冷静に状況を見極め、処理を下す能力が必要なのだ。

 

「落ち着いてください、命に別状はありません」

 

 冷静なまま、安心させるために言ったその医師の言葉を聞き、魔理沙はへなへなと力を抜かせて床にへたり込んだ。

 

「よ、よかった……」

 

「本当に、幸運でしたよ、彼女は」

 

「……幸運、とはどういうことなんです?」

 

 安心感で心が一杯になっている魔理沙の代わりに、イルカが質問をする。それに対し医師は淡々と説明を続ける、

 

「彼女が搬送されてきた時、はっきり言ってまずいなと思いました。全身傷だらけで出血量も明らかに酷くて、明らかに体温は低下していましたから。しかし、そこからがすごかった」

 

「すごかった、といいますと?」

 

「彼女の生命力の高さ、ですよ。この年齢・身体であれだけ出血していたら普通もう出血多量でショック死していてもおかしくなかったんですが、彼女はこの通り生き長らえた。治療中も鼓動は弱まっていたものの心臓などに大きな変化もなかった。本当に粘り強い」

 

 そうして彼は眠る霊夢の顔を見て、言った。

 

「彼女は、『神のご加護』でも受けているのではないでしょうかね?」

 

 巫女みたいですし、そう言って心底感心したという風に締めくくった。

 そしてその医師の言葉に、魔理沙はこれまでないほどの途轍もない安堵感を感じていた。

 一時は本当にどうなるかと思ったが、なんとか生きてくれた。自分をかばってそのまま死なれては、本当にどうしようもなくなってしまう。この様態でも十分すぎるほど辛いのに。

 

「もうしばらく起きるには時間がかかるでしょうが、じきに起きるでしょう」

 

 それだけ言い残すと彼は扉を開け、病室を後にした。

 再び、魔理沙とイルカ、そして動かない霊夢の3人のみとなった病室で、イスに座っていたイルカが呟く。

 

「しかしあの状況、一体どういうことなんだ……?」

 

 彼が今思い出していたのは霊夢の発見現場の惨状だった。

 霊夢ともう一人が相討ちのような形で倒れていたが、その相手は見るにも堪えない無残な姿となっていた。とても「相討ち」というような状況ではない。あれは明らかに一方的な圧死の状態だった。

 

 魔理沙も、その圧死させることのできる技の見当はついていたもののどうしてあの状態で相討ちになっているのかまではとても分からなかった。

 あの出血量、運良く死には至らなかったものの意識が朦朧としている状態でその術を繰り出すのは難しいのではないかと彼女は考えた。

 長く彼女の傍にいる、唯一の霊夢の親友ですら分からないとなるといよいよお手上げ状態だ。

 

「まあ、暗部の人たちが解明してくれるだろう。今日の所は起きそうにもないし、帰ろう」

 

 議論が煮詰まってきたところでイルカが帰ることを提案してきた。それに対し少し渋る魔理沙だったが、結局折れて彼女も一旦家に戻ることとなった。

 

 

 

 

 

 

 

 霊夢が目覚めたのは、事件から5日も経った後だった。

 

 瞳を開けると、そこにあったのは白い天井。まだ意識が判然とせず、思考がままならない。

 

(死後の世界……?)

 

 彼女はてっきり自分は死んだものだと思い込んでいた。しかし、今こうして瞳を開け、天井を見ている。死後の世界かと思ったが、それにしてはどうも生々しすぎる気がする。

 

 そして場を確認しようと身体を動かそうとした瞬間、全身に激痛が走った。

 

「うあっ」

 

 全身を駆け巡る痛覚。痛すぎて手を少し動かすことすらままならないことに彼女は気付いた。困った、何もできない。

 しかし、どうやらこれで分かったことは一つあった。どうも自分は生きているらしい、その痛覚が教えてくれた。

 あれほどの傷を負ったのだ、逆によく助かったというものだ。奇跡的に暗部が到着して助けてくれのだろうか、なんにせよほっとした。

 

 そして唯一まともに動く首を回し横を確認すると、そこにいたのは椅子に座り、スースーと寝息を立てて眠っている魔理沙の姿だった。

 

「魔理沙……」

 

 思わずそう呟いてしまった。その姿を見るだけで、自分の身を案じてずっと付き添ってくれていたことが分かったのだ。

 起こしてやりたいが、体はほとんど動かせない。声を出そうにも大声も出せない。それほどの体力はなかった。

 

 しかし人と人との繋がりと言うものは不思議な物、霊夢がどうしようかと考えあぐねている最中に魔理沙が目を覚ましたのだ。

 

「ん……」

 

「あっ、魔理沙」

 

 寝起きの彼女の目に入ってきたのは、確かに目を開け首を横に向けて、自分へ声を掛けた霊夢の姿だった。

 魔理沙の思考が一時的に止まる。そして数秒後、彼女は無言で立ち上がるとそのまま勢いよく霊夢に対して抱きついた。

 

「ちょっ、がっつかないで、痛い!」

 

「霊夢……よかった……」

 

 その急な抱きつきに霊夢は必死で反抗するが、彼女には全く効果はなく霊夢を抱き締め続けた。

 霊夢も最初こそ抵抗していたものの、すぐにそれをやめた。心配をかけたのは自分なのだから、彼女は自分をここまで心配してくれていたのだから、抗うのは間違いだと思ったのだ。激痛が彼女を襲い続けることに変わりはないが。

 

「……ごめん、魔理沙。心配かけたわね」

 

「心配とかそんなレベルじゃないぜ、まったく……」

 

 軽く泣いているのだろうか、涙を見せないがために俯いて魔理沙は答えた。しかし、その言葉はギクシャクしており、とても泣いているのを隠せていない。

 その姿を見て霊夢は改めて、自分はいい親友を持ったなと思い知らされた。

 自分に対してここまで真剣に気にしてくれる親友がいることを、不謹慎かもしれないが彼女は改めて少し嬉しく思った。身体は痛むが抱き締められるのも悪い気はしなかった。

 

 その後しばらく霊夢を抱き締め続けた魔理沙だったが、ある時ふっと抱きつく手の力を緩めるとそのまま一気に顔を赤らめて顔を背けてしまった。どうも最初は気持ちが優先されたもののしばらくして我に戻ったらしい。

 確かに、魔理沙らしくない行動だったなと彼女は心中で思う。しかし、それを決して口に出しはしなかった。なんだかんだて嬉しかった。

 

 

 

「で、とりあえず私が発見された時の状況を教えてくれる?」

 

 しばらくして、ある程度魔理沙が平静を取り戻したことを確認すると、霊夢は自分が一番気になっていたことについて尋ね始めた。そして、それに対する魔理沙の答えに彼女は困惑を隠せなかった。

 

「敵が、圧死していた?」

 

 驚愕と困惑が混じった表情をする霊夢に対して、魔理沙はさも当たり前だろというようにああ、と答えた。

 

「記憶にないのか?」

 

「全くないわね、私は――」

 

 彼女が意識を失う前に見たもの、それは自分の前に立っている敵の姿だった。そして、肩を貫かれ、四肢をクナイでやられ、肋骨も数本折れた状態で、それを見つつ彼女は意識を失ったのだ。

 

 それを聞いた魔理沙も霊夢と同様頭を抱えた。

 

「うーん、どういうことなんだ」

 

「暗部が先に来たんじゃないの?そうじゃないと私すぐ死んでいるはずなのよ」

 

「いや、それはないな。暗部は私の誘導の下で初めて向かって、着いたときにはすでにその状況だったんだ。少し狭めの演習場だとは言っても誘導なしで見つけるのには時間がかかるはずだぜ」

 

 お前の勘があれば別だけどな、そう言って彼女は苦笑した。

 しかし、謎が深まるばかりだった。確かに自分は意識を失った。目の前に相手がいたから、助けがなければあと数秒で死ぬはずだった。暗部はないと言うが、しかし、自分は現にこうやって生きている。誰かが助けたはずだった。

 

「……やっぱり、お前が倒したんじゃないか?」

 

「まさか、ないない」

 

 割と真剣な眼差しで言った魔理沙の発言を霊夢は笑って一蹴した。議論は平行線をたどるばかりだった。

 埒が明かないと踏んだ魔理沙は一旦話を終わらせて、医者を呼んでくると言い部屋から去った。

 そして一人になった霊夢が考えることはやはりただ一つ、「助けとはなんだったのか」だった。

 

 

 

 医者が言うにはまだ1か月以上は入院がいるのだという。搬送された時の自分の様子や、5日も寝たままだったということを言われて改めて冷や汗が出た。本当によく助かったものだと自分で自分に対して感心する。

 

 そして霊夢が起きたという報告を受け様々な人が見舞いに来た。

 最初に来たのは神奈とイルカで、双方から最初は怒られた。どうしてそんな無茶したんだ、一歩間違えれば死んでいたんだぞと。どうしようもなかったんだと言い訳したが聞き入れてもらえなかった。

 しかし、最終的には彼らもやはり安心が一番だったらしい。その言葉に含まれる怒気もみるみるうちに消えて行くのが感じられた。

 名家のメンバーもお見舞いに駆けつけた。彼らは親からの情報で霊夢が襲われたことを知っていたのだ。

 最初は皆それを聞いて焦ったものだ。特にいのは尋常じゃない焦りようで、見舞いに来た時も最初に抱きつかれた。抱きつかれた際の痛みももう慣れっこである。

 ちなみに、シカマルがその姿を見てからかった挙句また締められていた。病院なのに暴れるなよと注意したが聞かなかったので、放置したが。

 

 その後魔理沙から敵についての報告もなされたが「国籍不明」なのだという。彼らは万が一発見された時の為服装もいつものの雲隠れの忍が付ける白基調の装備を全て取り外していたのだ。額当てなど当然なかったため、そういう扱いになったのだという。一層謎が深まるが、まあこれについては興味はなかった。

 

 

 

 

 

 夜。魔理沙も霊夢が起きたと言うことで家に帰り病室には寝たきりの霊夢ただ一人いるだけ。

 里を照らす上弦の月を窓越しに眺めながら、彼女は未だ「なぜ自分が生存したか」について考えていた。しかし、結論は全くでない。アカデミーの演習中なのだからアカデミー生以外木の葉の関係者は誰もいないはず。サスケ辺りが助けたという可能性も考えたが、自分を助けるとはとても思えないし圧死というのにそぐわない。

 

「……まあ、やっぱり深く考えすぎるのも良くないか。生き長らえただけでも幸運だったと思うべきなのよ」

 

 そう自分に言い聞かせるように小声でつぶやき、その話題を胸の奥底にしまう。

 そしてそのまま寝る体勢に入った。今日は起きて早速疲れたし、体力も全快だったとはとても言えない。

 

 疑問を自ら拒絶するように彼女はその瞳をゆっくりと閉じ、再び眠りの世界へと潜って行った。




正直書いてて辛かった、はい。
改めて読み直したけど物凄く辛かった。誰だこんなん書いた奴は。

ぶっちゃけて言いますと、この謎の力が物語最後まで続くいわば物語の「主軸」となります。
ただ霊夢が神というわけではないです
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