春、アカデミー卒業の時期も間近に控えた時期。博麗神社も自慢の桜が盛りになり、神社は薄桃色の海のように見事に染まり、そしてどこか神聖な雰囲気を醸し出していた。
この季節だけはこの桜を一目見ようと里中の多くの人が石段を上りこの博麗神社にやってくる。年に2回ある、たった3日にも満たない賽銭の入り時である。
「いつもこれくらい人が来てくれたらいいのにねえ」
神社の混雑を傍目で見守りながら、霊夢はそう呟いた。そうして溜息を吐く霊夢の背後から近づく人影が一つ。
「ずっとこれだとそれはそれで気が滅入りそうだけどな」
「あら、魔理沙も来てたの。賽銭箱はあっちよ?」
魔理沙だった。他と同様博麗の桜を見るためにやって来ていた彼女に対し、軽くそうあしらって賽銭箱のある横ヘ誘導する霊夢。それを聞いた魔理沙の顔が呆れたものになる。
「別に私が入れなくても賽銭入るじゃねーか」
「意識が低い!」
魔理沙の言葉にどこか引っかかる所があったのか、少し表情を険しくさせ、持っていた竹の箒をびゅんと横にして魔理沙の方に向ける。しかし魔理沙は全く動じず、呆れたままだ。
「別に宗教信じてるわけじゃねーから」
「けど賽銭入れて祈ったら何かいいことあるわよ」
「あるのはお前との災難だけだな」
「何を言うか」
更に表情が険しくなる。そして霊夢はその気分に任せて箒を魔理沙の腹目掛けて突き出した。
完全に不意打ちだったそれに当然反応しきれるはずもなく、それは軽く魔理沙鳩尾に差さってしまった。うっという軽い呻き声が上げる。
それを見た霊夢の表情が心底満足そうな笑顔に変わった。
「神に逆らうとこうなるのよ」
「こういうことがあるから災難つってんだよ……」
「なんか言った?」
「……もういいよ」
こんなときでも相変わらずいつもの霊夢だった。こんなことで下手に突っ掛って行っても体力を無駄に消費するだけだと長年の付き合いで分かり切っているので、諦めて会話を中断させた。
そんな博麗の桜も、すぐに終わり迎える。桜が満開であるのはほんの数日だけで、やはり里から距離があり、里の人口も大して多くないので人もすぐ去っていく。桜の花と同様、儚いものである。数日もすれば、境内にいるのはまた霊夢ただ一人。いつもと変わらぬ日常がすぐに戻ってくる。
さてそして、とはいえども桜が満開とはいかないもののまだまだ咲き残っている時期に、ついに彼女はアカデミー卒業の季節を迎えた。
しかし、とは言っても特別なことはない。いつものように朝食を神奈と食べ、いつものように飛んでアカデミーへ向かう。少し変わったことといえば、ここ最近の神奈の体調があまりよろしくなく、朝食は基本的に霊夢が作っているくらいの事だった。一人暮らしのスキルが前世で身に着いていたのでできる芸当である。
「今日くらい私が作ればよかったものを……」
「なーに気にしてんのよ、無理されたらこっちが困るっての。師匠は黙って私の作ったのを食べといてよ」
「……ありがとう、霊夢」
言葉こそ少しきつめだが、それこそが霊夢としての気遣いの表現だった。「下手に特別視などしない」ということの表れである。
神奈が、あからさまな病人扱を嫌うのは分かっていた。だからこその、あえての少し素っ気ない言葉。神奈にとってもその配慮は身に沁みてわかっていた。改めて、いい弟子を持ったものだと嬉しく思う。
「別に体調悪かったら卒業試験の後も来なくて大丈夫だからね?」
「『卒業できれば』の話ですけどね」
「うっ、言わないでよ……」
「冗談ですよ、まあアカデミーくらいならこの体調でも行けますから、安心して行ってきなさい」
そう言って、霊夢を安心させるために神奈は微笑んだ。6年前、この世界に来た時に見たものと全く変わらないそれを見て、思惑通り霊夢も安心させられた。
「……分かった。じゃあ、行ってくるから」
「ええ、行ってらっしゃい」
それだけ言うと彼女はいつもと同じように境内から飛び立った。そしてその姿を神奈はいつもと同じく、眩しいものを見るように目を細めて眺めていた。
何も、変わったところなんてなかった。
教室に入ると出迎えるのはいつもと変わらぬ面子、魔理沙や名家のメンバーこの光景も最後なのかと少し寂しく思っている自分がいることに思わず苦笑してしまう。何年生きてもこういう時はやはり寂しいものだ。
卒業前には卒業試験がある。その内容は毎年変わるが、それは非常に簡素で簡単なものだと噂で聞いていた。筆記試験などはなく、ただひとつ指定された術を行うこと。それがクリアできれば卒業らしい。忍術が苦手な霊夢にとってはあまり好ましいものではないが、まあ大丈夫だろうという楽観的思考をもってここまで来ていた。最悪、博麗の術で誤魔化すという方法もある。
ナルトとサスケがキスをしたとか何やらで騒いでいたがそんなことを気にかけずグダグダと最後、であろう、アカデミーの教室でいつものように駄弁っていると、担任のイルカが教室に入ってきた。試験内容の発表らしい。教室内の喧騒が止み、イルカの言葉に皆が注目する。
「なお課題は、『分身の術』とする!」
その言葉で絶望した生徒が2人いた。1人はうずまきナルト。アカデミーきっての落ちこぼれと言われる彼は、特に分身の術が大の苦手だった。お色気の術などの無駄にクオリティの高い術は完璧なのが腑に落ちないが、彼はそういう人間だった。
そしてもう1人は、霊夢だった。彼女にとっても分身の術は大の苦手であったのだ。
分身の術は、他のEランク忍術比べ少し消費チャクラ量が多い。霊夢は霊力こそ大量に有しているもののチャクラの練り方については未だにピンと来ていないところが多く、消費チャクラ量の大きめな分身の術の成功率は半々と言ったところだった。
そしてそのイルカの発表を聞いたシカマルがまず一番に笑った。
「ハハハ、霊夢おめえ大丈夫なのかよ。俺らよりぶっちぎりでつええくせにここで落ちたら全力で笑ってやるぜ」
「もう笑ってると思うんだけど」
シカマルの罵言に対し笑顔で返す霊夢。その顔には軽く青筋が浮き立っている。流石にここまで言われて何も感じない霊夢ではない。しかし、シカマルのからかいは終わらない。
「この笑いは別もんだよ、まあめんどくせえけど頑張れって」
そう肩を叩いて励ましているが、笑いは抑えきれていない。余計に彼女の機嫌が悪くなる。自分の肩を持っているシカマルの肩にも手をやり、殺気を全力で醸し出しながら笑顔で告げた。お前次の模擬戦のとき夢想封印で潰すからなと。
それを聞いたシカマルの顔が一気に青ざめていく。殺気に当てられたまわりのメンバーからも笑顔が消えて青ざめる。相変わらず霊夢の殺気には恐ろしいものがあった。
まわりがシカマルに対し最期にポテチいるか、だとか南無とかあほらしいやりとりをしている間に霊夢の番が来ていた。
自信なさげに、自身の漆黒の艶ある髪を軽く掻きながら立ち上がると、後ろから声がかかった。魔理沙からだった。
「絶対に、通れよ」
先ほどのおふざけモードとは一転、いつになく真剣みを帯びた彼女の言葉に霊夢は少し動揺しながらも、すぐ軽く笑って言い返した。
「なーに言ってんのよ、通るわよ」
それだけ言うと霊夢は向き返り、手をふらふらと揺らしながら教室を出て行った。そしてその姿を魔理沙は、心配そうな目で見つめていた。
(とは言ったものの――)
目の前にいるのは2人の教師。一人は担任のうみのイルカ。そしてもう1人は銀髪が特徴的な教師、名をミズキと言う。同年代からの女性からは人気らしいが、彼女としては特に惹かれるものはなかった。
(――やっぱり、緊張するわよね……)
強がって教室から出て来たはいいものの、やはり内心では不安だった。なんせ半々でしか成功しない術だ。しかも、どうやら3体は出すべきらしい。余計に成功率が下がる。奥の手を使うのが確実そうだと、彼女は判断した。
奥の手、それは「博麗幻影」という術だった。名の通り、幻影を生じさせる技。その幻影からも軽い弾幕程度なら放たせることができる、便利な術である。霊力消費量が大きいのが欠点だが、彼女の器があれば何と言うことはない。
実は彼女はもう一つ。オリジナルの「札分身」という術も裏で作っており、既に形は完成していた。それを使えたらよかったのだが、それは分身を生じさせる際大量の札を生成しなければならないのですぐバレてしまうのだ。よって、これしか使える術はない。
煙が生じる中でいち早く幻影を発生させ、わざと失敗させた分身を隠すように幻影を2体被せる。あとはタイミング勝負だ。
仮の印を組み、形だけチャクラを練る。未だに良くわからないそれをなんとか少しだけ練り上げ、発動させる。
「分身の術!」
そしてそれと同時に手から札を生成し、博麗幻影を発動させる。軽く霊夢を煙が巻き込んだため、うまく霊夢から生じた幻影が隠れてくれた。成功だった。
煙が晴れた後、そこにあったのは3人の霊夢。何も知らない人間から見たら、分身の術と言われても分からない程度の物には仕上がっていた。
結果はもちろん合格だった。額当てをもらった後教室に戻ると魔理沙たちから大層驚かれたので一発ずつ大幣で殴っておいたが、こちらもズルをしたのであまり強くは当たれない。流石に恥なのでズルをしたことは魔理沙にも言わなかった。なによりバカにされそうだったから。魔理沙には、何か負けたくなかった。
額当てをどこに付けるか迷わされた。最初はオードソックスに額に巻いてみたが、まわりからそれは似合わないと言われ却下。いのは腰に巻き付けていたがそれも嫌だったので、結局付け袖と一緒に左腕に巻きつけることになった。
さて余談になるが、そうこう言っているとナルトが不合格で部屋に戻ってきた。ここで霊夢は一気に焦燥感に駆られてしまうことになる。ここは本当は原作通りなのだが、原作を知らない彼女はこれを原作剥離だと思ったのである。原作から流れが離れてしまうと厄介なことになりうると彼女は予想していた。
まずいことが起きてしまった、これからどうなるんだと不安でいっぱいになるが、その後普通に額当てをしているのを見て安心させられたというのは別の話である。
試験後は解散となった。アカデミーの前には多くの親が自分の子の卒業を祝っていた。忙しいであろう名家の親たちも今日に限っては全員集合と言った様子で集まっていて、まわりから見ると壮観であった。魔理沙も両親に頭を撫でられ、笑っていた。太陽のように輝くその笑みを見て、なぜか安心させられた。
しかし、その中に神奈の姿はいなかった。どこにいるのかと探し回ったがいない。
――嫌な予感がした。
彼女の勘は、よく当たる。当たってしまう。それを感じた瞬間彼女は、当たってほしくないと必死に思いながら自分が飛べる最高速度で神社まで飛んだ。
「師匠!いるのー!?」
居間の方へ向けて大声で叫ぶが、反応はない。縁側から部屋に駆け上がり、部屋を探し回っているうちに、ついに神奈の姿を見つけた。
「し、しょう……?」
台所で、仰向けで倒れている自分の師の姿がそこにはあった。
一時的に思考停止に追いやられる。目の前で何が起こっているのか、理解できなかった。いや、理解を脳が拒絶していた。勘が的中してしまったことを認めないために。
嫌だ、嘘だ、そんなわけがない、やめろ。認識を拒絶するが、その認識はそのような防御を簡単に打ち破り、中枢へと侵食する。
「し、師匠!師匠!!」
そして数秒後、事態が呑み込めた少女の高い悲鳴が神社の境内に響き渡った。
手を取り脈があるのを確認した後、神奈を抱えて即木の葉病院へ直行した。電話なんて便利なものはない。しかし木の葉病院に一旦事態を伝えてからというのはタイムロスが大きすぎると思った彼女は、霊力による肉体活性により神奈を担ぎ上げ、なんとか空を飛び病院に連れて行くのが賢明だと判断した。自分が空を飛べることを改めて便利だなと思ったが、それどころではない。
いつもの半分程度の速度にまで落ちたもののなんとか運びきった彼女は、病院の職員から驚かれながらもなんとか神奈の身柄を病院に、彼女が思う「最速」で引き渡すことに成功した。
待合室のベンチに力なくぼてんと重力に任せ勢いよく座る。今日もらったばかりの額当てが横にあった柱と当たり、カンと甲高く音を響かせた。
何も考えることができなかった。自体が急すぎて、ついていけない。体調が悪いのは分かっていたが、さほど重くは見受けられなかった。彼女も歳だからそういうことも自然に出てくるものだと思っていたのだが、その結果がこれだ。
「どうしてこんなことに……」
人が多くざわめきが収まらぬ待合室で一人、肩を落としながらそう呟いた。今にも涙が出そうなほどのショックだったが、なんとかそれだけは収める。まだ、泣くのには早すぎる。
師匠との様々な思い出が脳内を駆け巡る。修行時の様々な思い出。だらけすぎたり、力を出しすぎて神社一部を破壊して怒られたりしたことはあったが、基本的には優しい人であった。夏の日、深緑に包まれながら師匠と修行後に食べるアイスバーの味は最高だった。
この世界に来て6年間、何よりも一番世話になって、強くしてもらって、優しくしてもらった師だ。それがもし失うことになるとは――考えてもみなかった。そのようなことは有り得ないと、そう勝手に思い込んでしまっていた。
こんな状況になってようやく湧き上がる思い出の波に飲み込まれながら、ただ無心に待合室で「その時」を待っていた。何時間経ったか分からない。気付けば日は傾き、里は橙の光に包まれていた。
博麗さんですね、そして夕闇に飲み込まれかけ、空間が黒で染められかけた頃に、ついに靈夢の名が呼ばれた。
「師匠の……神奈の様態は!」
自分を呼んだ看護婦に対し、急いで様態を尋ねる。その紅い瞳に映るのはただ、焦燥、心配。
霊夢に詰め寄られ一蹴たじろく彼女だったが、すぐに冷静を取り戻した。
「……ついてきてください」
「あと、もって数時間です」
医師の言葉は、あまりに単刀直入で、残酷だった。その言葉が、霊夢の心を無惨に抉り取る。
神奈の姿は、見るに堪えなかった。人工呼吸器を付けられ、身体の各所から薬が投与されている。心電図モニターが一定のリズムを刻みながら音を発しているのが、霊夢にとってこの上ないほどに不快だった。
末期癌だという。今まで動けたのが奇跡なレベルまでに彼女の身体を蝕んでおり、もう残りはわずか。気力で生きてきたその体力は賞賛に値すると、他人事のように医師は様態について簡単に述べた。
「選んでください」
視界が絶望に染まる中、医師から告げられるのは、更なる残酷な一手。
「延命処置は出来ます。少しは寿命を延ばすことができますが――」
霊夢も、医師の言いたいことは分かっている。この後、どんな言葉が待っているか、そんなこと分かり切っている。やめて、やめてくれ。そう言いたいが言葉が喉で引っ掛かって出てくれない。そうしているうちに医師から「その」言葉が出てくる。その瞳が、更に闇に蝕まれる。
医師も彼女のその心情は痛いほど理解できたが、しかし告げなければならない。医師の思うところは、霊夢よりさらに辛かった。
霊夢の左腕に巻き付けられた新品の額当てが光を反射して、神奈の様態を映し出していた。
「処置を、しますか?」
淡々としたその医師の言葉が、静寂が支配する個室の病室内に響き渡った。
霊夢の選択肢は、ノーだった。これ以上、自分の都合で苦しめるのだけは避けたかった。最期は楽に逝かせてやりたかった。
神奈と霊夢、師と弟子の2人しかいない病室で、沈黙が場を支配する。ただ黙って霊夢は神奈の手を握っていた。皺だらけで血管が浮き出て細く、しかし温かい、その手をずっと握り続けていた。
多分、このままだとそのまま目を覚まさず――考えたくない。なんとか、百万分の一でも、一兆分の一でも、治らないかと願いつつ、一心不乱に握り続けた。
(お願いだから……お願いだから師匠を……!!)
天に想った、巫女からの願い。神の従者、巫女からの願いを神はどう受け取るのであろうか。彼女は博麗が何を祀る神社なのか知らないが、神は絶対にいるはずだ。これまで、なんだかんだでずっと、神主もいない神社を神奈のサポートもありながらだがたった1人で切り盛りしてきたのだ。そろそろ、見返りが来てもいいのではないか。
自分は力があるようで非力だ。このような状況に突き落とされた時、彼女は何もできない。ただ、自分の仕えている神へ願いを告げることしかできない。あまりにどうしようもなく、情けなく、非力だ。所詮人間だ、全てが出来るとは思っていないけれど、それでも力がないことを悲観せざるを得ない。
「そりゃ礼儀だとか、そこらへんはすっぽかしてきたけど、けど、お願いだから――」
――師匠を、助けて――
ベッドの白い布に、更に黒く点々と染みが出来てゆく。ついに堪えていた涙が、我慢しきれず溢れてきた。
初めてだった。この世界に来て、「博麗霊夢」となって初めての涙だった。
シーツを掴む、左手の力が強まる。なんとか涙を止めようとするが、全くと言っていいほど止まってくれない。一度流れ出したそれは、ダムの崩壊のように一気に溢れ出し、止まることを知らずさらにシーツを黒く染め上げていく。
霊夢のその嗚咽だけが、空白の室内を埋める。
そして次の瞬間に奇跡は、起きた。
段落とかはこれまでは適当にしてたのですが、今回からある程度ちゃんとすることにしました。ただクセが抜けきってはいないので所々インデント忘れがありそうで……。
幼少期編も、ついにラストへ入ります