忍の世に降り立つ博麗の巫女   作:しゅれー

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今回も長い、12000字越え、13000に届くくらい。そしてクソシリアス。こんな文章書いたことないからすごく難しかったし、書いた今もなんとも言えない。後語彙不足激しい。流れで書ききった。
分割しようにも今回は一緒くたにしたかったんです、ごめんなさい。

あとお気に入り数2000を越えていました。こんな文章力皆無の文章を好んでいただきありがとうございます。

追記:この直後にUAが100000を越えてました。合わせて感謝申し上げます。


第一五話 ―意志を宿し―

 巫女としてのその霊夢の必死な願いは、確かに天に通じたらしい。それはまさに「奇跡」と言えるものだった。

 

 

「……ッ……!!」

 

 目を見開き、声にならない詰まり声を出す霊夢。彼女を衝撃がほとばしる。見間違いではないかと、涙をその特徴的な白い袖で拭い改めて見てみるが、確かに自分の認識は間違っていない。目の前で本当に起こっている。

 心が、揺れる。

 

 

 

 

 

 

 その彼女の視線の先にあったのは、確かに目を、細くだが開き、霊夢の方を向いている――――神奈の姿だった。

 

 

 

 

 

 

 そして次の瞬間、確かに感じた。握っていた左手が、か弱くだがこちらへ握り返すその力を。

 呆然となった。まず目覚めるのはありえないと言われたのに、彼女はそれに必死に反抗して、弱々しくだけれども瞳を開けた。

 その奇跡にただ涙だけが流れ続ける。そしてそんな姿の、ぐちゃぐちゃになった霊夢の表情を見て神奈の表情がほんの少しだけ笑みに変わる。

 

「し、しょ……」

 

 更に溢れ出す涙のせいでうまく声が出せない。情けないが、出てきてしまう。自分の「博麗霊夢」の感情が、溢れ出て止まらない。元々男なのに、悔しいが収まらない。視界もまた滲み、霞む。

 

「よ、かっ……」

 

 今更意味がないのは分かっているが、涙を流す姿を見せたくなかった。こんな情けない、ひ弱な姿を師匠に見せるわけにはいかない。その声を漏らした。悲しみの涙から、一転喜びの物に変わる。しかし、まだ予断は許さない状況だった。

 

「ゲホッゲホッ」

 

 嬉し涙を長々と流している場合ではなかった。神奈が苦しそうに咳をするその姿を見て、霊夢ははっと我に返った。事態は少しは好転したがまだまだ悪いことに変わりはない。はやく医師にこのことを知らせにいかねばならない。

 そう思い立ち上がろうとした霊夢だったが、何かの力に引かれた。なんなのかと思い振り返ると、さっきまで握っていた神奈の腕が彼女の行動を抑制していた。確かにその力はいつもに比べてもあまりに小さいものだが、しかし確かに霊夢の腕を引っ張り、行くなと彼女に伝えていた。そして悲しみと怪奇に塗れたその霊夢のを見ながら、神奈はゆっくり首を左右に振った。

 ――どうして。どうして止めるんだ。歩みを更に進めようと思っても、それを彼女の手が妨げる。振り払おうと思えばすぐ振り払えるはずなのに、なぜか振り払えない。振り払ってはいけない気がする。制止しろと、告げられている。

 そして次の瞬間、神奈は驚きの行動に出た。目を丸くする。

 

「ッ!?……な、なにやって……!!」

 

 突然付けていた付けられていた人工呼吸器を外し始めたのだ。霊夢の制止も聞かず、ゆっくりと呼吸器に手を伸ばし、そのまま何の躊躇もなくそれを自分の身体から離した。

 

「大丈夫、だから……」

 

 そう言って駆け寄り再度呼吸器を付けようとする霊夢を諌める。霊夢も最初はふざけるなと思ったが、これも神奈の「意志」だったのでそれを尊重にすべきだと考え直す。しかし納得はできない。悔しさに腕を振るわせながら、付けようとした呼吸器を神奈の隣に置き直した。

 

「どうして……」

 

「どちらにせよ……私はもう持ちませんから……」

 

 俯いて全身を震わせながら問う霊夢に対し、弱くもいつものように笑いながら神奈は答えた。その言葉でさらに一瞬ビクッと大きく肩を震わせた。

 そうだろう、分かってはいたけれども、けれども――ほんの少しだけ垣間見えていた希望の日差しがまたも雲に隠れてしまう。

 

「最期に、伝えたいことがあります……」

 

「伝えたいこと……?」

 

「ええ、あなたの母――博麗命様についてです」

 

 その言葉を聞き、別の意味で霊夢の肩がまた、大きく震えた。

 そうだ――この世界での自分の親について、何も知らされていなかったことを思い出した。いつも聞く時機を逃し続け、修行などで流され続けた結果聞く機会を失っていたのだ。

 予想は出来ていたが、それに対する悲しみはない。会ったこともなく、本来の親は別世界にいるのだ。思い入れと言われても何もないとしか言いようがない。親で生み親だが同時に自分にとっては他人でしかないと、彼女はそう思っていた。親不孝にもほどがあるとまわりは苦言を呈すだろう。しかし、どうしても親と言われても実感が全く湧かないのだ。

 しかし、気になるものは気になる、自分の「親」はなぜこの世にいないのかは。神奈のその言葉を聞き、俯いていた顔を上げ、黙って彼女の目を見つめる。霊夢の表情を見た神奈は一瞬だけ笑みを浮かべると、思い出すように顔を霊夢の方から天井の方に向けた。

 

「霊夢、あなたのことですしもう察しているでしょうが……」

 

「……まあ流石に、ね」

 

「やはりですか……では」

 

そう言うと、改めて天井に向けていた顔を霊夢へ向きなおした。その瞳に見えるのは決意の文字。霊夢の表情が少し強張る。

 

「お話しします。あなたの生み親、命様の『真実』について」

 

 

 

 

 霊夢の母親こと博麗命は娘とは違い、非常に物事に対して熱心な人であった。性格も少し抜けているところはあるが基本真面目で、皆から信頼されていた。

 神事にもそれは当てはまり、なぜかいない神主に代わって毎日神社の掃除は勿論、朝拝夕拝も欠かさず必ず、そして精魂込めて行っていた。そんな態度が功を奏し、隠れた優秀な巫女として、結婚式や葬祭を依頼されることも多かった。

 

 しかし、彼女はある「欠陥」を抱えていた。それは博麗の術の才能に極めて乏しかったこと――霊夢の母親とは思えないほどの、霊夢と対局した位置にある人だった。

 それに対し少女であった彼女は絶望した。まず札を生成しようというところから上手くいかない。大量生成なんて夢のまた夢。彼女の養育係でもあった神奈も首を横に振っていた、それほどまでに才能に恵まれなかった。

 だが彼女は諦めなかった。前述したその真面目さももしかしたらここから来ているのかもしれない、決して彼女は茨の道に屈しなかった。それは彼女の意地、譲れないものだった。

 本当に、並々ならぬ道のりだった。博麗の術は、忍術に対抗するためか非常に多くのものが存在する。まず札を生成する修行が終われどもそこからが本当の地獄、多彩な術を全て一つ一つなんとか捻り潰すにして習得していかなければならなかった。霊夢はこれをほんの短期間で終わらしてしまい、後は技を磨くだけになったのだが彼女の場合はそういうわけには全く行かなかったのだ。

 

 彼女をそこまで揺り動かしたのは一体なんだったのか、それは「まわり」の存在だった。

 彼女のまわりには多くの才能有る卵があった。飛び級してすぐ戦地に向かうような多くの有能なアカデミー生すらいた。そんな中で自分は忍術も出来なければ博麗の力を行使することもできない、いわば落ちこぼれに近い存在。体術に関しては並み以上だったこともありいじめられるほどではなかったが、それでもあまり芳しいものではなかった。

 羨ましかった。本当に単に、羨ましかった。アカデミーを飛び級して戦場へ飛び出していった同級生や、他多くのメンバーが本当に輝いて見えた。

 

 自分も、その中に入りたかった。ただその思いが彼女の意地となり、突き動かしていた。

 

 驚きの進歩だった。ゆっくりではあるが一歩ずつ、着実に技をコンプリートしていくその姿は諦めの目線を向けていた神奈でさえ本当に驚愕の連続だった。任務や神事の合間に修行をし続けて、毎日力を使い果たしては倒れるようにして寝る日々。時には無理のしすぎで行事中に倒れる事すらあったほど、とんでもない無茶をしてまで力を手に入れようとしていた。

 そして気付けば、命は同世代からも一目置かれる、優秀な人材に成長していたのだった。神奈が彼女の名を「様」付けで呼ぶ際たる所以である。

 激化していく戦争の中、彼女も戦力に組み込まれ一定以上の活躍を残していた。そしてその戦場で彼女は敵の見たことのないような術の数々を行使し戦場を圧倒してきた。

 博麗の存在は他国にはあまり知られていない。それは木の葉が秘匿しているからではなくそもそも使用者の絶対数があまりに少ないからである。そもそも忍術を使わない以上血継限界とも言えず、力だけで見れば忍術と大差ないということで迫害などもなく、比較的平和な扱いだったことが、他国との戦場では牙となったと言うことだ。

 そして彼女にはもう一つの武器があった。それは「勘」。博麗の巫女は全体的に勘がいいと言われているのだが、彼女はその中でも特に勘が良かった。そしてそれは戦争内でも如何なく発揮され、敵の察知、罠や奇襲の有無などを全て勘で行い、そしてそれをほぼ全て的中させ仲間を救い、木の葉を勝利へと導いた。いわば、裏の功績者になるまでに気付けば彼女は成長し、里でも一目置かれる存在になるまでに登りつめたのである。

 

 さて長く3回に続いた戦争も彼女らの尽力もありついに終結を迎え、ある程度平穏な時代になった。しかしその平穏も長くは続かない。あるとき大きな事件が起きる。それは九尾の妖狐の復活。極秘とされていたうずまきクシナの出産時に何者かからの奇襲を受けた結果、完全復活を遂げてしまったのだ。

 その際命も里有数の実力者として当然出動した。もしかしたらここで自分は死んでしまうかもしれないという恐怖はあった。しかし、神奈に一言、霊夢を頼むとだけ言って出て来た。それは里への報い。自身を認めてくれた里が壊される事に対する対抗だった。

 博麗の強力な結界術により九尾の動きを抑制し、四代目のサポートとともに里の被害を最小限に抑えることに成功した。里の被害が抑えられたのもひとえに彼女によるものが大きい。それほどに結界は強力だった。

 

 しかし、彼女の性格がこの時に災いしてしまったのだ。それは力の過使用だった。

 彼女はその時出産直後だった。霊夢を出産して、体力的に消耗している時にそれが起こり、神奈の反対を押し切り前線へ出向いたのだ。その体力消耗で、霊力を多分に使用する強力な博麗結界を多用すればどうなるか――考えるまでもない。

 一瞬が全てだった。ほんの数秒の意識の暗みが彼女の命運を分けてしまった。その緩みが結界を崩壊させ、そしてその牙が一直線に命に迫ったのである。

 成す術はなかった。結界を破壊された時の反動は、その結界の規模に比例する。尾獣を覆うほどの結界を破壊されれば、その反動というものは計り知れない。しかし直後に襲い掛かるその猛撃に慈悲はない。

 

 迫ったその鋭く輝く白い爪は、そのまま迷いなく彼女の身体に大きな風穴を開けた。いとも容易く、残酷に。そしてそのまま爪に突き刺さった彼女を一瞥すらせず、ゴミが付いているかのように指を勢いよく前に突き出して空中へ放り投げた。

 まわりにいた忍達に衝撃が走った。四代目ですら、一瞬その出来事に気を取られてしまうほどに衝撃だった。里でも有数の実力者だった彼女がここまであっさりとやられてしまったのは、他の忍の士気を落とすのにあまりに十分すぎる出来事だった。

 しかし、それだけでは留まらない。奇しくも博麗神社の境内にまで投げ飛ばされた彼女を、さらに九尾の前足の突きが襲った。博麗そのものすら簡単に破壊させてしまえるようなその閃撃。

 全てが終わる、はずだった。しかし、それは遂に成し得なかった。

 

 信じられぬ光景だった。

 

 

 

 

 体に大きく穴の開いた命が、確かに防御結界を敷いて確かに博麗神社を守っていた。その勢いある九尾の攻撃をその状態で完全に、守って見せたのだ。

 神社の中には愛する我が娘がいる。未来への希望がいる。霊夢を守る、その意志が彼女の限界を取っ払った。そしてそんな彼女の術はまだ終わらない。

 

「私は……引くわけにはいかないんだああああああああああああ!!!」

 

<夢想封印・集>

 

 彼女の底力により生み出されるのは無数の虹色に輝く巨大に球体。そしてそれは一斉に九尾の下へ殺到する。

 その突然の反撃に、理性を失った怪物は反応できない。とてつもないエネルギーを喰らった九尾は、そのまま殺到する虹球に押され、里を抉り取りながら吹き飛ばされた。そしてそれと同時に、命も「崩れ落ちた」。

 

 そのあまりに衝撃的な、ほんの数秒の出来事を間近で見ていた神奈も呆気を取られていたが、暫くしてハッと我に戻った。こうしている場合ではない。この一秒が無駄だ、一刻の猶予もない。弟子であり、そして同時に尊敬する、輝く球のような人物の光が今光絶えようとしている。

 判断能力を取り戻した彼女の目に入ったのは、息は絶え絶えで身体にぽっかり空いた穴からどくどくと血を流し、今にもその光を確かに失おうとしている、命の姿。目を瞑りたくなるような、ボロボロの姿だった。

神奈が駆け寄った時、先ほどの威勢が嘘だったかのように、既に出血多量で命の意識は薄まっていた。そして神奈は察した。分かってはいたけれども、現実に直視したことで本当に認めざるを得なかった、一つのどうしようもない事実。

 

――もう、間に合わない――

 

 在ったのは絶望だった。これからを担うと思われていた博麗の巫女が、ここで今尽きようとしている。どうしようもない感情に襲われる。怒りなのか、悲しみなのか、悔しさなのか――分からない。そしてこの感情をどこにぶつければいいのか、分からない。

 あまりにも非情な現実に立ち尽くしてしまう。そしてそんな時に、不意に声がかかった。弱々しいものだったが、確かにそれは自身の尊敬する者からの物だった。そしてその命からの言葉を聞き、急いで神奈は社の中へ駆け戻った。

 

 彼女、博麗命の最期の願いはただ一つ。

 

 

 

 

――――愛する我が娘に、会わせて欲しい――――

 

 

 

 神奈から渡された霊夢の身体を、今出せる渾身の力で抱き締める。儚くて、小さくて、すぐに折れてしまいそうで――しかし、その温もりは、確かなる希望を宿している。血だらけの手によって霊夢の身体が少し赤く汚れ、何も知らぬ彼女は泣きだしたが、それがあまりに愛おしい。この温もりを、もう感じることはできないなんて――――あまりに理不尽で、残忍で。

 口から滴り落ちる血が、更に幼い霊夢を赤く染めていく。命の、母親の存在を慥かに刻印するかのように、ポタポタと。

 

「霊夢……ッ……!」

 

 見たい。見続けたい。自分の勘が、才能ある子だと認めた我が娘が成長し、立派になっていく姿を。自分を越え、更なる高みへ登りつめるだろう霊夢の姿を。この眼で見守りたい。涙が溢れる。抑えられない、抑えられる訳がない。泣き続ける霊夢の身体に滴る涙と血が混じり、流れ落ちてゆく。

 その姿を神奈はただ眺めることしかできない。何もできない、惨めな自分を責めることしかできない。弟子1人さえ救うことのできない情けない師だと、改めて痛感させられる。どうしようも、ない――

 

 今の命が出来る最善の手はただ一つだった。この自分にとっての光が輝くのを手助けするのが、自分の今一番成すべきことだと彼女は考えた。

 

「――私の残っている力は、この娘に託すわ」

 

 その掠れるような命の言葉に、神奈はこくりと一回だけ頷いた。命の目は、光を失いかけてはいるが――「火」がある。それはまさに真剣そのものだ。

 

 それを見た命は表情を和らげると手から一枚、札を生成し、それを霊夢の腹の上に置いた。最後の力を振り絞るために、瞳を瞑る。もうすぐにも意識が途切れそうな中、なんとかそれを持続させる。

 最期の時だ。もう、喋ることすらままならない。霊夢や師に対して色々なことを言いたいのだけれど、それすら許されそうにない。最後に一言だけ、師と、そして霊夢に――簡潔に。

 ベタだなあと最後の苦笑を心の中で浮かべる。しかし、これくらいしか言えそうにもなかった。

 

 

 

 

「私はもう死ぬけど……この中で、霊夢の中で共に在り続けるから――」

 

 

 心から、力を込めて。二度と会えない大切な二人に対して、自分の悔いがないように。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――ありがとう――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その時の表情を、忘れることはできなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――――口から血を流した、しかし、満面の笑みを、彼女は――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 世界が、白で染まった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「貴女に話すのは、早過ぎましたから……ずっと、黙っていたんです。本当にごめんなさい、霊夢……」

 

「……そっ、か……」

 

 衝撃だった。自分は本当に、母の生の上に立って生きている。そしてその母は今――この胸の中に在る。

 胸に手をやり、目を瞑る。そこからは何も聞こえないが、感じた気がした。自分とは違う、温もりが。自分を産み、守り、散って行った母親のその温もりが、そこに確かに在る気がしてならなかった。

 

 そして自分は、大馬鹿者だ。いや、大馬鹿ですら済まされないかもしれない、クズだ。

 何が、「悲しみはない」だ。何が、「なぜかだけは気になる」だ。何が、「他人」だ――ふざけるな。つい先ほどまでの自分があまりに腹立たしい。本当に愚かだ。

 何が「他人」だ。この世界に来ても、親は親ではないか。自分を愛してやまなかった、オンリーワンの存在ではないか。自分を愛し、守り、そして死んでいった人間の一体どこが「他人」なんだ。

 拳に更にぐっと力が入る。もう少し力が入ると抉れて血が出てしまうほどに強く。

 情けない。親不孝にも程があるではないか。何が中身は大人だ、ガキ未満じゃないか――――。

 

「私は――私はッ!」

 

「霊夢」

 

 自己嫌悪に陥り始めた霊夢の拳を、神奈は優しく手に取った。意表を突かれたような行為に、俯き悔しさと情けなさで顔を歪めていた霊夢の表情が、素の物に変わる。

 

「貴女の事です、考えてることくらい、分かりますよ」

 

「……」

 

「けど、自分を責めないでください」

 

「……そんなこと言うけどッ!私は!」

 

 その霊夢の表情を見て、神奈は安堵感を覚えた。悔しさで顔を歪めるその姿は、霊夢が健全に、そして感受性豊かに育ってくれた証拠でもあった。神奈の表情が少し緩む。

 

「それは、仕方のないことですよ……霊夢、貴女が浅はかなわけでも、何でもない」

 

「……けど……」

 

「それにあなたの母は、命様は――十分、貴女が立派に成長してることを、喜んでいらっしゃると思いますよ」

 

「……本当に……本当に、喜んでくれてるかしら……」

 

「霊夢らしくもない」

 

 そう言って、拳にやっていた手を霊夢の顔にまで移す。白く、きめ細やかな、つるつるの肌の触感が心地よい。

 この触感も最後なのだと思うと、もの悲しい。その寂しさを直に感じながら、素直に思っていることを、霊夢の瞳を見てはっきりと告げた。

 

 

 

――母親の為にここまで悲しんでくれる娘が、親不孝なわけないじゃないですか――

 

 

 

「ッ……!」

 

 霊夢の全身を、新たな衝撃が駆け巡った。腕が、全身が、震える。様々な感情がごっちゃになり、何も言葉が出ない。ただ身体が揺れる。感情が、揺れる。

 

 しかし、そんな感傷に浸っている時間もなかった。神奈の身体は、既に限界を迎えていた。

 

「ゲホッゲホッ」

 

 またもや神奈が大きく咳き込んだ。しかし、今回は様子が違う。明らかに表情が苦しさで染まっている。

 霊夢の表情が、一気に青ざめた。

 

「し、師匠!?大丈夫!?」

 

「……もう、私もお迎えが来たみたいです――」

 

「そ、そんな……!!」

 

 既にリミットだった。神奈の意識は、既に薄れ掛けてきていたのだ。

 それを察知した霊夢が改めて横に置いていた呼吸器を付けようとするが、やはり神奈の手がそれを制止した。

 

「もう、いいんです……」

 

「でも!」

 

「もう、私の役目は終えましたから……」

 

 そういい微笑む神奈だったが、霊夢は納得しない。

 

「……なによ、役目って」

 

 その霊夢の言葉に、神奈の顔が少し不意をつかれたような軽い驚きの物に変わる。

 

「何よ役目って!やめてよ、役目なんて物みたいに自分を貶めないでよ!レリーフみたいに言わないでよ!!」

 

 そしてその霊夢の呟きは、更にどんどんと大きく、肥大化していく。

 

「師匠は自分を母の代わりにしか思っていないのかもしれないけど、それは違う!私にとって、師匠は変わりでもなんでもない!時に厳しかったりするけど優しくて、愛に溢れてて、触れると温かくて、私の大切な――『博麗神奈』に違いないのよ!!それを、それを……役目なんて言葉で、押し込めないで……」

 

――――私を、突き放さないでよ――――

 

 気付けば涙が流れていた。自分の役目という型に嵌め、そのまま逝こうとしている師の姿に納得できなかった。

 そして神奈はその霊夢の涙が、嬉しかった。その成長が。心身ともにここまで強くなっているとは――命の遺した希望は、彼女の想像以上に光り輝いている。最後の勘は、ある意味外れたのだ。更にその上を彼女は走っている。

 

「そう……ですね。私が間違っていました……ありがとう、霊夢」

 

「……当たり前よ」

 

 本当にいい弟子を持ったものだ、本当にいい宝を持ったものだ。自分は、とんだ幸せ者だ。2人の弟子を持ち、2人とも自分の想像を超える人物へ成長している。性格こそ全く違うけれど、その根にあるものは全く同じだ。

 

「最期に、もう一つ伝えたいことがあります」

 

 その神奈の言葉に一転、疑問の表情を霊夢は浮かべる。

 

「紅白陰陽玉の使用を、正式に許可します」

 

 紅白陰陽玉――それは博麗に代々受け継がれてきた神具の一つ。霊力を適当に与えると、それから先は自律して札や針を撃ち続けることができる、非常に役立つ手助けアイテムの一つ。しかしその利便性から修行中は使用を禁止されていた。扱った経験すら彼女はない。それを解禁するのは一人前の巫女になってからだと、そう神奈には言われた。

 

「それって――」

 

「ええ。貴女はもう身も心も強くなった……十分一人前です」

 

 それに今日は卒業式ですから――そう言って霊夢に向かって笑みを浮かべた。しかし、霊夢は素直には喜べなかった。表情は、複雑なものだった。

 

「……これで、言いたいことは全て終わりました……もう、私は逝きます」

 

「ッ……」

 

 霊夢の表情が険しい物に変わる。ついに、ついにこの時がやって来てしまった。覚悟もできていたが、しかし心にズンと重くのしかかり、自分の心を壊しにかかってくる。

 

「思えば……私は本当に幸せ者です。2人の弟子を持って、2人とも、私が思っていたよりも遥かに上を走ってくれた……これほど嬉しいことはありませんよ」

 

「私は……そんな凄くも何ともないわよ……」

 

「それは違います――貴女は本当に、強い。こんなところで留まる器じゃない、もっと先へ翔び立てる、それだけの『強さ』を持っています」

 

「けど私は、母みたいな――」

 

「霊夢」

 

 そう言うと神奈は再び霊夢の手を取り、握った。最期まで変わらぬ温もりが、霊夢の身体を貫く。そして霊夢もそれに対して握り返した。

 

「自信を持ちなさい。それが、『師』として私が、貴女に言ってやれる最期の言葉です」

 

「自信……」

 

「いつもの貴女らしくいればいいんですよ。私がいなくなってもめげずに……立ち向かいなさい」

 

「……そう、ね」

 

「博麗の巫女らしく、未来を、世界を、紡いでいきなさい」

 

「……そうよね、博麗の巫女なんだから……私は……」

 

 言葉を震わせながら、言い聞かせるように、浸透させるように自ら言葉を紡ぐ。

 

「強く、なくちゃね」

 

 その、顔を上げた霊夢の表情を見て、神奈は安心して目を瞑った。意識が、急速に遠のいていく。

 世界が、黒の世界が崩壊していく。パラパラと、音を立てて全てが消え去っていく。

 

(そう、それこそが――)

 

 滅していく世界を感じながら、彼女は最期の言葉を紡いだ。

 

「霊夢……本当にこれまで一緒にいてくれて、私を師にしてくれて、本当に……本当に――」

 

 

 

 

 

 

――ありがとう――

 

 

 

 

 

 

 

 

 最後に見た、目元が赤くなりながらも作った、子の満面の笑顔を想いつつ――彼女は意識を手放した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 病室に、無機質な電子音が鳴り響く。その音を聞きながら彼女は、枯れ尽きるまでその涙を流し続けた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 泣き尽くした。これほどあるかと言うほどに、泣いた。この世界に来て初めて、そしてこれまでにない位に、涙を流した。

 

 一通り落ち着いた後、霊夢は亡くなった神奈の葬儀の準備や、遺品の整理などを行うために博麗神社に帰っていた。そして、裏にある倉庫を整理するために漁っているうちにあるものが出て来た。

 

「これは……陰陽玉?」

 

 そこにあったのは神具であるはずの2つの大きめの紅白陰陽玉だった。長らく使っていなかったらしく、埃を被りとても神具の扱いとは言えない状態で保管されていた。本来なら見つけたらそのまま使い方だとかの調査は後に回すべきだったのだが、なぜか少し、使ってみたい気がした。

 少し悩んだが、悩むくらいならやったほうがいいかと思い、過去に師から言われたように霊力を流し込んだ。

 その瞬間だった。霊力を流し込んだ瞬間、陰陽玉が淡く赤く光ったと思うと、脳内に直接言葉が流れ込んできた。

 

『聞こえる?霊夢』

 

 全身に電撃のような衝撃が走った。勘が告げている。これが自分の母親だと、間違いないと告げている。

 

「聞こえる――確かに聞こえる……!」

 

 姿形は見えないけれども確かに聞こえる。博麗命の声が、自分の生み親の声が、何故かは解せないが確かに聞こえる。全身が震えはじめる。

 

『これを聞いてるってことは、師匠に全て教えてもらっているってことなのかしら。大きくなった靈夢の姿を見れないのは残念だけど、仕方ないか』

 

 どうもこれは録音式らしい。こちらの声は聞こえていない。できれば会話をしたかったのだが、それでも十分すぎるものだった。

 

『これは、貴女に封じ込めた私の霊力が陰陽玉と触れた際、自動的に貴女の脳内に直接送り込むように術式を組んだものなの。だから会話も出来ない――ごめんなさいね』

 

「ううん……いいから、十分すぎるほどだから……」

 

 そう言いギュッと持っていた陰陽玉を抱き締める。母の温もりを確かに感じる。

 

『私は貴女を遺して、師匠に後を任せて先に死んでしまった。謝っても謝り切れないわね……本当に、ごめんなさい。私の無力さが招いた結果よ』

 

「何言ってんのよ、貴女のおかげでどんだけの人が救われたか……」

 

『けど私は貴女の事を信じてたから、直感したから――「この子は強くなる」って、私の勘はよく当たるからね。だから、死ぬときも不安は感じなかった。寂しさとか悲しさとかは当然抱いたけど。こんな勝手な思い込みで物事を進めて本当に申し訳ないのだけれど、ちゃんとそうなってるかしらね?いや、これを聞いてるならそうなってるか』

 

「大丈夫だから……私、ちゃんと博麗の巫女として強くなってるから……安心して……」

 

 抱き締める力が一層強まる。目を瞑り、天にいるであろう母に向かって答える。

 

『本当に、大きくなったであろう貴女に言いたいことは色々あるんだけど、今更言う必要もないわね、時間もないし。だから一つだけ、これだけ私の口から言わせてほしい』

 

 そこで一旦、言葉が途切れた。まさか霊力切れかと疑ったが、それは杞憂だった。

 

 その次の瞬間、心の奥底から揺り動かされるような声が、一段と大きく響いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『私は、霊夢、貴女の事をずっと愛してる。今までも、そしてこれからも。ずっと空の上で、そして貴女の中で、愛し続ける――』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――生まれてきてくれて、私と巡り会ってくれて、ありがとう――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そこで、言葉の流入はぴたりと止んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 光るのが収まったと同時にその陰陽玉がぽたぽたと徐々に濡れていく。

 

「あ、れ……なんで……」

 

 もう、さっきまでで十分すぎるほどに涙を流したのに。もう、出す涙なんてないと思っていたのに。どうして、どうして――

 

「なんで、涙が、溢れてくんのよ……ぐっ」

 

 もう枯れ尽くしたはずだった涙腺から、更に涙が溢れ出てきて、抑えられない。

 母と師、記憶の雫は光る水滴となって霊夢のその紅い瞳から流れ落ち、陰陽玉を湿らし続ける。

 

「本当に……私こそ、ありがとう……」

 

 感謝。自分を守り、希望を託し散った母と、自分を強くし、そして同様に希望を託しこの世を去った師。その両者に対して、ただ、感謝する。それだけだった。

 

 そして涙が止まる気配を見せぬ中、一人の来客者が現れた。

 それは自分の友であり、一番大切な人。今の自分が甘えることができ、そして今の自分を受け止めてくれるであろう、唯一の人物。

 手入れされた金髪が特徴的で、一際美しく輝いている。

 

「よーっす……ってどうしたんだよ霊夢、泣いてるところなんて見たことねえぞ」

 

「魔理……沙……」

 

「……おい、お前本当にど――ってうおわっ!?」

 

 魔理沙が驚くのも無理はない。一度も見たことがない霊夢が泣いている姿を今この目で確かに見て、そして何事かと思った直後に泣きながら彼女が抱きついてきたのだから。

 

 涙の飛沫が太陽の光に当たり、ギラギラと光りながら霧散していく。

 

「ちょっ、霊夢お前本当に――」

 

「お願いだから」

 

 そんな日常とはかけ離れた霊夢の姿と行動に困惑を隠しきれない。あまりに有り得なさすぎて、天地がひっくり返るのではないかと思えるほどだ。

 そして魔理沙に対し、霊夢が、彼女の胴に顔をうずめながら一言、頼んだ

 

「しばらく、このままでいさせて……」

 

「霊夢……」

 

 いつもは絶対見せない様な弱みの部分だった。気が強くて、傍若無人で、乙女なんて物とはかけ離れている霊夢。そんな彼女も、今のこの姿を見れば、ただのか弱い少女でしかなかった。

 

「本当に、色々勝手な奴だな」

 

「……好きに言いなさい」

 

 やはり、手ごたえがない。あまりに霊夢らしくない答えだ。少なくとも、霊夢の「それ」にすら大打撃を与えるような出来事があったに違いない。おそらく――。

 しかしそれと同時に、不謹慎かもしれないが少し嬉しかった。絶対に見せない様な弱みを見せることはつまり、自分がそれだけ霊夢から信頼されていること。彼女の事だ、相当な信頼がない限りはこのような姿は見せないだろう。それだけの信頼が自分にあると言うことが嬉しかった。

 

「……まあ、何があったかは後で聞くとして――泣けよ。受け止めてやるから」

 

 

 

 

 

 

 

 また、泣いた。親友の胸中で、またとめどなく泣いた。魔理沙のその黒い服が、涙で更に深く黒に染まり、濡らしていく。

 しかし、魔理沙はそのことに一切気にかけなかった。様々な感情が入り混じって涙を流している、か弱い親友をただ、背中をぽんぽんと叩きながら受け止める、ただそれだけだった。

 

 

 

 

 どれくらい経ったのだろう。気付けば日は傾いていた。空一面が朱に染まる中、縁側で二人、霊夢と魔理沙はお茶を飲んでいた。

 

「しかしびっくりしたぜ、お前のあんな姿なんて見るのは初めてだったしな」

 

「やめてよ、もう……」

 

 あの後しばらくずっと泣き続け、やっと落ち着いた後に事情を聞かされた魔理沙だったが、その事情を聞いて漸く霊夢があんな状態になっていたことを納得させられた。大方は予想通りだった――当たってほしくはなかった。まさか、霊夢の母親まで出てくるとは思わなかったが。

 

「で、気分はどうだよ」

 

「……一通り泣いて、スッキリはしたかな。まだ少し収拾がついてない部分もあるけど、時が解決してくれると思う」

 

「そっか、ならよかった」

 

 私が受け止めた甲斐がある、そう言って魔理沙は笑った。

 

 ああそうだ、いつもそうだ。なんだかんだで、いつもコイツの笑顔で私は励まされてる。魔理沙のその無垢な、輝く顔を見て自分は救われ続けている。今日だって、これまでだって、いつも。

 確かに今日自分はとても大切な人を失った。背後にある母の物語も教えられた。その衝撃は生半可なものではない。

 けど、自分には他にも色々な人が支えてくれている。チョウジやシカマル、いの、そして魔理沙。支えたり、支えられたりして自分たちは生きている。自分はその支えがあれば、生きて行ける。

 

 これからは一人で生活していかなければならないが、それは「一人」ではない。多くの人に支えられながらだが、しかし、彼女は「博麗の巫女」として、それにふさわしい存在として在り続ける。

 

 未来を託した二人の意志を以って彼女は生きていく。その失くした悲しみを乗り越え、「博麗の巫女」として彼女は――――。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

忍の世に降り立つ博麗の巫女 幼少期編

 

 

 




もうこれで終わりでいいんじゃないかな(適当)

さて、これでついに一段落です。なんだが本当に物語書き切った感あるのは何故(
多分ここまでシリアスな話はこれからもないと思うんですが、どうなんでしょうね。

今回やっと霊夢の母、博麗命について詳しく触れられました。ミナト・クシナストーリーの裏で行われていたもう一つの物語、というべきなんでしょうか。
神奈については実は謎が多いんですよね。まあ隠すことでもないので近いうちに、今までのキャラの概要などをまとめた設定を投稿しますのでその時にでも。

今回の霊夢はほとんど元大学生としての感情が潰されてます。霊夢としての感情があまりに大きすぎたんですね、これまではその元大学生としての性格が感情の表現にある程度リミットをかけてたんですが、今回はそのリミットがいとも容易くバーン(^q^)と。

次回から遂に忍としての生活が始まります。新たに出てくるオリキャラ、3人組の補欠要因は誰なのか、担当上忍は誰なのか、ご期待くださいませ。

追記
うーんやっぱり改めて読んだけど詰め込んだせいで展開早すぎて安っぽいなあ、これは改稿すべきか...
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