少女は困惑していた。
神社の境内を、箒を使い、その小さく華奢な身体を捻らせながら掃除する彼女の名は「博麗霊夢」。
東方Projectの主人公の一人であり、幻想郷の治安を守る制止役を受け持つ「楽園の巫女」――のはずだった。
「……はあ……」
彼女はまたひとつ、その幼い姿には似合わない様な溜息を吐く。
彼女は確かに「博麗霊夢」その人だった。しかし、どうも世界は、彼女を「楽園の巫女、博麗霊夢」にはしてくれないようだった。困ったことである。
「それ」が分かったのはこの世界に来て2日経った時だった。
同居している老婆の名前が「神奈」だということが箪笥を色々漁ってみて分かり、同時に自分の年齢が6歳だというのが分かった後だったのだが、里に食料などの買い出しに付いて行かされることになった。
行動の拠点の一つになるはずの人里の様子や情勢などは知っておくに越したことなかったので当然ついていくことにしたのだが、出て数分で彼女はまたもや理解力爆散の危機を迎えることになる。
この博麗神社は里からほんの少し外れた所に設置されており、基本的に周りは森で囲まれているのだが、参道は単純なもので、とてもよく整備されていた。
朱色の鳥居を越えさらに進むと石段があるのだがとても綺麗に石は切り分けられておりとても上り下りがしやすい。しばらく続く長い階段を下り終えると次は森の中に入る。しかしそこも異常なまでに綺麗に整備されていた。石畳が敷かれ、森と言っても石畳が敷かれている部分に木はないので薄暗くもない。葉と葉の間から零れる日差し、澄んだ空気、ある程度抑制された気温が相まってとても心地よい。
そしてその特に長くなくすぐ抜けられる森の中を抜けると里に着くのだ。
とはいえ、いくら整備されているとは言えども階段がなかなかに長めのため霊夢の小さな身体には結構な負荷になる。実際、神奈に連れられて里に着いた時点で結構ヘトヘトであった。
しかし、その疲労もとあるものを見ることにより一気に吹き飛ぶことになる。もっともその後さらに疲れが増大するのだが。
「異変」には里に着いてすぐ気付いた。
確かに一瞬見た感じは普通の里なのだ。里にしては人が多すぎる気がするが、まあそれはいい。個人の捉え方によるだろうと割り切る。
しかし店の中にえらく物騒なものがあるのだ。食料店や呉服屋など、当然普通のものもある、というかそれが大多数なのだが時々その中に混じるのが「武器屋」であった。
霊夢はこの世界を「幻想郷」、つまり東方Projectの世界だと思っていた。「博麗霊夢」として生まれ変わったのだから、世界も幻想郷。弾幕ごっこで異変を解決しながら、女の子と騒いで生活していくのだろうなと思っていたのた。今思うとあまりに甘すぎた見通しと言わざるを得なかったと後悔するが、今になってはもう遅いし、別世界だと勘付いたとしてもこのような展開になることまで予想はできまい。どちらにせよ後々頭を抱えることになっていたのだ。困ったものである。
さて、その数ある武器屋を歩きながら少し観察してみると中にはクナイや刀、手裏剣などが主に置いてあることが確認できた。流石に少し引っかかる。まあ確かに幻想郷でも人里の中には襲ってこないものの一歩外に出たらそこは妖怪の巣窟であり、自衛のための武器がいるのはわかる。それはわかるのだが、武器のセレクトが少しずれているのではないかと思わざるを得ない。しかも一店だけならああ、ここの店主は感覚が常人とは外れているのだろうなと納得できるがどの店もがこのような品揃えだとそうもいかない。というかそもそもな話こんなに武器屋がいるのか、という時点で疑問だ。
頭が「?」マークで一杯になるが、考えすぎか、と楽観的に思い直し、なにかを振り切るように後ろを向いた。
そこで分かってしまったのだ。この世界が何の世界なのかを。
霊夢はその後ろを向いた先に現れた光景に見覚えがあった。自然と足が止まる。額から季節外れな汗が滴る。霊夢の、その可愛らしい丸々とした大きな紅蓮の瞳がスーッと小さくなってゆく。まるで炎が大風により勢いを刈り取られるかのように。神奈が少し疑問に思いながらも手を前に引くが、霊夢はそれに全く応じようとしない。
続く道路。続く建物。「赤」を基調とし統率がとれた街並みが広がる、その先にあるのは一際目立つ赤いドーム状の建築物と、更に奥に広がる崖。その崖はとても大きな崖で、まず常人には器具などをいくら使ったとしても登り切るのは絶対に不可能なものだったのだが、そこには顔と思わしきものが4つ彫られてあった。
ああ、そうか、なるほどなと、霊夢は察した。脳内が驚きで満たされるが、その驚きは数秒後に絶望という名の漆黒で塗りつぶされその跡は全く遺されない。
――この世界は、「NARUTO」の世界なのか――
またもや理解力が破壊されかけるが、なんとか踏ん張る。目の前の事に理解が出来ないというよりは、もう理解力がバリアを張って使用されることを拒絶しているという感覚。理解してしまうと更に漆黒に染められてしまう、それを防ぐための防衛本能なのかもしれない。
とりあえず一旦目を瞑り、まずは冷静になるように努める。前に向き返り瞼を開けると、そこには心配そうに霊夢の顔を覗きこむ神奈の姿があった。
「……大丈夫?」
「……うん、大丈夫」
大丈夫なわけがない。とりあえずまず今すぐ大声を出して走り回りたい。軽く発狂したい気持ちを、なんとか大学生の理性を用いて鎮める。
神奈の顔からは疑問の表情はまだ消えていないが、まあいいかと言った様子で大丈夫という返事を聞いた後は何もも聞かずそのまま歩き始める。その背中を霊夢は追いかけながらも、思考を巡らせる。
NARUTO――それは「忍」の世界。もっと簡単に言えば、「死が当然」の世界。昨日まで元気だった友の姿を、翌日から見られなくなることが簡単に起こりうるような、そんな世界。
霊夢のその小さな頭を絶望と困惑が支配する。
(まさか、この世界が幻想郷じゃなくてある意味真逆の世界に来ていたとは……)
確かに幻想郷も幻想郷で物騒な世界ではあるのだ。先ほど述べたように、人里から一歩外に出るとそこは妖怪の巣窟であり、人は簡単に妖怪に殺されてしまう。それが日常茶飯事の世界。しかし、「博麗霊夢」として生まれたのであれば少し話は違ってくる。
「スペルカード形式」と呼ばれる、簡単に言えば平和的な弾幕ゲーム形式で妖怪と接触し、異変を解決したり、そしてその中で交流を深めたりすることもできる。弾幕の当たり所が悪ければ死にうるらしいが、まあそれでも、少なくともこの世界よりはずっと平和で穏やかな世界である。
「生き残る為に戦う」世界と「交流を深める為に戦う」世界――相反する2つの世界。後者の世界の住人であるはずの彼女、「博麗霊夢」は、後者ではなく前者の世界に生まれ落ちてしまった。
彼女はその小さな掌を見つめる。
「博麗霊夢」の力、それはその戦闘センスなどを含めて、とても強大なものである。
たとえ世界は違えど、「博麗霊夢」として生まれてきたのであればこの世界でもその力を使えるはず。
彼女はその力を行使し、この世界から生き残らなければならない。もっとも、その力がこの忍の世界で通用するかどうかは全く分からないが。
しかも彼女は「この世界」について殆ど何も知らない。偶然その4つの顔岩を見たことがあったからNARUTOの世界だということが分かっただけで、彼女はNARUTOの原作もアニメも全く見たり読んだりしたことがない。
知っているのは主人公の名前、容姿とネットで話題になっていた「サスケェ!」ネタ、そしてそこから軽く調べたらわかった「うちはイタチという男は影の英雄だ」くらいのものであった。こんなもの、この世界について何も知らないのと同義だ。いくらうちはイタチが悪くないと分かっていたところで自分には間違いなく関係ないだろう。
ストーリーさえ知っていれば、それだけでも前もって対策を入念に練ることができ、生存率は跳ね上がっていたかもしれない。結果論ではあるが、アニメか原作を読まなかったのを今更後悔する。
しかし、どう足掻いても世界は変えられない。掌をギュっと握り締める。そこに力は残念ながら殆どない。簡単にこじ開けるできてしまう、そんなか弱い力。
けれども未知数な世界であると同時に、この掌に、この身体に宿っている力は、また未知数でもある。この世界での人生を、この力で切り開くということも非現実的な話ではない。もう、やるしかない。まだ困惑の気持ちは多分にあるけれど、その気持ちで満たされて時を無駄にすることはあまりに愚かなことだ。
握り締める力を強める。その「覚悟」と、その「力」を、絶対に逃さないように、無駄にしないように――彼女なりに、力強く。
次に見開いたときの彼女の紅の瞳は、灼熱の炎のような光を宿していた。
彼女の読みは当たっていた。まあ、当たってもらわなければ困るのだが。
博麗霊夢の代表的な能力といえば、「空を飛ぶ程度の能力」である。名の通り空を飛べる能力であり、そこから「様々な物から浮く」という解釈につながってゆく能力である。
幻想郷では空を飛べるのは当たり前でありそれだけではほとんど意味をなさないのだが、この世界では違ってくる。「空を飛べる」ということだけでも、様々な面で多大なるアドバンテージとなる。空中戦に持ち込まれた場合でもこちらがいわば「制空権」を得ることができるし、空中で体勢を立て直すことも容易だ。音を立てず上空から奇襲することもできるだろう。なんにせよ、「空を飛べる」ということはそれだけでも強みなのだ。
とりあえず彼女は、その宿っているであろう能力を行使しようと試みた。
けれども、そもそもどうすれば発動するのかわからない。自分のことなのに自分のことを分かれていない、どこか矛盾したような感覚。
仕方ないので色々試してみることにする。
神社の境内のど真ん中に立ち、とりあえずジャンプをしてみる。だめだ、何も起きない。
やはりこういうものは念じるのが大事なのだろうか、と思い目を瞑り念じる。
(上へ……上へ……)
その時だった。身体にかかる負荷の変化。明らかに減っていく自分へかかる重力。その直後に来る浮遊感。
地から襲い掛かってくる抗力がなくなる。全身が、この世から「浮く」感覚。別に逝ったわけではない。
来た、霊夢は確信した。目を見開く。彼女の瞳に入ってくる光景は、先ほどとは少し違うものだった。
視線が、高い。とても高い。下を向く。
「ほ、本当に浮いてる」
彼女は、本当に空に浮かび上がっていた。地上1.5mといったところだろうか。さほど高い位置ではないけれども、確かに彼女は地から、「世界」から、浮いていた。
「もっと上に行けるかしら」
更に上に行くように念じてみると、身体はそれにキチンと呼応してくれる。さらに体が浮上する。重力に反抗して、上向きの力がグンとかかる。
景色がどんどんと変わっていく。最初は境内、鳥居しか見えなかったのが、森の木々が中心の景色に変わる。
しかしそれも長くは続くない。視界を独占していた木の頂点まで達し一気に視界が開ける。
「おお……」
絶景だった。眼下の森を抜けた先に広がるのは、広大な木の葉隠れの里。里でうごめく大量の黒い点が何か面白い。まるで、この里を、世界を、自分のこの小さな手中に収めてしまったような、そんな感覚にすら襲われてしまう。
この状況、某大佐の言葉を発したいところだったが、流石にそれはやめておこうと喉まで出かかった言葉を再び胸に引き戻す。
しかし彼女は改めて思う、博麗霊夢の能力は、素晴らしいものだと。
霊夢は下を向いた。
相当な高所にいるが、不思議と恐怖感は抱かなかった。あの大きな神社の社がここまで小さく見えるのが、どこか可笑しかった。
姿は小さくなったが、視線の高さは以前をはるかに上回る、いわば可変式。可笑しくて、不思議な感覚。
そして視線を更に直角に、つまり鉛直方向にやると、そこには驚愕の顔で染まった神奈の顔があった。
「……しまった」
さて、どう言い訳をすればいいか。彼女の「思考」はまだまだ終われそうにない。霊夢はまた、大きな溜息を吐いた。
1mmくらいNARUTO成分がにじみ出てきました。
大体1話辺り4500字を目標に執筆していきたいと思います。
それはそうと話数ごとにタイトルってある方がいいですかね?