「…………」
白と黒を基調としたツートンカラーの色気の無い少女趣味の部屋。
その部屋のベッドに座りながら俺は或るモノと睨み合いをしていた。
その人物の持つ緑の瞳が俺の顔を見据えている
じぃぃぃぃぃぃ、とこちらも反抗するようにそれ見つめること約30秒。何気なく自身の頬を引っ張ってみた。
ぐぃぃぃぃぃぃ、と実に柔らかそうに伸びる鏡の中の人物の頬。
伸びが限界に達した所で、離してみる。と、自身の伸びきっていた頬とその人物の頬が全く同じタイミングで勢いよく元に戻った。
そしてまた睨み合いを続けること30秒。何だか莫迦らしくなってきた俺は手に持っていたモノ――鏡を座っているベッドに静かに置き、指を組み、俯いてそのまま小さな溜息をついた。
「分からない」
恐らく今の俺の姿でさえ、他人からは精々拗ねた人間の子供程度にしか見えないのだろう。
俺――ウルキオラ・シファーがこの現世に人間として生まれてから既に7年が経っているようだった。
「ようだ」と言ったのは俺の意識が蘇ったのはつい先ほどの事のためだ。
何故俺の意識が現世に産まれ落ちてすぐに眠りについたかは分からない。
だがそうしてウルキオラ・シファーの意識が眠りについて宿主を失った身体は生みの親より名付けられた名前、身体の変化、生活環境に従って新しい意識を生み出し適応させ、そうしてウルキオラ・シファーの意識が蘇るまでの7年間を生きてきたようだった。
そして今、俺はその新しい意識をとり込み、人間となった。
「しかし…」
目の前に置かれたランドセル、その横のスリットに入れられた名札を見る。そこには
『中村 美咲』
と書かれていた。
「何故、『女』なんだ」
そう、この身体は『中村 美咲』と名付けられており、人間における性別は女性だった。
顔を上げて正面に置いてある鏡を見ると、ウルキオラ・シファーの容姿を細くし、背を縮め、肌の色を現代の日本人にありがちな色に変えただけのやけに既視感を覚える容姿の『人間』が映っている。
そのままぼうっと鏡を見つめていたが、ふと視界の端の机の上に写真立てが見えてそれがやけに気になった。
立ち上がって手に取って見るとそれは3人の人間が映っていた。
黒いスーツを着て困ったように笑う眼鏡を掛けた男、父。その男と右手を繋いで無邪気に笑う『中村 美咲』。
そして逆の左手を繋ぐ女性。その女性を見た瞬間に俺は目を細めた。
その身を包む白の大人しいフリルのドレス。光を受けて艶やかさを放つ腰で揃えたストレートの黒髪。病的なまでに白く弱弱しさを演出する肌の色。そしてウルキオラ・シファーやこの身体と同じ光彩を持つその緑の眼。
あの『女』によく似た微笑みを放つこの女性こそが間違いなく『中村 美咲』の、俺のこの身体の母にあたる人間なのだろう。
視線を写真を握っていない掌に移し、握りしめ、霊力の量を確認する。
だが駆け巡るのはゴミのような下級死神ですら2段は格上に思える、破面だった頃の面影もない程に少ない霊力。
何故か苛立ちが募り、握る力が思わず強くなる。
「…ッ」
痛みが走り、反射で手を開いた。そこにはしっかりと4つの小さな傷があり、人間である赤い証がゆっくりと流れ出ている。
写真立てを置き、その傷を順番にゆっくりとなぞっていく。
わずかな痛みと共にこの小さな身体の脳が警告を送り続ける。
人間は脆い。この身体も、他の人間も、あの『女』、そして黒崎一護でさえも同じ。
だがこの存在になることを望んだのは恐らく消えゆく寸前のウルキオラ・シファーだろう。だが、何故俺は過去の自分の食糧と同じその『人間』として生きることを望んだのだろうか。
疑問、疑問、疑問―――
埋もれるほどに積み上がる疑いの思考の中で分かった事はただ2つ。
俺の価値観は『中村 美咲』を取り込んだ事ですっかり変わってしまったという事。
そして、俺はこれから『人間』として生きる他無いという事だけだった。
「それでも、やはり分からない」
血の滲む手を力なくぶら下げ、もう一度そう呟いた。
ウルキオラの思考は父が夕食のために『中村 美咲』を呼びだしにやってくるまで途切れることは無かった。
【今回の要約】
目が覚めたウルキオラさん。
しかしどうしたらいいか分からない。