いきなり二ヶ月の放置、申し訳ない。
そしてこの話の内容にも申し訳ない。
人間の寿命は地域、人種、個人により異なるというのは当たり前の事であり、場合によっては生まれてすぐに亡くなる者や100近くまで生きる者もいるという。
今の自分が住むこの国に暮らしている人間の平均寿命は80歳程とされており、全世界から見るとかなり高い数値である。
この国の憲法によって6歳から15歳までの9年間、義務教育の期間が設けられており、この国の子供には人生の約7分の1程を削って将来のために勉学に励む義務が存在している。
その勉学に励む場所、学校。
人間の人格形成の上では欠かせない場であり、そこに在学する学生に技術、知識、道徳等その他諸々を生徒と云われる児童に施す機関である。
その中でも小学校は学校系統上では最も基礎的な教育をする学校であり、義務教育として社会の根幹を為す重要な基盤を作る事を目標としている。
この場所において学ぶ事は人間として暮らしてゆく上では必要不可欠であり、自身もそれならばと納得している。
……だが、これは何と言ったらよいのだろうか。
「じゃあ皆で元気に読んでみようね!!」
「「「はーい!!」」」
ガタガタッと椅子をならしながら立ち上がる周りの小さな人間達。その手には『たのしい国語 1年生』と書かれた本。
隣のいる少女がなかなか立ち上がろうとしない俺に言う。
「美咲ちゃんどうしたの?おなか痛いの?」
……………。
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「……」
「美咲ちゃーん、帰ろうよー」
「…ああ」
五時間目の授業が終わって二時半頃、クラスの皆が先生に挨拶しながら帰っていく。
そんな中でなかなか動こうとしない美咲ちゃん。私が声をかけると気付いたようにこっちを向いて無気力に立ち上がる。
そのいつもどおりの無表情には『疲れた』とでかでかと書いてあるように見える程、疲労が浮かんでるように見えた。
美咲ちゃんの様子が何かおかしい。何だか美咲ちゃんが昔に戻っちゃったみたい。
朝、学校に来る時に話しかけてもいつもどおりの最低限の反応さえ返ってこなかった。
それに昼休みになっても目を輝かせながら図書室に行くこともなかった。
何より家を出るときにお父さんに手を振られても何も返さなかった。
教室を出て下駄箱に向かっている今だって美咲ちゃんは私の隣へ来ずにずっと一歩後ろで私のランドセルを見つめてる。
「美咲ちゃん、私の鞄何かついてるの?」
振り向いてそう言っても美咲ちゃんはちろっ、とこっちを見ただけでまたランドセルを見始める。
下駄箱に着いた時にランドセルを片方、肩から外して見てみる。
でもお父さんが買ってきてくれたピカピカのピンクのランドセルには自分で頑張って綺麗に書いた名札くらいしか付いてない。じゃあ美咲ちゃんは名札を見てたのかな。
でも…『いのうえ まき』…うん、別に字も間違えてないよね。
うーむ、何で美咲ちゃんは私の名札を見てたんだろ?
「…おい」
気付いたら美咲ちゃんが私の袖を引っ張ってた。
あ、今日初めて喋った。
んー、やっぱり変なの。
美咲ちゃんお母さんに全然会えてないから寂しいのかな?
美咲ちゃんのお母さん、私もまた会いたいな。優しいし美人だし料理もおいしかったし!!
一年くらい前に遠くに行っちゃったって私のお母さんが言ってたけど…次はいつ会えるのかなぁ?
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「ご協力ありがとうございました」
「いえいえ!持ち主の方が来てくださるといいんですがね」
日暮れの早い秋の季節。6時の時点でほの暗いと言うのに8時をまわった現在では既に外は真っ暗だ。
会社での仕事が早めに終わって今日は美咲と一緒にお風呂に入れると思ったのだがその矢先。
「それが、つい五分程前にある女性の方が被害にあったと交番に駆け込んで来られたので連絡先を聞いております」
「感付いてはいましたがやはり盗難されたカバンだったんですね…ん?その方は携帯を盗られていなかったんですか」
帰っている最中に偶然草むらに放り捨てられた婦人の使っていたとみられる手提げカバンを発見した。
ジッパーは開いており化粧品のポーチなどが散らばっていたので盗難されたモノとみて、交番に届けに来たのだ。
「もうお帰り頂いても結構ですよ?」
「……そうですね。でもその前にタバコを吸いたいのですがいいですか?」
「あー表でどうぞ」
目の前の温厚そうな年配駐在警官がそう言ってすぐに電話を手に取ってその女性に連絡をとり始めた。
タバコはまだあったかな、と胸元を探りながら引戸をガラガラと開けて外に出ると室内外の気温の違いに体が少し震える。
暖を求めるようにライターで取り出したタバコに早々に火を点けた。
美咲に煙臭いと嫌そうに言われてしばらくは吸っていなかったが今日くらいは許してもらえないだろうか。
吸い込んだタバコの暖かい煙が肺を満たす。そして濃い白煙を伴った息を吐き出す。
さっき警官に渡したカバン、あれは妻が
そうしみじみ考えながら最近頭から離れない事を口にする。
「もうすぐ一周忌だな…」
僕の妻であり美咲の母である女性は今から1年程前に亡くなっている。
死因は……事故死、だったような気がする。
何故かは分からないがその事を考えようとすると頭がピリピリと弱く痛んでフィルターが掛かったようにハッキリ思い出せなくなるのだ。
そんなボンヤリした記憶の中でも強く残るのは力無く横たわる妻、微かに浮かぶ笑顔、そして腹部に開いた血を湯水のように吐き出す穴だけだった。
あれは本当に事故死だったのかなんて事を考えても所詮は無駄だ。どうせ妻が息を引き取った瞬間しか思い出せないのだから。
直前に何かあって、それで彼女はあんな致命傷を負ったのだという微妙な事は推測で分かる。
だがその先が浮かばない。
とても大事な事象である筈なのに脳に掛けられたフィルターがそれをどうしても許さない。
彼女が死んでしまって初めて思い返そうとした時も同じ事が起こり、焦って色々な馬鹿げた推測を立てたりしたものだ。
中でも特に酷い、錯乱しているのではないか?と疑える推測の中には彼女の実家の方からの刺客だの、怪人や人外の仕業だのというものまであった。
あの時の僕の発想は本当に酷い、思わず苦笑いが漏れたのが分かった。
流石に怪人なんて、それこそ特撮物の見過ぎで浮かんだ妄想だろう。
それに美咲にどう説明すればいいか、という事についてもえらく焦りを覚えたモノだ。
自分ですら彼女に何があったかよく覚えていないというのに幼くして母を亡くした子供はその母の死をどうやって捉えればよいと言うのか。
あの時に咄嗟に出た、「母は遠くに行った」というごまかしは今までずっと続けたままだ。
美咲が悲しむのが怖くて、問い詰められるのが怖くて。
でもあの子は賢い。僕なんかよりもずっと賢い。
半年経った今でも美咲は母の死をごまかした事に気が付いているんじゃないかと思ってしまう。
「どうすればいいんだろうなぁ…」
と、そこでタバコが3分の1程灰になっている事に気付く。携帯灰皿を取り出してそこに灰を落す。
ついでに腕時計を見ると時刻が8時5分を差していた。
結局いつも通りの帰宅時間に近付きつつある。寒風に当たりすぎて体調を崩してしまうの嫌だし、何より美咲を待たせるのも申し訳ない。
吸い終わったらさっさと帰ってしまおう、そう考えていたその時。
暗い道路の先から慌ただしく走る足音を聞いた。
タバコを口にくわえ直してからそちらを向くと、1人の女性が携帯を片手に息を切らしながら走って来るのが見えた。
その女性は自身の前を通る時にチラッと僕に目線を向けたがそのまま勢いよく戸を開けて交番の中に飛び込んだ。
煙を吐きながら交番内の会話に耳を傾けると女性がひたすら安堵の声を上げているのが分かった。
携帯灰皿に短くなったタバコを押し付けて、そのまま交番を離れようと背中を向けると後ろでまたも戸が強く開けられる音がした。
「ありがとうございました!!」
大きな声をかけられ驚いてギョッとしたが、振り返ると―――
更に驚いた。
「えーと、カバン見つけてくださったんですよね!?私、油断してたら引ったくりに遭っちゃって……お金は盗られてましたけど大した額は入っていなかったし、それよりも大事な物は大丈夫だったんで!!」
最初に見たときはまったく気付かなかった。
でも今はしっかり分かる
頭を下げて早口で捲し立てる彼女はあの頃からまったく変わっていない。
「その、お名前を教えて頂けませんか?」
小さな身長の彼女が上目遣いでこちらを見ながら話してくる。そうだ、僕はこの瞳が好きだったんだ。
「お久しぶりです、変わっていませんね」
「え?あなた会った事って…………あああー!!中村君だ!?」
僕の初恋の人が指を突き付けて驚いていた。
今回の話の後半にサブタイトルをつけるとしたら「神奈川恋物語 再会編」とかになるかもしれない。
【今回の要約】
謎の少女は普通にウルキオラさんの友達でした。
それより気になるのはその少女の名字。
そして実は既に亡くなっていた母と再婚フラグの父。